赤染晶子「乙女の密告」(第143回/2010年上半期)

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***本文より >&bold(){みか子は立ち尽くす。ついに、密告者の正体を知った。密告者はわたしだ。密告者に名前はない。わたしに名前なんかない。真実とは乙女にとって禁断の果実だった。みか子は一歩前に踏み出す。構わない。必要なのは真実だ。みか子は決意する。わたしは真実を語る。アンネ・フランクの真実を語る。} >&bold(){「わたしは密告します。アンネ・フランクを密告します」} >&bold(){ 会場がざわめく。みか子はやっと言葉を得た。自分の言葉で語る。わたしはアンネ・フランクを密告するのだ。} >&bold(){「アンネ・フランクはユダヤ人です」} ***作品解説 この小説は京都の外国語大学で「アンネの日記」をテキストとしてドイツ語のスピーチコンテストに取り組む女子大生たちを描いています。「アンネの日記」はユダヤ人少女・アンネが第二次大戦中、ナチス・ドイツ占領下のオランダで執筆していた日記です。アンネたちはナチスによるユダヤ人狩りから逃れるため、隠れ家で潜行生活を送っていましたが、密告され、強制収容所に送られました。そしてアンネは収容所内で15歳の若さで死亡します。 女子大生たちは自分たちを乙女と呼びあい、乙女という純潔性、処女性のイメージを守り、そこから外れた者を排除しようとします。この作品では、ナチス政権下のユダヤ人狩りと、現代における乙女が非・乙女を排除するいじめの構造が重なり合って描かれます。そしてアンネがユダヤ人として密告されたように、主人公のみか子も非・乙女として密告されます。アンネはユダヤ人としての自分に誇りを抱き、ユダヤ人として死んでいきましたが、みか子も非・乙女としての自分に誇りを抱き、乙女という共同体と決別します。 この作品の特色は、アンネとみか子という2人の少女を重ねて描きつつも、究極のところで、アンネはアンネであり、みか子はみか子であるという線引きが行われていることです。スピーチコンテストの課題は「アンネの日記」の1944年4月9日部分の暗唱です。しかし、みか子はどうしても満足のいくスピーチをすることができません。どんなに練習を重ねても、つまづき、アンネの言葉を忘れてしまいます。つまり、アンネ=みか子という同化に失敗しているのですね。そもそも使用している「アンネの日記」がオランダ語の原書ではなく、ドイツ語訳であるという周到な仕掛けもあります。みか子たちがどんなにスラスラ暗唱できたとしても、それはアンネのオリジナルの言葉(オランダ語)にはならないのですね。そして「アンネの日記」が持つ悲劇性と対極にあるような、ドタバタ喜劇を思わせる軽い文体の採用。作者はしっかりとアンネとみか子の線引きを行っています。アンネとみか子の最大の違いは生と死です。アンネはユダヤ人として死にましたが、みか子は非・乙女として生き続けなければいけません。両者の線引きは、アンネに敬意を払いつつも、アンネという生き方に縛られない、みか子の自立を示したものといえます。 いよいよコンテストの当日、みか子はスピーチの途中でアンネの言葉ではなく、自分の言葉を語りはじめます。それこそが「アンネ・フランクはユダヤ人です。」という言葉でした。それはアンネのユダヤ人としての誇りであり、自らの非・乙女としての誇りであり、そしてアンネへの決別=密告でもありました。たった一つの言葉にこれだけ深い意味を込められるのもすごいですよね。そしてこの「密告」の言葉と同等に重いのが、そのあとに述べられる「(アンネは)母親に対して反抗期だった。」という言葉です。みか子は母子家庭で、母の職業はホステスです。子供の頃から家には酒の匂いが満ちていました。みか子はドイツ語の教授の「いちご大福とウィスキーではどちらが好きですか」という問いに対し、いちご大福を選択しています。みか子が母親に対してどのような感情を抱いていたのか、作中では語られません。しかしアンネが反抗期であったことを示すことで、みか子も母親に反感を抱いていたこと、そしてアンネとの決別によって、母親への感情も変化していくことを示しています。つまり、非・乙女としての生きざまの指標として、母親の生きざまが浮き上がってくるわけです。 たくさんの意味と意味が重なり合って眩暈をおぼえるような複雑な構成ですが、伝えたいメッセージはすごくシンプルで、芯のしっかり入った小説です。 ***主な登場人物 ■みか子 京都の外国語大学の2年生。ドイツ語学科に所属。実家も京都で、古い京町屋に母と一緒に住んでいる。 ■バッハマン教授 ドイツ語のスピーチのゼミを担当している大学教授。金髪碧眼で長身。アンゲリカという名前の西洋人形を肌身離さず持ち歩いている。 ■貴代(たかよ) 大学2年生。みか子の親友で、ドイツからの帰国子女。 ■麗子 大学4年生。何回も留年しているため年齢不詳。全国各地でスピーチコンテスト荒らしをして、常に上位入賞を果たしている。 ■百合子 大学4年生。去年、就職に失敗して留年している。麗子のライバル。 ■みか子の母 ホステスの仕事をしている。 ■アンネ・フランク ユダヤ系ドイツ人で「アンネの日記」の著者。実在の人物。 ■オットー・フランク アンネの父。実在の人物。 ■ミープ・ヒース アンネたちの潜行生活を援助した女性。実在の人物。 ■ジルバーバウアー アンネたちを逮捕し連行したゲシュタポ(ナチス・ドイツの国家秘密警察)の警察官。実在の人物。 ----
***本文より >&bold(){みか子は立ち尽くす。ついに、密告者の正体を知った。密告者はわたしだ。密告者に名前はない。わたしに名前なんかない。真実とは乙女にとって禁断の果実だった。みか子は一歩前に踏み出す。構わない。必要なのは真実だ。みか子は決意する。わたしは真実を語る。アンネ・フランクの真実を語る。} >&bold(){「わたしは密告します。アンネ・フランクを密告します」} >&bold(){ 会場がざわめく。みか子はやっと言葉を得た。自分の言葉で語る。わたしはアンネ・フランクを密告するのだ。} >&bold(){「アンネ・フランクはユダヤ人です」} ***作品解説  この小説は京都の外国語大学で「アンネの日記」をテキストとしてドイツ語のスピーチコンテストに取り組む女子大生たちを描いています。「アンネの日記」はユダヤ人少女・アンネが第二次大戦中、ナチス・ドイツ占領下のオランダで執筆していた日記です。アンネたちはナチスによるユダヤ人狩りから逃れるため、隠れ家で潜行生活を送っていましたが、密告され、強制収容所に送られました。そしてアンネは収容所内で15歳の若さで死亡します。  女子大生たちは自分たちを乙女と呼びあい、乙女という純潔性、処女性のイメージを守り、そこから外れた者を排除しようとします。この作品では、ナチス政権下のユダヤ人狩りと、現代における乙女が非・乙女を排除するいじめの構造が重なり合って描かれます。そしてアンネがユダヤ人として密告されたように、主人公のみか子も非・乙女として密告されます。アンネはユダヤ人としての自分に誇りを抱き、ユダヤ人として死んでいきましたが、みか子も非・乙女としての自分に誇りを抱き、乙女という共同体と決別します。  この作品の特色は、アンネとみか子という2人の少女を重ねて描きつつも、究極のところで、アンネはアンネであり、みか子はみか子であるという線引きが行われていることです。スピーチコンテストの課題は「アンネの日記」の1944年4月9日部分の暗唱です。しかし、みか子はどうしても満足のいくスピーチをすることができません。どんなに練習を重ねても、つまづき、アンネの言葉を忘れてしまいます。つまり、アンネ=みか子という同化に失敗しているのですね。そもそも使用している「アンネの日記」がオランダ語の原書ではなく、ドイツ語訳であるという周到な仕掛けもあります。みか子たちがどんなにスラスラ暗唱できたとしても、それはアンネのオリジナルの言葉(オランダ語)にはならないのですね。そして「アンネの日記」が持つ悲劇性と対極にあるような、ドタバタ喜劇を思わせる軽い文体の採用。作者はしっかりとアンネとみか子の線引きを行っています。アンネとみか子の最大の違いは生と死です。アンネはユダヤ人として死にましたが、みか子は非・乙女として生き続けなければいけません。両者の線引きは、アンネに敬意を払いつつも、アンネという生き方に縛られない、みか子の自立を示したものといえます。  いよいよコンテストの当日、みか子はスピーチの途中でアンネの言葉ではなく、自分の言葉を語りはじめます。それこそが「アンネ・フランクはユダヤ人です。」という言葉でした。それはアンネのユダヤ人としての誇りであり、自らの非・乙女としての誇りであり、そしてアンネへの決別=密告でもありました。たった一つの言葉にこれだけ深い意味を込められるのもすごいですよね。そしてこの「密告」の言葉と同等に重いのが、そのあとに述べられる「(アンネは)母親に対して反抗期だった。」という言葉です。みか子は母子家庭で、母の職業はホステスです。子供の頃から家には酒の匂いが満ちていました。みか子はドイツ語の教授の「いちご大福とウィスキーではどちらが好きですか」という問いに対し、いちご大福を選択しています。みか子が母親に対してどのような感情を抱いていたのか、作中では語られません。しかしアンネが反抗期であったことを示すことで、みか子も母親に反感を抱いていたこと、そしてアンネとの決別によって、母親への感情も変化していくことを示しています。つまり、非・乙女としての生きざまの指標として、母親の生きざまが浮き上がってくるわけです。  たくさんの意味と意味が重なり合って眩暈をおぼえるような複雑な構成ですが、伝えたいメッセージはすごくシンプルで、芯のしっかり入った小説です。 ***主な登場人物 ■みか子 京都の外国語大学の2年生。ドイツ語学科に所属。実家も京都で、古い京町屋に母と一緒に住んでいる。 ■バッハマン教授 ドイツ語のスピーチのゼミを担当している大学教授。金髪碧眼で長身。アンゲリカという名前の西洋人形を肌身離さず持ち歩いている。 ■貴代(たかよ) 大学2年生。みか子の親友で、ドイツからの帰国子女。 ■麗子 大学4年生。何回も留年しているため年齢不詳。全国各地でスピーチコンテスト荒らしをして、常に上位入賞を果たしている。 ■百合子 大学4年生。去年、就職に失敗して留年している。麗子のライバル。 ■みか子の母 ホステスの仕事をしている。 ■アンネ・フランク ユダヤ系ドイツ人で「アンネの日記」の著者。実在の人物。 ■オットー・フランク アンネの父。実在の人物。 ■ミープ・ヒース アンネたちの潜行生活を援助した女性。実在の人物。 ■ジルバーバウアー アンネたちを逮捕し連行したゲシュタポ(ナチス・ドイツの国家秘密警察)の警察官。実在の人物。 ----

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