鹿島田真希「冥土めぐり」(第147回/2012年上半期)

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***本文より >&bold(){ 歯車は壊れて完全に破綻してしまうのではなく、壊れる寸前のところで静止し、モノトーンに色あせ、一枚の紙に収まっている。一秒後、歯がかみ合わなくなり、全ての歯車が外れて崩壊する、その寸前のところで。} ***作品解説 この小説は夫、母、弟という異なったタイプの弱者を抱えた女性を描いています。夫は障害者ですので仕方ないのですが、母と弟は健常者でありながら働きもせず、主人公の奈津子に金をたかる俗物として描かれています。 奈津子は裕福な家庭に生まれましたが、祖父と父が資産を遺さずに亡くなってしまったため、家は経済的に没落してしまいます。奈津子は将来の希望を失い、子供の頃から消極的で卑屈な人生観を持つようになりますが、母と弟は没落を受け入れることができず、借金と虚飾にまみれた派手な生活を送り続けます。母と弟は奈津子に金をたかるばかりか、そのエリート志向の欠如を散々なじります。奈津子は家の経済的没落よりも、この母と弟の俗物ぶりに神経をすり減らし、ますます陰鬱になってしまうのですね。といっても、奈津子にとって母と弟は必ずしも強者というわけではありません。彼らは社会とのつながりを失い、友人や知人もおらず、いつ精神崩壊してもおかしくない弱者としても描かれています。 母と弟に寄生される悪夢のような生活は、区役所の職員だった太一との結婚と、その太一が突然の発作により障害者となってしまうことで幾分解消されます。さすがの二人も障害者に金をたかることはできません。しかし、軽度の認知症と車椅子での生活になってしまった太一に対し、奈津子は冷めた態度でしか接することができません。太一はもはや、愚鈍であり、弱者です。つまり奈津子は過去においても現在においても、弱者に依存され、その世話役を任されてしまっているわけです。発病当初こそ甲斐甲斐しい介護をしていましたが、もはや8年もの歳月が経ち、奈津子は疲弊しきっていました。 転機はあるホテルへの一泊旅行によってもたらされます。そこはかつての高級リゾートホテルであり、裕福な時代の奈津子たちが利用したホテルでもありました。しかし現在は大衆化され、区の保養所にまで落ちぶれています。たまたま広告を目にした奈津子は、その動機もよく分からないまま、太一とホテルへ一泊旅行に出かけることを決意します。一族の繁栄と没落を象徴するようなホテルにふさわしく、奈津子は旅の間中、母と弟に苦しめられた日々の記憶を次々と想起してしまいます。しかし、次第に奈津子に心境の変化が生じます。今まで過去の不快な記憶から目を逸らし続けてきた奈津子は、母と弟を実体以上に俗悪化させ、その肥大した不快な記憶にますます精神を苛まれるという悪循環に陥っていました。しかし奈津子はこの旅によって、記憶を冷静に直視し、案外取るに足りない平凡な家族の肖像であったと再解釈できるような、平穏な心境へと到達します。そしてその心境の変化は、太一は愚鈍などではなく、世界を冷静に直視した上でのん気に振る舞っているのだという新しい解釈をもたらします。 現実は何も変わりませんが、奈津子は解釈によって世界を塗りかえました。塗りかえられた世界が美しいのは、いつ現実の夫、母、弟に裏切られ、崩壊してもおかしくない危うさを持っているからです。この作品は弱者しか登場しない歪んだ家族小説であり、その病理性ゆえに稀有な美しさを獲得した小説です。 ***主な登場人物 ■奈津子 区役所でパートをしていた時に太一と知り合い、結婚。現在は児童館で子どもと遊ぶパートをしている。アパートで太一と2人暮らし。 ■太一 36歳。北海道出身。区役所の職員だったが、8年前に脳の発作を起こし、障害者となる。脳と四肢の働きが鈍く、車椅子で生活している。 ■奈津子の母 元スチュワーデス。精神障害の演技により障害者年金を騙し取って生活している。奈津子の弟と一緒に郊外のマンションに住んでいる。 ■奈津子の弟 奈津子の4歳下。大学卒業後、就職したものの長続きせず、ふらふらした生活を送っている。 ■奈津子の父 一流企業のサラリーマンだったが、原因不明の脳の病気を患い、死去。 ■奈津子の祖父 戦後、小さな店の社長として一財産を築いた。肺気腫により死去。 ----
***本文より >&bold(){ 歯車は壊れて完全に破綻してしまうのではなく、壊れる寸前のところで静止し、モノトーンに色あせ、一枚の紙に収まっている。一秒後、歯がかみ合わなくなり、全ての歯車が外れて崩壊する、その寸前のところで。} ***作品解説  この小説は夫、母、弟という異なったタイプの弱者を抱えた女性を描いています。夫は障害者ですので仕方ないのですが、母と弟は健常者でありながら働きもせず、主人公の奈津子に金をたかる俗物として描かれています。 奈津子は裕福な家庭に生まれましたが、祖父と父が資産を遺さずに亡くなってしまったため、家は経済的に没落してしまいます。奈津子は将来の希望を失い、子供の頃から消極的で卑屈な人生観を持つようになりますが、母と弟は没落を受け入れることができず、借金と虚飾にまみれた派手な生活を送り続けます。母と弟は奈津子に金をたかるばかりか、そのエリート志向の欠如を散々なじります。奈津子は家の経済的没落よりも、この母と弟の俗物ぶりに神経をすり減らし、ますます陰鬱になってしまうのですね。といっても、奈津子にとって母と弟は必ずしも強者というわけではありません。彼らは社会とのつながりを失い、友人や知人もおらず、いつ精神崩壊してもおかしくない弱者としても描かれています。  母と弟に寄生される悪夢のような生活は、区役所の職員だった太一との結婚と、その太一が突然の発作により障害者となってしまうことで幾分解消されます。さすがの二人も障害者に金をたかることはできません。しかし、軽度の認知症と車椅子での生活になってしまった太一に対し、奈津子は冷めた態度でしか接することができません。太一はもはや、愚鈍であり、弱者です。つまり奈津子は過去においても現在においても、弱者に依存され、その世話役を任されてしまっているわけです。発病当初こそ甲斐甲斐しい介護をしていましたが、もはや8年もの歳月が経ち、奈津子は疲弊しきっていました。  転機はあるホテルへの一泊旅行によってもたらされます。そこはかつての高級リゾートホテルであり、裕福な時代の奈津子たちが利用したホテルでもありました。しかし現在は大衆化され、区の保養所にまで落ちぶれています。たまたま広告を目にした奈津子は、その動機もよく分からないまま、太一とホテルへ一泊旅行に出かけることを決意します。一族の繁栄と没落を象徴するようなホテルにふさわしく、奈津子は旅の間中、母と弟に苦しめられた日々の記憶を次々と想起してしまいます。しかし、次第に奈津子に心境の変化が生じます。今まで過去の不快な記憶から目を逸らし続けてきた奈津子は、母と弟を実体以上に俗悪化させ、その肥大した不快な記憶にますます精神を苛まれるという悪循環に陥っていました。しかし奈津子はこの旅によって、記憶を冷静に直視し、案外取るに足りない平凡な家族の肖像であったと再解釈できるような、平穏な心境へと到達します。そしてその心境の変化は、太一は愚鈍などではなく、世界を冷静に直視した上でのん気に振る舞っているのだという新しい解釈をもたらします。  現実は何も変わりませんが、奈津子は解釈によって世界を塗りかえました。塗りかえられた世界が美しいのは、いつ現実の夫、母、弟に裏切られ、崩壊してもおかしくない危うさを持っているからです。この作品は弱者しか登場しない歪んだ家族小説であり、その病理性ゆえに稀有な美しさを獲得した小説です。 ***主な登場人物 ■奈津子 区役所でパートをしていた時に太一と知り合い、結婚。現在は児童館で子どもと遊ぶパートをしている。アパートで太一と2人暮らし。 ■太一 36歳。北海道出身。区役所の職員だったが、8年前に脳の発作を起こし、障害者となる。脳と四肢の働きが鈍く、車椅子で生活している。 ■奈津子の母 元スチュワーデス。精神障害の演技により障害者年金を騙し取って生活している。奈津子の弟と一緒に郊外のマンションに住んでいる。 ■奈津子の弟 奈津子の4歳下。大学卒業後、就職したものの長続きせず、ふらふらした生活を送っている。 ■奈津子の父 一流企業のサラリーマンだったが、原因不明の脳の病気を患い、死去。 ■奈津子の祖父 戦後、小さな店の社長として一財産を築いた。肺気腫により死去。 ----

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