作品の数について


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芥川賞は第1回の石川達三から第150回の小山田浩子さんまでに155人の受賞者を生んでいます(受賞辞退の高木卓を除く)。人数が155なら作品数も155だろうと思われるかもしれませんが、違います。一つの作品ではなく、複数の作品をもって受賞した作家がいるからです。それは以下の6人です。

第5回 尾崎一雄「暢気眼鏡」その他
第8回 中里恒子「乗合馬車」その他
第25回 石川利光「春の草」その他
第26回 堀田善衛「広場の孤独」「漢奸」その他
第29回 安岡章太郎「悪い仲間」「陰気な愉しみ」
第31回 吉行淳之介「驟雨」その他

これは主催者側による発表をそのまま記したものですが、「その他」というのが不親切なんですよね。「その他」が具体的に何を指しているのか、当時の選評を読まないと分からないわけです。
以下、この6人の選考の経緯を解説していきます。



第5回 尾崎一雄「暢気眼鏡」その他

第5回の芥川賞受賞作は尾崎一雄の短編集「暢気眼鏡」です。この短篇集には「暢気眼鏡」「猫」「芳兵衛」「ヒヨトコ」「世話やき」「擬態」「灯火管制」「父祖の地」「五年」という9篇の作品が収録されています。芥川賞というのは作品1篇に対して与えられるのが基本ですので、複数の作品を収めた短篇集がまるごと受賞してしまうというのは極めて異例であり、長い芥川賞の歴史の中でもこの回のみです。当時はまだ芥川賞の歴史も浅く、選考基準が曖昧だったためにこのような変則的な授賞となったのでしょう。



第8回 中里恒子「乗合馬車」その他

中里恒子は第8回で初めて芥川賞候補となり、そのままストレートで受賞しました。候補になったのは「乗合馬車」「日光室」の2篇ですが、両作品は設定が共通しており連作といえるものになっています。2篇を比べた場合には「乗合馬車」の方が選考委員の支持を集めたようですが、連作であるということで「日光室」も捨てがたく、《授賞作「乗合馬車」その他》という公式発表に至りました。つまり「その他」とは「日光室」を指しているわけですね。



第25回 石川利光「春の草」その他

石川利光は第24回に「手の抄」「夜の貌」の2篇が候補となり、まずまずの評価を得ましたが落選。そして続く第25回でも「春の草」が候補となり、安部公房の「壁」とともに芥川賞を受賞しました。しかし「春の草」一篇では力不足とみる選考委員も多く、正式な候補作品ではありませんが、「春の草」と同時期に発表された「冬の蝶」および前回の候補作2篇を含めて《授賞作「春の草」その他》と発表されました。つまり石川は「手の抄」「夜の貌」「春の草」「冬の蝶」の4篇をもって芥川賞を受賞したということになります。このような救済措置が取られたのは、この第25回および後述する第31回だけです。この時期の芥川賞選考委員会には、1篇だけでは物足りなくても、過去に一定の水準をクリアした作品を複数発表している作家に対しては授賞してもよいという選考基準があったようですね。



第26回 堀田善衛「広場の孤独」「漢奸」その他

堀田善衛は第23回に「祖国喪失」、第25回に「歯車」が候補となり、なかなか悪くない評価を得ましたが落選。そして第26回において「広場の孤独」「漢奸」の2篇が候補となり、その一方の「広場の孤独」が抜群の評価を得て芥川賞受賞となりました。それならば《授賞作「広場の孤独」》とすればよいように思われますが、(選考委員にとって)少し困った事情がありました。それはこの作品が既に単行本化されて世間の注目を浴び、多くの好評を得ていたということです。前評判の高すぎる作品にそのまま授賞することで、世論追随との批判を受けることを選考委員たちが警戒したのでしょう。「広場の孤独」に加えて、同時に候補になった「漢奸」および堀田のこれまでの努力・進歩に対する評価も含めて《授賞作「広場の孤独」「漢奸」その他》という公式発表に至りました。つまり、ここでの「その他」というのはオマケのようなものであり、具体的に作品を指し示しているわけではありません。



第29回 安岡章太郎「悪い仲間」「陰気な愉しみ」

安岡章太郎は第29回に「悪い仲間」「陰気な愉しみ」の2篇が候補となり、選考委員の高い評価を得ましたが、両作品甲乙つけがたいということで、そのまま2篇受賞となりました。公式発表は《授賞作「悪い仲間」「陰気な愉しみ」》となっており、「その他」が入っていないので分かりやすいですね。ちなみに、同時に2作品が候補となり、その両方が授賞相当として高い評価を受けた作家としては、第22回の井上靖(「闘牛」「猟銃」)、第64回の古井由吉(「杳子」「妻隠」)がいますが、どちらも多数決で強引に1篇に絞り込んでしまいましたので、安岡の2篇同時受賞は極めて稀な事例といえます。2篇とも非常に短い作品であったことも少なからず影響しているかもしれません。



第31回 吉行淳之介「驟雨」その他

吉行淳之介は第26回に「原色の街」、第27回に「谷間」、第28回に「ある脱出」が候補となりましたが落選。そして第31回に「驟雨」「バラ」の2篇が候補となり、ようやく芥川賞を受賞しました。しかし「驟雨」「バラ」に対する選考委員たちの評価は決して高いものではありませんでした。それでも吉行が受賞できたのは、彼がこの回を含めて4回も候補に挙がったという実績を選考委員たちが評価したためです。当時は同じ作家が何度も候補に挙がることは珍しく、吉行以前に4回も候補に挙がったのは武田繁太郎しかいませんでした。武田と比べた場合、吉行の作品は落選したとはいえ、一定の水準をクリアしていると評価されたのでしょう。第25回の石川利光と同様の救済措置が取られ、《授賞作「驟雨」その他》という公式発表に至りました。つまり吉行は過去の候補作を含めた「原色の街」「谷間」「ある脱出」「驟雨」「バラ」の5篇をもって芥川賞を受賞したということになります。ちなみに吉行の受賞後、4回以上候補になりながら結局受賞できなかった作家は約30人もいますので、単に候補回数を重ねれば受賞できるというわけではないようです。



それでは6人の受賞作を整理してみましょう。

第5回 尾崎一雄「暢気眼鏡」その他
「暢気眼鏡」「猫」「芳兵衛」「ヒヨトコ」「世話やき」「擬態」「灯火管制」「父祖の地」「五年」

第8回 中里恒子「乗合馬車」その他
「乗合馬車」「日光室」

第25回 石川利光「春の草」その他
「手の抄」「夜の貌」「春の草」「冬の蝶」

第26回 堀田善衛「広場の孤独」「漢奸」その他
「広場の孤独」「漢奸」

第29回 安岡章太郎「悪い仲間」「陰気な愉しみ」
「悪い仲間」「陰気な愉しみ」

第31回 吉行淳之介「驟雨」その他
「原色の街」「谷間」「ある脱出」「驟雨」「バラ」


ようするに芥川賞は第1回から第150回までに、155人の受賞者と173篇の受賞作を生んだということになります。ただし、選評の解釈をめぐって異論のある方もおられるでしょうから、あくまで管理人の見解にすぎないことを明記しておきます。