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辻友江×伊吹命SS


高校一年の冬が過ぎようとしている頃だった。
魔人保健委員会に所属している私が昼休みの保健当番で保健室に居たところ、快活そうな一人の少女が足を怪我してやって来た。
上履きの色を見ると私と同じ赤色。同学年の様だ。
私が能力によって擦り傷を一瞬で治したのを見たその子は、私の顔をみて言った。

「あなた、優しいんだね」

意味が分からなかった。怪我を治癒したことに対してだろうか?魔人保健委員会の保健当番は保健室にやってきた人をできる限り看病するのが仕事なのだから優しいも何もないだろう。
理解ができずしばらく呆けてしまった私を見て、少女は慌てて言い繕う。

「あ、えーと。あなたのその魔人能力のことね。魔人能力ってのは個々人の思想が主に反映されるから、傷を癒やす能力を持つあなたはきっと他人のことを想える優しい子なんだろうなーって。」
「そ、そうかな……」

私の能力「癒しの息吹」は軽度の傷なら瞬時に直せるが重症になると治すことすらできないという微妙な性能な為、余り役に立たない能力だと思っていた。その割には魔人だからというだけで差別されることもあり、むしろ厄介者の様に感じてさえ居た。
そんな能力を契機に褒められたのは初めてのことで、照れくさいような気恥ずかしいような、どう反応していいか分からなかった。
そして「優しい」という言葉。優しいと言われたことは何度かあったが、それは長所というよりも褒める所がないから選んだ無難な言葉という感じであった。しかし、今目の前にいる少女の真摯な瞳を見る限り「優しい」と言った言葉に嘘偽りはなく、心の底からそう思っている様に思われた。

「そうだよ、きっと! いや間違いないね! 私が保証する!」
「あはは、凄い自信だね」
「もー、人がせっかく褒めてるんだからあなたも自信持ちなよー?」
「うん、ありがと。少しは自信持てそう!」
「よし、そう来なくっちゃ!」

その子の笑顔は自信に満ち溢れ、凝り固まったコンプレックスを溶かしてくれるような眩しさと暖かさを持っていた。

――――これが私、辻友江と伊吹命の出会いだった。

それからは隣のクラスだったということもあり、廊下で話すことが多くなった。
やがてお互いの教室に出入りすることも増え、保健当番が無いときの昼休みはいつも一緒だった。
彼女の能力は物を人間化する能力で、人間化した物達”モノノケ“に囲まれて暮らしている。私はモノノケと命の楽しそうな日常の話を聞くのが好きだった。
二年に進級すると、同じクラスになってより一層一緒に行動することが多くなった。


命は私にとって高校生活で初めて出来た友達といっていい。
話相手がいなかったわけではないが、私はクラスで形成されたどのグループにも馴染めず浮かない程度に孤立していた。魔人保健委員会に入ったのも昼休みに保健室に逃げることができるからだ。
そんな折にできた友達。彼女はつまらないと思っていた学校を彩る救世主であって、私は縋るように依存していく。

そして過ぎ行く日々の中、私は命に対するある一つの感情を自覚し始めた。

◇◇◇

私を庇って命がハルマゲドンに出ることになった次の日の朝の教室。

「おはよー」
「おはよう」

命の目の下には隈ができていた。よく眠れなかったのだろうか。

『絶対に生き残る。生きて帰って、また友江との平和な日常に戻るよ』
そう言って、手を握り返してくれた命の姿をふと思い出す。
命が庇ってくれたのは嬉しかった。だが、一切悪びれることなくその好意に甘えてしまうのは流石に躊躇われた。

「あの、昨日はごめんね。私のせいであんなことになっちゃって。私がでてもいいんだよ……?」
「何でも『私のせい』とか言っちゃうのは友江の悪い癖だぞ。大丈夫だよ。私が友江の代わりに頑張るから。」

表情と口調から、固い決意の元にその言葉が発せられたのだということが分かった。
きっと、たくさん葛藤したのだろう。怖くないわけがない。命が私を庇うと宣言した時、足が震えていたのを私は知っている。
彼女だって普通の女の子だ。あの時彼女は私を「人を傷つけることを厭う女の子」と称したが、それは命だって同じはずだ。それでも命は私の為にハルマゲドンに参加する決心をした。感謝してもしきれない。

「ありがとう、命。でも、お願いだから無茶しないでね?」
「わかってるって。そう簡単には死なないよ!」
「まったく、その自信はどこから来るんだか」
「なんとなくよ、なんとなく。じゃ、日直の仕事しなきゃだからちょっと行ってくるね」
「うん」

そう言って、命はもう一人の日直の方へ行ってしまった。
手持ち無沙汰になり、命の方を見ると大層楽しそうに会話をしている。

「……」

まただ。
こういう時はいつも心が疼く。命が誰かと話しているだけで気分が重くなる。面白くない。
二人だけで居る時は幸せに包まれているのに、離れてしまうと憂鬱な気分になる。気がついたら命のことを考えている。
この気持ちがなんなのか自覚しているつもりだ。人はそれを麻薬というが、全くもってその通りだ。
単刀直入に言おう、私は命に恋をしている。

初めてこの気持ちに気づいた時、私は戸惑った。恋なんてしたことなかったし、何より相手は同性だ。何かの間違いではないかと思った。しかし気のせいだと思えば思うほど命への思慕の念は強まっていく。
いっそ潔く告白でも、と思ったことも何度かある。だがその度に様々な疑念が渦巻く。
振られたら? ドン引きされたら? 命に好きな人がいたとしたら? 今まで通りの関係を続けられなくなったら? 
不安ばかりが膨らんでいき、最悪の事態になるよりは現状維持の方がいいと思い結局前に進むことはできなかった。
一方で秘めた思いを隠していくのも容易ではなかった。吐き出して楽になりたいという思いが常に鎌首をもたげる状況にひたすら耐えなくてはならなかった。
曝け出してしまいたい衝動に駆られつつも、保身が先走ってなんとか抑えるという日々を繰り返しながら時間だけが過ぎていった。

◇◇◇

昼休み。

いつもの様に私はお弁当を持って命の席に向かう。命は手に何かを持ってそれをじーっと眺めている。あれは……シャープペンシルの芯?

「命ー、また擬人化の妄想?」
「うんー。シャーペンの芯ってなかなか擬人化妄想難しいんだよね。難易度はペットボトルのフタと同じくらい」
「あはは、なにそれ」

昼食をとりながら命と他愛の無い会話を交わす。コレが私の至福の時だ。命と出会う前はやることがなくて憂鬱だった昼休みも、今では楽しみで仕方がない。

「今日も目覚まし時計がさー」
「うんうん」

何気ない会話の中で、ふと命が時計を頻繁に気にしている事に気づいた。

「ん。今日何かあるの? 時計ばっかり見てるけど。」
「あ、バレた? 実はあと5分位したら番長グループに顔出さないといけないんだよね。参加者全員の顔合わせってやつ? かったるいなー」
「そっか……」

誰だ私の大事な時間を壊すやつは!
と言いたいところだが言ってもどうにもならないので胸の内に秘めておくことにする。
別れを惜しむ様に残り五分の会話を噛み締めながら楽しんだ。

「ほいじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃいー」

これからもハルマゲドン関係での用事が増えてくのだろうなと思うと、寂しく感じる。

「遠いな……」

教室を出て行く命の背中を見て、そんな感想を漏らした。
どこか遠くに行ってしまって帰ってこないんじゃないかという気がして、無性に泣きたくなる。
実際、近い未来にそうなる可能性はあるのだ。考えたくはないが、ハルマゲドンでの死がまさにそれだろう。
ここにきて、もう今後会えなくなってしまうのならいっそ、という思いが芽生え始めていた。
何も伝えずに後悔するよりも伝えて後悔した方が良いのではないか。
その思いは一日中渦巻き、私を悩ませた。

今まで均衡を保っていた心の天秤が傾いていく。

◇◇◇

それから三日後の昼休み。

「あのさ、話があるんだけど……いいかな?」
「ん。急に改まってどうしたの」
「えっと、ここじゃ話しにくいから廊下に出てもらっていいかな」
「はいよー」

私と命は廊下の人気のない場所まで歩いて行く。
今からすることを思うと、心臓が爆発しそうだ。まだ3月だというのに汗が頬を伝う。やっぱり辞めよう、と一歩進む度に引き返したくなる。三日間、何度もこのことについて考えた。そして最早抑えきれないことに気づいてしまった。早まってしまったという思いも勿論ある。でもここで諦めたら多分二度と勇気を出せなくなるし、後悔するだろう。

「で、話って何? 何か困ったことでもあるの?」

命は心配そうな顔でこちらを見てくる。
そういえば命に何か相談したことってなかったかもしれない。そんな私が真面目な顔で話があると言ったら心配しちゃうのも仕方ないか。
私は、命のそういう優しい所が――――

「好き」

「え?」
「もしかしたら二度と伝えられなくかもしれないから言っておくね。好きだよ、命」

驚いた顔の命をそっと抱きしめてみる。髪の毛からいい匂いがする。
このまま一生こうしていたい。でもそれはできない。

「ちょっと待って、それって……」
「そうだよ。恋愛的に好きってことだよ。」
「えーと……」
抱擁を解いて、命の顔を見る。困惑した表情で何というべきか言いあぐねている様子だ。

――――やっぱりそうか。
なんとなくそんな気はしていた。両思いかもしれない、なんてことは空想に過ぎなかった。
諦念と寂しさが心を吹きすさぶ。

「……返事はいいから。私、保健当番あるから。じゃあね」
「あ、ちょっと待って……!」

命の呼びかけを無視し、廊下を走った。頬に一筋の涙が伝う。
自分でもびっくりする位全力疾走で駆けた。
命にはこの顔を見られたくなかったから。優しい命は私が泣いている所を見たら、自分が傷つけたと自分を責めてしまうだろうから。

◇◇◇

今日は保健室の先生がいない日。
やることが増えるため面倒な日だが、この時ばかりは有難かった。
流石に泣き顔で保健室に入ってきたら先生も心配するだろう。
ティッシュで涙を拭い、椅子に座って気持ちを落ち着ける。
一息ついたところで、ドアがノックされた。

「はーい。どうぞ」
「ちょっと足ケガしちゃいまして―」
「え……ちょ、その声!待って待って!」
「待ちませーん!」

音を立ててドアが開いた。
私の中の時間が止まった。入ってきたのは、命だった。

「やっほー」
「え、えと……」

頭が真っ白になった。何をどうしたらいいのかさっぱり分からない。

「おーい。保健当番さん仕事仕事」
「あ、えーと、どうされましたか」
「友江追っかけようとしたら、転んで足擦りむいちゃった」
「えー? 大丈夫?」
「全速力で駆けてったからびっくりしたよ」
「だって、恥ずかしいじゃん……」
わざわざ追いかけてきてくれたのか。嬉しい反面、怪我させてしまったことに申し訳なくなる。

擦り傷に手を当て、能力を使い治癒する。
すると、命は私の手を見て何かを思い出すように目を細めて言った。

「友江は優しいね」

いつかの日、私と命が出会ったあの時の焼き直しをするかのように。
当時の私は素直にその言葉を受け取って喜んだ。
――でも、今はあの時と違う。

「他人のことを想える優しい子、だっけ? ううん、そんなことない。その内会えなくなるかもと、『生きて帰る』と言った命のことを信じてあげないで身勝手に告白して、挙句の果てに怪我させちゃった。私は自己中心的な人間だよ」
「もー。またそうやって自分を責めるような言い方して。本当に自己中心的な人間は、そうやって他者を傷つけたことを悔いるような言動なんてしないもんだよ。その発言こそが友江が優しい証」
「うーん……そうなの、かな」
「そうだよ。私が保証するってあの時も言ったじゃん。それとも、友江が好きな私はそんな信じられない人間なの?」
これはずるい。こんな事言われたら是と答えるしか無いではないか。
「う、それは……そんなこと、ないです……」
「でしょー?」
「うん。あ、そういえばさ。なんで私の事追ってきたの? 返事要らないって言ったのに……」
恥ずかしかったので、話題を変えてみる。
「いや、でも放っておけないじゃん? それに友江が勘違いしてるみたいだったから。」
「勘違い?」
「私が告白断ると思って逃げたんでしょ?」
「えっ。違うの?」
心臓が跳ね上がった。
やめて欲しい。そんなことを言われたら希望を持ってしまう。
前のめりになって聞こうとすると、命は囃し立てるように口に手を当てニヤニヤと笑みを浮かべた。
「あれー、返事要らないんじゃなかったの?」
小悪魔だ。私がどういう反応するか分かった上で発言している。
あぁ、でも命のそんな所もいいなぁと思ってしまう辺り私も大概どうかしてる。
「あ、う。えーっと……」

私が返答に詰まり、命も私の言葉を待っているためしばらく沈黙が続いた。
目があっては私が目をそらし、盗み見るように視線を向けると再び目が合い私が逸らすという攻防が数分続いた。
やがて耐え切れなくなり、なんとか言葉を紡ぐ。

「……聞きたいです」
「うむ。……こほん。正直、今まで友江のことをそういう風に見たことはありませんでした」
「えー」
おちゃらけたように言っているが、内心のショックは大きい。聞くんじゃなかった。
しかし、命は続ける。
「でもね。友江とはもっと仲良くなりたいと思ってた。私もそんな友達多いほうじゃないからさ、結構友江に依存してるとこもあってさ。昼休み、擬人化の妄想してる振りなんてしながら『早く友江来ないかな』っていつも思ってた。だから、もっと仲良くなりたいな、って思うけど親友以上の間柄って思いつかなくてさ。あはは、私よっぽど初心だったのかな。恋愛関係になるってのは思いもよらなかったよ。友江に告白されて初めてその可能性に思い至って。それでね。」

一旦言葉を切ると、一歩前に踏み出して私との距離を縮めた。
そして私の頬に手を当てる。
今ではもう、命のこんな動作ですらときめいてしまう。べた惚れだなぁ、と他人事のような感想が思い浮かんでみたり。

「それでね、考えた結果――」
「……!」

一瞬の出来事だった。
私と命の唇が触れ合い、そして離れた。
命の甘い匂いが遅れて鼻腔をくすぐる。

「――今はこれが限界。まずは友達以上恋人未満ってことでどうかな?」
「え? えー?」
キスしといて、別に付き合うワケじゃないのか!
「ごめんね。友江のことは好きだけど、でも付き合うってのはその、さっき行った通り考えたこともなくて、ちょっとまだハードル高過ぎるかなって。だから、徐々に慣らして行く感じで……ダメ、かな?」
珍しく命が弱気だ。これはこれでアリだな。うん、かわいい。
「えー? ねぇ、キスよりも付き合う方がハードル高いの?」
「え、だって付き合うってことはその先もするってことでしょ……?」
「いや、それは人によるんじゃないかな……。」
まったく、初心なんだかおませさんなんだか。


「まぁ分かったよ。それでいいよ。だけどその代わり、一つだけお願いがあるの」
「ん、何?」
「ハルマゲドン、生きて帰ってきてね。そうじゃないと、付き合うことになる前に……」
その先の言葉は、想像するのも嫌なので口には出せなかった。
「了解!任せといて!」
「うん、絶対だからね。じゃあ、早速慣らす為にキス以上のこともしてみよっか。ほら、ちょうどベッドあるし。先生も今居ないし!」
「え、ちょっと待って! キスだけで精一杯だってばぁ!」
「えーいいじゃんいいじゃん」
「だめー!」

こうして私たちの関係は一歩前進……できたかな?
こんな日が長く続いてほしいな、と思う。
命の生還を祈って、私はハルマゲドンまでの日々を過ごした。

【END】