■たたかえ蟹ちゃんシリーズ■第14話☆ハッピー・ホワイトデイ■


希望崎学園の屋上に、少女が一人。少女は、手摺をそっと乗り越える。陸屋根の縁から身を乗り出して下を窺う。七階建て。落ちたらまず死ぬだろう。(私が死んだら、あの人は悲しんでくれるかな)つまらないことを考えてしまう。……恐怖を振り切って、少女は宙に身を踊らせた。1

屋上の手摺を掴んだサイバネ爪のウインチ機構から、慎重にワイヤを繰り出しながら降下する。今日は3月14日。愛する少年からチョコの三倍返しを強奪すべく、またしても希望崎に侵入した蟹ちゃんなのであった。少年のクラスに到達。中をこっそり覗き込む。2

(蜂……! 風紀委員……! 暗殺者ども! SLGの会! 失禁幼女! それにそれに……!)背が高いの。低いの。胸が大きいの。小さいの。ぽっちゃりしたの。ほっそりしたの。少年の席の周りはまるで美少女見本市!(うぬゥー、デレデレしやがって浮気者めェー……)3

(あれ? しおりちゃんは?)戌井しおりは、少年を囲んで棒で叩く輪から離れた席で、おろおろ様子を見ているだけだった。(駄目だよ! もっと積極的にならなきゃ! ……こんな風になァーッ!)対女王蜂決戦兵器スティンガーミサイルクローの発射準備! 4

「こいつを撃ち込めば雌豚どもを皆殺しにしつつ浮気者に制裁できてアブハチトラズだぜェーッ!」クローが二つに割れて上下に展開、中から細長いミサイルが現れる! そして発射! 狙い通り浮気者に着弾! カブーム! 教室全域を巻き込んだ大爆発! 5

「馬鹿なッ! どうしてこうなるッ!?」教室内の少女たちは、ミサイルの爆風で服を引き裂かれてあられもない姿となり、胸や尻や股間を押し付ける体勢で折り重なるように少年の上に倒れ込んだ!「なぜだッ!? なぜ私のミサイルでちょっとHなハプニングが!?」6

(だが……! この状況を利用するッ!)サイバネ少女は自らの服をクローで引き裂き、被害者のひとりを装って少年に身体を押し付けにゆく!「えーん! いまの爆発こわかっグワーッ!?」埴井葦菜の蹴りがサイバネ少女を窓の外に蹴り飛ばす! グシャッ! 校庭に顔面着地! 7

「なぜ私が犯人とわかった?」「1、購買でもミサイルは売ってない。2、教室内にサイバネ腕の生徒はいなかった。3、あなたの右腕、まだ発射の名残で煙が出ているよ!」「見事な推理だ! だが今日が貴様の命日だァーッ! 死にさらせ糞蜂ビッチめェーッ!」8

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暴発した左腕ミサイルによって形成されたクレーターに倒れているサイバネ少女に、少年が近付き、話し掛ける。「大丈夫? あんまり危ないことしちゃ駄目だよ?」「うん……」しおらしく答える蟹ちゃん。そして少年は、懐から小さな包みを取り出した。10

「これ、お返し。さっきの爆発でちょっと割れちゃったけど」「えっ、くれるの?」「もちろん」少年は子犬のように可愛い笑顔で答えた。蟹ちゃんからも笑顔が溢れ出す!「ありがとう! 宝物にする! 一生大事にします!」「いや、食べてね?」「うん! 一生ずーっと大事に食べる!」11

先月贈ったドレッドフルサイバネチョコと比べれば、少年が焼いたクッキーはサイズも原価も10分の1にも満たない。だが、食べても命の危険はないし、蟹ちゃんは少年の気持ちが嬉しかった。十倍、百倍、いや、10の24乗倍ぐらいの価値があると思った。12

蟹ちゃんは、葦菜に砕かれた顎の痛みも忘れてニコニコで家に帰った。その様子を見て、〇三七二三は聞いてみた。「蟹ちゃん、もしかして無理して戦わなくても結構幸せになれるんじゃないかな?」「やだよ!」義姉の言葉を蟹ちゃんは即座に否定する。13

「私はね、ハーレムエンドの末席にちょこんと座るのなんて、絶対やだよ!」サイバネ腕をぶんぶん振って蟹ちゃんは息巻く。「私は『女王』になるの! オンリーワンなナンバーワンになるの! 邪魔する奴は……どいつもこいつも全員皆殺しだァーッ!」14

大きなクローで小さな包みを器用に開き、中のクッキーを取り出してうっとりと眺めた。割れちゃってるけど、上手に焼かれた素敵なクッキー。「やっぱり食べるのはまた今度。顎が痛いからね!」クッキーを枕元に置いて、蟹ちゃんは写真立ての中の優しい笑顔におやすみなさいを言った。15

■第14話☆ハッピー・ホワイトデイ■ おわり



第14話挿絵「蟹ちゃんと素敵な少年」

【ドレッドフルサイバネチョコって何ですか? いかにも危険そうな名前ですが……】H「一種の媚薬入りチョコですね。仕込まれた超小型サイバネマシンが脳に入り込み、一定時間行動を支配します。まだ研究開発段階の技術ですが、マウス致死率は70%以下まで改善されました」

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最終更新:2014年06月14日 09:57