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第一章 『海賊の言葉、少女の言葉』


「バルゲン――やあ、邪魔してるよ」
「こいつァリズさん! ほう! 今日は素敵なご婦人も一緒ですかい。ようこそようこそバーゲンへ!」
「ああ。こちらの女性に似合う服を探しているんだ」

中東風の服装に身を包んだ男が物陰から顔を覗かせ、恰幅の良い腹を揺すって上機嫌に笑った。
笑い声に、先に男へ挨拶をした女――長い手足を惜しみなく日に晒す軽装の女も豪放な笑顔で応えた。
大の大人の男でも見上げる程の体格と併せ、女の笑顔は満面から力強さが滲み出ているかのようである。

打ちっぱなしのコンクリートに直接敷かれたブルーシートは我が物顔のガラクタに占拠されている。
所々に立てられたハンガーラックには時代も世代もごちゃ混ぜになった服がぎゅうぎゅうと掛かっている。
男達のいる購買部の前に用意された空間は、普段の閑散が嘘のような蚤の市となっていた。

女海賊リズとその連れ――女海賊を上回るくらい長身の人物が訪れたのは希望崎学園購買部。
筆記用具や昼食を買いに学生達が細々と、時に騒々しく通うその場所は、近頃、
世界中の奇品・珍品を扱う『死の商人』バルゲン・セラーによるビッグ・バーゲンの開催場となっていた。

※ ※ ※

「こっちの縦縞セーターなんてどう?」
「うーん、どうかな」
「編み物なんて普段はなかなか着れないんじゃないか?」

リズが次々と華美な服を取っては連れの身体に当て、ふんふんとしたり顔で頷く。
着せ替え人形もかくやという状況にある女海賊の連れは、軽く返事と微笑を返す。
リズより一回り年上であろうに、その人物の所作は颯々として若々しい。

何でも揃うビッグ・バーゲンの片隅にある『両手を拘束された女性用服』のコーナーで、
リズに連れられてきた佐和村静穂(さわむら しずほ)は満更でもない表情をみせていた。
身体的特徴から、静穂は自分の衣服を外で買うという経験がほとんどなかった。

「これ! 情熱的なドレス! これどうかな? サワムラのスタイルなら映えるんじゃない?」
「着ない」
静穂は微笑んだ。自分をお洒落に着飾らせたいと買い物に連れだしたリズの気持ちが嬉しかった。

※ ※ ※

「それで……さ。ツミヒラに留守番を頼んできたのは、話が……話が、ね。うん、私、サワムラに」
「話?」
「ちょっとあらたまって言うようなことでさ。私……いや、サワムラ……ああ! 緊張するな!」

買い物を終えた二人がバーゲン客用に設置された簡易カフェで休憩をしていたときであった。
注文したドリンクが机に置かれ、店員が離れたタイミングでリズが徐ろに口を開いた。
空いた椅子に積んだ服の包みをがさりと弄るリズの顔は不敵さの欠片もなく、緊張でこわばっていた。

「サワムラ。私の船に乗らないか。これからずっと、私と一緒に。私の言ってる意味、伝わるかな」
「……え」
「真剣なんだ。ずっと焦がれてた。このリボンに誓うよ。厭きさせない人生をプレゼントする」

熱の篭った言葉を告げ、リズは包みから服を取り出した。それを抱き上げるように静穂へかざす。
花開いた純白のドレス、透き通ったレースがひらりと潮風に踊った。一瞬の静寂。静穂は息をのんだ。
港から鳴り渡る汽笛が空気を震わせた。リズの船が出航の報せを届けたのだった。

※ ※ ※

この日、リズが静穂と二人きりでバーゲンにやってきたのには理由があった。彼女にとって重大な理由が。
それが、幼少時からの憧れであり師である静穂への、この告白であった。
「海賊なんてやってるけど、それでも私はサワムラにドレスも、お宝も、自由な世界だってやれる!」

はじめは困惑していた静穂も、リズの熱意から『告白』されていることを理解した。
静穂の表情は困惑から寂しそうなものに、やがて哀しそうなものへと変わった。それがリズの熱を煽った。
「ツミヒラも一緒にだ! ツミヒラがサワムラにとって大切だとわかってる! 私だって世話になった!」

地面を蹴る音が聞こえた。前のめりにしゃべっていたリズの耳にも届く、硬質な音だった。
静穂はリズの言葉を短く「帰る」と遮り、すぐに背を向けて歩き出した。
足音が「追ってくるな」と語っていた。ほんの短い時間で、リズは静穂に置き去りにされていた。

伸ばした手も、前に踏み出した足もそれ以上は動かせず、リズは遠のく背中を見送るしかなかった。
リズの手から風にさらわれたレースがふわりと飛び出して、主のいないカフェの椅子に絡みついた。
暫しの自失の時間を挟み――「やっちまった」とリズは呟き、強く固めた拳を自分の額にぶつけた。

「海賊稼業に慣れすぎたか……もっとまともな言葉もなにか考えりゃ……ああっクソッ!」


第二章 『乙女心と狂言廻し』


「強引すぎたかなぁ……もっとムードとか、いやでも汽笛の演出とか私だって考えてさぁ……」
「ウホウホ」
「いっそ攫っちまうか……いやサワムラ強ぇし……じゃない! なに言ってんだ私は……はぁ」

東京湾に浮かぶ埋立地の片隅に作られた簡易カフェに、まだ日も高い時刻から呑んだくれる女が一人。
女の眼前、つい先刻まで連れのいた席は、今やハタハタと白いレースがたなびくのみである。
一世一代の告白に敗れた女海賊リズは酒を呷り、口を開ければため息と無念をとめどなくこぼしていた。

「ツミヒラのこと、軽く見てるって思われちまったかな……ついでみたいなこと言っちまったし」
「ウホウホ」
「あれか……やっぱ家も、家族も、長く住んでる居場所ってのは大切だからかな……」

「さっぱりわからない」と呻きリズはうなだれる。机に押し付けた胸から伝わる天板の冷気が頭に響く。
自分が失敗したのはわかる。静穂を怒らせたのもわかる。その原因はまったくわからなかった。
酔いでグルグルと回る夢うつつの世界を見ながら、この事態も夢だったならと思い、リズは酒を嚥下した。

※ ※ ※

「ウホウホ」
頭からキノコをはやしたゴリラは消沈する女海賊のこぼす呻き声を静かに聞いていた。
同じ海賊仲間である彼、寡黙なマタンゴリラの存在は、今のリズには心を休ませる錨であった。

「ウホウホ」
今後どうすれば良いのかリズはひどく迷っていた。酒の勢いを借りても静穂の家に戻る気は湧かなかった。
酒瓶を握ったまま机に突っ伏し、マタンゴリラの善意に甘え、リズはウトウトと行く末を探し続けた。

「ここで寝ては風邪を引きますよ」
「――あ? お前しゃべれたのかよ」
「いえいえ、こっちこっち」

飛び込んできた声にリズが顔をあげれば、マタンゴリラの横に少女が一人、こちらを覗きこんでいた。
ゴリラと少女の言葉を混同するとは相当な酔っ払いだなとリズは自嘲し、笑った。頭を振り眠気を飛ばす。
新客は紅い絵羽織をまとった少女であった。年頃は高校生程度。結った黒髪と羽織の袖が風に揺れていた。

※ ※ ※

「――今の名前はフランチェスコ・ロマーナーです」
「へぇ。サワムラの友人かい。お嬢ちゃんとは以前にもどこかで会ったかな? 見覚えあるな」
眠気覚ましに淹れた紅茶から立ち昇る白い湯気を挟んで黒髪の少女、フランが会釈した。

マタンゴリラと一緒にバルゲンの手伝いをしていると語った少女は「それで?」とリズに話を促す。
バツの悪そうな顔で自分が呑んだくれた理由をリズは語り、「何かわかるか?」とフランを見返す。
カフェは酒場から相談会場に早変わりしていた。何の因果か、フランは静穂の古い友人であったのだ。

「静穂ちゃんはあれでけっこう気難しいというか、尖った生き方してますからねぇ……」
二杯目の紅茶を飲み干し、フランはカップを置いた。柔らかくなった陽を反射して、磁器がキラリと光る。
「私の予想でよければ、お答えしましょう。静穂ちゃんがなんで怒ったのか」

「本当にわかるのか!」と、リズは椅子を蹴って立ち上がった。転がる椅子をマタンゴリラが受け止める。
「おそらくは――」と、フランはもったいつけた口調で語り始めた。
合縁奇縁とはよく言ったもの。リズはこの偶然の出会いに、出会いを呼び寄せた深酒に感謝した。

※ ※ ※

「自分で自分に制約を課して生きる人は、それだけ自分の生き様にこだわりを持っている人です。
 静穂ちゃんもそういう人です。静穂ちゃんへのタブーは、静穂ちゃんの生き様を否定することです」
フランは大仰な手振りで語り続けていた。腕の振りにあわせて羽織の長い袖がリズの眼前を右往左往する。

「自由をやれる――なんて望んじゃいなかったってか……」
「言い換えれば今のお前は不幸だ! ですからね。静穂ちゃんは一度へそを曲げたら難しいですよ」
長広舌が終わる頃には、知らず地雷となる言葉を踏み抜いていたのかとリズはすっかり空を仰いでいた。

事態は深刻だった。少なくともリズはそう実感していた。
仲直りの難しい相手の逆鱗に触れた。自分の想いを遂げられる見込みは薄い。再挑戦する気力も――
「でも、まだ手はあるんじゃないですか? 作戦とも言えないようなものですが」

マネキンにでもなったかのようにギシリと全身を固め、リズはフランの顔を凝視した。
これまで散々に、いかに今が最悪の状況であるかを語ってきたフランが、まさか直後に希望を語るとは。
思考負担で熱に浮かされるリズをわかっているのか、昔の人の話ですがと謎めかせてフランは口の端を上げた。

「むかしむかし、あるところに、俊足自慢のウサギと足の遅いカメがいました――」


作中作 『ウサギとカメ』


むかしむかし、あるところに、ウサギのウサ男とカメのカメ吉がおりました。
ウサ男はとても足が速い、ただしちょっとサボり癖のあるウサギの若者で、
カメ吉はとても足が遅く、ただし明晰な頭脳を持った年寄りのカメでした。

よく晴れた青空にちぎれ雲が浮かぶ気持ちよいある日のことです。
カメ吉がノロノロいつもの鈍足で丘の麓を歩いていると、ウサ男がヒョイと飛び出してきました。
そしてカメ吉を後ろから追い越すとその場で立ち止まり、くるりと振り返って言いました。

「やーい! のろまのカメ吉! そんなにノロノロ歩いていたら日が暮れちまうぞ!」
ウサ男の囃し声に、カメ吉は気にもとめない風にゆっくりと言い返しました。
「だがね、私は君と違ってぐうたら道端で寝たりしない。案外、徒競走でもしたら私が勝つかもね」

これを聞いたウサ男は怒り出しました。足の速さにはちょっとした自信があったからです。
「なにをっ! のろまのカメ吉の癖に生意気な! そんなに言うなら俺の足の速さを見せてやる!」
「じゃあ競走してみようじゃないか。私が仕事を終えて隣町から返ってくる二週間後にやろう」

こうしてウサ男とカメ吉の駆けっこ勝負が決まったのでした。

ウサ男が意気込んで駆け去り、残ったカメ吉はまたゆっくりと歩き始めました。
そこへ隣町に住むタヌキの吉蔵がやってきて「あっ! 亀の薬屋さん!」と声をかけました。
「ちょうど良いところで会った。最近は寝付きが悪くって、よく眠れる薬を貰いに来たんだ?」

これに対してカメ吉はゆっくりと応えました。
「ええ、いいですよ。それじゃあ嗅ぐだけでぐっすり眠れるとっておきを用意しましょう」
そしてカメ吉と吉蔵は一緒に並んでゆっくりと隣町へ向かっていきました。


※ ※ ※


「うおおーー!!!」

ウサ男は全力で走っていました。勢いでした約束とはいえ、足で負ける訳にはいきません。
のろまのカメ吉に自分のプライドを傷つけられて、とても腹が立っていたのです。
普段はサボってばかりのウサ男も、この時ばかりは本気で二週間後に向けた身体の調整を行っていました。

「ううおおりゃあああ!!!」

走りながらウサ男はこんなに必死で走るのはいつ以来だろうかと考えました。
小学校では誰よりも足が速くて、中学校ではそんな俊足が人気でウサ子と仲良くなって、皆に冷やかされ。
高校で大会の前に怪我をして、初めて挫折を味わって、それからいじけて走ることが馬鹿らしくなって。

「あああーーー!!!」

気付けばサボってばかりのウサ男になっていました。ウサ子とは今ではもう疎遠です。
自分は本当に馬鹿で、馬鹿で、どうしようもない馬鹿だったと、ウサ男は思いました。
そして今でもサボってばかりの大馬鹿者だとウサ男は思いました。

けれど、
そんなウサ男でも自分の足の速さを馬鹿にされるのだけは許せないくらい、
自分にもまだプライドが残っていることを、ウサ男は初めて知りました。

「ぐっはあああーーーッ!!!」

うっかりと足をもつれさせてウサ男は思い切り転びました。けれど怪我もせずに立ち上がります。
転ぶことにはもうすっかり慣れているのですから。
息がぜいぜいと切れて、足がブルブルと震えて、胸もお腹もキリキリと痛みます。

そんな身体の悲鳴を聞いて、ウサ男は思いました。

「ああ……俺、まだ走れるんだ……」

ウサ男はサボることもなく、二週間で万全の体調を作り上げました。そして勝負の場に向かったのでした。


※ ※ ※


約束の日になって、ウサ男とカメ吉は駆けっこのスタートラインに並んでお互いの顔を見ました。
カメ吉は何やら袋を担いでいます。ウサ男は首をかしげましたが深く考えはしませんでした。
いよいよスタートの時間です。スタートの合図をするのはカメ吉の弟子のカメ丸です。

「ああ、カメ吉」
「なんだい?」
「この前は悪口言ってゴメン。ちょっと機嫌が悪くて。でも俺は絶対に負けやしないぞ!」

「そうかい、楽しみにしているよ」
そうカメ吉が言い終わった直後に、スタートの合図が鳴らされました。
合図と同時に、ウサ男は猛スピードで走り出しました。目指すのは丘の上のゴールだけです。

ウサ男の足は本当に速く、あっという間に丘の中腹にまで差し掛かっていました。
「いやはや。本気になったウサ男がここまで速いとはね」
カメ吉はというと、ちっともスタートから進もうとせず、持っていた袋の口紐を解き始めました。

「まあいいさ。風向きはこちらが風上。丘の上が風下。ここで開ければ充分だ」

そして、そう言って袋の口を開きました。


※ ※ ※


「ゴーーール!!!」
一方、ウサ男はもう丘の上のゴールである一本杉に到着していました。
「ハッハッハ! 見たかカメ吉! って、そりゃまだ着いてないよな」

ひと通り勝鬨をあげたあと、さてカメ吉が到着するまでどうしようかとウサ男は一本杉にもたれかかりました。
「……ん?」
その時、ウサ男の目に一本杉の幹に彫られた二つの名前が飛び込んできました。

『ウサ男』『ウサ子』

それは自分と、かつて自分を好いてくれた子の名前でした。
「これは……」
「思い出してくれた?」

とつぜんの声にウサ男が振り返れば、一本杉の幹の陰から一羽のウサギが姿をみせました。
「ウサ子!」
そのウサギは誰あろう、ウサ男といつか疎遠になっていたウサ子でした。

「いつかまた走る気になったら、ここに全力で走ってくるって、約束してくれたよね?」
「そういえば……そんなことを……」
「また、私達……やりなおせるかな?」

ウサ子を見つめるウサ男の鼻を、風に乗ってきた薫香がくすぐりました。
懐かしさを感じるその香りはウサ男にウサ子との思い出をはっきりと思い出させました。
そして、その香りを嗅いで、ウサ男はすべてを悟りました。

「カメ吉……お前だったのか! すべてを仕組んだのは!」
「私が頼んだの。ウサ男を、もう一度本気にさせて欲しいって」
「馬鹿野郎め……へへッ! ああ! 俺ももう一度本気になってやるさ!」

そして、ウサ男とウサ子はひしと抱きあいました――と、さ。


※ ※ ※


丘の麓では、カメ吉が弟子のカメ丸に香りと人の記憶について講釈を述べています。
カメ丸が双眼鏡で丘の上の様子を見て、それをカメ吉に伝えました。
すると、カメ吉はやれやれとため息をついて言いました。

「恋の病を治せて薬屋は一人前。彼らもきっと、うまくやっていくさ」

めでたしめでたし。


第四章 『物語のスタートライン』


話を終えたフランは口元を袖で隠し、いたずらっぽく「どうでしょう」と訊いた。
なんと応えればよいのかわからず、リズは眉根を寄せるばかりであった。
今しがた語られたばかりの物語が悩みをどう解決してくれるのか、リズは思考を巡らせる。

聞き覚えのあるウサギとカメの話から、あれよあれよと青春の恋物語に変わったフランの話。
女が悩みを解決する話ではあったが、リズには自分の境遇と重ねられる内容とも思えなかった。
静穂を怒らせ、静穂が機嫌を治してくれる可能性は絶望的。この状況に今の話が何の示唆を与えるのか。

「今の話が教えてくれることは三つあります。そしてリズさんが何をすれば良いかも」
探るような視線を向けるリズの態度をものともせず、フランは羽織の袖から右拳を突き出した。
胸を張り、胸の前に掲げた拳をリズに見せつけ、フランは順番に指を立てた。

「物語は知っている出だしから始まっても、知っている終わりを迎えるとは限りません」人差し指を伸ばし。
「物語は登場人物次第でいくらでも予想外の展開を紡ぐことができます」中指を伸ばし。
「そして物語はいつでもハッピーエンドの可能性をはらんでいるのです」薬指を伸ばして笑った。

※ ※ ※

「なんだ、結局は精神論かよ」
「最初に言ったでしょう? 作戦とも言えないようなものですと」
「そりゃそうだけどさ……それでなんとかなるものかなぁ……」

そろそろ夕暮れも近くなり、簡易港を見ればオレンジ色の空に黒くリズの船が浮いている。
落ち着かず、テーブルの周りをぐるりと巡り、リズは悩む視線をまたフランへと向けた。
そこへ待っていましたとばかりに「でもこのお話の結末は予想できましたか?」とフランが言った。

足を止め、リズは目をつぶった。固めた拳を額に当て、しばらく黙り込む。
「――いいようにあしらわれた気もするけど、まあ、そうだな」やがてリズはそう口を開き。
「きっとリズさんの予想しない結末がありますよ」フランが無邪気な笑顔を見せた。

リズは手を差し出し「ありがとう」とフランの手を握ると、すぐさま駆け出した。
フランは手を振って見送り、口の中で小さく貴女の航路に良き風が巡りますよう、と呟いた。
紅く燃える水平線を背に、細長いシルエットが風を巻いて走り抜けていった。静穂が去った方角へと。

※ ※ ※

「いいじゃないですか。狂言だって人を動かせるのですから。リズさんを励ませたでしょう」
夕日にキラキラと光を弾く海面を茶請けに紅茶を啜り、物言わぬマタンゴリラへとフランが語る。
客のいなくなったカフェの一席。フランとマタンゴリラはのんびりと潮風にあたっていた。

「適当ばかり言ったわけでもないんですよ。静穂ちゃんが本気で怒っていたら足が出ています」「ウホ」
「『帰る』って声をかけたのですから、まだリズさんを気遣う気持ちもあったはずです」「ウホ」
「だからリズさんさえ焚きつければ、またお話は新しく始まるはずですよ」「ウホウホ」

希望崎でハルマゲドンがあると聞いてここへ訪れ、マタンゴリラを介してリズと知り合ったこのフラン。
自分と縁のある人物が世話になった人だからと、成り行きでリズの相談を受けてなどいたが――
実のところ、フランには静穂がリズの告白を聞いて怒った理由などわかってはいなかった。

ただ、静穂とは長い付き合いであり、今は押すべき時か引くべき時かくらいはわかると思っていた。
「リズさん、前に聞いた人柄と比べるとかなり落ち込んでましたし、溜め込んだら危ないですし」
フランはティーカップをソーサに置いた。チリンと澄んだ音色が涼しげに鳴った。

※ ※ ※

「さて、それでは私達も行きましょうか。バーゲンセールの始まりですね!」
夕焼け空にフランの声が響いた。遠く聞こえる部活動の掛け声と混ざり、潮騒に溶ける。
かつて物語の主役だったリズも静穂もいなくなり、フラン達も本来の目的を思い出す。

「――あ、このドレス。リズさん置いていっちゃいましたね」
席に残された純白の物語のぬけがらに気付き、ハルマゲドンへ向かおうとしていたフランは足を止め、
もう一度テーブルに戻り夕暮れに燃えるそれを手に取った。

「綺麗」と、フランはため息を吐いた。これから始まる祭ではこんな色恋沙汰もないだろう。
だから、戦闘と破壊の祭典が始まる前の今はこの色を愛でるのも良いかもしれない――
「ア、ア、アアーッ!? テメェーッ! ユメサコカナメェーーーッ!!!」

そんなフランの気分を一撃で砕く奇声が周囲の空気をビリビリと震わせた。
振り向けば、夕陽を浴びて紅く染まった人影。その両手は巨大なサイバネティクスのハサミ。
その人物を見て、マタンゴリラと顔を見合わせ、なるほどどうやらとフランは頷き笑って言った。

「やっぱり話は出るヒト次第。まさかこっちに転がろうとは」



帰ってきた!? フラン(伊)とゴリラの大冒険!! 第0話『vs乙女と恋の空騒ぎ』 fin.



『エピローグとプロローグ』


「てめェ! なんだそのドレスはァ! 旦那持ちだろうがァ!」
「どうやら私の予想は大ハズレだったみたいですねぇ」
「ウホ?」

「う、ウ、羨ま、ウェディン……ケェーッ! あの時羨ましく思った気持ち返せェッ!」
「今回のハルマゲドンはお祭り騒ぎの最中も色恋沙汰で大変そうです」
「ウホウホ」

「やはりてめェはこのサイバネ☆クローで八分割してマンジュウガニの餌にしてやるぜェ」
「葦菜ちゃんも応援して、衛子ちゃんまで応援しちゃったというのに……また困った人を巻き込んで」
「ウホウホ」

「おいィ? 聞いてンのか! いつも旦那とイチャイチャしやがってコンチクショー!」
「恋の病の治療薬……あるなら欲しいものですねぇ」
「ウホ……」

「しかも旦那だけに飽きたらずッ! もう容赦なぞしねェッ!」
「ところで蟹ちゃん」
「喰らえッ! サイバネ☆ッッ……な、なんだよイキナリ、聞いてたなら返事くらい――」

「ガマの油って知っています? 万能薬として古来より語られるお薬なのですが」
「ガマ……ってゲコゲコ鳴くガマ?」
「はい」

「ガマガエルを鏡の前に置くと、鏡に映る自分の姿を見てガマガエルが脂汗をかくそうなんです。
 その汗を集めたものがガマの油。あらゆる病を治療する万能薬になるなんて売り文句の品です。
 万能薬なんて言うくらいですから、もしかしたら恋の病にも効き目があったりするのですかねぇ。
 ガマの油でソレなんですから、もっと霊験あらたかそうなモノの汗ならもっと凄かったりしますかねぇ。
 私だってイチャイチャできるヒトがいたらしたいもんですよよくも色々言ってくれちゃいましたねぇ。
 ところで蟹ちゃん。もうひとつ質問があるのですが」

「な、なんだそんなに捲し立ててきて……」



「マジカニア人って――――汗はかくんですかね?」