アンダースリー


二家(さんしたけ)――サンシタ率99%超の魔人サンシタ一族。
 100%に達しないのは私がいるからだ。

「〇二八一様がいらっしゃったぞー!!」
「うおおーーっ!」
「おーっぱい! おーっぱい!」
 朝、送迎のリムジンから私が姿を現すと、校門前で待っていた男子達が出迎える。
「鞄、お持ちします!」
「ありがとう」
 親衛隊長を自称する男がいつものように申し出る。入学初日に結成されたらしい親衛隊は鬱陶しいけれど、学園生活では色々と便利だ。
 親衛隊を引き連れて廊下を歩くと、先方にいた生徒達がさっと道を開けた。
 ボタン3つ開けたフリルブラウスの襟元からは豊満な谷間が覗いている。
 サンシタ一族と一括りにされるのは嫌だけれど、私に含み針や鉤爪に当たる武器があるとすれば、やはりこの双丘だろう(無論私は脚もお尻も魅力たっぷりだけれど)。しかし彼らと違って隠したり欺いたりしない。堂々と見せつける。
 男子は前かがみで頭を垂れ、女子達(雑魚共)は妬まし気な視線を送る。心地いい。これこそ女王の歩み。

「あら……?」
「あ~っ! 〇二八一さん、おはようございますぅ」
 前方から女子生徒が一人、男子生徒を後ろに従えて歩いてくる。そこだけ見ると私達に似ているかも知れないが、実態はまるで違った。
 先導する少女は佐亜倉ひめ。とある事情から知り合った二年生で、可愛いと言えば可愛い容貌をしている。毛先のゆるくカールした長い黒髪にカチューシャ。三つ折のソックス。私が女王なら、彼女は野暮ったい、辺境の、最貧国のお姫様というところだろうか。
 引き連れているのは教室の隅で深夜アニメの話とかしていそうなイカ臭い男子生徒達(私の親衛隊は多くが運動部の部長やレギュラーである)。

「〇二八一さん、胸、また少し大きくなったんじゃないですか~?
 僕、ちっちゃいから羨ましいですぅ」
「ええ。でも、胸大きいと可愛い下着とかあまり無いから、時々佐亜倉さんみたいなコが羨ましいわぁ(勿論下着はオーダーメイドだ)」
 「ひめちゃんはそんなとこまで含めて控え目なのが魅力だよ」と後ろの男子がキモい慰め方をする。この手の人種は 性欲が強い割にセックスアピールの強い異性を嫌う気持ち悪い性質があるので、女体の美を体現する私より彼女のようなタイプに惹かれるのだろう。
「〇二八一様、自分が貴女に相応しい下着を選んで参ります」
 親衛隊長が言う。彼らも動機は八割性欲だろうけど、あからさまな方がまだ清々しい。
 まあ、ああいう男子に私の魅力が伝わらないのはいい。どうでもいいし。問題は……。

「コラ! 離さないか貴様! 主人公が嫌がっているだろう!」
「アンタこそ離しなさいよ! 主人公は私と来るの!」
 女子生徒が2人、男子を引っ張り合っている。一方は男装した中性的な、もう一方は金髪ツインテールのキツそうな子。
「痛い痛い! 離してよ2人共!」
 引っ張られている冴えない容貌の男子生徒がそんな風に声をあげる。その様を周囲の男子達は憎らしげに眺めていた。本人は嫌がっているが2人共かなりの美少女(私と比べるとメスザルに等しい)なので、両手に花と言って差し支えなく、周囲から嫉妬と羨望の的になるのは当然だろう。
 私から見ればメスザルの喧嘩に巻き込まれているだけなのでそんな彼は同情に値するのだけれど……。
「服伸びちゃうから! ねえ! 後、引っ張るにしては腕の絡め方変じゃない!?」
 何故だろう。イラッとした。
 当人はどういうわけか気づいてないらしいが、どう見ても2人の少女は彼に想いを寄せている。更に、他にも彼を慕う少女(彼女らも平均から見れば相当な美少女である)が私の知る限り3人いるのだ。
「〇二八一様、もうあの男に関わるのはよした方が……」
「あ、主人公くぅ~ん♪ こんなところにいたんだぁ」
 親衛隊長の愚かな忠告を無視して、今気づきましたと言わんばかりに、手を上げ、胸を左右に揺らしながら駆け寄る。
「う、うおおおお――ッ! 〇二八一様だ! 〇二八一様が降臨なされた!」
「主人公死ね!!」
「あ、〇二八一先輩。助けて下さいよ~」
 困り顔で彼は言う。
 2人も私のことを知ってはいるはずだけれど、全くこちらに注意を払わず、互いに牙を剥いて取り合いを続けている。なんだろう。この感覚は。この子達がどうとかでなく、何か立ち入れない壁を感じる。まるで神が「キミはここから立入禁止」とでも言っているような……。
 いいや、違う。私は二〇二八一。一族のサンシタ共とは違う。学園の女王。男たちは皆私の前に前かがみ。彼も例外では無い。
「こら~ダメだぞ2人共♪ 主人公くん嫌がってるじゃない。
 罰として彼はお姉さんが貰いま……」
 ぎゅっと胸を強調するポーズを取り、強引に彼を奪おうとする。が。

「いい加減に離しな……キャッ」
「貴様……うおっ!?」
「ひゃっ!」
「えっ!?」
 ズルッ! タユンッ☆ ドテーン♫
 2人がもつれ合ってバランスを崩し、彼を巻き込んで盛大にこけたのだ。

「アイタタタ……」
「しゅ、主人公……あ、アンタどこに手を置いて……」
「主人公! 貴様なんて破廉恥な真似を……」
「へっ? うわあっごめ……ヘブッ!」
 転んだ拍子に胸を触ってしまった彼が2人に制裁を受けていた。
 私はといえば、転んだツインテの子に背中で突き飛ばされる形になり、尻餅をついてその光景を眺めている。なんだろう。これ……。


「パイオツ先輩……そりゃあダメっすよ」
「月室さん、そのアダ名やめてもらえるかしら」
 放課後の番長小屋にて、私はその場にいた女子メンバーに今日あったことを話していた。私が他人に相談だなんて、屈辱だ。
「ヒャハハーーッ! そいつに群がる女皆殺しにすりゃあいいだろうがーッ!
 私が首刈ってきてやろうか!?」
 最近出来た妹の〇禾予がそんなことを叫びながら自慢のサイバネ☆クローを振り回す。論外だ。
「先輩はね、押しが強すぎなんです。ラブコメに限らずあらゆる作品で最強アッピールとか、やたら攻撃的とか、押しが過剰な奴って勝てないんです。セックスアピールなんか筆頭です。
 言っちゃ悪いですけど、サンシタなんです」
「サ、サンシタですって!?」
 一族と同列にされてムッとするが、しかし彼女の言うことは一理ある気がしないでもない。
「ホモ漫画はレイプまがいに掘っても許されますけど、あれは2人きりでそういう『流れ』の中ですからねそれでも」
「それは知らないけど……」
「確かに男はだいたい巨乳好きです。貧乳好きとか言ってもいざ目の前にすればたいがいガン見します。
 でも、単体で強烈な魅力があるものって、ドーンと前面に押し出すと引いちゃうんですよ。成金趣味って揶揄があるでしょ? ギラギラさせ過ぎは下品なんです」
「な、なるほど……」
 佐亜倉さんに付き従うようなキモヲタでなくとも、自分に過剰なセックスアピールを向ける異性には引く……今まで勝手に擦り寄ってくる男共を跪かせるばかりだったのでわからなかったけど、そういうものかも知れない。
「さっきも言いましたけど、パイオ……〇二八一先輩の巨乳は強力な武器です。
 でも、向こうから自然に、その魅力に気づかせる風に仕向けましょう」
 月室さんの話は確かに非常にタメになった。自分から押せ押せではなく、彼の意識を私に向けさせ、魅力に気づくよう仕向ける。引いて押せの極意。そしてホモ漫画に倣うのは嫌だけれど、2人きりで、何かが起こる「流れ」を作る……。
「よし、思いついたわ!」
「えっ?」
 黙り込んでいた私が急に声をあげたので、月室さんが驚く(この時彼女はスカート内から妙にぬらぬらした漫画数冊を取り出していた)。
「ありがとう月室さん! あなたのアドバイスに従って私、彼を陥落してみせる」
「は、はあ……」
「ケヒャーッ! 奥ゆかしさ重点の作戦でポークビッツ・サプミッションよー!!」
「ち◯こ捻っちゃダメでしょ」
 口調が変わっていることにも気づかず、私は勢いそのままに番長小屋を飛び出していく。
「あの人やっぱサンシタだわ……」
 出て行く間際、月室さんがなんか言っていた気がするが、よく聞こえなかった。

「〇二八一先輩……大丈夫ですか?」
 彼が心配そうに私を見下ろしている。
「主人公くん、ここは……?」
「保健室です。廊下で先輩が倒れてるのを見つけて……。先生はいなかったけれど……とりあえずベッドに」
「そう、ありがとう……」
 実際は彼が通るのを見計らって倒れていただけなのだが。少しばかり心が痛む。
「風邪ですか?」
「わからないわ……さっきまでなんともなかったのだけど、今は体が熱い、熱いの……」
 これは本当だ。今の私は全身が火照って汗ばんでいるはず。服の内側に唐辛子の粉をたくさん仕込んでいるから。実際熱い。
「主人公くん、私心細い……傍にいて……」
「せ、先輩……」
 彼の手をギュッと握る。保健室で2人、ベッドの上には熱で火照った豊満な肢体。ブラウスのボタンも外すのは2つに留めつつ、汗で微妙に下着を透けさせている。
 彼は見るからにソワソワして、私の胸をチラっと見ては目を逸らすを繰り返している。
 今、確実に彼の意識は私に向いている。さあ、もう一押しよ。
「主人公くん……私、胸が苦しいの……ボタンを外……」
「〇二八一様ッ! ご無事ですか!」
「主人公ココにイルッテ聞イタ」
「主人公君っ! 倒れてた女の人ってどこにいるの?」
 ドアの開く音と共に、複数の足音と声が室内に流れ込んできた。

 その後のことはよく覚えていない。今日も今日とて彼は複数の美少女に囲まれ、私が立ち入れる隙はそうそう無さそうだ。それでも私は負けない。サンシタではない誇りにかけて、彼を私のものにする日まで。

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最終更新:2014年04月24日 21:55