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「チクショウメェェェー!」
「バァァァカ!」
「大っ嫌いだァァァー!」

クリスマス中止のお知らせを画策する総統閣下ばりの奇声が夜の希望崎に木霊する。
空には星が出ているものの、街灯もない地上はすでに黒一色。潮風に湿った闇に包まれている。
目を凝らしても、物言わぬ校舎や木々が、重なった影絵のように微かな輪郭を見せるのみ。

そんな漆塗りの闇夜の中に、ぼうっと浮かび上がる景色があった。
学園の片隅に設えられたバーゲン客用のオープンカフェ。
青白い鬼火がチロチロと舌を出して飛び、バチバチと火の粉を散らしてそこを照らしていた。

怪談噺の舞台としか思えない、こんな具合の様相の中。
カフェにはテーブルが一つ。イスが二つ。二人の少女が向き合って座っていた。
一人が先の奇声をあげた者、蟹ちゃん。もう一人がフランチェスコと名乗る少女、佐倉光素であった。

少女達は辺りの光景を気にすることもない。
スポットライトを浴びた舞台か、映画館のスクリーンか。
ぐるりと囲まれた影法師達の中心で、雰囲気をぶち壊す元気さの声を張りあげていた。

会話の議題はただ一つ。
周りからは至極滑稽な、当人達にとっては至上の命題を。能天気な響きに乗せて。



フラン(伊)とゴリラの大冒険零れ話 そして終幕
第0.5話『刻む思い、割り切れない思い』




「【あの人】の周りにたかる害虫共は皆殺しだァーッ!」
「気持ちはわからないでもないですけれど、もう少し物騒じゃない発想はないんですか」
「知るかよォ! 全員ブッ殺してNo.1ヒロインの座は私のモノだッ!」

両手に装備した甲殻類を思わせる巨大なハサミを振り回し、蟹ちゃんは泡を飛ばしていた。
怪人然としたその姿は、鬼火飛ぶおどろおどろしい周囲の景色の中でも異彩を放っている。
再び、巨大バサミ――サイバネ☆クローがぶんと唸りをあげて振られた。

「何事も暴力で解決するのが一番なんだよォ! 【あの人】は私だけのモノだッ!」
「わかりましたから、その物騒な手をあんまり振り回さないでくださいよ」
「コロッセオを振り回してたヤツにだけは言われたくねェーッ!」

恐るべき威力を秘めたサイバネ☆クローが巻き起こす風に前髪を弄られ、
それでも光素は涼しげな顔でまあまあと蟹ちゃんをたしなめる。
時刻はとうに深夜の時間帯。
魔法が解けて王女様になってくれたらと、眼前の三下ヒロインをなだめつつ光素は頭の隅で思っていた。

※ ※ ※

遡ること数時間前。夕刻。
人違いと行き違いから一悶着を起こした蟹ちゃんと光素であったが、
蟹ちゃんのトラウマ想起という荒業をもって事態は無事(?)に終息した。

流石にやり過ぎたと思ったのか、はたまた蟹ちゃんの生き様に何か思うところがあったのか、
地面にめり込む蟹ちゃんを掘り起こした光素が提案したのが親睦を深める夕方のお茶会だった。
それから現在まで……光素の予想に反し、お茶会は深夜のティータイムに突入していた。

身体についた泥を払われ、カフェのイスに座らされた直後はフラフラビクビクしていた蟹ちゃんも、
紅茶を一杯飲み終える頃には持ち前のサンシタ・パワーに裏打ちされた精神的タフネスを発揮し、
光素から向けられる恋の話題などに熱弁を振るい、ハサミを振るい、燃え上がる瞳の炎は燃え盛り――

そして、現在に至るのであった。
蟹ちゃんの熱は数時間経っても引くことなく、己の恋心と敵の多さと、自分の成すべき業を語り続けていた。
相槌をうちながら、光素はカフェのカウンター奥へ視線を泳がせた。バルゲンの姿は今は見えない。
灯りを用意した後、時折お茶を注ぎ直しに来るバルゲンに、そっと感謝した。

※ ※ ※

「そうですねぇ。一一君はとても魅力的な男の子ですからねぇ。女の子から引く手あまたでしょう」
「ッ!! テメェも【あの人】を狙うようなら容赦はしねェぞ……その時はこのサイバネ破壊力を――」
「ですからどんどん増える女の子を狙っててもキリがないじゃないですか」

ピタリ――それまでの数時間、止まることなく続いていた蟹ちゃんの声が止んだ。
途端に深夜の空気が二人の座るテーブルの周りへ流れ込む。
耳を圧迫する静寂と、風に漂う潮騒が、交差する二人の視線をしっとりと潤した。

「……どういう意味だァ?」
「反応したってことは蟹ちゃんも気付いているんでしょう?」

睨みつけてくる表情と、堅い語調とは裏腹に揺れる瞳をちらりと窺い、光素はティーカップを持ち上げた。
潮風の中だとちょっと渋めに出した紅茶の方がやっぱり美味しい。
ひと啜りしたカップをテーブルに戻し、ふうと思わせぶりにため息をつく。

光素は思っていた。
時刻は深夜。そろそろ恋バナも腹を割って話す時間。
ここまで付き合ったのだから、ものは試し、この話を転がしてみよう――と。
だから、これまで聞いた数時間の話で、蟹ちゃんが故意に避けていると感じられたこの一点を訊いてみよう――と。

「一一君に直接言ってはどうですか? 私だけをあ、あ~……愛して欲しいって」

※ ※ ※

カワイイ・モードになって身をくねらせたり乙女モードになって頬を染めたり、
ビースト・モードになって暴れまわって日除けのパラソルが一本両断、尊い犠牲になったり――
終始和やかな恋バナの光景を交え、蟹ちゃんがようやく落ち着いたのは小一時間後のことだった。

「………………だって恥ずかしいし」
「一一君を好きだって気持ちは本物なのでしょう? 誰に恥じることがあるんですか!」
「………………『愛して』って言うの恥ずかしがった人に言われたくない」
「仰るとおりです。失礼しました」

巨大ハサミの先端でカップをそっとつまみ、うつむいたまま紅茶をすする蟹ちゃん。
その所作に「器用というか面倒そうですねえ」などという感想を持ちつつ、光素はううむと唸った。
これ以上は話の進展も望めないだろうか。

「それじゃあ一一君に『これ以上女の子をひっかけるなーっ!』って直談判、ハサミで脅すのはどうです?」
「……それも嫌」
「被害者が一人で済むので比較的平和ですし、ひょっとしたらひょっとするかもしれませんよ?」

また、静寂が訪れた。
辺りを舞う鬼火がバチリと青白い火花を散らし、うつむいた蟹ちゃんの顔を濃く黒く陰らせた。
黙ったままの蟹ちゃんに、光素もまた黙りこみ、現状を考える。
話の矛先をくるくると変えてはみたが、どうも蟹ちゃんの硬い殻は突き通せないらしい。

恥じらいの気持ちは理解できる。
独占欲も痛いほど理解できる。
けれど、もう少しその気持の発露はマイルドになれないものだろうか。
恋敵を襲わざるをえないような、鬱屈した思いがもっとあるのではないだろうか。
あるとすれば、それは本人が意図的に話を避けていた【あの人】の周囲にあるのではないだろうか。
生前からの友人が蟹ちゃんの恋敵、つまり標的に混じっている以上、出来ればその辺は抑えておきたいが。
それに恋の話は面白いし。

共感、打算、そこに一握りの好奇心。
それらを混ぜ込み、思考の闇鍋を光素がかき回し、紅茶と一緒に飲み下していた時であった。
かすれ声で、なんとか絞りだしたような声を蟹ちゃんが発した。

「……だって、【あの人】は何も知らないから」

光素は顔を上げた。
蟹ちゃんは両手の巨大ハサミを机に押し付け、肩を震わせていた。

「【あの人】は自分がどれだけ女の子をひっかけているか知らない」
「【あの人】は自分がもとでどれだけ女の子が苦しんでいるか知らない」
「【あの人】が新しい女の子をひっかけるたびにみんながどれだけ悔しい思いをしているか知らない」
「もうこんな思いをしたくなんてないのに」
「もう誰にもこんな思いをさせたくなんてないのに」
「でも、【あの人】は何も知らなくて」
「でも、【あの人】は悪気なんて何もなくって」
「良かれと思って女の子に優しくしているんだもの」
「善意だけの笑顔で笑いかけてくるんだもの」
「こんなサイバネ☆クローで暴れまわってる女の子にだって声をかけてくれるんだもの」
「そんな【あの人】を責めるなんてできないよ……」
「そんな【あの人】に善意で女の子をひっかけるのをやめてなんて言えないよ……」
「【あの人】に悪気なんてないんだもの……」
「そうしたら……」
「【あの人】を責められないなら……」
「他の女の子をやっつけるしかないじゃない!」
「そうだ。【あの人】が私だけのモノになれば全て解決するんだから」
「【あの人】の周りに群がる害虫共を根絶やしにすれば、もうこんな思いはしなくて済む」
「やってやる……」
「みんな、みんなブチ殺して、このサイバネ☆クローで切り裂いてやるぜェ……」
「ぜーんぶぶっ殺して!」
「ぶっ壊して!」
「私がNo.1ヒロインの座をゲットしてやるぜェーッ! ヒャッハハハーッ!」

奇声と共に振り下ろされた巨大ハサミがテーブルをバラバラに砕いた。
口調が変わった辺りから危険を察知していた光素は、ティーカップを事前に退避させ、
既に隣のテーブルに移動していた。

蟹ちゃんの溜め込んでいた思いの発現。
理性を飛ばして、良識を焼き尽くした思い。
パルプであった時のような理性も良識もない今の蟹ちゃんには、結局、真の目的などない。
破壊の向こう側に、ただ悲哀をたたえた少女の姿があった。

テーブルの残骸を前に肩で息をする蟹ちゃんを眺めていた光素は、やがてなるほどと呟いた。
再びしぼんだ風船のようにフラフラとなった蟹ちゃんに対面のイスを勧めながら、言葉を続けた。

「つまり想い人を責める気持ちと、それを認めたくない気持ちが蟹ちゃんの原動力なのですね」

そして、夜の冷気も凍えるほどの冷めた眼差しを蟹ちゃんに向け、

「見るに耐えませんね……」

一言、言い放った。

※ ※ ※

「今、なんつったァ……?」
「見るに耐えない、と言ったんですよ。裏も表もなし、言葉通りの意味です」
「そうか……てめェも死にたいらしいなァ……」

一触即発の空気となっていた。
睨みつける目に力を込め、両手のハサミをカチカチと鳴らす蟹ちゃん。
イスに座ったまま、紅茶をすする光素。
両者を隔てるものはテーブル一つ。
もしも光素が蟹ちゃんをコロッセオで一度潰した人物でなければ、とうにハサミがその首を切り裂きに動いていただろう。

「そうかよォ……所詮はてめェにゃわからねェ気持ちだよ……」
「いえ、気持ちはわかりますよ。ですが、といいますか、だから、見るに耐えないと思ったんです」
「てめェにわかってたまるかァ!!!」

振るわれた蟹ちゃんのハサミが、光素の前髪を数本なぎ払った。

「てめェの事は調べたんだ! 【あの人】の周りの要注意人物だったからなァ!」
「ほほう」
「知ってるんだぞォ! てめェは『貴方が一番!』なんて言ってくるヤツらに昔っから守られてんだろォ!」
「よくご存知で」
「『気持はわかる』『気持はわかる』……そんな恵まれたヤツにこの気持がわかってたまるかァ!」
「いや、蟹ちゃんもけっこう良いところの生まれじゃないんでしたっけ?」
「過去なんざ捨てたから知らねェ!」
「いやいや、でも二家の皆さんは良くしてくれてるんじゃないですか?」
「がっ……ぐっ……!? うーん? あ、ああ。そーだな……」
「ほら、蟹ちゃんもちゃんと恵まれてるじゃないですか」
「あ、ああ……? ……あー、仰るとおりです。失礼しました……じゃ、ねェッ!!!」

怒声が響くも、やや場の空気は和んでいた。
一度は激昂した蟹ちゃんも、光素ののらりくらりとした対応にどうも毒を抜かれる。
なんとか勢いを取り戻そうと、ぶんぶんと腕を振り回した。

「だが! てめェの暴言は聞き捨てならねェ! この気持が、気持ちがよォ……見苦しいってかァ!」

若干涙目になりながらも腕を振って威嚇してくる蟹ちゃんに、
前髪をいじっていた光素が手を離し「そうですねえ」とため息を吐いた。
そのため息の重さは、蟹ちゃんにとって聞き覚えのあるものだった。

「オイ……?」

思わず腕を止め、光素を見返す。
蟹ちゃんを見る冷えきった眼差しは、鏡に映る自分の瞳のようだった。

「どこかの作品で、某総統閣下は同族嫌悪によって一部民族に制裁を加えていましたっけ」
「……なにィ?」
「自分が嫌っている自分の一部を、他人から見せつけられるのは見るに耐えないんですよ」

先程と同じ言葉を光素は繰り返した。
話の前後が繋がっていないように思える。
しかし、蟹ちゃんはもう一度光素の言葉を遮ろうという心持ちにはなれなかった。

「でもですね。この世は0と1では語り尽くせないんです。それだけなら、ただの笑い話で済んだでしょうに」
「何言ってるかわかんねェぞ」
「この世には0.5だってあるんです。心はどこまでも刻むし、気持ちはどこまでも割り切れないものなんです」

何故なら、夜の潮風に混じって、今ならはっきりと感じ取れるから。そう蟹ちゃんは思った。
はっきりと、光素から、自分と同じ匂いが発散されている――と。

「私だって、同じですよ」

光素が口を開いた時、蟹ちゃんはおとなしくイスに座って耳を傾けていた。

※ ※ ※

光素の語り口は淡々としていた。
けれど、その心中は穏やかなものでもないのだろう。蟹ちゃんはテーブルに視線を落とす。
テーブルの上に置かれた光素の両手はきつく握りしめられていた。

「蟹ちゃんは言いましたよねぇ。私は『貴方が一番』って人に守られてきたって」
「私がかつて『夢追中』でいられたのは『夢追中』でいることを受け入れてくれた『あの人』のおかげなんです」
「どんな時でも『あの人』が私を一番に思ってくれている事実が私を私でいさせてくれたんです」

蟹ちゃんの返事も待たず、光素は語り続けていた。
『あの人』――誰のことだろうかと蟹ちゃんは思った。まさか一一のことではあるまいな。
しかし、悩む時間もなく話は進んだ。

「私が『あの人』の一番のままだったら、ただ一人の一番だったならどんなに良かったか……」
「ねえ、蟹ちゃん。言いましたよねぇ。私は『貴方が一番』って人に守られてるって」
「知ってますか、蟹ちゃん。今の私は『あの人』にとってのただ一人の一番じゃないんですよ」
「………………私は今や『あの人』にとって同率一位でしかないんですよ」

喉を絞る音が、か細い呻きが漏れた。

「知ってますよね、蟹ちゃん。私はもともと同じ人間から四つに別れた人格の一人だって」
「『あの人』はすごく優しくて、真面目で……だから、私の事を生前と同じように愛してくれます」
「でも!」
「それは私だけじゃないんです! 私以外の、人格も、三人……同じように……愛してるんです」
「なんででしょうね?」
「私達は元同じ人間で記憶は共有してますけれど、その記憶に対して感じる思いは、心は別なんですよ?」
「私達の中で、『あの人』への思いを継いだのは私なんですよ?」
「かなめも、ほづみも、他に思う人がいて、幸せそうにしてるんですよ? 一番が別にいるんですよ?」
「なのになんで!」
「なんで私は『あの人』から特別に愛されないの!?」
「なんで同率一位なの!?」
「『あの人』は私が呼んだらいつでもどこでも来てくれるし、私を喜ばせてくれるし、助けてくれるし……」
「もしも私達四人のうち一人しか助けられない状況がきたら『あの人』はどうするか? なんて」
「そんなの『あの人』なら前提から蹴飛ばして全員助けるって、そう思うし」
「一番ならいいじゃないかとか実利的に問題ないだろうなんて言う人もいるけど……」
「けど!」
「そんなの問題じゃない!」
「一番ならいいだなんて馬鹿じゃないの!?」
「得とか損とか馬鹿じゃないの!?」
「私が世界でただ一人、一番に思っている人が!」
「私をただ一人、一番に思ってくれていないって、それだけが!」
「それだけが……嫌なのに……! それだけが私の欲しいものなのに……!」
「それだけのこと、望んじゃだめなの!? それだけのワガママ、許されないの!?」
「私はただ!」
「私にとって唯一人の人が私のことを唯一人の人として思っていて欲しいだけなのに!!!」

派手な音と共に、場所を移したばかりのテーブルも粉々に砕け散っていた。
今度は救い手のいなかったティーカップが空を飛び、地面で白い塵になっていた。
イスに座ったまま後ろにひっくり返った蟹ちゃんが起き上がろうと手足をばたばたとさせ、もがいていた。

「こんなこと、『あの人』には言えやしませんよ……苦しませちゃいます、きっと……」

巨大ハサミの質量に苦戦しつつもなんとか起き上がった蟹ちゃんが見たのは、
寂しげに佇む一人の少女だった。鏡に映った悲哀をたたえた少女の姿だった。

「……よくわかんないけどよォ」

沈黙に耐え切れず、声を発したのは蟹ちゃんだった。
うなだれたままの光素に歩み寄り、どうしたものかとハサミをふらふらさせた後、
最終的に光素の前へと突き出した。

「総統がどーしたとか同族がこーしたとか難しいこと言ってる時より、今のてめェの方が好きだぜ」

差し出された好意に、上げた光素の顔は困ったような表情だった。
しかし、やがて照れたように頬を染め、胸の前に出された無骨な好意に自分の腕を添えた。
二人のハサミと腕とが、力強く交差された。

「……お心遣い、感謝します」

※ ※ ※

「それじゃあ、頑張って……いえ、お互いに頑張りましょう!」
「頑張っちまっていいのかァ? てめェのお友達の恋敵だろ? まァダメって言われても聞かねェがな!」
「そこはそれ、こちらにも思惑ってものがあるのですよ……ふふふ」
「アァ……?」

恋バナ騒動から夜も明け、徹夜の目に朝日が眩しい希望崎学園の片隅。
あれから互いの身近にいる人、蟹ちゃんの恋敵連中のこと、聞かされる惚気話被害などを語り合った蟹ちゃんと光素。
互いに何か通じるものがあったのか、二人の目は同じ戦場を潜り抜けた戦友のそれになっていた。

「私が報道部に所属しているのって、部長が完璧な未来予報能力者だからなんですよ」
「てめェはいつもよくわかんねェことを言い出すよな」
「蟹ちゃんは未来視の能力があるでしょう? 私の趣味の一つは予知能力者の予知を外させることなのです」
「はァン?」
「私も恋の後押しをする人がいる以上、蟹ちゃんを焚きつけた方がハーレムエンドを避けられるかなってね」
「コッチを利用して都合の良い未来にしようってかァ! てめェもよくよく性悪だなァ!」
「ふふん、計画的犯行と言ってください」

軽口を叩き、笑いあった両者は、最後に向かい合って手を差し出した。

「ハルマゲドンを生き延びれたらまた会おうぜ」
「そうですね。私達の未来に……好いことがあると良いですねぇ……お互いに」

二人のハサミと腕と、約束が交される。
語調も荒く、勇ましく去っていく蟹ちゃんの背中はそれでも寂しそうだった。
見送る光素の背中も、隠し切れない寂しさを漂わせていた。

「ウホ」

女子だけの恋バナ中は気を利かせて席を外していたマタンゴリラが、光素を心配して声をかけた。

「コロッセオの使い途――決めましたよ」
「ウホウホ?」
「元気のない人を元気づけるために使いましょう」

その言葉が風に乗って、遠く小さくなる蟹ちゃんの背中をそっと押した。きっと。『素敵な世界』の方向へ。



<終わり>