『笑顔』過去編 第二章

 

その日から、はるなんは休みの日のたびに私の家に来るようになった。

自分の部屋で黙々と絵を描く私。
そのすぐ隣で、笑顔で私に話かけてくるはるなん。
それだけのことを、一日中繰り返すだけの休日。

はるなんは、本当に色んな話をしてくれた。
好きな食べ物の事。流行の映画や、アニメの事。楽しい遊園地の事。
でも、私はそのほとんどの内容が頭に入ってこなかった。
はるなんの話がつまらないわけではない。むしろ、私の知らないことを色々と教えてくれるのが、新鮮だった。
でも私は、絵を描きながら人と話すという器用なことができなかった。
私は、はるなんの話を聞き流しながら、たまに「うん」とか「そう」とか相槌を打つだけだった。

・・・本当なら、絵を描くのを止めて話に集中した方がいいだろう。
でも、私ははるなんと一緒にいる時でも、構わずに絵を描き続けていた。
理由は、絵を描くことに集中していることで、こちらから話を振らなくてもいいから。
・・・そう、こっちには、話す話題がない。
今まで、ただただ好きな絵を描いてきて、他の事に全く興味を持ったことがない私に、女の子が興味を持ちそうな話などできるはずがなかった。
要するに・・・絵を描くことで、会話から逃げているのだ。


でも、はるなんは・・・そんな私の薄い反応にも気にする様子もなく、いつもニコニコ笑顔で接してくれるのだ。
普通だったら、こんな反応しかしない相手、だんだん嫌になるだろう。
それに・・・私はこの家以外ではるなんと会う事はない。
常に、私の部屋でしか会わない。私が、外に出たがらないからだ。
それでもはるなんは、飽きることなく私の家に足を運んでくれる。

・・・なんで、こんな私に会いに来るんだろう?
いくら私の絵を気に入ってくれているとしても、ちょっと変だ。
・・・「友達」だから?
でも・・・いくらなんでも、休日のたびに必ず・・・しかも、朝から夕方までずっと一緒に過ごして帰っていくのは、正直やりすぎだと思った。

他の友達と、遊ばないんだろうか?
私みたいなひきこもりよりも、もっと普通の子と遊んだほうが楽しいはずだ。
・・・もしかして、他に友達がいないのだろうか?
そう考えて、それはやっぱりありえないと思った。

はるなんは、話が面白い。口調が丁寧だし、いつも笑顔だ。そして、とても可愛らしい。
こんな「いい子」に、友達ができないわけがない。
・・・ホントに、よくわからない子だ。


そういえば・・・「よくわからない」事が、やっぱり何個かある。

まずは、その服装だ。
はるなんはこの家にくるとき、決まって「地味」な格好でくる。
はるなんみたいな子が着るには、あまりにもアンバランスな服だった。
ファッションセンスが無い私が見ても、似合ってないのがわかる程だ。

それは、わざとそうしている様にしか見えなかった。
はるなんと初めて会ったときの格好を思い出す。
あの美術館で会った時のはるなんの格好は、うちに着てくるものとは比べるのもおかしいくらいハイセンスだったのだ。
なんで、あの時みたいな格好で来ないんだろう?

それから、これもわからない。

はるなんは、魔道士だった。
そして、私も魔道士だ。
となると、当然「魔法」の話をしてくるものだと思っていた。

それなのに、はるなんは魔法に関することを、全く話そうとしない。
正直私は「魔法」に興味がないし、むしろ研究してこなかった引け目がある分、「魔法」の事を何も言わないのはありがたい。
・・・でも、いくらなんでも、不自然すぎやしないか。
何か、理由があるんだろうか?

そして・・・私が、一番わからない事は・・・


「彩花、晩御飯ができたぞ」

私はお父さんの声に、絵を描くのを止めた。

「うん」
「どうだ、絵の調子は?」

お父さんは部屋に入ってきて、私の絵を覗き込んだ。
まだ下書きの絵だけど、お父さんは少しの間見つめた後、嬉しそうに頷いた。

「いい絵だな。見ていると、勇気が湧いてきそうだ」
「ありがとう」
「この絵を、今度の絵画コンクールに出展させていいのか?」
「・・・うん」
「そうか。でも、なんで気が変わったんだ?前は、人に絵を見せるのを嫌がっていたのに」

私は、目の前の絵を見つめながらゆっくり答えた。

「・・・うん・・・なんとなく」
「そうか、わかった」

手を洗ってからテーブルにつくと、私はお父さん特製の明太子スパゲティを食べ始めた。
でも私は、あまりフォークが進まない。少し食べて、小さくため息をついた。
お父さんは少しの間私を見つめていたけど、こう訊いて来た。

「どうした、何かあったのか?」
「・・・うん」
「・・・春菜くんのことか」


私は小さく頷いてから、説明し始めた。

「・・・楽しかったか、訊いてくる?」

説明を聞き終わったお父さんは、眉をひそめた。

「・・・そう。毎回、帰り際に」
「ふうん」
「なんで、そんな事を訊いてくるんだろう・・・そんなに、私が楽しんでなさそうに見えるのかな」

お父さんはその言葉に対して少し間隔を空けると、私に質問した。

「実際に彩花は、春菜くんと一緒にいて楽しいのか?」

私は、小さく頷いた。
楽しい、と思ってる。

「だったら、楽しそうにしないとな」
「え?」
「つまり、これだ」

そう言ってお父さんは、私に笑顔を作って見せた。いつもの、お父さんの優しい笑顔だ。

「笑顔になる・・・笑うんだ。楽しかったら、笑う。これが自然だ」
「笑顔・・・」
「彩花は春菜くんと会っている時も、今みたいな顔でいるだろう?だから、一緒にいる彼女は不安になる。私と一緒にいるのがつまらないのか、とな」

私は、少しショックを受けた。
今まで、私が「笑顔」になったことってあったっけ?
声を出して、笑ったことがあったっけ?


自分では分からない。そもそも、笑うようなことが今まで全く無かったような気がする。
生まれてから、ずっとお父さんと二人暮らし。学校では一人ぼっちだし、家では一人で絵を描き続けてきた。
そう、笑う必要がなかったんだ。
でも・・・そうか。
私には、友達が出来た。
笑う必要が、でてきたんだ。

「わかった、お父さん」
「うん?」
「私、笑ってみる。ありがとう」
「そうか・・・じゃあ、早くご飯食べてしまえ」
「うん」

私は、あらためて明太子スパゲティを食べ始めた。
お父さんは笑顔のまま、私を見つめていた。


私は自分の部屋に戻ると、普段はめったに使わない手鏡を出してきた。
自分の顔を見ながら、「笑顔」の練習をしてみる。
お父さんやはるなんの顔を思い浮かべて・・・そう、あんな感じに。

「う・・・い・・・」

早速、頬が引きつる。続いて、目の端がぴくぴくしてくる。
鏡の中の私は・・・なんだ、これ。


とてもじゃないが、笑顔に見えない。
私は、声を出してみた。笑い声って、こんな感じ?

「い・・・いひひ・・・」

なんとも難しい。笑うのって、こんなに大変なの?

「ふ、ふひひ」
『うふふふ』

突然、笑い声が聞こえた。
私が無視を決め込んで練習を続けようとしても、頭の中にどうしても響いてくる。

『そんなの、意味ないって』

私は、あの絵を見上げた。「フクダカノン」が、私に語りかけてくる。

『笑顔って、自分で作るもんじゃないから』
「何を言ってるの?」


私は「彼女」を睨みながら答えた。でも、「彼女」は涼しい顔をしている。
この人は・・・一体、何なんだろう。

『笑顔っていうのは、自然に溢れ出すものだから。そんな嘘の笑顔じゃあ駄目』
「・・・あなたは、何者なの?」

その質問に、「彼女」は少し馬鹿にしたような声で答えた。

『何言ってるの?何者もなにも、あなたが描いたんじゃない。私を』

そう、私が想像で描いた人。
でも、私はなんでこの人を描いたんだろう?
なんで、「フクダカノン」という人だと思ったんだろう?
そして、なんで急に私に語りかけてくるようになったんだろう?
・・・わからない・・・わからないよ。

私が混乱していると、急にピタッと声が止まった。
静かな沈黙が訪れて・・・私は、笑顔の練習をやめた。
その日、「彼女」がもう語りかけてくることも、笑いだすこともなかった。


次にはるなんと会う日までの間、私は笑顔の練習を続けた。
はるなんや、お父さんと同じように、笑おうとする。
学校から帰ると、私は鏡を取り出し、顔をひきつらせたり、奇妙な声を上げ続けた。
・・・全然、うまくいかない。
笑顔というより、恐怖に顔が歪んでいる感じだ。笑い声も、どこから音が出ているのか分からない。

そんな私の耳に、あの笑い声が響き続ける。

『面白い顔ね。ふふふふ』

・・・うるさい!

うまく笑えない私に対しておかしそうに笑う「彼女」を、私は完全に無視しつづけた。
絵が話しかけてくる原因はわからないけど、とにかく今は笑う練習しないと。

私が、はるなんにうまく笑いかける。
はるなんは、私が笑うのを見て、「とても、楽しそうだ!良かった!」と、喜ぶだろう。
そう・・・それが、「友達」なんだ!

私は、顔に力を込めて頬を吊り上げた。
あの絵から、小さなため息が聞こえた。


約束している日がやってきた。
私なりに、大分上達したと思う。
はるなんが来るのを今か今かと待ちわびる反面、私はとても緊張していた。

・・・大丈夫、あんなに練習した。
私は、うまく笑える。

自分に言い聞かせ、私は手鏡を覗き込む。
そこには、「笑顔」があった。

・・・よし!いける!

その時、私の家の呼び鈴が鳴り響いた。
私は、部屋を飛び出していった。


門の前には、いつもと変わらない彼女が立っていた。
やはり、地味な格好をしていて、なんだかアンバランス。
でも、とても可愛い笑顔だ。

「こんにちは、彩花さん」

私は、短く深呼吸をすると、渾身の「笑顔」で答えた。

「いらっしゃいませ!」

・・・しまった。笑顔に集中するあまり、言葉がおかしくなった。
はるなんは・・・きょとんとしている。

「・・・あ、いや、中にどうぞ」


私が門を開いて招きいれようと待っていると・・・
なぜか、はるなんは動かない。

・・・あれ?

はるなんを見ると、呆然と立ち尽くしている。さっきのきょとんとした顔のまま、硬直しているのだ。

「・・・どうしたの?」

私が訪ねると、はるなんはハッとしたように動き出した。すぐに笑顔に戻ると、慌てて私に言った。

「あっごめんなさい。行きましょう!」
「・・・うん」

二人で並んで歩きながら、今のはるなんの反応を考える。

私の笑顔に、驚いたかな?

そうだとすれば、練習したかいがあったというものだ。
私は、なんだか嬉しくなって足が軽くなった。


私の部屋では、いつもと同じように過ごし始めた。
私は絵を描き、はるなんは隣で私に話しかける。

「そういえばですね、あそこの新しいカフェの話なんですけど・・・」

いつもの通り、話題を振ってくるはるなんに・・・

「うん!」

私は絵を描くのを止めて、笑顔で答えた。


そして、はるなんの次の言葉を待つ。

はるなんは・・・硬直した。
笑顔では、ない。じっと、私の顔を見つめている。
私は今まで見たことが無いはるなんの表情に動揺してしまい、素に戻ってしまった。
しばしの沈黙・・・私の心臓の音が、聞こえてくる。

・・・どうしたの?

私が話し掛けようとした時・・・

「今日は、帰ります」

はるなんはそう言って、立ち上がった。

「えっ!なんで・・・?」
「・・・ごめんなさい」

唖然として訊く私にはるなんは一言謝って、そのまま部屋を出て行ってしまった。
私は、そのまま動けない。

わけが、わからない。
なに・・・なんなの?

「おや、もう帰るのかい?」

お父さんの声が聞こえた。はるなんの短い返事が小さくあったあと、玄関の扉が開閉する音が響いた。

・・・ホントに、帰っちゃった。

静かになった部屋の真ん中で、私の思考が踊り狂う。


・・・これほど、理解不能なことがあるんだろうか。
今来て、今帰った。
私が・・・何したの?
笑顔を・・・向けただけじゃないの?
わけが、わからない・・・
わけが、わからない・・・

『だから言ったじゃない』

あの声がする。楽しそうな声だ。

『そんな笑顔じゃ、駄目だって。ふふふ』

私は、自分の耳を塞いだ。
でも、その声は頭に直接響いてくる。

『格好だけの「友達」を作ろうとするから、こんがらがっちゃうのよ』

何を言ってるの・・・わからない。
格好だけ、じゃない。私とはるなんは、本当に友達なんだから。

『本当の友達?今まで友達がいなかったあなたに、なんでそれを理解できるの?』

やめて・・・うるさい!
あなたに、私の何が分かるの!?

『わかるわよ。だって私はあなたの』

仲 間

その言葉が頭に溢れた後、その声はピタっと止まった。
再び訪れた静寂。心臓の音だけが、体の中で響き続けていた。


その鼓動がリズムを打って波打つのを聞きながら、私の頭の中では二つの言葉がこだましていた。

友達 友達 友達

仲間 仲間 仲間

・・・友達って、なんなの?
仲間って、なんなの!?


次の休みが来るまでの間、私はずっと悶々としながら過ごしていた。
学校でも、授業が頭に入ってこない。
家でも、絵を描くことに集中できない。

・・・今まで、こんなこと一度もなかったのに。

霧が晴れないような、重くて鈍い頭を振りながら私はため息をついた。

なんで、こんなに気になるんだろう?
そう、はるなん・・・
とにかく、理由がわからない。
なんで、帰ってしまったんだろう?
ただ、笑顔を向けただけなのに。
お父さんの言った通り、頑張って作った笑顔だったのに・・・

はるなんは、本当にわからないことだらけだ。
とにかく、次の休みにはるなんが来たら・・・
理由を、聞いてみよう。

私は、そう決めて絵を描くことになんとか意識を向けた。


・・・でも。
やってきた次の休みの日の朝、はるなんは姿を現さなかった。


「彩花、入るぞ」

ノックの後、お父さんが部屋の入り口から顔を見せた。
私は描いていた絵から顔を上げて、お父さんを見た。

「・・・何?」
「今日は、春菜くんは来ないのか?」

私は、すぐに絵の方に視線を戻してからつぶやいた。

「知らない」
「そうか・・・」

お父さんは、なんとなく私の部屋を見渡していた。
そして、ふっと部屋の中に入って来てから、私にこう言った。

「彩花、実は謝りたいと思ったんだ」
「・・・え?」

私があらためてお父さんを見上げると、お父さんは私の横に座ってから私を見据えた。

「無責任なことを言って、ごめん」

私は、お父さんが何を謝っているのかがすぐにわかった。

「笑顔の件でしょ?いいよ。お父さんは何も悪くない」
「彩花・・・」


「だって、どう考えたって理解できない。笑いかけただけで、帰ってしまうなんて。悪いのははるなんだよ」

私は、少し口調を荒げて言った。
でも、お父さんは首を振りながらこう答えた。

「いや、そうじゃない。それもそうなんだが・・・」
「え?」
「お父さんは彩花に、「友達とはこういうものだ」とか、「友達」というものを知っているように話していた。それを謝りたくてな」

お父さんは、頭を掻きながら申し訳なさそうな顔をした。

「前にも話したが、お父さんには友達がいたことがない。なのに、友情はこうあるべきだとか、そんなことわかるはずがないのにな」

そう言って、お父さんはあははと笑った。
その顔は、少し寂しそうに見えた。
私は、ちょっとの間黙ってその顔を見つめていたが、ゆっくり首を振ってから答えた。

「・・・もう、いいんだ」
「ん?」
「私にも、「友達」はわからない。だから、友達はもういらない」

お父さんは、じっと私の目を見つめた。
私は、すぐに視線を逸らして絵を描き始めた。

「・・・そうか」


お父さんは立ち上がって、部屋を出て行こうとした。
でも、入り口のところでふと立ち止まってこちらに振り向いてから、こう言った。

「彩花、本当にそれでいいんだな?」

私は絵を描き続けたまま、小さく、はっきりと言った。

「うん、いい」
「わかった」

お父さんが出て行き、私の部屋に静寂が戻った。
その静寂は、はるなんがこの部屋に初めて来た日より以前からずっとあったものだ。
そう、また、戻ったんだ。
あの、静寂の毎日に・・・

深い、深い、ため息をついた。
心の中にあった重みが、消え去った気がした。
とても軽くなったのに・・・
その軽さが、不快で仕方なかった。


『あーあ、せっかくの友達だったのにねぇ』


その声が、聞こえてくるだろうと思っていた。
馬鹿にしたような、声。
私は、描いていた絵を置くと、無言であの絵に向かって歩み寄った。
ジッと、絵を睨みつける。
はるなんが名前を付けてくれた絵。でも・・・もう、その名前で呼ぶ気になれない。

しばらく、睨みつけつづけて・・・私は、低い声で話しかけた。

「・・・あなた、何が言いたいの?」

「フクダカノン」は、うふふと笑った。
私は・・・「何か」が心の中で「外れた」気がした。

「何がおかしいの!!」
「ああ、そんなにわめかないの。うるさいなぁ」

彼女は、やれやれというふうな素振りを見せながら、顔は小馬鹿にしている表情をしている。

「あなたがあまりにも馬鹿だから、つい笑っちゃうってだけよ」

私は、そのあまりにもストレートな物言いに、口が塞がらなかった。
口をぱくぱくさせていると、彼女が更にこう言ってきた。

「友達がいらないですって?嘘ばっかり」
「う・・・嘘?」
「嘘を言ってんじゃないわよ。ホントは、友達が欲しくて欲しくてたまらなかったくせに」


そう言われた私は、必死に否定しようとして・・・

彼女の肩を、思わず掴んでいた。

・・・!?
なに!?

目の前に、彼女がいる。
「フクダカノン」。
絵じゃなく、本物の人間だ。

何が・・・一体?

でも、私はその驚きよりも、今は私の暗い衝動の方が勝っていた。
彼女の肩を掴んだまま、目の前の彼女に言い放つ。

「嘘じゃない!私は、ひとりでも全然平気なんだから!今までだって、ずっとひとりで絵を描いてきたんだから!」

彼女は、私の手を振りほどこうとせず、目の前の私の瞳をじっと見つめていた。
それは、さっきまで「絵」だった時の馬鹿にしたような顔とは違い、とても強く真剣なまなざしだった。
私は一瞬、その顔に見とれてしまった。
今まで絵だったはずの彼女は、「本物」になると、こんなに魅力的になるのか。


喉が固まって何も言えなくなった私に、彼女は静かにこう言った。

「じゃあ、どうしてあなたの部屋には、あんなに沢山の「あなた」が飾ってあるの?」

私は、言葉で殴られたように頭が揺らいだ。
更に、言葉の打撃が降りつけてくる。

「ひとりで、ずっと寂しかったんでしょ?だから、せめて「絵」という友達をたくさん作って、それをまわりに貼り付けてきた」

私は、何も言えない。
揺らいだ頭が、言葉を選ぶ余裕がないと言っている。

「コンクールに絵を応募して入賞したあの絵も、あなたの大切な友達。少しの間、美術館に展示されておくのも嫌だった。
一日でも、離れたくなかった。だから、毎日展示会に通った。もう二度と、絵をコンクールに出したくないと思った。でも・・・」

彼女は、更に続ける。私の頭が拒否をしているのだが、言葉がはっきりと聞こえてしまうのだ。

「はるなんという友達ができて、あなたの心に余裕が生まれた。絵だけが、友達じゃなくなった。
だから、またコンクールに自分の絵を応募してもいいと思った・・・」

彼女の言葉が「打撃」になるのは、つまりは・・・
その全てが、図星だということだ。

私は、彼女の肩から手を放した。
彼女に対する怒りのような感情は消えうせ、代わりに、胸に空気が入り込んだような虚しさを感じた。


やはり、私は何も言えなかった。彼女の顔をじっと見つめる。
その顔は・・・なんだか、まだ・・・

「・・・で、まだ何か言いたいの?」

私が呟くと、彼女は目を見開いて声を上げた。

「はあ!?ここからが本番でしょ?」
「・・・え?」
「だからあ、せっかく友達ができたのに、なんですぐに諦めるかって言いたいのよ!」

彼女は、呆れた声で私を睨んだ。

「ちゃんとした人間の友達ができたのよ?もっと、ちゃんと彼女としっかり向き合いなさいよね」

向き合う・・・?

私は、呆然として彼女を見つめた。
なんだか、更に追い討ちをかけるように色々と言ってくると思っていたのに。
何か、私にアドバイスをくれようとしているのだろうか?

「でも・・・私、「友達」ってなんなのか、やっぱりわからない」
「はあ?」
「確かに、私は「友達」が欲しかったのかもしれない。はるなんと一緒にいて、なんか嬉しかった。
でも、はるなんと一緒にいても、彼女の事は全然わからないことだらけだった」

私は、そう言いながらふと、なんで私はこの人に対してこんなにスムーズに言葉が出てくるんだろうと思った。


「この先もっと一緒にいても、もっともっとわからなくなると思う。「友達」というものが、もっと分からなくなる。だから・・・」
「あのねえ・・・」

やれやれ、とはっきり聞こえた。彼女は頭に手をやりながら、首を振って言った。

「あなたは、「友達」という言葉にとらわれすぎているのよ」
「・・・え?」
「「友達」と付き合おうとするから、遠慮する。何も訊けない。訊くのが恐い。
嫌われたら、どうしよう・・・はるなんの事がわからないのに、しっかりと知りたい事を訊かなかったから、何もわからないままなんでしょ?」

「フクダカノン」の言葉は、さっきとは違い、私の頭を殴りつけることはなかった。

「「友達」から、括弧をはずしてみなさいよ。友達・・・はるなんという女の子と、あなたがどう付き合いたいかが一番重要」

でも、その言葉は、頭を通ることなく、心に直接響いた。

「要は、一緒にいたいかどうかでしょ?なら・・・」

そこで彼女は、「笑顔」になった。

「頭で考えずに、全力でぶつかってこい!!」


私は、目の前にある絵を見つめていた。
そこにあった「魔法少女アヤカ☆マギカ」に描かれていた彼女は、今までと何も変わらない顔でそこにいた。
でも、その顔は、今までと違って見えた。

いや、変わっているはずがない。
これは、「絵」なんだから。
だとしたら・・・そうか。
大切なのは・・・私の、見方。

私は、慌てて着替え始めた。

行かなきゃ。
はるなんに、会わなきゃ。

着替え終わると同時に、私は部屋を出ようとして・・・
ドアの前で、後ろを振り向いた。

そして、一言呟いた。

「ありがとう、花音ちゃん」

ふふっと、空気が震えた気がした。


「おい、どこに行くんだ!?」
「はるなんとこ!」

お父さんの言葉に顔を見ずに答えて、私は家を飛び出した。

 

第一章  第三章

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最終更新:2015年03月01日 10:33