魔法少女みずき☆マギカ 第一章

 

下校後一緒に帰っていた聖と香音は、夏の暑さを全身で感じていた。

「あっっっっつぅぅぅぅぅい」
「暑いねえ」

二人は、駄菓子屋の前の自販機でジュースを買って飲んだ。冷たくて美味しい。

「あれ?そういえば、えりちゃんと里保ちゃんは今日どうしたんだろ」
「なんか、魔法の修行するからって先に帰ったみたい」
「はー、暑いのによくやるね」
「・・・」
「ん?どうしたの聖ちゃん」

元気がない様子の聖を、香音は心配した声で聞いた。
聖は、ため息をつきながら語った。

「なんか、えりぽんと里保ちゃんは魔法使いなのに、聖は普通の人間だから、
入り込む隙がないっていうか・・・悔しいっていうか、なんというか」
「あー、要は「じぇらしー」ってやつね」
「そっそんなんじゃなくて!!」

慌てる聖に、香音は飲み終わったジュースの缶を握りつぶしながら笑った。


「香音ちゃん・・・それ、スチール缶・・・」
「でもさ、私たちは魔法使いにはなれないんだし、仕方ないんじゃない?」
「うーん、確かにそうなんだけど・・・」

その時、聖は自分の目の前に、なんの前触れもなく小さな白い物体が現れるのを見た。

「え!?何!?」
「どうしたの?聖ちゃん」

その物体は、よく見ると何かの生物のようだった。白くて四足でしっぽがある。
そして、聖の事をじっと見つめていた。

あれってなんだろう?
犬?猫?

聖が考えていると、横で香音も気付いたようだ。

「なにあの猿みたいなの。こわ・・・」

すると、その白い生き物が突然人間の言葉で二人に向かって語りかけた。

「はじめまして、僕さゆべぇ。僕と契約して、魔法少女になってよ!」


魔法少女みずき☆マギカ2


「・・・魔法少女?」
「その通り。君たち二人には、その素質がある」

突然の出来事に、二人はただ驚くばかりだった。
しかし、聖は・・・

魔法少女って・・・魔法が使えるようになるの?

「ところで、君はさっき僕の事をサル呼ばわりしていたけど、とても心外だね」
「・・・あ、ごめんなさい。つい失礼な事言って」
「僕はこう見えても、仲間内からは「ベイビーモンキー」の愛称で親しまれているんだ」
「結局サルじゃんよ!!」
「えっとあのー」

聖はさゆべぇに質問してみた。

「魔法少女っていうのになれば、魔法が使えるようになるの?」
「そのとおり。常人にはとても真似できない強力な能力を身に着ける事ができるんだ」
「へー!それはすごいじゃん!」

香音は、聖に対して嬉しそうな顔を向けながら言った。

「ちょうどいいじゃん聖ちゃん!魔法少女になって、えりちゃんたちを見返しなよ!」
「え?いや、見返すとかそういうことじゃ・・・」

そう言いつつ、聖は胸のあたりが熱くなるのを感じた。


確かに、私が魔法を使えるようになったら、あの二人の間に入っていけるかもしれない。
・・・でも、本当にそんな簡単に、魔法が使えるようになるの?

「魔法少女になってくれるなら、僕は君たちの願い事をなんでもひとつ叶えてあげるよ」
「えっ・・・」
「ええええええええええええええええ!!!!!」

さゆべぇの言葉に、二人は驚きの声をあげた。

「なんでも!?」
「その通り。なんだってかまわない。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ」
「なんでも・・・叶う」

そのとんでもない交換条件に、聖はただ唖然とするばかりだった。

なんでも・・・思い通りになる。
・・・・・・

「やったじゃん!聖ちゃん!!」
「え?」
「その願いで、えりちゃんのハートをがっちりゲットしちゃえばいいじゃん!」
「ちょっ・・・何言ってるの、香音ちゃん!!」
「その程度の願いは、お安い御用さ」

さゆべぇのその言葉に、聖は慌てて手をブンブンと振った。

「ちょっと待って!今のは違うから!」
「えー?なんでよぅ。やっちゃえばいいのに。悩んでるくせに」


「そうじゃなくて・・・こんな話、そう簡単に決めれないよ!」
「まあ確かに、ちょっと胡散臭いけどね」
「それに・・・誰かと「契約」を結ぶ場合は、その内容を最低100回は確認しろって、
お爺様から教えられてるし」
「・・・それ、こういう場合の事じゃないと思うけど」
「確かに、説明不足な部分があったね」

二人のやりとりに、さゆべぇが口を挟んだ。

「魔法少女になった者は、「魔女」と呼ばれる存在と戦う使命を課されるんだ」

二人は、その言葉に対して、思わず聞き返していた。

「・・・「魔女」?」
「なに、その「魔女」って?」
「「魔女」は誰かの呪いから生まれた存在で、絶望を撒き散らす。放っていくと、
関係ない人間がどんどん危険に晒される事になる」

その説明が終わると同時に・・・

ばうっ!!

突然、二人の前に巨大な影が姿を現した。
その禍々しい容姿に、二人は恐怖で硬直し・・・

「さっそく「魔女」の登場だよ!本当に危険な存在なんだ!」

さゆべぇが叫ぶのと同時に、「魔女」が聖に向かって手を振り上げた。


「あ・・・」
「・・・聖ちゃん!危ない!!」

その手が聖に振り下ろされる瞬間・・・

「マロ・フィナーレ!」

甲高い声が響き渡るとともに、「魔女」の体が爆発霧散した。

「きゃっ・・・」
「聖ちゃん、大丈夫!?」

香音は聖に駆け寄り、どうやら無事だとわかりホッと胸を撫で下ろした。

「一体、何があったの?」
「・・・危ないところだったわね」

戸惑う二人の前に、不思議な衣装を身にまとった少女が突如現れた。

「・・・あなたは?」
「私の名前は福田花音。あなたたちの前にさゆべぇと契約した、魔法少女よ」


「福田さん・・・魔法少女なんですか?」
「その通りよ。あなた達よりも先輩。よろしくね」

花音と名乗った少女は、聖と香音に近づくと笑顔を見せた。
二人がまだ呆然としていると、さゆべぇが花音の肩に飛び乗って説明し始めた。

「福田花音。彼女は魔法少女の中でも優秀な力を持っているんだ。君たちが魔法少女になったら、
お手本にするといい」

聖は、花音を見つめながら、今彼女が見せた「魔法」の事を思い出していた。

さっきの必殺技みたいなのが、魔法少女の力・・・

「すごい!カッコ良かったです、今の!」
「ありがとう。・・・あなたは?」
「あ、私は鈴木香音っていいます。よろしくお願いします!」
「そう。よろしくね」
「「かのん」って、私と名前が被ってるんですね」
「そうね・・・でも、あなたの方が私と被っているのよ?」
「・・・あの」


聖は、花音に気になっていることを質問した。
「福田さんは、もともと普通の人間なんですよね?」
「そうよ。どこにでもいる普通の女の子だったわ」
「魔法少女になっただけで、あの力が使えるようになったんですか?」
「そう。ただ、どんな力にするかは本人次第だから、あとは発想力の問題かな」

花音はそう言うと、自分の右手を前に差し出した。
すると彼女の目の前に、かぼちゃに良く似た巨大な砲台が現れた。

「私のは、砲台を作り出して敵を打ち抜く魔法。必殺技名は、「マロ・フィナーレ」」
「すごい・・・なんかこの砲台、かぼちゃの馬車に似てますね」

香音の言葉に聖は、花音の格好がなんとなく「シンデレラ」のイメージになっているのに気付いた。

「だから、あなた達も発想力次第でものすごい能力を操れるかもしれないわ」
「なるほどー」

・・・私も、こんな魔法が使えるようになるかもしれない。
私も・・・やってみようかな・・・

聖は口を開こうとして、ふとさっきの「魔女」の事が脳裏によぎった。

でも・・・魔法少女になったら、さっきのお化けみたいなのと戦わなきゃいけない?
それは、やっぱり怖いな・・・

「まだ悩んでいるのかい?」

そう言ってさゆべぇは地面に降り立つと、二人の顔を見上げてこう話した。

「家に帰って、ゆっくり考えてみるといい。もし決心がついたら、僕はすぐに現れるからね」


「そうね、大事なことだから、二人ともよく考えた方がいいと思うわ」
「・・・はい」
「うーん、わかりました」

さゆべぇと花音が姿を消すと、香音は聖に訊いてみた。

「どうするの?聖ちゃん」
「・・・まだ、考え中」

聖は、この突然の状況に戸惑いながらも、魔法少女の力を欲している自分に気付いた。

私が魔法が使えるようになったら、えりぽんは私の事をどう思うだろうか。
私の事を、同じ目線で、同じ仲間として見てくれるだろうか?
でも・・・魔法少女になって、「魔女」と戦うのは怖い。
・・・どうしよう・・・

「・・・それにしても、よくたまたま誰も通りかからなかったね」

聖は香音の声を尻目に、その場で立ち尽くして考えつづけた。

 


「えー!!えり達の知らんうちに、そんな事があっとったと!?」
「そうなのよ。ホントびっくりしたんだからね」


驚いた衣梨奈に、香音はカキ氷をほうばりながら頷いた。

「ちょっと・・・香音ちゃん・・・」
「ん?どうしたの聖ちゃん?」
「なんで普通にえりぽんにしゃべっちゃってるの!?」

聖の悲鳴に、香音はぽかんとして・・・

「え?話しちゃいけなかった?」
「こういうのは、ぽんぽん人に漏らしちゃいけない約束になってるでしょ!」
「・・・そうなの?」
「聖、なに言うとると!そんな大事なことを、えりたちに黙ってていいわけなかやん!」
「そうだよふくちゃん。うちらに秘密にするなんて、みずくさいよ」

衣梨奈と里保の顔を見ながら、聖はため息をついた。

これで、使えるようになった魔法をサプライズ演出で披露する楽しみが、消えてしまった。

「・・・それに、なんで私たち、道重さんの家にいるの?」
「え?だって今日学校で話したじゃん。後で皆で宿題やろうって」
「・・・そうだったっけ?」
「まあまあ譜久村さん。落ち着いてください」

聖は、隣に座っている春菜に向けても、恨めしい声を出した。

「はるなんまで・・・」
「それよりも、今の話が本当ならばすごい事ですよ」


そう言って春菜は、少し興奮した声で続けた。

「私の知っているアニメに、それとよく似た設定のがあります。「魔法少女」「さゆべぇ」「マロ・フィナーレ」・・・
それって、まんま「魔法少女まど」・・・うっ、頭が」
「カキ氷の食べすぎだよ、はるなん」

里保が春菜の頭をさするの見ながら、聖は衣梨奈に質問をした。

「そういえば、道重さんは?」
「道重さんは、温泉旅行に行きよーよ。まーどぅーだーと一緒に」
「え?」
「商店街の福引に当たったとかで、昨日から出かけたよ。最初は3人でって言ってたけど、
せっかくだからあゆみちゃんも一緒にって」
「そうっちゃん。学校まで休んで、えりたちを置いていくなんてズルい」

ふてくされた衣梨奈を見ながら、聖は残念に思った。

そっか・・・今回の事、道重さんに相談したかったのにな。


「でも、ふくちゃんも香音ちゃんもどうするの?その「魔法少女」になっちゃうの?」

里保の質問に、二人はお互いの顔を見合わせた。

「うーん、どうなんだろうね」
「私は・・・ちょっと、やってみてもいいかなって」

その聖の発言に、真っ先に反応したのは衣梨奈だった。

「何言うとると!?」
「え?」
「聖が、そんなことできるわけなかやん!」

その決め付けに、聖は一瞬ポカンとしたが、すぐにムキになって反論した。

「聖、できるもん!」
「はぁ?ありえんし。どんくさい聖が戦うとか、絶対に無理やけん」
「大丈夫だもん。魔法が使えるようになったら、誰にも負けないもん!」

突如始まった言い合いに、里保と春菜はあっけにとられてしまった。

「ど・・・どうしたの、えりぽん?」
「譜久村さんも、落ち着いてください」
「魔法が使えるようになっても、聖は聖やん。危険なのが目に見えてるっちゃん」
「何でそんなこと言うの!?まだやってもないのに、決め付けるなんてひどい」

だんだんヒートアップしていく二人を、里保と春菜はオロオロと見守り、
その一方で香音は涼しい顔でカキ氷を頬張っていた。


「あー!もう!勝手にすればよかやん!」

そう言って衣梨奈は立ち上がり、屋敷の奥へ大股で歩きだした。

「えりぽん、どこいくの!?」
「聖なんか、その「魔女」とかってバケモノにやられてしまえばいいっちゃん!!」

その言葉を最後に、衣梨奈は階段を上って行ってしまった。
残された聖と他の三人は、しばらく無言で座っていたが・・・

「聖、帰る」

そう言って立ち上がった聖に、香音も続いた。

「じゃあ私も帰るよ」
「あ・・・うん、わかった。また明日ね」


帰り道、聖はため息をつきながら、香音に漏らした。

「なんでえりぽん、あんな事を言ったのかな」
「まあ、えりちゃんは聖ちゃんが心配なんだよ。言い方はちょっといただけなかったけどね」
「心配・・・か」

聖は、衣梨奈のひねくれた優しさが嬉しい反面、素直に喜ぶ事が出来なかった。

だって・・・心配してくれるのは嬉しいけど・・・
それって、私を「仲間」として信用してくれてないってことだもん。


翌朝、聖は香音を待ちながら、あくびを噛み殺した。
昨晩は悩んで悩んで悩んだあげく、あまり寝ることができなかったのだ。

・・・結局、「魔法少女」になるかどうか決められなかった。
それに、もし契約するとしても、その為の「願い事」を何にするかも全然思いつかなかった。

「聖ちゃん、おはよう」
「あ、香音ちゃん。おは・・・」
「いやー、今日も激暑いね。いい加減にして欲しいわ」
「・・・香音ちゃん・・・」
「どうしたの、聖ちゃん?」
「その格好・・・」

聖は唖然として、香音の姿を上から下まで凝視した。
その服装は、どうみても普通の私服とは言えず・・・

「まさか・・・香音ちゃん」
「あ、気付いちゃった?そう。昨晩さゆべぇと契約しちゃったんだー私」

その「昨日携帯電話買い換えたんだよね」的な言い方に、聖は開いた口が塞がらなかった。

「どう?この格好。カッコいいかなぁ?」

緑色を基調にしたコスチュームで、可愛いというよりも確かにカッコいい。
しかし、聖は慌てて香音に寄り詰めた。

「香音ちゃん!はやく元の姿に戻ってよ!」
「えー?なんでよ。この格好、クラスの皆に見せたいと思ってたのに」
「見せれるかーーーーー!!」


元の姿に戻った香音は少し膨れっ面をしていたが、聖はそれを無視して、一番気になる事を質問した。

「香音ちゃん・・・何にしたの?「願い事」」
「あ、気になる?どうしようかなぁ、言おうかなぁ」
「・・・いいから」
「聖ちゃん、顔が恐いよ・・・」
「何にしたの?」

香音は、聖の耳元に口を近づけてから囁いた。

「今日、給食にプリンが出るじゃない?月に一回の」
「うん・・・そうだったっけ?」
「そのプリンが、余りますようにって」

聖は、香音の顔を見つめた。香音は、少し顔を赤くして視線をずらした。
聖は、自分が一晩かけて悩んだのが、恐ろしく馬鹿らしい気がしてきた。


「・・・えーと、今日は宮本さんが急な腹痛でお休みになりました」
「やっt・・・」
「どうしました?鈴木さん」
「・・・なんでもありません!」

担任の先生と香音のやりとりを聞きながら、聖は衣梨奈の横顔を眺めていた。


昼休み、屋上で香音の事を聞いた里保は、心配そうな顔をした。

「香音ちゃん、ホントに大丈夫?魔法で戦うのって、結構大変なんだよ」
「・・・大丈夫・・・じゃない」

しゃがみ込んで俯いている香音は、弱々しい声を出した。

「・・・どうしたの?恐くなっちゃったの?」
「里保ちゃん・・・香音ちゃんは、余ったプリンが食べられなくて、落ち込んでるだけだから」
「チックショウ生田の奴・・・まさかあそこで「グー」を出すとは。あそこは普通「パー」の場面でしょ」
「・・・で、そのえりぽんはどうしたの?」
「ここには来てないね。やっぱりまだ怒ってるのかな」

聖はそう言いながら、出入り口の方を見つめた。

「それよりも、鈴木さん。「魔法少女」になった気分はいかがですか?」
「あれっ・・・はるなんいたの?」
「昨日のお話を聞いて、気になったものですから。普通の人間の方が魔法を使うところを見てみたかったんです」


黒猫にそう言われて、香音はよいしょと立ち上がった。

「見たい?私の魔法の力!すっごいんだから!」
「はいっ見たいです!」
「・・・あ、駄目だよ!下から丸見えなんだから!」

里保は下のグラウンドにいる生徒を見下ろして、二人を注意した。

「えー。早く見せたいんだけどな」
「魔法の力は、私達魔道士も一応皆には内緒にしてるんだし、隠しておいた方がいいと思うよ」
「うーん、了解」
「・・・ところで、うち昨日考えたんだけど」

里保のその言葉には、心配の色が滲んでいた。

「その「魔女」って敵と戦うの、うちも協力できないかなって。二人がそんな危ない事をするの黙ってられないし」
「それは不可能だね」

その声がした方向を見ると、屋上の出入り口から、さゆべぇと福田花音が現れるのが見えた。


「え・・・不可能って?」
「君たち普通の人間には、「魔女」の姿を見ることができない。認識することができないんだ」

さゆべぇが説明し、花音が後を引き継いだ。

「だから、普通の人間が「魔女」に襲われても、襲われた方は何が起きたかも分からないまま、大怪我をしてしまうというわけよ」
「あ・・・でも」

聖は、不思議に思って訊いてみた。

「私と香音ちゃんは、「魔法少女」になってないのに「魔女」が見えましたけど」
「それは、君たちに「魔法少女」になる素質があるからなのさ」
「私も、「魔法少女」の契約をする前に「魔女」を見ることができたわよ」

その花音の言葉に、聖は気になっていたことがあるのを思い出した。

「そういえば、福田さん」
「花音でいいわよ」
「・・・花音さんは、「魔法少女」になる時の願い事は、何にしたんですか?」
「それは・・・」

花音はその質問に、少し俯いて目を閉じてしまった。

「どうしましたか?」
「いえ・・・私の場合は、考えている余裕さえなかったってだけ」


聖は、花音の深刻そうな顔を見て、触れてはいけないことだったと悟った。

「あの・・・ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ・・・」
「いいえ、いいのよ。普通気になるものね」

そう言って花音は優しく笑みを浮かべながら語った。

「・・・語尾がね」
「え?」
「私、昔から語尾が「にょん」になる癖があって。だから・・・それを治してもらったのよ」
「・・・・・・・・・・・はあ、そうなんですか」

本当に、触れるべきことではなかった。

「でも、ちゃんと選択の余地のある子には、キチンと考えたうえで決めて欲しいの」
「そうだ、譜久村聖。君の願い事は決まったかい?」

さゆべぇの質問に、聖は考え込んだ。

香音ちゃんも契約してしまった。私も、少し恐いけど「魔法少女」になりたいとも思う。

・・・でも・・・
私の願い事は、魔法を使えるようになること。
だから、「魔法少女」になる契約をすること自体が願い事で、他に欲しいものがあるわけでもない。
・・・どうしよう・・・


聖が黙っていると・・・

「皆・・・気をつけて!」

突如、花音が叫んだ。
その声に全員が花音の視線を追うと、そこには小さな人形のような姿をした「何か」がフワフワと浮んでいた。

「あ・・・かわいい」
「・・・何あれ?」

聖と香音の呟きに、花音が注意を促す。

「見た目に騙されないで。あれも紛れもなく「魔女」よ・・・鈴木さん!」
「あ、はい!」

花音が「魔法少女」に姿を変えて、香音もそれに続く。

「あの、ちっちゃいのが「魔女」なの?」
「そのようですね・・・」

里保と春菜が戸惑いながら呟いたのを聞き、さゆべぇが驚きの声を出した。

「・・・君たち、「魔女」の姿が見えているのかい?」
「え?うん・・・普通に見えてるけど」
「私も見えてますよ」


その言葉に、さゆべぇはジッと二人を見つめるだけだった。
聖は、香音に近づいて心配そうに声をかけた。

「香音ちゃん、気をつけてね」
「大丈夫!聖ちゃん、私の魔法を見ててね!」

聖がその場を離れるのと同時に、香音が気合を込めた。

「うりゃぁ!」

その声に呼応するように香音の右腕が輝き出し、みるみる形を変えていく。
そして、腕の光が収束し終わった後、現れたのは巨大な「前足」だった。

「香音ちゃん、その手・・・」
「どう?私の魔法!その名も、「ちゃーちゃんぱんち」!!」

その「ぬいぐるみの手」のような腕の形に、里保が驚愕の声を上げた。

「すごい・・・あんな見た目なのに、魔力が限界まで圧縮されて詰め込まれてる。これが「魔法少女」の力なの?」
「確かにあれで「ぱんち」されたら、どんな相手でも一撃で粉々になりそうですね・・・鈴木さん、すごいです!」
「香音ちゃん・・・すごい!」

春菜と聖の絶賛の声に、香音は顔が赤くなった。

「・・・そう?いやいや、全然、そんなことないよ!」

そう言って、巨大化した手をブンブン振り回す。

「・・・ちょっ、香音ちゃん!それをこっちに振り回さないで!危なすぎるから!!」
「あ、ごめん聖ちゃん」
「鈴木さん、照れている場合ではないわ。早く攻撃しないと・・・」


花音の注意する声と同時に、香音の腕が元の形に戻ってしまった。

「ありゃ?」
「香音ちゃん、どうしたの!?」

聖の質問に、香音はえへへと笑いながら説明した。

「この魔法、十秒くらいしか持たないんだよね」
「・・・おいっ!」
「しかも、一回使ったらしばらく使えなくなっちゃうんだよね、これが」

唖然とする聖たちを尻目に、「魔女」は相変わらずフワフワと浮び続けている。

「・・・仕方ないわね。私がやるから皆そこで見ていなさい」

花音はそう言って、自分の目の前に巨大な砲台を生み出した。

「マロ・フィナーレ!」

打ち出された魔法の砲撃が、「魔女」の胴体部分に直撃し・・・

ばしゅぅ!!

「魔女」の体が、木っ端微塵に吹き飛んだ。

「やった!さすが福田さん!」

香音の喜ぶ声に、花音は髪をかきあげながら答えた。

「まあ、今日は弱い相手だったから良かったものの、次からは・・・」


その時だった。
今破裂した「魔女」の頭部分が膨れ上がり、巨大な口と牙をもつ異形へと変化した。
そして、その一瞬の変貌に唖然として、硬直する花音を・・・


「・・・え?」

がぶっ

その、あまりの光景にその場にいた全員が凍りついた。
凶暴化した「魔女」は、花音の首から上を(以下規制)。

「・・・福田さんが・・・マロった・・・」

春菜の意味不明な呟きに反応するものはなく・・・
ぶら下がった花音の体は、ピクリとも動かない。

聖の思考が停止している中、その足元に近寄ったさゆべぇが叫んだ。

「聖!今すぐ僕と契約を!」

その声に反応したのは、聖ではなく「魔女」だった。
くわえた花音を遠くへ吐き出すと、聖に視線を向ける。

「・・・あ・・・」
「願い事を決めるんだ!このままだと、ここにいる全員が死んでしまう!早く!」


・・・死ぬ?
私・・・死ぬの?

聖は、突然目の前に降ってわいた「死」の恐怖に、体も、口も動かすことが出来なかった。
そして「魔女」は、ゆっくりと聖に近づき・・・

「聖ちゃん!!」

香音の叫びと同時に、「魔女」が大きく口を開けた。その瞬間・・・

ばりばりばりばりっ!!!!

「魔女」の体が、ほとばしる電撃に動きを止める。
香音が、その攻撃が来た方向を見て声を上げた。

「・・・里保ちゃん!」

里保の放った電撃の魔法で、「魔女」は体中を縛られて身動きがとれない。

「・・・そんな!見るだけじゃなく、攻撃まで出来るなんて!」

さゆべぇの驚愕した叫びと、「魔女」の咆哮らしき声が響きわたり・・・

「・・・なんしよーと!!!」

その声に、全員が屋上の出入り口の方へ振り向いた。
そこには、衣梨奈が怒りに満ちた顔で立っていた。


「・・・えりぽん!!」

聖の叫びと同時に、衣梨奈が「魔女」に向かって地面を蹴った。

「皆に手を出すなああああああああああ!!!」

衣梨奈の渾身の蹴りが、「魔女」の顔に命中し・・・

ぶしゅううううううううう!!!

空気が抜けるような爆発音とともに、今度こそ「魔女」は消滅した。

「・・・すごい!」

香音の驚く声に、聖も我に返ると同時に思った。

これが・・・えりぽんの力・・・

聖が立ち尽くしていると、衣梨奈は怒った顔のまま近づいて来た。

「・・・だから言ったやろ!危ないって!!」
「・・・あ」
「聖に何かあったら、絶対に聖を許さんけんね!!」

その矛盾しているような言い方に、聖は少し混乱し、香音がフォローした。

「ほら、これでも生田は聖ちゃんを心配して言ってるんだよ」
「香音ちゃんも一緒!」


「・・・え?」
「もうその「魔法少女」なってしまったのなら仕方ないっちゃけど、これ以上危険な目に遭うのは許さんけんね!」

香音はその言葉に、一瞬ポカンとして・・・すぐに嬉しそうな顔で謝った。

「うん。ありがとう、えりちゃん」

衣梨奈は頷いて、また聖の方を向いた。

「聖、これで分かったやろ。もうこんなことに巻き込まれるのは辞めるっちゃ」

衣梨奈の真剣な目つきに、聖の心が揺れ動いた。

・・・私が「魔法少女」になっても、多分えりぽんの足元にもおよばない。
それに、こんなに「戦い」が恐いとは思わなかった。

・・・でも・・・それじゃ・・・
ここでもし「魔法少女」になるのを辞めたら・・・
今までと、何も変わらないよ・・・

「・・・皆さん、話は後です!それよりも・・・福田さんが・・・」

春菜の悲痛な声に、全員がその事を思い出した。
慌てて、「魔女」の口から吐き出された花音に近づく。

「福田さん!!」

その体は、見るも無残な姿で・・・すくっと立ち上がった。

「きゃあ!」
「・・・ふう、危ないところだったわ」
「なんで生きてるんですか!?」


「ふっ・・・このシンデレラの生まれ変わりである私が、あの程度でやられるわけないでしょ」
「いや、首から上をかじられたら、普通死にますって!」

全員からの突っ込みに、花音は涼しい顔で髪をかきあげた。

「そんなことよりも、譜久村さんと鈴木さん。あなた達、随分強力な「魔法少女」のお友達がいたのね」

花音の言葉に、衣梨奈と里保は慌てて否定した。

「うちら、「魔法少女」じゃないですよ」
「そうったい。えりはただの魔道士で・・・」
「細かいことはいいわ。でも・・・これなら、なんとかなるかもね」
「・・・なんとか?」

聖が聞き返すと、花音は真剣な顔でこう説明した。

「そう。もうすぐ、とても恐ろしい「魔女」が現れるの。そいつは、私達三人だけでは、とても勝てないほど強い」

その突然の告白に、全員が息を呑んだ。そんなに強力な「魔女」が現れる・・・

「そいつは、最強、最悪の「魔女」。私達「魔法少女」は、そいつと戦う為に集めらたらしいわ」

そして花音はゆっくり息を吸うと、その「魔女」の名を口にした。

「私達の真の敵。その名も、「ローズクォーツの夜」・・・」


第二章

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最終更新:2015年03月07日 20:10