「「ローズ・・・の夜」?・・・何なんですか、それ」
里保の質問を花音は手で制し、グラウンドの方を見下ろしながら言った。
「ひとまず、学校を離れましょう。下の生徒が騒ぎ出しているわ。・・・他の人間は「魔女」を見ることができなくても、
あなたたちの魔法は思いっきり見えていたようね」
道重邸に引き上げてきた聖たちは、花音の説明に耳を傾けた。
「「ローズクォーツの夜」・・・さっきも言ったけど、最強にして最悪の「魔女」よ。現れたら最後、辺り一面全てを破壊する。
私も、一度だけ戦ったことがあるけど、手も足も出せずに逃げ出してしまったわ」
そう言うと、花音は目を閉じながら、首を左右に振った。
「・・・そんなに、強いんですか?」
聖の質問に、さゆべぇが答えた。
「まさに「暴君」だね。今までの「魔法少女」も、花音を残して全員が「ローズクォーツの夜」に吸収されてしまったんだ」
「えっ!?」
「吸収って・・・」
「「魔法少女」たちを取り込んだあいつは、更に手がつけられない程の力を持った「魔女」になってしまった。
・・・正直、君たちが束になっても、勝算は薄いだろう」
「・・・そんなん、やってみんと分からんやん!」
衣梨奈の言葉に、さゆべぇははっきりと答えた。
「君たちには驚かされた。例え魔道士だったとしても、「魔法少女」でもない君たちに「魔女」が見えたり、攻撃までできるのにはね。
そして、その戦闘力は、驚愕に値する。・・・だけど、そのことを踏まえても、「ローズクォーツの夜」には遠く及ばないんだ」
「そんな・・・」
里保が唖然として呟き、その隣で猫の姿の春菜が言った。
「「ローズクォーツの夜」・・・ますます、あのアニメそのままですね。要するに、「ワルプル」・・・おっと、誰か来たようだ」
「誰も来ていないよ、はるなん・・・あっ!」
里保は、思い出したように春菜に詰め寄った。
「はるなん、道重さんたちに連絡できない?今の話が本当なら、私達だけじゃ手に負えない相手かもしれない」
「なるほど、そうですね。わかりました」
春菜が魔法のディスプレイを空中に出現させている間、香音が心配そうに聖に話しかけた。
「・・・聖ちゃん、大丈夫?なんだか、思いつめた顔をしているけど」
「・・・え?あ、うん」
聖は、自分も「魔法少女」になって、皆と一緒に戦いたいと思っていた。
・・・聖も、やっぱり皆の力になりたい。
えりぽんが私を心配してくれる気持ちは嬉しいけど・・・
やっぱり、このままじゃ、嫌!
そこまで考えて、聖は突如、思いついたことがあった。
それは、全てを解決する、とても素晴らしいアイデアで・・・
「聖、願い事は決まったかい?」
さゆべぇが聖に問いかけるのを、衣梨奈が口を挟んだ。
「ちょっとそこの白いの!聖に変な事言って惑わすのやめるっちゃ!」
「・・・わかった。私、「魔法少女」になる」
「聖!!」
「・・・えりぽん、聞いて」
聖は衣梨奈に落ち着いた口調で言った。
「聖、「魔法少女」になるって言ったけど、「魔女」と戦うとは言ってないよ」
その言葉に、さゆべぇは目を見開いて訊ねた。
「聖、君は一体何を・・・?」
「願い事。『「魔女」がいない世界にして』っていうのは、できる?」
それを聞いた全員が息をのみ、そのアイデアを驚いた。
「・・・なるほど、ふくちゃん!」
「さっすが聖ちゃん!その手があった!あったまいい!!」
高ぶる里保と香音の声に、花音の落ち着いた声が続いた。
「さゆべぇ・・・それは、可能なの?」
「可能では、あるね。でも・・・」
さゆべぇはそう答えて、首を振った。
「あの「ローズクォーズの夜」も含め、全ての「魔女」を消しさる・・・それを叶えるには、途方もない魔力を消費する。
僕の計算では、その願いを叶えた人間は、間違いなくこの世界から消滅する」
「・・・え?」
ゴ・・・ゴ・・・ゴ・・・
突然、地面が鳴り響いて、全員に緊張が走った。
「な・・・何!?」
「まさか・・・もう来たの!?」
花音の言葉に、聖たちが屋敷の外へ飛び出すと・・・
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
夜空一面を覆うほどの、巨大な物体が飛行していた。
「でっかい!!」
「花音さん・・・あれが?」
「そう・・・あれこそ、最強の「魔女」、暴君「ローズクォーズの夜」」
その姿は、今までの「魔女」と違い、まさに「魔法使いの女性」と言い表すにふさわしかった。
巨大な人間が空に浮んでいる・・・その美しい顔は、自分以外の全てを見下していた。
「・・・聖!ここでおとなしくしてるっちゃよ!香音ちゃんも!」
衣梨奈は言い残すと、ひとりで「ローズクォーツの夜」に向かって走り出した。
「・・・えりぽん!」
「えー、私も留守番?」
「はるなん、道重さんは、まだ連絡とれないの!?」
「鞘師さん、それが・・・なぜか繋がらなくて」
春菜が焦っているのを横目に、花音が聖に向かって言った。
「譜久村さん。あなたが「魔法少女」になるか、どんな願いを叶えるかは、全て自分が決めることよ」
「花音さん・・・」
「後になって、後悔することのないようにね!」
そういい残すと、花音も衣梨奈を追いかけて行ってしまった。そして、里保も・・・
「うちも、行くね。香音ちゃん、はるなん、聖ちゃんを守ってね」
「里保ちゃん!」
里保が走り去ると、残された二人と二匹はただ立ち尽くしていた。
「聖ちゃん、どうする?」
その質問に聖が何も言えずにいると、香音はニッコリと笑顔を見せた。
「聖ちゃん、あんまり考えすぎなくていいと思うよ」
「香音ちゃん・・・」
「大丈夫大丈夫!どんなことがあっても、多分なんとかなるよ!」
その、根拠も何もない言葉に、聖は吹き出してしまった。
「そうね・・・香音ちゃん。はるなん、私たちも行こう!」
先に行った衣梨奈たちを追いかけて、二人と二匹も走り出した。
空に浮ぶ巨大な女性の姿を見ながら、春菜は身震いをした。
「あんなに巨大な存在が浮遊しているのに、この地区の方たちは全く気付かないなんて・・・」
「「魔法少女」の素質を持つ者でなければ、魔道士だろうが一般人だろうが認識できないからね。あれが見える君が特殊なんだよ」
「・・・あっ、あれ!」
香音の声に聖が前方を見ると、「ローズクォーツの夜」の真下まで来た衣梨奈たちが敵を見上げていた。
「えりの攻撃、あの高さじゃ届かんし!」
「うちが、やってみる!」
里保が魔力を練りはじめ、横で花音が巨大な砲台を出現させた。
「マロ・フィナーレ!」
「はあああああ!!」
里保の電撃と花音の砲撃が同時に放たれ、二つの閃光が「ローズクォーツの夜」に直撃した。
しかし・・・
「効いてない!?」
何事もなかったかのように無傷の敵を見て、花音が息を呑んだ。
「やっぱり・・・この程度じゃ、ダメージを与えられない」
「・・・里保!」
衣梨奈が呼びかけると、里保はそれだけで言いたい事がわかった。
里保は頷くと、衣梨奈の後ろに回ってその体を抱えて、一緒に宙に浮き始めた。
衣梨奈が抱えられたまま魔力を腕に込める。そして・・・
「うりゃああああああああ!!!」
里保の浮遊で敵の胸元に飛び込むと同時に、正拳突きを繰り出した。
その拳が「魔女」の体に当たった瞬間・・・
「えっ!?」
衣梨奈の拳を、「ローズクォーツの夜」の手が受け止めたのだ。
驚いて空中で硬直する二人を、その手が力を込め・・・弾いた。
「・・・デコピン!?」
「きゃあああああああ!!」
弾かれて後ろに飛ぶ二人を、跳躍して先回りした花音が受け止めた。
「二人とも、大丈夫?」
「福田さん・・・助かりました」
「いったぁ・・・なんてことしよぅ、あいつ!」
「まいったわね・・・どうやらあなたたちの助けがあっても、焼け石に水みたいね」
途方にくれる三人に、到着した聖たちが駆け寄った。
「・・・聖!くんなって言ったやろ!!」
「えりぽん、聞いて!」
聖は、衣梨奈に対して真剣な目を向けながら叫んだ。
「聖も、えりぽんの・・・皆の力になりたいよ!えりぽんたちと、同じ目線で戦いたいよ!!」
「聖・・・」
「聖にだって、何かできるかも知れない!だから・・・だから、一緒にいさせてよ!!」
その言葉に、衣梨奈は唖然として聖を見つめるだけだった。
その様子を見て、香音も真剣な顔で言った。
「えりちゃん、聖ちゃんが自分で決めたことだよ。それに、私もやっぱり戦いたいよ」
「香音ちゃん・・・」
香音の言葉に、衣梨奈は視線を伏せて呟いた。
「でも・・・えりは、二人が心配で、たまらんっちゃ」
「えりぽん・・・うちも、二人が心配だよ」
うつむく衣梨奈に、里保も優しく声をかけた。
「でも、うちも二人と一緒に戦いたいよ。大切な友達だけど、「仲間」でもあるんだもん」
「里保・・・」
衣梨奈は、しばらく無言で皆を見ていたが・・・
「・・・わかったっちゃ」
「えりぽん!?」
「皆で、あいつをぶっとばしてやるっちゃよ!!」
衣梨奈の熱い笑顔に、聖は、胸が高鳴って満たされるのを感じた。
・・・えりぽん!
良かった・・・
「・・・でも、問題はどうやってぶっとばすか、よね」
花音の言葉に全員が空を見上げると、「ローズクォーツの夜」は一同を見下しながら浮遊し、その表情は余裕に満ちていた。
「くっそー、あいつドヤりやがって!・・・でも、なんで何もしてこないんだろう?」
「・・・どうやら、吸収する順番を考えているようだね」
さゆべぇの不吉な台詞を聞いて、香音はあ、そうと答えた。
「・・・あっ!繋がった!!」
突然の声に全員が振り向くと、春菜が魔法のディスプレイに向けて話し込んでいた。
「あっ道重さん!突然すみません!こっちは大変なことになっていて!助けて欲しいんです!!・・・・・・・・・・え?」
春菜は、さゆみの声を聞きながら、唖然とした表情になっていった。
「・・・あ、あの・・・道重さん・・・・道重さん!!」
どうやら通信が切れたらしく、暗い顔をしてこちらに戻ってきた春菜に、里保が慌てて訊いた。
「はるなん、どうしたの?道重さんは?」
「・・・道重さんは、来ません」
「そんな・・・もしかして、あっちでも何かあったの!?」
里保の質問に、春菜は首を左右に振って答えた。
「どうやら・・・あの3人が一緒に露天風呂に入ってくれないらしくて、ふてくされてらっしゃるらしいんです」
「・・・・・・・・・・・・・」
「「さゆみ、つまらないから寝る」って・・・だから、来ません」
言葉を失った里保に、衣梨奈は笑いながら語りかけた。
「ま、それが道重さんっちゃ」
「おい!!」
「もう、えりたちだけでなんとかするしかないっちゃね」
里保をなだめながら、衣梨奈は皆を見渡した。
「何か、いい方法はないやろか」
皆がうーんと悩む中、里保が香音を見て言った。
「そういえば、香音ちゃんの魔法、前に見たときの魔力量なら、もしかするとあいつにダメージを与えられるかもしれない」
その言葉に、香音は首を左右に振りながら答えた。
「えー、でも私の場合はえりちゃんと同じで近距離タイプだから届かないし」
「だったらうちが、えりぽんと同じように抱えて飛んでいけば・・・」
「あ、なるほど」
「・・・でも、鈴木さんの魔法は10秒程度しか発動しないはずよね?万が一、相手に届く前に魔法が切れたら・・・」
花音の言葉に、里保は黙り込んだ。しかし・・・
「あああああ!いいことを思いついたあ!!」
香音の叫びに、全員が驚いた。
「ど、どうしたの?香音ちゃん」
「福田さん!!」
香音が花音の耳元でごにょごにょ囁くと、花音は頷いて立ち上がった。
「やってみる価値はありそうね」
花音は目の前に砲台を出現させた。そして・・・
「ちょっ!香音ちゃん!?」
その砲台に香音が入り込んでいくのを見て、全員が唖然とした。
砲台から顔だけを出しながら、香音が満面の笑みでこう言った。
「名づけて、「ダブルかのん・キャノン」!!この砲撃ならば、一瞬であのドヤ顔の前まで近づけるわ!完璧な計算!!」
そして、砲台の中で魔力を発動させると、腕を変化させたまま叫んだ。
「今です、福田さん!!」
花音は砲台の向きを空にいる「魔女」に合わせると・・・
「マロ・フィナーレ!!」
香音ごと、砲撃した。
次の瞬間、香音は「ローズクォーツの夜」の顔の前まで飛ばされた。
「香音ちゃん!!」
「計算通り!くらえ、ドヤ顔!!!!」
そして・・・
「・・・あれ?」
そのまま、「魔女」の顔の横をかすめると、夜空へ消えていった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・香音ちゃん?」
里保の呟きに、花音は目を閉じて髪をかきあげながら言った。
「命中率までは、計算に入れてなかったわね」
「うおぃ!!!」
「多分、大丈夫よ。宇宙までは行ってない・・・はずだから。多分ね」
「何か来きますよ!?」
春菜の声に、一同が慌てて空を見上げると、「ローズクォーツの夜」の両肩から、沢山の何かが飛び出してくるのが見えた。
「あ・・・かわいい」
「何あれ!?」
その大群は、一つ一つが可愛らしい妖精のような姿をしていて、何かを呟きながらこちらに向かってきていた。
『がんばりん!がんばりん!』
『がんばりん!がんばりん!』
「あれは、「ローズクォーツの夜」の使い魔、その名も「コピンク」。見た目以上にやっかいな相手なんだ!」
さゆべぇの説明に、花音がためらうことなく攻撃を行った。
「マロ・フィナーレ!」
その砲撃で「コピンク」は数十匹が消え去った。しかし・・・
「駄目だわ!数が多すぎる!!」
里保も電撃を放つが、倒しても倒しても、その後ろから新しい援軍が続いていく。
そのうちに周りを囲まれしまい、一同はその場から動けなくなってしまった。
『がんばりん!がんばりん!』
『がんばりん!がんばりん!』
「きゃっ!」
「このままじゃ、皆捕まっちゃうよ!!」
里保の叫びに、衣梨奈は魔力を込めた手足で応戦した。
「皆に、近づくな・・・うわ!!」
衣梨奈の後ろから、沢山の「コピンク」がのしかかった。
倒れこんだ衣梨奈に続き、里保と花音、そして春菜も動けなくなってしまった。
「ちょっと、放しなさい!」
「きゃあああ!!」
「あ!私は関係ないですよ!ただの黒猫ですから・・・あっ尻尾つかまないで!ぐぇ」
「・・・皆!!」
聖は叫んで、呆然と立ち尽くした。
「なんで・・・私は、掴まれないの?」
「それは、君がまだ「魔法少女」としての契約を結んでないからだよ」
「さゆべぇ!?」
聖と同じく「コピンク」に捕まっていないさゆべぇは、聖の顔を見上げながら言った。
「今からあの「コピンク」たちは、「ローズクォーツの夜」の為に彼女らから魔力を吸収していく。
魔力を限界まで吸収されれば、君の仲間たちはただでは済まない。彼女らを助けたければ、君が「魔法少女」になるしかないんだ」
その言葉が終わらないうちに、「コピンク」たちは次第に輝きだした。そして・・・
「あ・・・力が抜ける・・・」
「やばい・・・っちゃ」
「皆!!」
段々精気を失っていく声に、聖が悲鳴を上げた。
みんなが・・・やられちゃう!
「さあ、聖。僕と契約しよう」
「・・・わかったわ」
聖は決意した目で、さゆべぇを見つめた。
「私、「魔法少女」として契約します」
「・・・みずき・・・」
衣梨奈の呻きに、聖は心の中で叫んだ。
えりぽん!
今助けるからね!!
さゆべぇは目を瞑り、念を込めた。
すると聖の体が輝きだし・・・
「きゃっ!」
「さあ、これで契約は結んだ。あとは、君が願い事を唱えれば、すぐに「魔法少女」に変身できるよ」
その言葉に、聖は頷いた。
「さあ聞かせてくれ。君の願い事は、なんだい?」
「私の・・・願い事は・・・」
聖は、息を大きく吸ってから、はっきり答えた。
「この世界から、「魔女」を消し去って欲しい」
「みずきっ!!」
衣梨奈の驚愕した叫びが響き、それにさゆべぇの戸惑いの声も続いた。
「・・・そんな・・・その願い事をすれば、君は・・・」
次の瞬間、「コピンク」たちが一斉に腕を放し、空中へ溶けていくのが見えた。
そして・・・
ごごごごごごごごごご!!!!
空に浮んでいた「ローズクォーツの夜」が、苦悶の表情を見せながら震えだした。
「・・・消えていく・・・」
花音の声に全員が見上げる中、最強の「魔女」は、その存在を消滅させた。
「良かった・・・これで・・・」
聖の呟きに、体を開放された衣梨奈が立ち上がった。
「聖っ!!!」
「ふくちゃん!」「譜久村さん!」
自分の体が透け始めたのを見て、聖は微笑んだ。
私、消えるんだ。
仕方ないね・・・
聖に抱きつこうとして、そのまま触る事ができずに素通りしてしまった衣梨奈は、涙声で叫んだ。
「聖のばか!ばか!大ばか!!なんてことしよーと!!!」
「ふくちゃん!!」
里保や春菜、そして花音が駆け寄るのを見ながら、聖はホッした。
皆・・・無事でよかった。
私・・・私なんかでも。
皆を、守ることができたよ。
えりぽん・・・
涙を流しながら聖を見つめる衣梨奈に、聖はゆっくりと話しかけた。
「えりぽん・・・聖、嬉しいんだ。えりぽんを救えて」
「聖・・・」
「えりぽん・・・今までありがとう」
そう言うと、聖の体が輝きだした。
「聖!!」
「聖ね・・・ホントは、えりぽんの事・・・」
その言葉を、聖は最後まで発することは出来なかった。
光が消えた後、そこには聖の姿はなかった。
「ふくちゃん!?」
「譜久村さん!」
里保たちの涙声を聞きながら、衣梨奈は崩れ落ちて、叫んだ。
「聖のばかああああああああああああああああああああ!!!!!!」
そして・・・
世界が、光に飲み込まれた。
「・・・え?」
聖が目を覚ますと、そこは自分の部屋のベッドの上だった。
「・・・夢?」
上半身だけ起こして息を吐き出すと、今見た夢が蘇ってくる。
「すごいリアルな夢だったな・・・」
そう呟きながら、聖は思った。
でも、夢で良かった。
私、この世界から消えてなくなるところだった。
そして・・・急に赤くなると、布団に顔を突っ込んだ。
私・・・もしかして、言った?
えりぽんに・・・私の気持ち、言っちゃった?
聖はベッドの上に立ち上がって、頭を振った。
「言ってない!言ってない!セーフ!!」
朝、待ち合わせの場所で待っていると、香音が手を振りながらやってきた。
「おはよう、聖ちゃん」
「おはよう香音ちゃん」
二人は学校に向けて歩きだした。
「そういえば、昨日さあ」
「うん」
「へんな夢みちゃって」
「・・・え?」
聖が驚いた顔をしていると、香音は前を向いたまま話を続けた。
「なんか、私や聖ちゃんが魔法を使えるようになるっていう設定で、しかもなんかバケモノと戦ってたんだよね」
「・・・そう」
「なんか、すごいリアルな夢でさあ・・・」
「香音ちゃん・・・」
立ち止まった聖を、振り向いた香音は不思議そうに見つめた。
「あれっ?どうしたの聖ちゃん」
「その夢、最後どうなったの?」
「えー?」
香音はその質問に、思い出しながら答えた。
「えーと、確か・・・すごい強いのが出てきて・・・で、私はなぜか・・・」
「うん」
「最後、大気圏に突入してた」
聖は一瞬ぽかんとして、すぐに吹き出してしまった。
「ね、へんな夢でしょ?」
「うん、そうだね」
二人は再び歩き出した。暑さで、汗が噴出してくる。
「あっつぅぅぅぅぅぅい!!」
「朝から、暑いねぇ」
駄菓子屋の横の自動販売機でジュースを買うと、二人はその場で飲み始めた。
「・・・そういえば、えりぽんと里保ちゃんは?」
聖が訊くと、香音は少し考えて答えた。
「えっと確か、今日は朝から魔法の特訓をするから、学校を少し遅刻するって言ってたね」
「そうなんだ・・・」
聖は、手元のジュースの缶を見つめながら、呟いた。
「ねえ・・・香音ちゃん」
「ん?何?」
「私たちも、見に行こうか、特訓」
「は?」
聖の言葉に、香音は慌てて返した。
「今から行くの?私達も遅刻しちゃうじゃん。それに、私達は魔法を使えないし・・・」
「そんなの、関係ないよ!」
笑顔で言う聖を、香音は驚いて見つめた。
「聖ちゃん・・・」
「私たちが魔法を使おうが使えなかろうが、私達は「仲間」でしょ!」
そう言って、聖は思った。
そう。
私に必要だったのは。
魔法を使える力じゃなくて・・・
勇気だったんだ!
聖の顔を見つめていた香音は、フッ笑うと・・・
「そうだね、行こう!皆、一緒がいいもんね!!」
そう言って、溢れんばかりの笑顔を作った。
缶をゴミ箱へ投げ捨て、二人は、来た道を走りながら戻っていった。
(おしまい)