ツワモノどもが夢の中

 

※「外伝」内所収の「里保の初夢」を先に軽く目を通しておくと
導入部分の内容がすんなり入ってくるかもしれません


【Side R】

もしも自分が魔道士でなかったら。

以前、そんなことを密かに夢想していた時期があった。
その想いに一区切りをつけるきっかけとなったのは、一夜の夢によって。
夢の中でまったく違う人生を体験することで、仲間とともに今を生きることの大切さを実感し、
それからは無暗にありえない夢想に耽るようなこともなくなった。

でも……。

あの時の夢は、今もうちの記憶の奥底にしっかりと息づいている。
それは甘酸っぱい思い出とともに、時に切なくうちの心を締め付けてくるんだ。



そして今。
まさかあの夢の続きをまた見ることができるだなんて、思ってもいなかった。
それはまるで夢のようだ……というか正真正銘の夢の中なんだけど。

うちの周りにはかけがえのない仲間達の姿が。
えりぽんがいる。ふくちゃんもいる。
香音ちゃん、はるなん、亜佑美ちゃん、どぅー、優樹ちゃん、そして小田ちゃん。

さらに初めて見る顔もいる。新メンバーの4人だ。
尾形ちゃん、野中ちゃん、牧野ちゃん、羽賀ちゃん。
初めてなのに名前が分かるのは、きっと夢の中だからだろう。


騒がしい楽屋の中で、新メンバーはみんな心なしか硬い表情を浮かべている。
それもそのはず、彼女達にとって今日が初めてのパフォーマンス披露になるからだ。

それを見守るうちらは内心ワクワクドキドキが止まらない。
なぜって、実は密かに新メンバーにどっきりを仕掛けるという大役を任されたから。
去年どっきりを仕掛けられたのが、今回仕掛ける側に回るというのがもう楽しくてならない。
新メンのみんなには申し訳ないけど、今日は存分に驚いてもらおう。

今回仕掛けるのは心霊どっきり。
楽屋の盛り塩や、不意に電気が消えるなど布石はすでに打っている。
どぅーが「見える」話で雰囲気を作っているのも好アシストだ。

トントン!!

「キャー!!!!」

布石が効きすぎたか、ノックの音だけで驚いて悲鳴を上げる新メンバー。

「ギャーギャー言ってなかった?」

「すみません!」「すみません!」

入室してきたのは吉澤さんだった。もちろん吉澤さんも仕掛け側の一人だ。
普段は陽気でフレンドリーな先輩だけど、
不機嫌モードに徹して後輩に睨みを効かせるとその重圧は半端ない。
どっきりの一環とはいえ、そのプレッシャーに晒される新メンバーが気の毒になってくる。


「それぞれさ、憧れとか目標としている先輩っているの?」

吉澤さんから放たれるキラークエスチョン。

「ふくちゃんは?」

「あたし昔から吉澤さんです」

うちを含め先輩達が判を押したように吉澤さんの名前を答える中……。

「牧野ちゃんは?」

「道重さゆみさんです」

一人正直に答える命知らずの牧野ちゃんに向けて、吉澤さんがグッと身体を乗り出す。
それは獲物を見定めたハンターの眼光。楽屋の空気が一気に凍りつく。

「羽賀ちゃんは?」

「吉澤さんです」

その重圧に耐えられず、羽賀ちゃんがあっさりと陥落し、尾形ちゃんと野中ちゃんもそれに続く。
裏切られた格好の牧野ちゃんはすでに泣き出す寸前の表情だ。
あまりに可愛そうだけど、どっきりの流れとしては完璧。

その後しばらく、牧野ちゃんを標的としての威圧が続き、
新メンバーを心底震え上がらせた挙句、ようやく吉澤さんは去っていった。
本当にどっきりなのかと、わかってるはずのうちらでさえも戸惑うほどの迫真の演技。
でも退室の直前、新メンバーの視線が外れた隙をついて、一瞬の悪戯っぽい笑みとともに
うちにウインクを投げかけてきたのを見逃さなかった。


【Side K】

「重さんがさ、ケメちゃんに手伝ってほしいことがあるんだってさ」

その知らせを運んできたのはよしこだった。

「手伝うって何をよ。リリウムの時も散々人をこき使ったってのに
また何かやらせようっていうの?」

「そんな憎まれ口叩いて、頼られて嬉しいのがバレバレだよケメちゃん。
リリウムの世界から帰ってきた後も、自分の活躍を楽しそうに
耳にタコができるくらいの勢いであたしに話して聞かせてきたくせに」

先輩の威厳として一度は渋ってみたものの、やっぱりよしこ相手には通用しなかったようだ。

「まあ確かに、リリウムの時は久々に美味しい見せ場だったし、
いい発散にもなって楽しかったけどさ。そんで今度はどんな要件なのよ」

よしこの話だと、今回の舞台はヤッシーの夢の中で、どっきりの仕掛人をしてほしいのだそうだ。
なんでもメインのターゲットは新メンバーで、ヤッシーも本来は仕掛ける側なのだという。
そこであたしが新メンバーを驚かせ、そして正体を現すことによって
ヤッシーまでも一緒に驚かすという、ダブルどっきりを狙っているのだとか。

不死王としてこの地底の奥深くで冥界の門を監視するという責務があるあたしには、
普段からまともに動き回れる余裕はほとんどない。
でもその舞台が夢の中であれば、そんな心配も無用で自由に干渉できるのは確か。

それ以上に、この前リリウムの世界で好き勝手にやらせてもらった後遺症で、
この頃は余計に独り無聊を託つ生活の物足りなさを痛感してしまっていた。
だから正直なところ退屈しのぎになることだったら何でも大歓迎の心境で、
結局は、一も二もなくさゆちゃんの企みに協力することにしたのだった。


白装束に般若の面を被り、お面を外した時に必要以上に驚かせすぎないようにという
よしこの失礼な提案に渋々従い、魔法による貞子メイクまで施して準備は万端。

ヤッシーの夢の中にこっそりと忍び込んだあたしがまず感じたのは、
夢を取り巻く厳重な魔力の存在だった。
さすがにさゆちゃんが一枚噛んでるだけあって、
どっきり遂行のためしっかりと外堀を固めているなと感心したけど、
この環境じゃあまり好き放題には暴れにくそうだなとも思った。

そしてそれ以上に……。

時間の概念まで厳密に現実世界とリンクさせることはないじゃないのよ!!

まさか夢の中で3時間くらい隠れた状態で出番待ちさせられるだなんて、ホント予想外。
暇潰しのための協力のはずが、そこで暇を持て余すだなんて反則もいいところでしょうが。
後でさゆちゃんにきっちり説教してやるんだから。

なんて内心でブツクサと文句を垂れている内に、ステージ上から大歓声が聞こえ、
そしてノリのいいアップテンポの曲が流れてきた。

ようやくあたしの出番だ。

あたしは、みんなの驚く反応を思い浮かべてお面の下で独りニヤつきながら、
そっとステージ裏へとスタンバイした。


【Side H】

客席からの大歓声に迎えられ、新メンバーがついに先輩とともにステージへと上がる。
そして始まる13人での初パフォーマンス。
ノリノリなこの曲を聴いていると、なんかこっちまで身体がウズウズしてくる。
新メンバーも先輩達にはもちろん及ぶべくもないけど、それでもさほど違和感なく
振りをこなしているのは、本番に向けて懸命に練習を重ねてきた証拠だろう。

ただ、頑張ってる新メンバーには悪いけど、今回の趣旨はどっきり。
このまま素直に済むはずもなく。

「た~す~け~て~」

「ギャー!!」

新メン限定で耳元から聞こえる怪しい囁きに、思わずイヤモニを外して声を上げる尾形。
ライブ中を考えれば当然やってはならない行動だけど、どっきり的にはグッジョブな反応だ。
ついでに言うと、耳元の囁きはケメコの声を加工して
魔法でイヤモニに飛ばしているという事実はここだけの秘密。

不安げな表情は残しながらも、囁き攻撃を我慢してパフォーマンスし続ける4人。
2曲目には彼女達にとって最大の見せ場が待っている。
それは、たった一文字とはいえ唯一の歌割パート。
そしてそのタイミングで、最大のどっきりが幕を開けることになる。

「あ~」「い~」「し~」「て~」

「る」


その瞬間、照明が落ちて周囲が暗闇に包まれる。
灯りがついた時には、新メン以外はみんなステージ上で倒れて気絶しており、
訳も分からず取り残された4人に、満を持してケメコが襲い掛かる……という手筈だった。

ところが。

いざ灯りがつくと、ステージ上に立っていたのはたった一人だけ。あれは……野中だったか。
他の3人は、先輩達が倒れたのを察知してか、真似をしてすがりつくように倒れ込んでいる。
そして野中も、周囲の光景に怯えながらも集団心理に呑まれてゆっくりその場に倒れ込んだ。
結果、驚かすはずの新メンバーも含めて、ステージ上の全員が倒れているという、
まったく想定外の異常事態となってしまった。

そんなことも露知らず、舞台裏から気合満点で登場するケメコ。
周囲の状況を確認し、目標を視認できずに一瞬動きが止まる。
明らかに打ち合わせと違う異様な状況に、お面越しでも動揺を隠しきれていないのがひと目でわかった。

これは……新メンバーへのどっきりは完全に失敗というしかなさそうだ。
でも動揺してるケメコの姿が面白すぎて、これはこれで最高の展開。
あたしも独りで笑いを堪えるのに必死だった。

このままでは埒が明かないと、直接接触して実力行使に出ようと
ケメコが足を踏み出したその時。

またしても照明が落ち、再び漆黒の闇が襲来する。
更なる想定外の事態に固まるケメコ。
灯りがついた時、そこにはまったく想像だにしていなかった光景が
ケメコの眼前に広がっていた。


それまでステージ上に倒れていた全員が、ケメコを取り囲むように半円状に立ち並んでいる。
その中央には、ワゴンに置かれた大きなホールケーキが蝋燭の光とともに鎮座していた。

「せーの!」

「♪Happy birthday to you~ Happy birthday to you~
Happy birthday, dear 保田さん~ Happy birthday to you~」

鞘師の掛け声とともに、みんなで「Happy birthday」の大合唱。
新メンバーも状況がわからないながら先輩に促され一緒に歌っている。
ついでに言えば、まったくのモブキャラである客席も、
不測の事態にもしっかり対応し大合唱に加わっているのはさすがの一言だ。

「保田さん! 誕生日おめでとうございます!!」

鞘師の祝福の言葉から、満面の笑みとともに拍手喝采に包まれるケメコ。
唖然としながら般若の面を外したケメコの猫目は、
驚きのあまり顔から転がり落ちそうなくらいに見開かれていた。

「もしかして……。どっきりを仕掛けられていたのって実はあたしの方だった?」

「はい!!」

ドヤ顔で答える鞘師。全てを察したケメコの表情が一気に明るくなり、
嬉しさのあまり涙を堪えているようにも見える。

それは本当に感動的な光景だった。
みんなに促され、蝋燭の火を吹き消そうとケーキに近づくケメコ。

そしてあたしは、どっきりの最後の仕上げとして、
手元にある大きな赤いボタンを力強く押した。


ガシャンッ!!

響き渡る機械音とともに、ケメコの足元から地面が消え、
落とし穴の中に隠されていた水槽にケメコが綺麗に水落する。
完璧なまでの落ちっぷり、これはまさにナイスバーディーだ。

「や、保田さん!?」

この展開をまったく聞かされていなかった鞘師を中心にみんなが、慌てて落とし穴のフチに駆け寄る。
それを好機と更にボタンを発動させると、頭上から音をたてて吊るされた貞子人形が降ってきた。

「キャ~!!」

悲鳴を上げて落とし穴のフチから飛びしざり、思わず尻餅をつく鞘師。
そこであたしが、舞台袖から駆け寄ると、悲痛を装った声を上げた。

「ケメちゃん! 大丈夫ケメちゃん!?」

「吉澤さん……!?」

貞子人形を大きく揺さぶるあたしの姿に、驚愕の表情で呟きを漏らす鞘師。
そんなに鞘師に、あたしは堪えきれぬ笑みとともに貞子人形の背中を向ける。
そこには大きな文字でこう朱書きされていた。

『どっきり大成功!!』

まず12期を騙し(これはあまりうまくいかなかったけど)、
さらにケメコを二重の意味で騙し、最後に鞘師までをも騙す。
それはあたしの壮大などっきり計画が、見事に完成を迎えた瞬間だった。


「よ~し~こ~~~~」

そこに響き渡る、恨みに満ち溢れた怒声。
見ると、水槽のフチからケメコがようやく這い上がろうとしていた。
濡れそぼった黒髪が顔一面を覆い、その隙間から覗く鋭すぎる眼光は、完全に貞子そのもの。
本物以上に本物すぎる、恐ろしいまでの大迫力だった。

やっべー、これはケメコってば本気でキレてるわ。
あたしは慌てて貞子人形の背中をケメコに提示する。

「ほらケメちゃん! どっきりだからこれはどっきり!!
どっきりにマジギレしてたら大人げないでしょ?」

「そんな言い訳が通用するか~!!!!」

「みんな逃げろ~!!!!!!!!」

あたしの号令一下、みんなが(もちろんあたしも含めて)蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
怒り心頭で見境がなくなったケメコが誰彼かまわずに追いまわし、
その恐怖の鬼ごっこは、現実世界の夜が明けて鞘師が夢から覚めるまで
ただひたすらに続けられたのだった。


【Side S】

「今回のこと、いくら何でも悪戯が過ぎたんじゃないですか?」

『ごめんごめん、さすがにちょっとやりすぎだったかもね』

パソコンを利用した音声通話。
さゆみの抗議に、まったく悪びれた様子もなく軽い口調で謝罪した人物は、
もちろん吉澤さんだった。

「朝になって目が覚めてから、りほりほが大変だったんですからね。
『保田さんに酷いことをしてしまった』って顔を真っ青にして」

今回のどっきり騒動の発端となったのは、りほりほからの相談だった。
リリウムの世界で世話になった保田さんに何かしらのお礼がしたいけど、
保田さんは立場が立場だけに気軽に接触するのも難しく、どうすればいいかわからない、という。

それならどっきりという名目で保田さんを夢の中に誘い出して、
そこで逆どっきりを仕掛けてみればどうだろう。
ちょうど今月は保田さんの誕生月だから、バースデーどっきりなんかいいかも。
……なんて提案をして、準備を進めていくまでは良かったのだけど。

『なんだよヤッシーも生真面目だなぁ。そんな心配する必要なんて全然ないから。
弄られキャラのケメコにはあれくらいの扱いでちょうどいいんだって』

保田さんに話を通す前に、吉澤さんにも協力をお願いしたのが
今にして思えば間違いだったのかもしれない。
ただでさえ悪戯好きの吉澤さんがこんな面白い企画を黙って傍観しているはずもなく、
さらにどっきりを被せて、感動的なサプライズになるはずのものを
見事なまでのドタバタ大騒動に仕立てあげてしまったのだから。


「そんなこと言っても付き合いの長い吉澤さんやさゆみならともかく、
りほりほにいきなりその扱いをしろと求めるのはさすがに無理がありますって。
第一、弄るってレベルじゃ済まずに保田さん本気でキレてたじゃないですか。
夢から覚めた後、保田さんにこっぴどく怒られたんじゃないですか?」

『もちろん大変だったよ。あれから恐怖のエンドレス説教タイムでさぁ。
解放されるまでもうきつかったのなんの。
……でもケメちゃん、本当に楽しそうに怒ってたなぁ』

独特の言い回しで、まるで懐かしむようにその時の様子を振り返る吉澤さん。
そして珍しく口調を改める。

『でも本当に感謝してるよ。今回のこともそうだし、この前のリリウムの件でもさ。
今のケメちゃんは、アンデッドに囲まれて人間らしい生活とは無縁の毎日を送ってるから。
普段まともに感情を表に出すこともほとんどないような状況だったのが、
こんなあからさまに笑ったり怒ったり素直な感情を爆発させてる
ケメちゃんの姿を見たのは、ホント久しぶりなんだ』

(人間らしさの欠片もない日々に埋没していると、いつしかケメちゃんが
身体も心も全てを完全に乗っ取られて本物の不死王になってしまうんじゃないか、
それが一番不安なんだ……)

口には出さない吉澤さんのそんな心の声を、さゆみは確かに受け取った。
なるほど、だからこそ吉澤さんは普通のバースデーサプライズでは満足せず、
より保田さんの感情を引き出しやすい大掛かりなどっきりにしてしまったのか。
保田さんのことを一番に想いそして理解している存在は、
やっぱり吉澤さんだということなんだろう。


「そんな感謝されるようなことは別に何もしてませんから。
でも、これからも保田さんには色々協力をお願いすることがあると思うので、
その時はまたよろしくお願いしますって、保田さんにそう伝えておいてもらえますか?」

そうと解れば、さゆみ達にできるのはせめてもこのくらいのこと。

『わかった伝えておくよ。
そうそう、ケメちゃんからも重さんやみんなに伝言があったんだ』

吉澤さんの口調が、また悪戯っぽい響きを帯びる。

『今回のどっきりの仕返しに、いつかみんなの夢の中に侵入して
思いっきり怖いどっきりを仕掛けてやるから、今から覚悟しときなさいね……だってさ』

りほりほや生田が、保田さんと夢の中で繰り広げる丁々発止のどっきり合戦。
今度は一体、誰の夢の中で実現することになるのやら。
ふとそんなことを想像して、なんだか無性に楽しくなってきた。

「わかりました、みんなにはちゃんと言い聞かせておきますね。
でも一つだけ、保田さんにこれだけは守ってほしいと伝えてください。
それは……。
『お化けは触れない約束になってるから』って」


(おしまい)


※参考動画
https://www.youtube.com/watch?v=mUPnl2FsNnA
https://www.youtube.com/watch?v=5EG-lpNzOjA

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最終更新:2015年03月07日 21:50