恐怖の晩餐


「ねえ、知ってる?」

その言葉とともに、まさは強い眩暈に襲われて思わず目を閉じた。
夜の嵐に揉みくちゃにされる小船のように、地面がグニャグニャと歪む。
とにかく倒れないように大地を踏みしめ、ただひたすらに耐える。
ようやく落ち着いてきたのを感じ、ゆっくりと目を開けると、
まさの前にいたのはズッキさんとふくぬらさんだった。

でも……。なんだろう、2人ともいつもと様子が違う。

普段のニコニコと楽しそうな笑顔じゃなく、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて、
頭の天辺から足の爪先までまさのことを舐めるようにねっとりとした視線を送ってくる。
なんだか……怖い。

「まーちゃんってさぁ、すごい美味しそうだよね」

美味し!? どういうこと?

「うん、そうだよね。聖の好みからはちょっと外れるけど、
美味しそうだってことはよくわかるよ」

「特にさぁ……」

ズッキさんの視線が、まさの脚へと注がれる。

「そのモモ肉。肉付きもちょうどいいし、筋肉と脂肪のバランスも絶妙だよね」

「うん、すべすべとして気持ちよさそう。思わず頬ずりしたくなっちゃう」

「そして……やっぱり胸肉。程よい脂肪と張りを両立していて、
絶対最高の味だって見てるだけでわかるほどだし」

「掌にジャストフィットで収まるその大きさが魅力だよね。
きっと感度の方も最高なんだろうなって、悪戯してみたくなる」

何!? 2人とも一体何を言ってるの??

「何ってもちろん……。うちらはさぁ、まーちゃんを食べたいんだよ」

「そうだよ。いかにも子供っぽい顔と成熟した身体のアンバランス。
まさにギャップ萌えだもんね。聖の好みは顔も身体も子供派なんだけど、
でもまーちゃんが今一番の食べ頃だってことは聖も保障するから」

なんか、2人の言ってることが微妙にズレてる気がするんだけど……。
でもそんなことより! このままじゃまさ食べられちゃう!
思わず後ずさろうとして、そこで初めて気づく。身体が硬直したように全然動かない!!

「遠い異国ではね、狗鍋という料理があるんだって。
中でも赤狗が最高の素材らしいんだけど、まーちゃんは何色の狗なんだろうね」

ズッキさんとふくぬらさんが不気味な笑みでゆっくりと近づいてくる。
やだ! まさ鍋になんかされたくないから!!

「でも心配しないで。まーちゃんは鍋になんかしないよ。
まーちゃんに一番合ってるのはドンブリ。絶対丼物だから」

「大丈夫、聖達が美味しいまーちゃん丼を作ってあげるからね」

やだよ! 鍋でもドンブリでもやだってば!!
お願いだからまさを食べないで!!!
……イヤアアアアアアァァァァァ!!!!!!!!



「ちょっと、誰が佐藤をこんなに泣かせるようなことをしたの」

その身体にギュッと抱きついて号泣する優樹の頭を撫でながら、
さゆみが呆れたように周りの面々を見渡した。

「いや別に、優樹ちゃんを泣かせるつもりなんてまったくなかったんですけど……。
聖ちゃんと『まーちゃん丼』ってのが美味しいらしいよって話してただけで」

「その話を聞いた優樹ちゃんが、それが自分のことだと思って
聖達に食べられちゃうんじゃないかと変な妄想しちゃったようなんです」

香音と聖が困ったように顔を見合わせる。

「一番悪いのははるなんっすよ。昨日まーちゃんに怖い話を聞かせて散々脅かしたから、
まーちゃんが神経質になってこんなに過剰反応しちゃったんだし」

「えっ? 私のせいなの!?」

「その『まーちゃん丼』ってどんな食べ物なんですか?」

「亜佑美ちゃんも聞いたことがないんだ。
あたしも実際に食べたことはないけど、炒飯に麻婆豆腐をかけた丼なんだって」

「へー、そんなのがあるんだ。うちも食べてみたいなぁ」

「里保ちゃんはこの頃食欲旺盛すぎだから少し控えた方がいいんじゃない?
まああたしが言うのもどうかと思うけどさ」


ワーキャーと姦しい一同。そこにKYが更なる爆弾を投下した。

「じゃあ今日の夕飯はみんなでまーちゃん丼を食べればいいっちゃん!!」

衣梨奈の不用意な一言で優樹がより一層の大声で泣き喚き、
みんなの非難が一気に衣梨奈へと集中する。

「いや、そういうことじゃなくて……。
香音ちゃんが言うその丼を実際に作って美味しく食べれば、
優樹ちゃんのトラウマも解消して一件落着するんじゃないかと思っただけで」

首を縮こませながら必死に弁明する衣梨奈に、さゆみも苦笑しながらフォローを加えた。

「言い方は考えなしにすぎるけど、生田の提案も一理あるかもね。
じゃあ佐藤をこんなにも泣かせた責任を取って、生田が飛びっきり美味しい丼を作ること。
よろしく頼んだからね」

「はーい!」

衣梨奈とともに料理好きの数人がさっそく台所へ向かい、
残ったメンバーはぐずる優樹を引き取りどうにか機嫌を直そうとあやしだす。

その見事な連携は、まさに家族そのもの。
号泣のことも忘れ去り満面の笑みでまーちゃん丼を頬張る優樹の未来が、
魔法の力に頼るまでもなく容易に思い浮かび、
さゆみはほっこりとした暖かい気持ちとともに目を細めたのだった。


(おしまい)


※参考
https://www.youtube.com/watch?v=wbKoY00kb3E#t=18m59s

 

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最終更新:2015年06月02日 00:47