巻き込まれ少女


――ハルの認識が甘かったのか……。

苦い思いとともに、遥が唇を噛みしめる。

M13地区に多大な影響力を持つ道重さゆみ。
しかし、その不老長寿の魔法を奪おうと画策する魔道士も密かに存在するという。
遥も衣梨奈や里保からその話は聞いていたのだが、自分がM13地区に来てから
そのような相手を実際に見たことも当然接触を受けたこともなかったため、
すっかりその存在を頭の片隅に追いやってしまっていたのだ。

だが、さゆみを狙うということは、普段よりその庇護下にある遥達が
標的となってもなんらおかしなことではなく、
そして今、遥と優樹の前には強大な魔道士が立ち塞がっていた。

漆黒の法衣に身を包んだ魔道士が、強烈な魔力を放出させながらゆっくりと2人に近づく。

「もう実力差は嫌というほど思い知っただろう。
これ以上の悪あがきはやめて、大人しく俺の人質になりな」

自分の魔法にはかなりの自信があったはずの遥だったが、
さすがはさゆみの不老長寿の魔法を狙うほどの者というべきか、
遥と優樹のコンビネーションを以てしてもまったく歯が立たない相手であることは、
互いの魔法を交えてすぐに実感させられていた。

だがこのまま無様に捕まり、さゆみをおびき寄せるための撒き餌となるわけにはいかない。
決意を固めた遥は、素早く印を結ぶと渾身の魔法を放つ。
すると一瞬にして、男の周りを何層もの水鏡が取り囲んだ。
もちろんこの魔法で相手にダメージを与えることはできない。その目的は、目くらまし。

「まーちゃん、逃げるよ!!」

そして遥と優樹は手を取り合って、男に背を向け全速力で駆けだしたのだった。



「ねぇどぅー! なんか見たことない場所に来ちゃったんだけ……ってあれ!?」

振り返った優樹が素っ頓狂な声を上げる。
ここまで優樹は、遥の手を引いて後ろも確認せず一心不乱に逃げてきたはずだった。
しかし、振り返った先のその手はなんと遥のものではなく、
そこには見たことのない少女の姿があった。

「えっと、なんでこんなところにいるの?」

「えーあのー、私もよくわからないんですけど、どうやら巻き込まれたみたいで……。
さっきからずっと手を掴まれていてついていくしかなかったっていうか……」

素朴な顔立ちと特徴的な声音が際立つ少女が、困ったように首をすくめる。

「ていうかあんた誰?」

「Oh! My name is mi……」

「名前なんてどうでもいい!!」

「えぇ!??」

質問に答えようとしただけなのにいきなり一刀両断されて、目を白黒させる少女。

「そんなことどうでもいい! 早くどぅーを探さなきゃ! というかここはどこなのさ?」

「……ここは多分、M13地区とは別次元。
おそらく私達を追いかけてきた魔道士が作り上げた空間に囚われたんだと思います」

「なにそれ! じゃあまさ達は……」

「そう、袋のネズミってわけさ。
散々手間を掛けさせてくれたが、もう鬼ごっこも終わりの時間だぜ」

不意に姿を現す漆黒の魔道士。
咄嗟に少女の手を引いて逃げようとした優樹だったが、
いつの間にできたのか、周りを囲む透明な壁にあっさり行く手を阻まれた。

「あんまり暴れられても面倒だからな。しばらく眠っててもらおうか」

魔道士の両手から闇が湧き出し、2人のことを徐々に包み込もうとする。

「これって、まずくないですか?」

不安気に優樹に目をやる少女。だが優樹は、少女を叱咤するように強気の声を上げた。

「そんな情けないこと言ってちゃ駄目だって! いくよ!!」

「えっ!? あ、はい!!」

繋いだままの2人の手をグッと前へと突き出す。
そして……。

「ヤッホータイ!」
「フィラメントヴィータ!」

2人の拳から放たれる合体魔法。
眩い光線が周囲の闇を打ち破り、そのまま魔道士に直撃する。

「そ、そんな馬鹿なー!!!!!!!!」

猛烈な勢いで吹き飛ばされた魔道士の身体は次元の壁をもブチ破り、
ついには夜空の彼方へと消え去っていった。



見事な合体技で魔道士を打ち破った2人は、気づけばM13地区の砂浜にたたずんでいた。
柔らかな月の光が、2人を優しく包みこむ。

ホッと息をつく少女。そこに優樹から予想外の抗議の声が上がった。

「なんだよ~。魔法が使えるんだったらもっと早く言ってよ!」

「えー!? あぁ、すみません……」

まさか、人をけしかけておきながら今頃になってそんなことを言われるなんて
夢にも思わず、ただただ生返事を返すしかできなかった少女だったが、
無邪気な優樹の笑顔につられて、いつしか2人で顔を見合わせて笑いあう。


「お~い! まーちゃん!!」

遠くから響く聞きなれた声。
そこには駆け寄ってくる遥と、さらには遥が連れてきた援軍、里保と衣梨奈の姿もあった。

「もう、みんな遅すぎだって。
そうだ! みんなのことも紹介してあげなきゃね」

憎まれ口を叩きながらも喜色を浮かべる優樹とは対照的に、
少女の顔が一気に蒼ざめていく。

「ご、ごめんなさい! 今回は巻き込まれてこんなことになっちゃったけど、
本当は私、まだこんなとこにいちゃいけないんです!!!!」

悲鳴のような声で意味不明な台詞を口走った少女は、
優樹が止める間もなく猛スピードで逃げ去り、そしてあっという間に姿を消した。

「大丈夫だったまーちゃん!?」

ようやく優樹の元にたどり着いた遥達が、心配げに声をかける。

「ひどいよどぅー、まさのこと置いて逃げちゃうなんて!!」

「何言ってんだよ、勝手にいなくなったのはまーちゃんの方じゃんかよ!」

「まあまあ。そんなことより優樹ちゃんは漆黒の魔道士に襲われなかった?」

「早くそいつを見つけてえりが返り討ちにしてやるけん!」

「あのまっくろくろすけなら、まさ達がもうやっつけたもんね!!」

予想だにしない一言に驚きを隠せない3人を前に、優樹が自慢げに胸を張る。

「まさ達って……。そういえば、さっき一緒にいた娘は誰だったの?」

「う~ん、よくわかんない。でも……」

「でも?」

「きっとまたすぐに会えるんじゃないかなぁ。多分そんな遠くないうちに、ね」

そして優樹は、まるで何かの確信を抱いているかのように、満面の笑みを浮かべたのだった。


(おしまい)

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最終更新:2015年12月14日 00:35