その出会いのために


不意にパソコンから鳴り響く、通信のアラーム。
画面に目を落としたさゆみが、驚きを示すように軽く眉をあげた。

画面上に表示されていたのは、「非通知」の三文字だった。

さゆみの連絡先を把握している人物は、ただでさえ限られている。
大魔女相手に悪戯電話をかけようなんて命知らずはまずいないだろうが、
万が一この連絡先が流出したとしても、不審人物からの着信は自動的に跳ね除けるよう
魔法で仕掛けを施しており、これまで「非通知」の相手から連絡が繋がるなどという
事態は一度たりともなかったのだが……。

さゆみのセキュリティを潜り抜けるとは、一体どんな相手だろう。
興味をひかれたさゆみが通信を繋ぐ。
すると、画面には一人の少女の姿が映し出された。

はっきりした目鼻立ち、特にしっかりした鼻筋と愛嬌のあるたれ目が特徴的な美少女。
ただ、さゆみの好みとはちょっとズレてるかな……なんてことが頭に浮かびつつ、
わかっているのは、それがさゆみのまったく知らない相手であるということだった。

さゆみが声をかけようとしたその直前。

『道重さん…………』

画面越しにさゆみの姿を認めた少女が驚愕に目を見開くと、
その瞳からとめどなく大粒の涙が溢れだした。

予想外の反応に、さゆみもどうすべきか迷い、かけようとした声を飲み込む。

まず明確になったこと。それは、さゆみは相手の少女のことを知らないが、
少女の方はさゆみのことをちゃんと認識しているという事実。

「三大魔道士」そして「大魔女」という二つ名は魔道士社会に轟いていても、
それがすなわち「道重さゆみ」のことだと認識できている人物はそう多くない。
ましてや名前と容姿まで一致させてる人物となるとさらに減少するわけで、
この少女はその数少ない一人ということになる。

もちろんM13地区には名前と容姿を一致させてる人物も多いわけだが、
(ただその場合、「さゆみ=大魔女」だとは知らない場合もよくある)
M13地区の住人であれば当然さゆみも相手の存在を把握していることから、
彼女がそれには該当しないことは明らかだ。

一体この少女はどういうきっかけでさゆみのことを知りこの連絡先までたどり着いたのか、
そしてなぜさゆみの顔を見ただけでいきなり涙を流すのだろうか。

『ごめんなさい、取り乱してしまって』

さゆみの訝しげな表情に気付いた少女が、慌ててハンカチを取り出して目元を拭う。

「まあ別にいいけどね、いきなり泣かれてさすがにちょっと驚いたけど。
少しは落ち着いたようだから、まず貴女の名前を教えてもらっていいかな。
もし記憶違いだったら申し訳ないんだけど、多分さゆみは貴女のことを知らないと思うの」

『そうですね、道重さんが私なんかのことを知ってるわけないですもんね。
申し遅れましたが、私は山木、山木梨沙といいます。
新垣さんと同じ名前ですが、「り」の漢字が「里」じゃなくて「梨」と書きます』

元執行局魔道士のエースだったガキさんのことまで知っているとは、
初めて聞く名前のこの娘は魔道士協会と関わりが深いということだろうか。
しかもガキさんとさゆみの間に繋がりがあることまで把握している時点で、
かなりの事情通だと言わざるを得ないだろう。

そんな内心の分析をおくびにも出さず、了承の笑みとともに返事をする。

「うん、わかった。改めて自己紹介するまでもなさそうだけど、
あたしは道重さゆみ。よろしくね山木さん」

ほんの軽い挨拶のはずだったのに、さゆみから視線を外して小さく俯く梨沙。
よく見ると全身がほんの少し震えているようだ。
害意はないことを示したつもりが、それでも怯えさせてしまったか。
いや、耳とその周辺が紅潮していることから、これは武者震いなのかもしれない。

どうにも読み取りづらい相手だが、このまま手をこまねいていても仕方がない。

「さゆみは面倒くさいのが苦手だからはっきりと聞いちゃうけどさ。
どうやってさゆみの連絡先を入手したかは知らないけど、わざわざ直接連絡してくるってことは、
何かさゆみに用件――おそらくはとっても重要な用件があるってことだよね。
それを聞かせてもらってもいい?」

さゆみからの直球な問いかけに、梨沙が思わずビクリと肩を震わせる。

そして流れる沈黙。

再び顔を上げた時、梨沙の表情は何か迷いを振り切ったような強い意志に満ちていた。


『私……道重さんのことが本当に本当に大好きです!!!!』

それは、あまりに突然すぎる告白だった。

何のドッキリだろうと咄嗟に笑い飛ばしたくなったが、
梨沙の潤んだ瞳と真っ赤に染まった面貌が紛れもない本気だと告げていた。

さっき俯いて震えていたのは感極まっていたからなのかと、そこでふと気づく。

『私にとって道重さんは、ずっとずっと憧れの存在です。
可愛いとか美しいとかひと目でわかるその美貌だけでなく、
自分が一番と言いながら周りに対する気配りや配慮を怠らなかったり、
自分自身がどうあるべきか、考えをしっかりと持ってそれを包み隠さず表現してくれたり、
外見も内面もその全てが眩しすぎるほど素晴らしい輝きを放っています。
道重さんの存在があったから、私も道重さんのような素敵な女性になりたいと思えたし、
今の自分があるのも道重さんのおかげなんです!』

梨沙から紡ぎ出される圧倒的なまでの熱量を持つ言葉に、
さゆみも口を挟むことができずただただ聞き入るしかなかった。

『道重さんがいなくなってから、自分の中の想いはどんどん大きくなっていきました。
いつまでも道重さんに依存していてはいけないとわかっているんですが、
これまでずっと道重さん一筋だったので今更それを変えろと言われても無理で、
結局道重さんに戻ってしまうんです。
道重さんのことが好きすぎてどうしていいかわからず、自分の気持ちを抑えるのも限界で、
とにかく会いたい気持ちだけで道重さんの連絡先までたどり着いてしまいました。
こんなこといきなり言われてもご迷惑だとは思いますが、
私には、いえ、私達はみんな、今尚ずっと道重さんのことが大好きで、
道重さんの存在が必要なんです!!』

ここまで直接的に熱烈な告白を受けるのは、一体いつ以来のことだろう。
こんなにも徹底して褒めまくられるとさすがに面映ゆい気分にもなってくるが、
それ以上に感じるのは、拭いようもない違和感。


見ず知らずの相手にこれほどまでの好意を示される理由もわからないし、
梨沙とさゆみの間には何か決定的な認識のズレがあるようにしか考えられない。

では一体、何が原因でその齟齬が生じているのだろうか。
そこでふとある可能性に気づいたさゆみが、小さく呪文を唱えながらキーボードを叩く。

ふーん、そういうわけかぁ。
まさかこんなこともあるなんて面白いもんだね。
魔道士協会と関わりが深いのかとかまったく的外れの推測をしちゃってたけど、
でもそうとわかれば、さゆみのすべきことも見えてきたかな。

内心で呟いたさゆみが、暖かい笑みを梨沙へと向けた。

「ありがとう。そんなにもさゆみのことを想ってくれるなんて、本当に嬉しいよ。
でも……」

それは、ゆっくりと、噛んで含めるような口調だった。

「その言葉を、本当に伝えたい相手は、さゆみじゃない……よね?」

『!! そんな!!?』

「うーん、もっと誤解のない言い方をすべきかな。
伝えたい相手は、いま貴女の目の前にいるさゆみじゃないよね。
本当は自分でもよくわかってるんでしょ?」

さゆみの指摘に、興奮で紅く染まっていた梨沙の顔色が一気に蒼ざめていく。
そして耐えられなくなったように力なく肩を落とした。

『ごめんなさい。道重さんのおっしゃる通りです。
自分でもわかってはいたのですが、それでも……』

「胸の内の想いを抑えきれず、そうする他にはどうしようもなかったんでしょ?
その気持ちはよくわかるし、別に責めようとしてるわけじゃないから。
ただね、溢れる想いをこのさゆみにぶつけても、一時的に少しは気が楽になるかもしれないけど
根本的に何がどう変わるものでもないよね。
ちゃんと本人に対してしっかりと伝えないと。
まあそんなことは貴女が一番よくわかってると思うし、
それができないやむにやまれぬ事情があったからこそ、
藁にもすがる思いでついにはさゆみのところへたどり着いたんだろうけどさ」

再び梨沙の瞳から零れ落ちる涙は、さゆみから思いがけず優しい言葉をかけられ、
余計に自分の行為の浅はかさが身に染みてのもの。

そんな梨沙を安心させるように、さゆみが光明を照らしだした。

「これはそっちの事情を知らないさゆみが勝手に言うことだから、
あくまで話半分に聞いてほしいんだけどね。
本人に直接会って伝えたいという貴女の願い、そう遠くないうちにきっと叶うと思うよ」

『えっ?』

「さっきの話だと、貴女の他にも同じような想いを抱えている人達が大勢いるってことだよね。
それだけたくさんの熱い声に包まれて、いつまでも見て見ぬ振りのままなんてできない。
少なくともさゆみだったらそう思うな。
だから貴女も、そんなに思い詰めすぎず相手のことを信じて待っていればいいんじゃないかな」

驚きの表情で顔を上げた梨沙の双眸から、またしても涙が溢れる。
だがそれは、先ほどまでの後悔の涙とはまったく別のものだった。


胸の中の鬱屈を浄化するようにひとしきり泣いた後、
梨沙はこれまでと一転して爽やかな笑顔をさゆみへと向けた。

『ありがとうございます。道重さんのおかげで目が覚めました。
私……こうやって道重さんに巡り合えて、本当に良かったです』

「さゆみも貴女に会えて良かったよ。滅多にない経験もさせてもらえたし。
でもこれは一期一会、あくまで今回限定だからね。
もし次にまた連絡してきても今度は繋がらないように設定しておくから、
ここから先の悩みは自分自身の力で解決していきなさいね」

『はい! 連絡については今回無我夢中で奇跡的に繋がってしまいましたが、
同じことをまたやれと言われてももう二度とできないと思うので安心してください』

照れ臭そうにはにかむ梨沙。
大人びた雰囲気の少女だが、笑うと年齢相応の可愛らしさが顔を出す。

「じゃあそろそろいいかな。
最後に何か伝えておきたいこととかある?」

『あ! あの……』

「本当にあるんだ。今更遠慮しなくていいから何でも言いなよ」

『これはきっと意味不明だと思いますが、最後に胸の中の想いを全部吐き出していいでしょうか』

さゆみが再度促すと、覚悟を決めて大きく一度深呼吸をした梨沙が、
まるで吟ずるような力強い叫びを発した。

それは確かに意味不明な、なおかつ深い想いだけはズッシリと感じられる奇妙な魂の叫びだった。

全てを出し切った梨沙が、やりきった充実感とともに満面の笑みを浮かべる。
そして深く一礼し、画面上から姿を消した。



「ふぅ。さすがにちょっと疲れたね」

パソコンを閉じたさゆみが立ち上がり、大きく伸びをしながら独りごちた。

それにしてもなかなか面白い体験をさせてもらった。
こんなことが実際に起きるとは、さすがのさゆみもまったく想像もしていなかった事態。

まさか、別の次元の世界から通信が繋がってしまうとは。

さゆみのパソコンのセキュリティが効かなかったのも当然だ。
別次元からの通信を遮断するような設定なんて、普段からしているわけがないのだから。

本人は無我夢中で奇跡的になんて言っていたが、あの梨沙という娘は
どれだけの魔法の使い手なのか、それともとんでもない天才なのか。
もちろん奇跡には違いないが、確実なのは彼女の情熱がその奇跡を引き寄せたということ。

彼女の世界の事情はよくわからないが、大体の推察はできる。
向こうの世界に存在するさゆみに強い好意を抱いていた梨沙が、
何らかの事情で会えなくなり、胸の内に膨らんださゆみへの想いが暴走した結果、
ついには別次元の、つまりはこのさゆみにまでたどり着いてしまったということだろう。

うん。やってることは滅茶苦茶だし、何より方向性が間違っている。
でも、その無茶苦茶さは嫌いじゃないかな。

微笑んださゆみが、向こうの世界の自分自身に思いを馳せる。

梨沙をあれだけ強く思い焦がれさせるなんて、あっちのさゆみもすごい。
しかも彼女だけが特別じゃなく、どうやら同じ想いの人がたくさんいるというのが驚きだ。
何をしてそんなことになってるのかは知らないけど、
こんなに多くの人から慕われて、あっちのさゆみはなんて幸せ者だろう。

さっきは梨沙の前で勝手なことを言ってしまったけど、
いつかまた直接想いを伝えられる機会が本当に訪れてもらいたいものだ。
あっちのさゆみがどういう状況かはわからないし、今はそれどころじゃないのかもしれないけど。

でも。

「たとえ一度燃え尽きて終了しても、不死鳥のように再生するのがさゆみだから。
またいつの日かみんなの願いは届くはず。
次元が違ってもさゆみのことはさゆみが一番よくわかってるんだから、きっと間違いないよね」

おどけたような口調で、悪戯っぽくさゆみが呟いた。


改めて、あの梨沙という娘について思いを致す。
清楚な見た目とは異質な、なんとも不思議な魅力のあるおかしな娘だった。

特に最後のあの叫び。

想いを吐き出すには最適なのかもしれないが、
やはりどうしてもツッコミを入れたくなる。

それは……。

『ちゃゆううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!』

あたし、さゆだよ!! さ!!ゆ!!


(おしまい)

待ち人来る

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最終更新:2015年12月14日 01:13