What is LOVE?(だーさく編)


それは、道重さんがモーニング娘。を卒業した数日後のことだった。

その日はるなが会社へ到着すると、そこに道重さんの姿があった。
何か私物の整理でもあるのかなと思いながら挨拶すると、
なんと、はるなに用があって来たという。

道重さんに連れられて、会社の小部屋に2人きり。

これはもしかして、道重さんにいきなり「脱ぎなさい」って言われるパターンやろか。
いやでもそれなら、はるななんかよりまりあちゃんの方がよっぽど適任やろうし。
まさか卒コンで鞘師さんにチューしたことで道重さんのタガが外れて、
見た目が鞘師さんに似てると噂もあるはるなでもこの際いいかと開き直ってはる、
……なんてことはさすがにないとは思うんやけど。

そんな風に内心で妄想を膨らませるはるなを落ち着かせるかのように、
道重さんは柔らかな微笑みとともに語りかけてきた。

「不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。これは尾形にとっても悪い話じゃないから」

悪い話じゃないと言われても、じゃあ一体どんな用件があるというのか全く想像つかへんし。

「娘。に加入してからずっと新メンバーのことを見てきたけど、
どうやら尾形には一番の適性があるみたいなの」

「適性?」

意味も分からずオウム返しするはるな。


「うん。それともう一つ重要なのが尾形の持つその性癖」

いきなり突き付けられた『性癖』という単語に、心臓が大きく高鳴る。
もしかして加入前にネットに上げてた変顔画像を見られてしもうたんやろか。
いや、そんな生易しいものじゃなさそうな気配が……。

「さゆみと似たものを持ってるよね。主体的と客観的の違いはあるけれど」

全てを見透かすような道重さんの瞳に貫かれ、はるなの頭が痺れたように思考を停止する。

「だからさ、そんな尾形にさゆみの能力の一端を受け継いでもらいたいの。
大丈夫、尾形だったら多分一年も修行すればきっと使いこなせるようになるから」

道重さんの能力を受け継ぐ。
ならはるなは鞘師さんの唇を奪う能力が欲しいなぁ。
……いやでもはるなは、自分が奪うより奪われる鞘師さんを見てる方が好きかも。

麻痺した頭に、そんなどうしようもない妄想が浮かんでくる。

「あとこれは大事なことなんだけどね。
身に着けたその能力は、直接自分自身の幸せのためには使用しないこと。
あくまで周りの人を幸せにするために使ってね。
周りを幸せにすることがきっと尾形自身の幸せにも繋がるから、
結果的にはほぼイコールと言ってもいいんだけど」

楽しそうに語る道重さんが言葉を止め、改めてはるなの目を覗き込む。

「どう尾形? さゆみの能力、受け継いでみる??」

詳細は何もわからないままに、はるなは操られたかのようにぎこちなく大きな頷きを返した。



日付が2月15日に替わった数分後、亜佑美は春水にバースデーメールを送信した。

『お誕生日おめでとう。今日も白い肌が素敵だよ。バースデーイベント頑張ってね!』

という感じのちょっとふざけた軽い内容ではあったけど、
普段は基本的に仕事関連でしか連絡を取らない相手にメールを送るというのは、
なんだか無性にテンションが上がる。

別に返事を望んでいたわけではないが、思っていたより早くその返信は届いた。

バースデーメール色んな人から来るの楽しみにしてて、
携帯の前でスタンバイでもしてたのかな、可愛いなー。

そんなことを思ってほっこりしながら画面を覗いた亜佑美の視界に飛び込んできたのは、
まったく予想外のものだった。

『あ』

まさかの一文字。

本来その時点で気づくべきだったのかもしれない。
だが亜佑美は、

『ありがとうございます』を、打ち間違いでもしちゃって、『あ』ってだけ、
送ったのかな? 間違ったのかな? これもまた可愛いなぁー。

なんて面白くなってしまい、こちらからも一言、

『え?笑』

とだけ送り、今度はどんな返信をしてくるのか想像して独りニヤつく。
しかし、その返しは亜佑美の想像を越えていた。

 

『石田さんwwwww』

あまりにも春水らしくない反応に戸惑い、ふと宛先に目をやって思わず息を呑む。

なんと、送信者名が「小田さくら」となっていたのだ。

尾形ちゃんに送るつもりが、寝ぼけていて小田に誤送信してしまったのか。
ということは小田にあのバースデーメールを読まれたのか。
いやまだ真面目で熱い長文メールを送らなかっただけましではあるけど。
それにしたってよりによって小田なんかと間違えるだなんて一生の不覚すぎる。
なんで『あ』なんて返って来た時にすぐおかしいと思わなかったんだろう。
しかも小田の返しにほのぼの可愛いなーなんて思っちゃったのが
すごい悔しいし何より恥ずかしすぎる。

頭の中を感情が溢れ出して、顔が一気に紅潮するのがわかる。
何かメールを返さないといけないと思いつつも、今はまともな文章を書く
精神的余裕がないとわかっていたので、どうにか一言、

『あれっ?』

とだけ送り、誤送信に気づいたことだけでも匂わせると、

『え、石田さん間違ってますよ』

と、そこでようやくちゃんとした指摘が返ってきた。

『うわ、マジか』

まだ動揺と顔の熱さは収まらないものの、平静を装って言葉を返す。
さくらに恥ずかしすぎるこの動揺がバレてないことを願いながら。


『珍しいですよね、石田さんがこんなケアレスミスをするなんて。
いきなり石田さんからメールが来たからビックリしちゃいました』

『ビックリしたのはこっちも同じだよ。
まさか小田にメールするだなんて、まあ今回が最初で最後だと思うけどさ』

『フフフ、じゃあこの貴重な機会を大事にしなきゃ』

『いや大事にも何もただの誤送信だしさっさと切り上げるから。
というかもう日付も替わってるし明日も仕事だし、早く寝なよ』

『あ、私今お母さんのお風呂待ちなんですよね』

『へぇーそうなんだ。どうでもいいけどね』

『いやうちの家族みんなお風呂長いから』

『あ、マジか。どうでもいいけどね』

さくらの反応はいつも通り普段と変わらないもので、そのペースに巻き込まれて
いつしか2人の会話のラリーがスムーズな形で続いていく。

しかも困ったことに、これがやけに楽しい。
さくらとメールで対話してるというあり得ない状況。
それを楽しいと感じてしまっているこれまたあり得ない心境。
その全てが面白すぎる。

きっと動揺きっかけのハイテンションが原因で、
こんな些細なことにも過剰に面白く感じちゃってるだけなんだろう。

ベッドの上でゴロゴロしながらスマホを眺めさくらからの返信を待ち侘びつつ、
亜佑美は訳もなく自分自身にそう言い聞かせていた。







で、最終的には、『うん、寝よっか』って言って、『おやすみ』って言って終わったんですけど、
いやーー、ちょっと、ちょっと楽しかったですね、あの、会話は。フッフフフフ。
そんな話がありましたね。いや、ちょっと皆さん、バースデーメール送る時とか
気をつけた方がいいですよ。それがね、小田ちゃんだったから良かったけど、
こうスタッフさんなのか、あの~、年上の先輩の方とかだったらもっと、
もっと大変なことだったので、まぁまぁまぁ、良かったかなと、思います。
ハイ、皆さんも気をつけてください。



日付が2月15日に替わり、17歳の誕生日を迎えるその数分前。
はるなは部屋のベッドに腰掛け、スマホを片手に精神を集中させていた。

この記念すべき誕生日に、道重さんの教えを実践する。
その決意とともに、はるなは慎重に呪文を唱えた。

すると、はるなの意識がスッと遠のき、次の瞬間スマホの中へと取り込まれ
はるなは電脳空間の住人と化していた。

魔法がちゃんと成功したことを喜びつつ、ここからが本番だと気を引き締める。
日付が替わり、はるなのスマホにいくつかバースデーメールが送られてくる。
その中の一つを、届く直前にはるながしっかりと受け止めた。

それは石田さんから送られてきたメールだった。
そう。これが一番やりたかったこと。

その宛先を、はるなは自分宛から小田さん宛へと書き換えた。

この『いたずら』をきっかけに、一体どんな素敵な化学変化が巻き起こるんやろか。

色々妄想しニヤニヤしながら、小田さんの元へと飛んでいく石田さんのメールに便乗して、
はるなの意識も小田さんのスマホへとついていくことにした。

自室で気分よくハナウタを歌っていた小田さんが、メールに気づく。
そしてその様子を、スマホの画面越しに観察しているはるな。

送信者名が石田さんということにまず驚いた小田さんは、
メールの内容に眉を顰め、すぐに誤爆だと悟って苦笑した。


そして、さてどうしようかと中空に目をやってしばし思案する小田さん。
その表情が何とも言えずキラッキラに輝いていて、楽し気な様子が溢れんばかりなんやけど、
ちょっとだけ怖さみたいなものも感じてしまったのははるなだけやろか。
なんというか、主導権を掴んだ肉食動物みたいな。
生殺与奪を握り、さてこれからどうやって料理してやろうかという
強者の余裕が漂っている……な~んて、妄想しすぎかもしれんけど。

少し悩んだ上で小田さんの選択は、『あ』の一言やった。
なるほど、すぐに指摘せず、相手に自覚させようと探りを入れる感じやね。

石田さんからの返信は、同じく一言、『え?笑』のみ。どうやらまだ気づいてないっぽい。
それに対して小田さんは、『石田さんwwwww』と、今度は強めに返した。

これでさすがに石田さんも気づくやろ。
その瞬間のリアクションを見逃すなんて、そんなもったいないことはできひん。

はるなはまた呪文を唱えると、自身の意識を2つに分け、
片方を小田さんのメールとともに今度は石田さんのスマホの元へと送った。

居ながらにして2人の様子を二元中継できるなんて、魔法ってホントに便利やわ。

小田さんからのメールの内容に不審げな顔をした石田さんが、
そこでようやく送信者名に気づき、見る見るうちに顔が赤らんでいく。


そうそう、見たかったのはこの反応。
この時、一体どんな感情が石田さんの頭の中を駆け巡ってるんやろか。

思わず覗いてみたくもなるし、ここだけの話、道重さんから
他人の思考を覗き見る魔法も伝授されてたりするんやけど、
そこはあえて使わず、その表情から色々妄想を膨らませるのがはるな流の楽しみ方。

息も絶え絶えとなった(はるな主観)石田さんが、どうにか『あれっ?』とだけ返すと、
そこでようやく、小田さんから『え、石田さん間違ってますよ』という指摘が入った。

相手に気づかせた上でやんわりと指摘するのは小田さんなりの優しさなのか、
それともジワジワといたぶってるのか。うーん、どっちにしても小田さんらしい。

その後、小田さんがうまく誘導して、2人の会話のラリーが続いていく。
普段まずありえないような光景。しかもやり取りしてる最中の2人の表情が
何とも言えずに楽しそうで、見ているこっちまで嬉しくなってしまう。

それにしても、石田さんの『どうでもいいけどね』という反応、
誰がどう見ても典型的なツンデレなんやけど。
小田さんはちゃんと理解してハイハイいつものですねとばかり上手にあしらってはるけど、
石田さん本人はどこまでツンデレ発言だと自覚してはるんやろか。

ツンデレは無自覚でこそツンデレで、意識的なツンデレ発言はツンデレとは言えない?
いやでも、自分でもツンデレっぽいとわかってるんやけど、
小田さん相手だとなぜかついついツンデレ発言してしまう、なんて思い悩むのも、
それはそれで萌える展開な気がする。
小田さん相手にツンデレ発言でイジるの楽しいわぁ、という
イジリのためにあえてやってるんだぞと思い込む(ここが重要なポイント)、
なんてポジティブなツンデレも、それはそれでありかもしれんね。


そんな妄想を巡らせている内に、2人のやり取りもそろそろたけなわ、
収束に向かう気配が漂ってきた。
このまま単発で終わらせてしまっては、はるなの女が廃るというもの。
ここからが本当の腕の見せどころや。


『いい加減遅いし、そろそろ寝よっか』

『そうですね。石田さんが間違ってメールしてくれたおかげで、楽しい時間を過ごせました』

『こっちもそれなりに楽しませてもらったかな。
小田にメールするだなんて、もう二度とないだろうけど』

『じゃあまた石田さんからの誤送信を楽しみに待ってますね。
いやそれより、今度は私の方から石田さんに誤送信しますから』

『なにそれ。まあ別に小田が誤送信するのをあたしが止める筋合いもないし、
こっちもその時に暇を持て余してたら、少しくらい相手してあげなくもないけどさ』

『よかった。じゃあ今日のようにお風呂待ちの暇な時でも私の方から誤送信します』

『暇な時に誤送信って、その時点で誤送信じゃないからw
ともあれ期待せずに待ってるよ。じゃあそろそろ本当におやすみ』

『はいおやすみなさい、また明日』


胸の内に秘めていた想いがつい零れ落ちてしまう、
「溢れちゃう...BE IN LOVE」の魔法(はるな命名)。

その効力により、こんな楽しいメールのやり取りを単発で終わらせたくない、
という2人の気持ちが溢れだし、今後も事あるごとにメールしあうことを約束する。


……というのがはるなの皮算用やったんやけど、それがもろくも崩れ去っていた。

なぜって、はるながあえて魔法を使うまでもなく、
小田さんが上手いこと誘導してはるなの目論見を楽々と実現させてしまったから。

前から薄々わかってたことやけど、小田さんって石田さんのことを操縦するのが上手すぎるわ。
自分がイジられてるように見せかけて、実際はスッと自分の意思を通してしまうんやから。
年下の小田さんが実質的な主導権を握っている、というのがこのカプの醍醐味やね。

結果的にはるなごときが変に手出しをしすぎる必要もなかったわけで、
せめてもきっかけ作りに軽く背中を押してあげるってのが、
はるなのすべき役割なんやなと、はっきりと実感できた出来事やった。

そして、はるなの後押しによって2人が幸せになって、
それを眺めてるはるなも一緒に幸せを分けてもらう。

「周りを幸せにすることがきっと尾形自身の幸せにも繋がる」

という道重さんの発言をわかりやすく体感できたのも、今日の大きな収穫。

今後もみんなの幸せのため、そしてはるな自身のためにも頑張らんと。



「え、でも」

「フフッ、ハッハッハッハッ」

はるなの二度目の反論に、今度は何を言われるんだろうと
早くも笑いが止まらなくなる石田さん。

「あれですよね、はるなのお誕生日に小田さんにメールをして」

「プッ」

一度はこらえかけたものの、はるなの言わんことを察した石田さんが抑えきれず吹き出す。

「あの、あれなんですよね」

「そうなの。そうなの」

「会話をしようとしたんですよね」

「初めてあんなに長くしたの」

「フフッ。私のおかげですか?」

「……そう、尾形ちゃんのおかげだね」

はるなからの茶目っ気たっぷりの誘導に一瞬抵抗しようとしたものの、
すぐに諦めて素直に認める石田さんが可愛い。


「フフフフ」

「ありがとう」

「アハハハハ」

冗談(はるなとしてはもちろん本気やけど)に乗っかった石田さんから
感謝の言葉をもらって、今度はるなの方が笑いが止まらなくなる。

「どうもありがとう、仲を」

「いや、良かったです」

「うん」

「恋のキューピッドになれて」

「いや、恋……」

石田さん的にはあくまで冗談としてのやり取りだと思っていても、
さすがに「恋のキューピッド」までは素直に認められへんようやけど、
構わずはるなはグイグイと押していった。

「今回も小田さんを引いて」

「フッフフフ」

「こう」

「ハッハッハッハッ」

「こう、石田さんの、小田さんへの」

「(パン!パン!パン!)ほんとだね」


はるなの勢いに押されたのか、机を叩きながら半ばやけくそ気味に爆笑する石田さん。

「そうなんです。私がちょっと何か」

「ほんとだね。え、ちょっと頑張らなくていいよ、尾形ちゃん」

「何かしらやってるかもしれないです。フッフフフ」

「やめてやめて」

「フフフフフ」

「頑張らなくていいから。大丈夫、ありがとう」

そしてついには、石田さんから白旗を引き出すことに成功した。


いやぁ、石田さんをイジるの、楽しすぎるわぁ。
イジられてる石田さんの方も、戸惑い交じりではあるけれど
同じように本当に楽しそうだったのが何より嬉しいし。

あの時のメールの誤爆がただの凡ミスではなく、
本当にはるながやらかした「何かしら」によるものだとは
さすがの石田さんも想像すらしてへんやろうけど。

石田さんは頑張らなくていいと言わはるけど、2人のあんな楽しそうな姿を見ていたら
はるなとしてももっと頑張って後押ししていこうとなんて気持ちにもなるわけで。

もちろん2人だけじゃなく、他のメンバーにも幸せが訪れるように
これから色々と「何かしら」やっていくつもり。

そうしていくことが、道重さんから素敵な能力を受け継いだはるなの使命ですから。
フフフフフ。


(おしまい)


※スペシャルサンクス:だーさくスレのラジオ書き起こし

 

ロボキッス(まーどぅー編)

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最終更新:2016年05月06日 22:04