インスピレーション!(だーさく編2)


はるなが道重さんから伝授された魔法は、それこそ山のようにある。
ただはるなの力不足のせいで、残念ながら使いこなせているのはまだほんの一部だけや。

だからこそ今でも弛まぬ修行が欠かせへんのやけど、
そんな中で、今回新たな魔法の習得に成功した。
これがまた強力な魔法で、その影響を考えるだけでニヤニヤが止まらへん。

ただし、その前に立ちはだかる大きな問題が一つ。
それはとにかく使い勝手が難しいということ。
上手くタイミングを見計らないと、そう簡単に使える魔法ではないのも確か。

とはいえ、覚えた魔法はやっぱり試してみたいと思うのが人情というもので、
おいそれとお蔵入りするわけにはいかへん。
善は急げとばかり、はるなはさっそく「何かしら」のための計画を練ることにした。

標的はもちろん……あの2人やね。
フフフフ……。



「はーちんが歌を教えてほしいなんて珍しいね。でも何で『インスピレーション!』なの?」

「Juice=Juiceさんがホールライブで歌ってるって聞いて、
はるなもいつかイベントなんかで歌えるようになりたいなって思ったんです」

「でもはーちんこの前バースデーイベントやったばっかりじゃん」

「まあそうなんですけど。
はるなは歌が苦手やから、思い立った今のうちから練習しておかんと
直前になって覚えようとしても絶対に歌えないと思うんで」

「なるほど、それはいい心がけかもね。
ただ教えるのはいいけど、あたしも『インスピレーション!』はちゃんと歌ったことないから
あくまであたしの自己流になっちゃうけど、それでもいい?」

「はい! はるなが自己流で覚えるより小田さんに教わった方が
絶対上手くなると思うんで、ぜひお願いします!!」

こんな風に拝み倒して、無事小田さんから『インスピレーション!』を
教えてもらう約束を取り付けることができた。

翌日のダンスレッスン前に早めに部屋を使わせてもらう許可をもらい、
早出して小田さんと2人で練習する段取りを整える。

ここからがはるなの腕の見せ所や。

当日、時間通り小田さんが到着すると、
発声練習をしたりお喋りで場を繋ぎながら、密かにタイミングを計る。

しばらくすると、はるなだけにわかる魔力を受信して、右手に軽い震えが走った。
事前にレッスンルーム前の廊下にかけておいた結界魔法。
特定の人が足を踏み入れると合図が届くように設定しておいたんやけど、
ついにその時が来たみたいや。

さあ、チャンスはこの一瞬。

「じゃあすいませんけど、まず一度歌って見せてもらっていいですか?」

「うんわかった」

こっそり呪文を唱えながらCDプレイヤーの再生ボタンをONにすると、
『インスピレーション!』のコミカルなイントロが流れ出す。

息を整えた小田さんが歌いだそうとしたまさにその時。

レッスンルームの重い防音扉がゆっくりと押し開けられ、
そして石田さんがひょっこりと顔を出した。


実は小田さんとは別に、石田さんにもダンスを教えてほしいとお願いして、
今日のダンスレッスン前に早めに来てもらう約束をしていた。
小田さんと集合時間をずらし、歌いだしの瞬間に石田さんが到着するように
綿密にタイミングを見計らうのがはるなの一番の骨折りやったけど、
その甲斐あってドンピシャリのシチュエーションを作り上げることができた。

そして、ついに魔法が発動する。


♪出会っちゃった時 ドキッ!(ドキッ!) 恋しちゃった時 どきっ!(どきっ!)
  意外とウブな わたし(たし) 真っ赤なっちゃって ドキッ!
  ヤバいなーAh Ah 赤いほっぺ!

突然入室してきた石田さんのことを、ジッと見つめたまま歌う小田さん。
石田さんもまた、小田さんのことを見つめたまま入り口で固まっている。
見つめ合う2人のほっぺが、ともに真っ赤に染まっているのがはっきりとわかる。


♪目と目あった時 ドキッ!(ドキッ!) すれ違った時 どきっ!(どきっ!)
  意外とあせる わたし(たし) おすまし顔で ドキッ!
  マズいなーAh Ah 鼻の汗!

取り繕うようにおすまし顔をしていた石田さんが、
自らの鼻に浮かんだ汗に気づいて慌てて指で拭った。

はるなが使ったのは、「SONGS」の魔法(はるな命名)。
歌の世界にどっぷり入り込んでしまう魔法で、
今この瞬間、石田さんと小田さんは『インスピレーション!』の歌詞の主人公として
2人だけの世界を形成していた。


♪NoNo このままいちゃ ほれちゃってるの 全部バレちゃいそう
  NoNo いつも使う ファンデーションじゃ ごまかしきれないぞ!

視線を逸らすことのないまま、ゆっくりと石田さんが小田さんに近づいていく。


♪大恋愛が始まるようなインスピレーション

「yeah! yeah!」

♪まさに王子と姫ねって(あれま?) いいすぎでしょ

そしてサビに入ると、小田さんと石田さんは上気した顔のまま満面の笑みを浮かべ、
至近距離で向かい合い、心の底から楽しそうに歌い、踊りだした。

お互いがお互いのことしか見えていないのが、傍目からでもはっきりわかる。
その表情は2人とも完全に恋する乙女のそれで、まさに歌詞の通り
「大恋愛が始まるようなインスピレーション」をビンビンに感じ取ってるんやろな。

レッスンルームの壁際で2人の共演を観察しながら、
望み通りの展開にはるなは満足感で一杯になっていた。
ノリノリの状況にジッとしていられず、2人の邪魔をしない範囲で
曲に合わせて一緒にリズムを取ってたりもする。
ちなみに「yeah! yeah!」の合いの手は、はるなが入れたもの。
いくら歌が苦手といっても、コールくらいはできるんやで。


♪さりげなくアプローチ(ローチ) 振り向かせなきゃだぜ(だぜ)
  気持ちが バレる前に(前に) 振り向かせなきゃだわ
  スゴいなーAh Ah 彼の人気

曲が2番に進んでも、2人の盛り上がりは衰える様子を見せない。
石田さんを見る小田さんのまっすぐな笑顔。
小田さんを見る石田さんのちょっと照れたような笑顔。
どちらも最高やね。


♪NoNo 遠慮してちゃ 座れないぜ 恋の特等席に
  NoNo 普段のような マイペースで きっと大丈夫さ

不仲キャラを演じながらも相手を想う気持ちはどちらも同じで、
後はお互いどこまで素直になれるかだけやのに、
なかなかその決定的な一歩が踏み出せない2人。

だからこそこの魔法が、この曲が、2人の背中を押す
いいきっかけになってくれないかと期待したんやけど、
傍目からもラブラブにしか見えない今の2人の様子なら、
曲が終わった後も魔法の効力は消えることなく
本当にこのまま大恋愛に突入していってくれるんやないやろか。


あまりにも想定通り、いや想像以上の展開に、
そんな風に調子に乗って浮かれていたのがアダとなった。

はるなはそこで、取り返しのつかない致命的なミスを犯してもうた。


後から冷静に考えれば、それは当然してはならない最悪の行為やった。
でもはるなの身体を流れる関西人の血が、止めることを許してくれへんかったんや。


♪大恋愛の1ベルが鳴り アトラクション
  「yeah! yeah!」
  幕が上がりさえすれば もう あと楽勝! 

  「ほんまかいな!!!!」

ドヤ顔でツッコミを入れた後、すぐ愚行に気づいて我に返る。
その変化は劇的やった。

ノリノリで歌い踊っていた小田さんと石田さんの動きがピタリと止まり、
満面の笑みがスッと引き真顔に戻っていく。

そう、はるなのツッコミにより魔法の効果が一瞬にして消失してもうたんや。

自分でかけた魔法に対して自分でツッコんだ時点で、
その効果が打ち消され解除されてしまうのも当然のこと。

やってもうたという後悔とともに一気に血の気が引き、
ただでさえ白い顔がさらに青白くなっていくのがわかる。
そして気づけば、小田さんと石田さんの視線がはるなへと注がれていた。


「これがはーちんの言ってた恋のキューピットってやつ?」

苦笑いの小田さんに対し、石田さんの反応は激烈やった。

「ダンスを教えてほしいっていうからわざわざ早出までしたのに、
こんな人を小馬鹿にしたようなことをしてくるだなんて、見損なったよ尾形!!」

怒りで顔を赤黒くした石田さんが強い口調で吐き捨てると、
はるなに言葉を返す余裕すら与えず、憤懣やるかたない様子で
レッスンルームを飛び出していった。

「まあ石田さんが怒るのも無理ないよね。
といっても怒ってる理由の半分以上は、はーちんの思惑にしてやられて
楽しげに歌い踊ってしまった自分への気恥ずかしさからきてる気はするけど。
ともあれ石田さんにはあたしの方からとりなしておくから、
はーちんは後でしっかりと石田さんに謝っておきなよ」

「あ、ありがとうございます……」

どうにか絞り出したはるなの感謝の言葉を背中に受けて、
小田さんが石田さんの後を追ってレッスンルームを出ていく。

一人残されたはるなは、目の前が真っ暗になるような深い後悔に沈み込んでいた。

周りを幸せにするために使わんとあかん魔法によって、
石田さんを怒らせてもうた。小田さんにも迷惑をかけてもうた。
2人とも今回のことがはるなの魔法によって引き起こされたとは
さすがに思ってないやろうけど、そんなことは関係あらへん。
周りを幸せにできないはるなには、もう魔法を使う資格なんてないんとちゃうやろか。

そんなことばかりが頭の中をグルグルと駆け巡る。

しばらくするとダンスレッスンの時間も近づき、
メンバーが次々続々レッスンルームに集まってくる。

さすがに落ち込んだ姿でいると周りからどうかしたのかと心配されそうなので、
どうにか普段通り見えるようにと取り繕ってみたけれど、
おそらくみんなには違和感がバレバレやったと思う。
それでも何かを察してか、そっとしておいてくれたのはありがたかった。

レッスン開始前には石田さんが、少し間をおいて小田さんも戻ってきたけど、
さすがに2人のことをちゃんと確認するだけの勇気はあらへんかった。

その時のはるなは到底集中してレッスンに臨むだけの心境ではなかったものの、
これでダンスレッスンすら疎かにしてしまっては石田さんにもう顔向けできひんと、
気力を振り絞って半ば機械的に身体を動かしながらどうにか乗り切る。

レッスンも表面的には無事終了し、ホッと一息ついていた時のことやった。

はるなの左耳に、いきなりイヤホンがグイッと押し付けられる。
流れてきたこのメロディは……『青春小僧が泣いている』や。


♪最後は君の腕次第 最後は君の腕次第
だから私 笑ってあげる そうどんな時だって安心して いるよ私

はるなの横には、イヤホンを入れてきた本人、
小田さんが暖かい笑みを浮かべていた。


♪だから君も 自信を持って そう何度何回もやり直せる だから君が

そこでイヤホンと外した小田さんは、頑張っていってきなとばかりに
はるなの背中をポンと一つ叩いた。

そうや、一度ミスったくらいでここまで弱気になるなんてはるならしくない。
ちゃんと反省して、ミスを踏まえて何度でもやり直せばいい、
そして最後にはみんなを幸せにできればそれでいいんや。

それまでの動揺が嘘のように、はるなの心がスッと軽くなる。

まさか小田さんに「SONGS」の魔法をかけられたんやろかなんて
一瞬頭をよぎるけど、さすがにそんなはずはあらへん。
もとより音楽自体にそれだけの力があるということなんやろうね。

小田さんの後押しを受けて石田さんの前に立ったはるなは、まず勢いよく頭を下げた。


「先ほどはすいませんでした!!
はるなには石田さんを小馬鹿にするつもりなんて……」

「もういいよわかったから。あたしもちょっと感情的になりすぎだったし」

「ありがとうございます……。
あの、ダンスを教えてほしいという気持ちは本当なんで、
できれば今度改めてお願いしていいですか?」

「うんいいけど、ただ今度は小田ちゃんのいない時にしてよね」

意外なほどあっさりと謝罪を受け入れてもらえて、
はるなの緊張が急速にほどけていくのがわかる。

視線を感じて振り向くと、小田さんが満面の笑みでVサインを送ってくれた。

それにしても小田さんは、一体どんな風に石田さんにとりなしてくれたんやろか。
2人きりで話してるところも見てみたかったなぁ。

ふとそんなことが頭に浮かぶ自分のカプヲタっぷりに、思わず苦笑がこぼれた。


はるなのやらかしから大変なことになってもうたけど、
それでも2人に魔法をかけたこと自体は間違いではなかったんやないかな。
今ではそう思える。

懲りもせずにそんなことを言えるのはなぜかって?
それは……。

振り向いたはるなに釣られて、小田さんの方に目を向けた石田さん。
その視線が交わった瞬間。

2人のほっぺが示し合わせたかのように真っ赤に染まっていくのを、
はるなはバッチリと目撃したんやから。


(おしまい)


※参考
「インスピレーション!」 モーニング娘。

https://www.youtube.com/watch?v=NNj7u9s8Dio

インスピレーション!
http://www.nicovideo.jp/watch/sm26719360

 

ロボキッス(まーどぅー編)  愛しく苦しいこの夜に

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最終更新:2016年06月12日 13:31