愛しく苦しいこの夜に


ただ今13期オーディション選考真っ最中、
もうすぐはるなにも初めての後輩ができることになる。
いったいどんな娘が入ってくるのか、今から期待と不安で一杯や。

うちらの時もそうだったように、きっとハロプロ研修生からも加入があるんやろう。
有力候補がどれだけの実力を持っているのか、今のうちからチェックせんとあかんやろな。

そう考えたはるなは、自室の机でノートパソコンを開くと、
先日おこなわれた研修生実力診断テストのハロステ映像を確認し始めた。

視ていてまず感じたのは、これだけ人数がいるともちろんレベルは様々なんやけど、
上手い娘はホントに目を引く、特に歌が上手い娘はとっくにはるなの実力を超えてるという、
視る前からある程度想像はついていたけれどそんな悲しい現実。

そんな中ではるなの目についた一人の研修生。それが笠原桃奈ちゃんやった。

スタイルのいいしなやかな肢体。
歌唱力はまだ発展途上やけど(なんて偉そうに評せる立場やないけど)、
愁いを帯びた表情と緊張交じりの声が大人びた曲によくマッチしてる。

派手さはないけど何故だか目が離せない独特の雰囲気もあって、
ベストパフォーマンス賞に選ばれたのも納得やった。

と、そこで初めて知る衝撃の事実。

彼女の年齢が12歳!?
ちょっと待ってぇな、てっきりはるなと同じくらい、
最低でも高校生くらいやろと思ってたのに、まさかのはるなよりずっと年下、
あかねちんよりもさらに下だなんて信じられへん。

12歳でこれだけ完成された、将来Eガールズ加入まで期待できそうな
薄くて軽いと対極のプロポーションとか反則以外のナニモノでもないやろ。

こんな娘がもし後輩として加入してきたらと思うと、もうやってられへんなぁ。
はるな達はトリプルAとして我が道を行くしかないから、
今さら僻んだって仕方のないことやけど。

そんな風に若干凹みながら映像を視返していて、やけに耳に残ったのが
彼女の歌っていた「愛しく苦しいこの夜に」という曲。

この曲って要するに……そういうシチュエーションの歌詞ってことやんな。
彼女の容姿だけならそんなに違和感はないかもしれんけど、
12歳の娘が歌うにはいくらなんでも早すぎるやろ。

えっとなるほど、この曲は亀井絵里さんがメインの曲で、
だから亀井ヲタの彼女が選曲したんじゃないかってことなんか。
それにしても大胆すぎるというかなんというか、
小心者のはるなにはとてもやないけどようできひんわ。


苦笑交じりでこの曲について調べていたはるなの耳元に、
突如悪魔の囁きが聞こえてきた。

この曲を上手に使えばもしかして……。
決定的なひと押しが…………!?

はるなの脳裏にその光景が鮮明に浮かび上がり、
眩暈に襲われたはるなは勢いよくベッドへと倒れ込んだ。



「あ~あ、せっかくの泊りなのに、なんでよりによって小田と同室なんだか」

わざとらしくボヤきながら、荷物を放り出すと勢いよくベッドに腰掛けた。
当然あたしの後について部屋に入ってくる小田には丸聞こえだけど、まあそれはそれ。

「本当にそうですね」

「えっ!?」

よもやの肯定の声に驚いて振り向くと、
あたしのビックリ顔に満足したように小田が微笑んだ。

「……って言ったらどうします?」

言われてみれば確かに、もし小田に「なんで石田さんと同室なんだか」と言われたら
「お前が言うな小田ぁ!」となるし(自分もそう思ってるくせにだけど)、かと言って
「やっぱり小田ちゃんもそう思うよね!」と意気投合するのもなんか違う気がする。

思わず言葉が詰まるあたしの気を逸らすかのように、
「お風呂の準備をしてきますね」と楽しげに言い置いて
小田が軽やかな足取りで洗面所へと消える。

何だか小田にしてやられた気がしてちょっとイラッとしたあたしは、
気分を変えようと近くにあったリモコンを掴んでテレビをつけてみた。
しばらくチャンネルを変えてみたけどあまり面白そうな番組も見当たらず、
なんとなく賑やかなバラエティー番組を選んでぼんやり眺めていた、その時だった。

不意に部屋に響く柔らかなメロディー。
その出どころは、ベッドの上に無造作に投げ置かれた小田のスマホからだった。
これはモーニング娘。の……なんていう曲だったっけ?


♪Ah あたたかい 君の言葉が胸にこだましてる
  Ah 包まれる やわらかな手に息をひとつ飲んだ

「――です」

耳を疑う一言。
あたしは無意識に息をひとつ飲んでいた。
ただの空耳だろうと自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせようとするけれど、
全身がポッと熱くなっていくのを止めることができない。

動揺を助長するように、その声の主があたしの左隣にゆっくりと腰かけた。
気のせいか、いや間違いなく気のせいじゃない、明らかにその距離が近すぎる。

膝と膝がぶつかりそうな距離。
「近すぎだろ!」とツッコミを入れることもできない。
顔を赤らめて(それはおそらくあたしも同じだろう)まっすぐに虚空を見つめる小田の
思いつめたような表情を見てしまうと、もう何も言えなくなった。

そして流れる不自然な沈黙。
こ、これは……。
どうにかして流れを変えなければ。


♪怖がって見えぬように おしゃべりの数増やしたわ 沈黙をかき消す
  テレビが点いてるけど でもね頭に入ってこないみたい

「あのさ、今日のライブのあの場面、ホント大変だったよね?」

強引にライブの話題を振ってどうにか沈黙をかき消す。
ただ小田から返ってくるのは生返事ばかりで、まったく会話が膨らむことはない。

つけっぱなしのテレビから流れてくる笑い声。
テレビの方に現実逃避できればどれだけ楽かとも思うけど、
残念ながらどんな内容なのかまったく頭に入ってこない。


♪君の瞳(メ)をチラチラ 贅沢なこの距離で 横顔をね 見てる

途切れがちな会話の合間を縫って横顔をチラ見すると、
小田は相変わらず硬い表情のまま。
ただ強い意志を感じさせる瞳だけが、やけに印象に残る。

いかに鈍感なあたしでも、さすがに今の小田が考えていることはわかる。
でもいくらなんでも急すぎる。まだ心の準備ができていないし。

……心の準備? あたしはいったい何を言ってるんだろう?

混乱するあたしの心の隙を、小田は逃さなかった。
あたしの左手を小田の右手が柔らかく、でもしっかりと捕らえる。

そして2人の指が、まるであるべき姿のように絡められた。

♪Ah 座ってる 二人の指がいつの間にか 絡む


柔らかく絡んだ小田の指から伝わってくる熱量。
小田の想いの強さがその熱さを生み出していることに、
あたしは理屈ではなく直観的に理解していた。

まだだ。今ならまだ間に合う。
小田の手を振り払って立ち上がり、「そんな風にからかうんじゃないから」と
強引に笑い飛ばし洗面所へと逃げ込めば、きっとまた元の関係に戻れる。

頭の片隅でもう一人の自分が必死にそう叫んでいる。

でも、それはできなかった。
この小田の手を、熱い想いを、邪険に振り払うことなど、あたしにはできない。

その逡巡はほんの一瞬。
でも小田にとっては十分な時間だった。

熱い視線を感じてぎこちなく横を確認すると、
さっきまでまっすぐにただ虚空を見つめていた小田の瞳が、
あたしの方に向けられていた。

瞳の奥に映る強い意志。
ああ、小田がついに覚悟を決めたんだ。


「好きです」

一度は空耳かと無理やり聞き流した決定的な一言を、
小田があたしの目をちゃんと見つめながら再び発した。

「私は、石田さんのことが、誰よりも、好きです」

一言一句を自分自身で噛みしめるように区切りながらの小田の告白。
その言葉があたしの心に突き刺さる。

『小田ちゃんは亜佑美ちゃんのこと好きだけどね』

いつだったか、譜久村さんがラジオで言い放った爆弾発言。
あれはただの冗談じゃなくて本当にそうだったんだ。

あの時……あたしはなんて返したっけ?
そうだ、『あたしはあんまり好きじゃない』と笑いに変えて逃げたんだった。

ならば今この瞬間も同じように……。

もう、そんなことで誤魔化せる状況ではないとわかってる。
いや違う。あたし自身の気持ちが、そんな逃げを許しはしない。

小田からの真摯な告白によって、心の奥底に閉じ込めていた、
秘められたあたしの想いが溢れだす。

こうなってしまっては、もう止めることはできない。
小田からの告白に、正直な自分の想いを返さないと。

「ありがとう」

火照った頬を上げてぎこちなく微笑んでみせる。
そして小田に負けないくらいの熱い想いを、はっきりと伝えた。

「あたしも……。あたしも小田ちゃんのことが好きだよ。そう、誰よりも」

口にしてから今更ながらに自覚する。
あたしはこんなにも、小田のことが好きだったんだ。

小田の瞳が大きく揺らぎ、口を開こうとしたけど声にならず、ただ小さく一つ頷いた。

見つめ合う2人。通じ合った想い。
潤んだ小田の瞳が徐々に近づいてきて……。

とっさに目を伏せ、前髪で顔を隠したけど、無駄な努力。

2人の唇が、重ねられていた。

小田と両想いになり、そして口づけをしている。
これは夢? 夢なんだろうか?
夢なら夢でいい。だから、時間よこのまま永遠に止まってくれ。

♪Ah 前髪で 顔を隠した でも口づけしてた
Ah 夢の中 壊れちゃいそう 止まれ時間 止まれ


小田の柔らかい唇から伝わる熱い想い。
それは絡んだ指以上に、直接的な言葉以上に、あたしの心に染み渡っていた。

ふと気づく。小田の瞳から涙が流れていることに。
どうして? と疑問が浮かぶとともにそこでようやく認識する。

あたしの瞳からも、同じように涙が流れていた。

決して悲しいわけじゃないのに、なぜ涙が流れるんだろう?
喜びの涙? いやそれもちょっと違う。

きっと、とめどなく溢れだす小田への愛しさが、涙となって流れ出ているんだ。

これまでずっとずっと押さえつけ隠し続けていた小田への想いが、
涙だけでは足りずに切なく胸を締め付ける。

貪るように唇を重ねながら、2人は甘美なまでの愛しい苦しさに酔いしれていた。

♪Ah なぜだろう 涙流れる 悲しいわけじゃないのに
  Ah なぜだろう 愛しい苦しい 胸が胸が苦しい


どれだけの時が流れただろう。
甘い吐息とともに唇を離す。

もう2人に言葉はいらない。2人を束縛するものは何もない。

そしてあたし達は……。
本能に身をゆだね、そのままベッドへと倒れ込んだ。

♪Ah あたたかい 君の言葉が 胸にこだましてる
  Ah 包まれる やわらかな手に すべてゆだね 眠る







ガツンッ!!!!!!!!!!!!!!!


「アイタタタタ………」

涙目になりながら額を押さえてうめき声を上げるはるな。

ベッドの上で妄想にドップリと浸りきった挙句、
ゴロゴロと身悶えして部屋の壁に思いっきり額を打ち付けるなんて、
こんな情けない姿は他の誰にも見せられへん。

ある程度予想はしてたけど、お子ちゃまなはるなにはさすがに刺激が強すぎやったわ。
清く正しいカプヲタライフを旨とするはるなにとって、
妄想の中とはいえこれ以上踏み込むのはとてもやないけどようできひん。


それにしても、夢オチだの妄想オチなんて一番やったらあかんお粗末な落とし方やのになぁ。
我ながらホント情けないかぎりやわ。

たんこぶになりかけてる額を押さえながら後悔しきりなはるなの脳裏に、
再び悪魔の囁きが響く。

妄想オチがあかんのやったら、妄想だけで終わらせずホンマに実現させてみればええやん。
歌の世界にどっぷり入り込んでしまう「SONGS」の魔法をうまく使えば、
きっと妄想通り、いや妄想以上のことまで現実のものにできるはずやで。


「いやいやいやいや!!!」

魅力的な囁きに危うく心が動かされかけたものの、大きく首を振ってどうにか払いのける。

はるなの魔法は、自己満足のために使うもんやあらへん。
あくまで相手の幸せのためにこそあるもんや。
使い方を間違ってはあかん。

それに告白という特別な行為を、魔法の力で無理やり引き起こすなんて邪道の極み。
魔法はあくまで背中を押すきっかけ程度で、
肝心な告白はお互いの意志によってこそ成し遂げるべきもんや。

どうにか邪念を振り払ったはるなやったけど、
そこでふと頭に浮かんだまた別の考えに思わず口角を上げる。

それに……。
もしかしたら、魔法なんか使わんでも、実は2人隠れたところでは
すでにもうそういう関係になってるかもしれへんやん。

石田さんと小田さんでみんなには内緒の『恋人ごっこ』に興じ、
ホテルの2人部屋ではこっそりとキスしたりそれ以上のこともしてはるとか……。


新たにそんな妄想に捕らわれたはるなは、
またしてもベッドの上で身悶えして絶え間なくゴロゴロ転がることとなった。


(おしまい)

 

※参考
研修生実力診断【ハロ!ステ#168】

https://youtu.be/LHZZpce-hhc?t=22m24s

[OPV][ENG] 愛しく苦しいこの夜に
https://www.youtube.com/watch?v=Dgp-Vj6dsSo

 

インスピレーション!(だーさく編2)  続・愛しく苦しいこの夜に

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最終更新:2016年06月12日 13:29