小さな社の前で2回深く頭を下げた梨沙は、手が痛くなるほどの勢いで柏手を打つと、
目を閉じて一心不乱に祈った。
ここが、どんな神様をお祀りしているどんな神社なのかは全くわからない。
それどころか、この場所がどこなのかさえ梨沙にはまったくわかっていなかったが、
それでも梨沙のお祈りする内容は、どこであろうと変わりようがなかった。
「また道重さんと会うことができますように」
ゆっくりと目を開き、また大きく一礼した梨沙は、おみくじを探して辺りを見渡す。
気づけばすっかり夜も更け、月明かりがうっすら境内を照らすのみとなっていたが、
梨沙にはまったく気にならなかった。
いや、気にならないどころか、この神社はなぜだか知らないけどとっても居心地がよく、
不思議なことに気持ちも落ち着いて疲れも癒されていくようだ。
境内の隅にあった古めかしい無人の販売機を発見した梨沙は、
100円を投入すると、一枚のおみくじを引き出す。
「大吉が出てくれますように」
強く念じ、おみくじを開こうとした梨沙の手が、止まった。
コツコツと境内に共鳴する靴音。それはほんの小さなものだったが、
静かな神社に澄んだ音を響かせていた。
誰か来たのかと、振り向いた梨沙の動きが止まる。
そこにいたのは、あり得ない人物、あり得るはずもない人物だった。
「み、道重さん……」
自分の口から零れ落ちる呟きを、梨沙の耳はまるで他人の声のように拾っていた。
一瞬にして涙が瞳から溢れ出し、視界がゆがむ。
それでも、梨沙のまぶたの裏に焼き付けられた姿は、間違いなく道重さゆみそのものだった。
「ふーん、神社の時空がゆがんでるから気になって様子を見に来てみたら、
なんかさゆみにも予想外なことになってるようね」
時空が……ゆがんでる?
思いがけないさゆみの言葉に、梨沙の思考が混乱する。
「えっと……。確かあなたは、山木梨沙ちゃんだっけ??
ちょうど一年前にパソコン通信で会話して以来だよね。
まさかこんなところで会えるとは思わなかったよ」
一年前……!!
梨沙の記憶が鮮明に蘇った。
ちょうど一年前、さゆみに会いたさのあまり、
梨沙はパソコン通信でさゆみと通信を繋ぐことに成功してしまう。
しかもそれが、別世界に存在する道重さゆみだったという、あまりに不思議すぎる体験。
別世界のさゆみから励ましの言葉をもらった梨沙は、
それからずっと心折れずにさゆみへの想いを胸に秘めたまま復活を待ち続け、
そしてもうすぐ、その願いが叶おうとしているわけだけど。
「もう二度と会うこともないと思ってたんだけどね。
一体どうやってここまでたどり着いたか、せっかくだから教えてもらえるかな?」
さゆみの問いかけに、梨沙は知らず知らずのうち親友の名前を口にしていた。
「愛香ちゃん……」
今日のさゆみのブログを読んだ梨沙は、おみくじがどこの神社のものかわからず、
思い余って愛香に電話をかけていた。
誰にも話していないことだけど、梨沙がさゆみブログの行動の真似をしだしたのも、
愛香のアドバイスがきっかけだった。
『行動を真似て祈りを積み重ねることで、きっと道重さんの復活につながるから』
そんな愛香の言葉を忠実に守ってきた梨沙だからこそ、
愛香が知ってるはずないとわかっていながら、つい電話をかけてしまったのだった。
『大丈夫、まなかが一番いい神社を教えてあげるから心配しないで!』
なんで愛香がそんな神社のことを知っているんだろうと疑問に思うこともないまま、
暖かい愛香の声に導かれて、その指示に従ってひたすらに歩き続けた梨沙。
霧がかった細道を抜けた先には、雑木林に囲まれた小さな神社があり、
そしていつの間にか愛香との通話は途切れていた……。
「なるほどねぇ。友達想いのいい娘だね。それに……とっても優秀。
去年パソコン通信を繋いだのもその娘なんでしょきっと」
さゆみの指摘にハッと気づく。
確かに去年、さゆみ会いたさに気も狂わんばかりになっていた梨沙に、
パソコン通信を勧めたのも愛香だった。
しかも、梨沙がパソコンに触る前に、愛香が色々と調整してたような気がする。
「きっと今日こうして時空を超えてこっちのさゆみに会えたというのも、
その娘の粋な計らいなんだろうね。
でもまあ、そんなことをしなくても、もうすぐあなたの願いは叶いそうなんでしょ?
こんなところでグズグズしてないで、はやく自分の世界に戻らなきゃ」
さゆみの優しい笑顔に、梨沙の視界がまたゆがむ。
「ありがとうございます! こうして再びお会いできて、本当に嬉しいです!!
道重さんのおかげで、ついに夢を叶えることができそうです!!」
大きく頭を下げる梨沙。
ゆっくりと視線を戻すとそこは……。
自宅の玄関の前だった。
今までの光景は、もしかしてただの幻??
そんな疑問を払拭する物が、梨沙の手の中には確かに収められていた。
小さな神社で購入した一枚のおみくじ。
中身はまだ開いていないけど、そこに書いてあることが梨沙にはわかる。
このおみくじは絶対、大吉だ。
梨沙の願いは、明日きっと実現する。
もしその願いを叶えられたら、次は別のお願いをしよう。
そしてそのお願いも、絶対に実現させよう。
愛香ちゃんが、元気な姿でまた、戻ってきますように……って。
大きく一つ深呼吸をすると、梨沙はゆっくりとおみくじを開いた。
(おしまい)
※2016年11月25日投稿作品
一年前の前作
その出会いのために