こんにちは。道重さゆみです。
早速ですが、発表させてください。
道重さゆみ…再生します!!
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「良かったぁ。これでまなかの努力も報われたかな……」
ベッドに身体を横たえスマホでさゆみブログを眺めていた愛香が、
達成感と安堵に満ちた呟きを漏らす。
「りさちゃん、きっと泣いて喜んでるんだろうなぁ」
親友の泣き笑いの顔が、まるでこの場にいるかのように鮮明に頭に浮かび、
愛香の表情も自然とほころんだ。
これまで、まなかのできることは全てやり尽くし、
そして今日、こうして一つの成果を出すことができたんだ。
……これでもう、思い残すことは何もない。
愛香は本来、この世界の人間ではない。
別次元にある故郷の世界は、今はもう存在しない。
大規模な魔法戦争が勃発し、星ごと消失してしまった。
愛香は故郷消失の直前、次元をこじ開けて緊急脱出を図り、
爆風に吹き飛ばされてこの世界へと流れ着いたのだった。
幸いにもこの世界は、愛香の存在を受け入れた。愛香の漂着とともに、
「以前から稲場愛香が存在している世界」に全世界の記憶が書き換えられ、
愛香はこの世界の住人として、新たなる人生を歩き始めることとなった。
故郷で負った心の傷が完全に癒えたわけではなかったが、
それでもこの世界の生活は楽しかった。
ひょんなことからハロープロジェクトに関わった愛香は、
カントリー・ガールズのメンバーとして抜擢され、
同い年の梨沙とすぐに親友となるのは当然の成り行きだった。
憧れの存在である道重さゆみについて目を輝かせながら語る梨沙の姿に、
愛香は微笑ましい気持ちとともに、それだけ夢中になれるものがあることに対し、
羨望に近い感情も抱いていた。
そして、愛香もできる限り梨沙のことを応援していこうと、
内心で心に誓ったのだった。
ちょうど一年前、さゆみの卒業から一年経ってもまったく音信不通が続く日々に、
気も狂わんばかりになっていた梨沙に対してパソコン通信を勧め、
別次元の道重さゆみと会話させるというお膳立てをしたのも、愛香だ。
ちょっと強引すぎるやり方だけど、
それでも別次元とはいえ道重さんと直接話をするという機会をきっかけに、
りさちゃんの気持ちもまた落ち着いてくれないかな……。
そんな愛香の見立ては確かに間違っていなかった。
ただ、その代償はあまりにも大きかった。
パソコン通信を別次元のさゆみに繋ぐため、この世界に来て初めて魔法を使用した愛香。
この世界には魔法を使用するための元となる魔素(マナ)が存在していない。
だから、魔法を使うには、体内の魔素を消費して使用するしかない。
そのことは事前にわかっており、覚悟もしていたはずだった。
ただそこに、思いもよらない誤算が生じた。
魔法を使ったことをきっかけに、体内の魔素が外に漏れ出していくという非常事態。
体内に閉じ込めていた魔素を、一度でも魔法を使って逃げ道を作ってしまったがために、
空いた穴から魔素が漏れ出し、どんなに手を尽くしても塞ぐことができなくなってしまったのだ。
いくらこの世界に受け入れてもらえたとはいえ、愛香は所詮別世界の人間。
魔素が体内から全てなくなってしまったら生きていくことができない。
魔素の減少により愛香の体調も徐々に悪化していき、
ついには喘息の症状によりまともにグループ活動もできなくなり、
カントリー・ガールズを脱退せざるを得なくなってしまった。
メンバーやファンのみんなには申し訳ない気持ちで一杯だったが、
事ここに至ってはもう愛香の力でどうこうできる状況ではない。
魔素の完全消失まで一体何年の猶予があるかはわからないが、
その消失とともに愛香の存在も完全に消え去り、この世界はまた、
「稲場愛香が存在していない世界」へと記憶を戻すことになるだろう。
すなわち愛香の存在が、みんなの記憶から完全になくなってしまう。
死ぬこと自体は覚悟もできている。
本来は故郷で失うはずの命だったのだから。
でも、せっかく縁があってこの世界に来れたんだし、
みんなの記憶から自分の存在が失われたとしても、せめて何らかの形で爪痕を残したい。
そんな想いから、愛香が最後の爪痕として選択したのが、
親友梨沙の夢を叶えること。
つまり、道重さゆみの復活を後押しすることだった。
残り少ない体内の魔素を最大限に活用して周辺に働きかけ、
ついにはさゆみブログ再開までこぎつける。
その後は梨沙にアドバイスをして、ブログの行動を真似て祈りを積み重ねてもらい、
愛香の魔素を加味してさゆみ復活へのエネルギーに変えていき、
そして今日、全ての後押しが結実して、道重さゆみの活動再開が実現したのだった。
なお、昨日突然受けた梨沙からの電話をきっかけに、
梨沙を別次元のさゆみと会わせたのは、愛香の最後の置き土産。
残り少ない魔素を使い切って、梨沙が喜ぶようなことを何かできないかと、
咄嗟に考えた結果の演出だった。
愛香の手からスマホが転がり落ちる。
もう愛香には、寝返りを打つ力すらも残っていない。
このままゆっくりと身体が透明化していき、ついには完全に消失してしまうだろう。
でも全てをやり切った愛香に、一片の後悔もなかった。
さゆみ復活という大いなる爪痕を残すことができ、親友の梨沙を喜ばすことができた。
もうこれ以上、何も思い残すことなんてない。
運命を受け入れ、ゆっくりと目を閉じる愛香。
意識が遠のく直前、聞こえるはずもない声が、愛香の耳元に届いた。
『愛香ちゃんが、元気な姿でまた、戻ってきますように』
この声は……りさちゃん!!
これは、りさちゃんの祈りの声だ。
梨沙の祈りが、消失寸前の愛香の身体に降り注ぐ。
それとともに、これまで道筋なく全世界に漂っていた数知れない愛香に対する祈りが、
梨沙の切り開いた祈りに呼応して、瞬く間に愛香の全身を覆い尽した。
ももち先輩の祈り。ちーたんの祈り。まいちゃんの祈り。
むすぅの祈り。やなみんの祈り。そしてうたちゃんの祈り。
それに続く数多くのファンのみんなの祈り。
暖かい光と化した祈りに包まれて、愛香は恐る恐る手のひらを顔の前に上げる。
消失寸前だったその手が、その身体が……。
元の肉体を取り戻していた。
それはまさしく「奇跡」だった。
幾多の人々の祈りと願い、それが集約されることにより目に見えない力となり、
なんらかの偶然でその力が一点に解放されたとき、「奇跡」となって世の中に現れる。
その「奇跡」を作り出すきっかけとなったのは、梨沙の祈り。
梨沙のおかげで愛香は、この世界に生還することができた。
みんなの祈り、みんなの想いを一身に浴びて、
いつしか愛香の目から感謝の涙が溢れ出していた。
体内の魔素は全て失われてしまったけど、
でもみんなのおかげでまなかは、この世界に生きて残ることができた。
だから、今度はまなかがみんなの祈りに応える番。
いつ頃になったらまともに動けるほど体力が回復するか、まだわからないけど……。
絶対に近い将来、元気な姿でまた、みんなの前に戻るんだ。
ベッドから身体を起こし、床に転がったスマホを拾い上げる。
未来の話よりまず、りさちゃんに電話をかけよう。
そして、道重さんが活動再開して、夢が叶っておめでとうと伝えよう。
それとともに、もう一言伝えるんだ。
「ありがとう、りさちゃん。大好きだよ」
(おしまい)
※2016年11月26日投稿作品