わたしがついてる。


その日の「盛りだくさん会」の控室で、珍しくあたしの隣の席になったのは小田だった。
別に小田が隣なのが嫌だとか、そういうわけではない。
積極的にというわけではないけど普通に会話もするし、強いて言えば、
ニヤニヤしながらチラチラ観察してくる尾形の視線がうざったいと感じるくらい。

だからその時も、あたしはいつも通り小田の話を軽くあしらいながら身支度してたんだけど。

「私って、必要ですよね」

あまりに突然すぎる小田からの問いかけに、ブラシを探していた手が思わず止まる。

反射的に横を向くと、まずあたしの目に入ったのは小田の逆隣りに座る野中の姿だった。
彼女も思いがけない小田の一言に、思わず反応してしまったのだろう。
その驚愕の表情と似たような顔を、きっと今のあたしもしているはずだ。

周りを驚かせた本人である小田は、澄んだ瞳であたしのことをジッと見つめていた。
意味深な言葉とは裏腹に、特に深刻そうな顔はしていない。
間近でジッと見つめてくるのも小田の一種の癖のようなもので、
いつも通りと言えばいつも通りの光景だ。

ただ小田は、普段通りの口調でいきなり突拍子もないことを言ってくることがよくあり、
今回の一言もどこまで思いつめた上での問いかけなのか、あたしにはよくわからなかった。

小田としばらく見つめ合うこととなったあたしは、
その真っすぐな視線に耐え切れずに目を逸らすとともに、
頭で考えるより先に言葉が零れ落ちていた。


「そんなの当り前でしょうが」

口調がぶっきらぼうになった理由は、自分でもよくわからない。

「そうですよね」

この返しで本当に良かったのか自信はなかったけど、
小田の口からそれ以上の深刻な言葉が吐き出されることはなく、
あたしの胸には、ホッとしたようなモヤモヤしたような複雑な心境だけが残された。


「先ほど小田さんとの間になんか微妙な空気が流れてましたけど、
一体なんて言われたんですか?」

ニヤつきながらいかにもからかいに来たとしか思えない尾形に、
普段のあたしだったらまともに対応するはずもないんだけど、
その時のあたしはやっぱりさっきの動揺を引きずっていたんだろう。
素直にその時の小田の台詞を伝えていた。

「へぇ、石田さんにはそう聞こえたんですか。
でも一体どんな意味があるんでしょうね」

「そんなのあたしの方が聞きたいわよ」

憮然として答えるあたしに、尾形がしてきた驚きの提案。
それにあたしが素直に従ってしまったのも、後から振り返ってみると、
どう考えても動揺による気の迷いだったとしか思えない。

「深刻に考えても仕方ないですし、いっそ次の部の開始アナウンスの時でも話題にして、
ファンの人たちに聞いてもらったらいいんじゃないですかね」


尾形の提案通り、個別握手会第4部開始前のアナウンスで
小田とのエピソードを実際に話してみたところ、
ファンのみんなのリアクションは上々のものだった。

あたしの口から小田の名前が出ただけで、「ヒューヒュー!」という
よくわからない歓声が上がるのはなんか納得いかないけど、
それでも「私って、必要ですよね」と小田から言われたと伝えるとどよめきが上がり、
「まあそんなことはどうでもいいんだけど」と落とすとしっかり笑いも起こり、
開始前アナウンスとしては成功の部類だったと思う。

あたしとしても、ネタとして話したことで胸の内のモヤモヤが随分解消されたし
話したことに後悔はないんだけど、問題は第4部握手会の終了後。

「ちょっと石田さん、なんですかさっきのアナウンスは」

小田から抗議を受けるのは、事前に想定していたこと。
その反応次第であの時の言葉が実際どれだけ深刻なものだったのか
確認したいと思っていたのだけど。

小田の声も表情も、芝居がかったように怒りを示しながらどこか楽しげで、
本気で腹を立てたり悲しんだりしているようには見えなかった。

「なんですかも何も、言われたことをそのままみんなに話しただけだし」

真面目モードにならないでいいと安心したあたしが開き直り口調で返事をすると、
小田の反応はまったく予想外のものだった。


「そもそも『私って必要ですよね』なんて、そんなこと言ってないですし」

「ハァ!? 周りをあれだけ驚かせてたくせに何言ってんの?」

「石田さんがファンのみんなの前で変なことを言ったおかげで、
あれから『小田ちゃんはモーニング娘。に必要だよ』とか何人もから言われて、
訂正するのが大変だったんですからね。
でもいいです。次の部では石田さんにも同じ思いを味わってもらいますから」

企み顔の小田の意味深な言葉の意味は、次の部の開始前アナウンスで明らかになった。

「さっきのアナウンスで石田さんから、『私って必要ですよね』と小田が言った、
なんて話がありましたけど、あれは石田さんの勘違いなんです。
石田さんがブラシを探してたから『ブラシって必要ですよね』って言っただけなのに、
それをおかしな感じで聞き間違えただけですから、みなさん心配しないでくださいね」

小田のアナウンスを受けて上がる、ファンからの笑い声。
それを聞きながら、あたしは蒼ざめんばかりに動揺していた。
あれがただの聞き間違い!? そんな馬鹿な……。

それだけでは終わらず、小田の訂正を受けて個別握手の時に、
何人ものファンから散々冷やかされたりからかわれたりすることとなり、
なるほどこれが「同じ思いを味わってもらう」の意味かと腑に落ちるとともに、
気の利いたリアクションを取ることもできずあたしはただただ憮然とするしかなかった。


一気にテンションが急落したあたしは、やっぱり納得がいかず、
その部の握手が終了すると小田に詰め寄る。

「ちょっとなんなのよさっきのアナウンスは」

「なんなのよも何も、言ったことをそのままみんなに話しただけですし」

気づけばさっき小田に抗議を受けた時と、攻守交替でまったく同じやり取りをしてる。

「いくらなんでも『ブラシ』と『私』は聞き間違えないでしょ。
『タワシ』と『私』を間違えたのならまだしも」

「そんなこと言われても、聞き間違えたのは私じゃないですから知りませんって。
それに私は別に悩みなんてないですし、もし悩みができたとしても
石田さんに相談することはないですから安心してください」

売り言葉に買い言葉のような小田の一言が、
自分でも驚くほど深々とあたしの胸に突き刺さった。

そして、あたしがこんなにもテンション急落した本当の理由に、
痺れるような胸の痛みとともにようやく思い至った。


「私って、必要ですよね」と小田から言われたと思ったあたしは、
驚いたし動揺もしたけれど、それ以上に……。

嬉しかったんだ。

普段から自分の心の奥底を他人に見せようとしない小田が、
あたしのことを頼って相談してくれたことが。

だからこそ、あたしのことを頼って相談したんじゃないと知ってテンションが急落したし、
今この瞬間あたしに相談することはないと小田の口からハッキリ断言されて、
こんなにもショックを受けてしまってるんだ……。

でも、小田の言葉はそれで終わりじゃなかった。

「私なんかが悩みを相談して、石田さんに迷惑かけるわけにはいきませんし」

小田があたしに相談しない、思ってもみなかった理由。

どうやら小田はあたしのことを嫌ってるとかではなく、
ただ気を遣われてるだけなんだとホッとする以上に、
あたしの中でこれまでとは全く違う感情が沸き上がり、
そして反射的に言葉を投げかけていた。

「相談しなさいよ」

「……えっ!?」

「もし悩みができたらあたしに相談しなさいって言ってんの。
第一、迷惑かけるって何さ。これだけ一緒にいて今更変に遠慮してんじゃないわよ。
小田の悩みを抱えたくらいで迷惑に思うほど、あたしの器が小さいと思ってるの?
『私なんかが』とかしょーもない気遣いしてないで、
もし何かあったらすぐにあたしを頼ること。わかった?」


あたしの胸の内に沸き上がった感情は、「水くさい」。
気づけばあたしは、勢いのままにその感情を小田にぶつけてしまっていた。

そんなあたしの感情をまともに受けた小田は、驚いた顔で一瞬固まったけど、
すぐに輝きを放たんばかりの満面の笑みとなり、あたしに向かって大きく頭を下げた。

「ありがとうございます! 
今は大丈夫だけど、もし何かあったら必ず石田さんに相談しますね!!」

「うん、いつでも待ってるよ」

思いがけず自分の気持ちをさらけ出したことで、
なんか急に気恥ずかしくなり、意味もなく苦笑する。

「そろそろ次の部が始まるからみんな移動するよ~!!」

遠くから響く譜久村さんの声。

「さあ次の部も気合入れていくからね!」

「はい!」

気恥ずかしさを取り繕うように小田の手を取ると、
あたし達は個別握手のブースに向かって軽やかに駆け出した。


(おしまい)


※参考

かっ「だーいしがアナウンスで小田ちゃんが『私って必要だよね』って言ってたみたいだけど?」
小田「言ってないです言ってないです!ブラシが必要だよねって言ったんです!笑
みんなに言っといてください!ぷんぷん

 

What is LOVE? ~アナザーストーリー~     わたしがついてる。 ~REVERSE~

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最終更新:2016年12月31日 21:35