わたしがついてる。 ~TRUTH~


「盛りだくさん会」の控室で、珍しく石田さんと小田さんが隣同士になってはる。

その光景を見た時、はるなはもういてもたってもいられず、
咄嗟に思いついた「いたずら」をこっそりと実行に移してしまったんや。

その結果、小田さんの「ブラシって、必要ですよね」という一言を、
石田さんが「私って、必要ですよね」と聞き間違え、
さらにそのことを石田さんが握手会の開始前アナウンスで
ファンのみんなに伝えたため混乱が広がり、次の部の開始前アナウンスで
小田さんが訂正するという、何とも面白い展開が巻き起こった。

……なんて他人事のように言うてるけど、開始前アナウンスでファンのみんなに伝えるよう
石田さんをけしかけたのはこのはるななんやけどね(苦笑)

はるなとしては「いたずら」大成功でもうニヤニヤが止まらん状況なんやけど、
では実際どんな「いたずら」を実行したのか……。

それは、だーさくさんにこっそり魔法をかけたんや。
しかも、2人それぞれに別の魔法を。

小田さんには、心の中で思ってることや伝えたい言葉を、
間違って口にしてしまう「言い間違いの魔法」を。

石田さんには、心の中で思ってることや聞きたい言葉を、
間違って耳にしてしまう「聞き間違いの魔法」を。

今回起こったドタバタは、はるながかけたこれらの魔法が強く影響してるのは
まず間違いないんやろうけど、ではどっちの魔法がどのように作用した結果なのか。
小田さんが実際にどんな言葉を口にして、石田さんが実際にどんな言葉を耳にして、
そしてこんなことになってしもうたのか、残念ながらその真相は藪の中。


でも、その真相を知ってる人物が、実は一人だけいる。
それが野中氏や。

小田さんの隣の席に座ってた野中氏だったら、
間違いなく2人の会話を聞いてるはずや。

これはもう確認せんわけにはいかんと、真相を解明すべく、
5部の握手会終了後、はるなはさっそく野中氏の元へと突撃した。

「ええ!? そんなの……わかんないよ」

はるなの問いかけに、野中氏は何故だか困ったような顔で目を逸らすと、
ボソボソと小さく呟いた。

なんかいつもと様子が違ってちょいと変やなとは感じたんやけど、
真相究明のため気が急いていたはるなは、それ以上深く考えることもなかった。

「隣にいたんやし、わかんないってことはないやろ。
どんな会話をしてたか軽く教えてくれるだけでええから」

「うん、でも……。
きっと私の聞き間違えで、本当はそんなこと言ってるはずもないと思うから」

野中氏がきっと聞き間違えだと躊躇してしまうほどのことを、
小田さんは実際に口にしてたということなんか。
これはもうその内容を聞かずにはおられへんわ。

「聞き間違えでもええから、それを聞かせてほしいんや」

はるなの勢いに、しばらく俯いたまま黙り込んでいた野中氏が、
意を決して顔を上げた。

「好きです」


……えっ?

まったく予想もしてなかった一言に、はるなの頭の中が真っ白になる。
自分の鼓動が音を立てて身体全体に響き、顔が一気に赤く染まっていくのがわかる。

野中氏にいきなり告白された!?

……いや違う、そんな訳はあらへん!
野中氏のあまりにまっすぐすぎる視線と気持ちが込められた声音に、
危うく勘違いしそうになってもうたけど、
いくらなんでも野中氏が突然告白なんてしてくるはずあらへんし。

今のはきっと……野中氏の聞き間違えの内容。
それってつまり……!?

ようやく回復してきたはるなの思考を肯定するように、
野中氏がゆっくりと言葉を続ける。

「小田さんがそう言ったように聞こえたんだ。
驚いて私が小田さんの方を振り向いたら、
石田さんも同じように驚いた顔で小田さんと見つめ合ってて……。
しばらくしたら目を逸らして、今度は石田さんがこう言ったんだ。
『あたしも好きだよ』って……」


いくらはるなの魔法の影響があるとはいえ、
さすがに2人が好意を伝えあうなんていうのは無理がありすぎるやろ。
野中氏が聞き間違えだと躊躇するのもわかるけど、
でもなんでこんなおかしな聞き間違えが発生してしまったんやろか??

野中氏のまるで本気で告白したかのような上気した顔を見ながら、
そこで一つの仮説に思い至った。

もしかして、だーさくさんの2人にかけたはずの魔法に、
すぐ側にいた野中氏も巻き込まれてかかってしまったんやないやろか??

それなら野中氏が、こんな突拍子もない聞き間違えしていてもおかしくはないはずや。


「私……。あの2人が羨ましい」

はるなが沈黙のままで熟考に浸っていると、
野中氏の口から思いがけない感想が漏れた。

だーさくさんのことが羨ましいという気持ちは、はるなもよくわかる。
でも野中氏の一言は、あまりに重すぎる実感が込められていて、
それに釣られて、はるなの鼓動がまた大きく高鳴りだした。


「ねえ春水ちゃん。私……」

いつもの野中氏とはまるで別人のような、決意の漲った強い視線。
そんな野中氏の表情を見ているだけで、息苦しいまでに胸が熱くなってくる。
野中氏の雰囲気に呑まれて、はるなはまるで蛇に睨まれた蛙のように、
まったく身動き一つとれなくなっていた。

はるなの頭の片隅で、強い警戒音が発せられている。
この状況は危険すぎる。このままやったら、はるながきっとはるなでなくなってしまう。
早く……早くここから逃げ出さんと!!


「そろそろ次の部が始まるからみんな移動するよ~!!」

遠くから響く譜久村さんの声。
緊迫したこの場の空気が、薄氷が粉々に砕けるような勢いで崩れ去っていく。

何か決定的な一言を直前で呑み込んだ野中氏は、暗い顔で俯き、
「なんでもない」と絞り出すような声で呟くと、はるなに背を向けて走り去る。

ギュッと胸を締め付けられる何とも言えない重苦しさを抱えたまま、
はるなはただ呆然と野中氏の背中を見守ることしかできなかった。


(おしまい)


わたしがついてる。 ~REVERSE~     青春コレクション

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2016年12月31日 21:43