こんな一つの未来

 


月明かりだけが淡く照らす衣梨奈の部屋に足を踏み入れる。
もうそこはすっかり里保自身の部屋でもあって、私物も全部揃っている。
この街に来てからもう何年になるだろうか。
本来の自分の家もあるけれど、すっかり物置になっていた。

家主であるさゆみも、そしてこの部屋の主である衣梨奈も
里保が初めからここの住人であるかのように受け入れている。

お風呂から上がったばかりの里保の髪はまだ湿っていて
それが窓辺のカーテンを揺らす夜風に冷まされる。

けれども里保の身体は火照っていてた。
それは、決してお風呂の熱だけの所為では無い。


ベッドの上から、衣梨奈が里保を呼ぶ。
普段なら太陽のような温かい笑顔が、今は青白い月明かりに照らされて
どこか妖しい、蠱惑的なそれに変わっていた。
もう何度目かも分からないのに、いつもその顔を見ると心臓が早くなる。
頬が上気しているのを悟られないことが良かったと思う。

「里保、おいで」

優しい声。
ずっと、子供の頃から変わらず衣梨奈は里保を優しく呼ぶ。
その言葉を聞くだけで、胸が詰まってしまうようになったのはいつからだろうか。

音を殺して、衣梨奈の隣に潜り込んだ。
衣梨奈の腕が里保を捕まえて、柔らかく包み込む。

「えりぽん、ちょっと冷えてる?」

「ん?そんなことないとよ。でも里保温かくて気持ちいい」

言うや否や、衣梨奈の両腕が里保を絡めとり、強く抱きしめられた。

「えりぽん、苦しいってば」

「うそ、嬉しいくせに」

全くその通りだったけれど、その自信に満ちた物言いが癪に触る。


里保は未だ信じられないし、不安になるというのに。

返す言葉も無くて、里保は暫く抱きしめられるまま、衣梨奈の腕に身を委ねた。
コチコチと秒針の動く音が聞こえる。自身の耳に、そのリズムと比べて
徐々に速さを増す心臓の音が響いた。

「里保、好きっちゃよ」

衣梨奈の吐息が耳を擽る。
嬉しいのに、また不安になった。

「なんか、信じられない」

「えー酷い」

「そうじゃなくて。なんか本当に、夢みたい。こんなの、絶対無いって思ってたから」

上手く言葉に出来ないことをもどかしく思いながら、里保は途切れ途切れに言葉を紡いだ。
一方的に想いを寄せていた時間が長すぎたからだろうか。
姉妹みたいに育ったから、嫌われているとは思わなかったけれど
少なくともその気持ちの形は違っていた。
いつどこで、二人の形が嵌ったのか分からない。
そもそも今だって、全く同じ大きさの、同じ形の気持ちでいるなんてことは無いだろう。
いくら魔法が上達したって、それだけは分からない。


「だって里保が、えりのこと好きなのに好きって言ってくれないから」

「だってえりぽんが…」

「まあ、いいやん。夢なんかやないっちゃから」

適当だなあと思いながらも、その笑顔に絆される。
結局、自分は贅沢者なんだと思った。
どんどん欲が出てきて、もっともっと欲しくなる。
こんなに幸せを感じているのに、まるで満足出来ない。

魔法使いの性だな、と苦笑した。
欲望が止まって、満足してしまえばもう新しい魔法は生み出せない。
魔法使いはずっと子供、と言ったのはさゆみだっただろうか。
子供のように、いつもどこか不安を抱えて、欲しがって
独り占めにしたくて、自分達は生きている。

今よりももっと、衣梨奈の心を独り占めにしたい。
そんな魔法が使えたらいいのに、と思う。


里保は、意地っ張りな子供のような衝動に任せて、
目の前にある衣梨奈の唇をそっと掠め取った。
衣梨奈が少し驚いて目を見開く。

「なに、珍しいやん」

それもすぐに余裕の笑みに変わって、今度は衣梨奈から
柔らかい唇が被された。

一気に火がつく。
二人はそれから、徐々に深い口付けに移行して
何度も何度もそれを繰り返した。

抱きしめていた衣梨奈の手が解かれ、里保の身体の上を愛撫する。
負けじと里保も衣梨奈の身体をなぞった。
頭が真っ白になるような欲望と快感と幸福感に無を委ねながら
お互いのパジャマを剥いでいく。

衣梨奈の唇が里保の口元から喉を伝い、鎖骨に落ち
慎ましい双丘の間に寄せられた頃には、二人して生まれたままの姿になっていた。
負けじと衣梨奈の髪を撫ぜ耳を喰んでいた里保は
不意に届いた頂きへの刺激に身体を仰け反らせた。


考えていたよりもずっと身体は昂ぶっていて、その刺激を待ち望んでいたようだ。
チロチロと蠢く衣梨奈の舌の動きを、視覚以外の全部の感覚で追いかけた。

「ん…んん」

くぐもった声が、次第に高くなる。
衣梨奈は一度愛撫を止め、もう一度里保の唇を奪って意地悪な声で囁いた。

「声抑えて。道重さん起きちゃうやろ」

目に涙を浮かべて頷く里保に、息つく暇もなく再度快楽の波が襲う。
火照った身体の、更に一番熱を帯びている部分に衣梨奈の手が伸びた。
焦らすように中心を避け、茂みの周りをくるくると動く。

必死に抵抗する素振りを見せながらも
身体は正直に疼いて、待ちわびている。
里保は長い吐息を吐き出した瞬間、衣梨奈の指がそこに―――


パチリ、とさゆみはビジョンを閉じた。
これはいけない、と独り言を呟きながら
外で魔法の練習に勤しんでいる里保と衣梨奈に視線を向ける。

見ていたのは数年後の未来。
可愛い弟子達が幸せそうなことは、さゆみにとっても嬉しい。
でも、この未来は大変面白く無い。
何よりまず、二人が自分にはその関係を隠しているらしいことが問題だ。
本気で隠し通せるとでも思ったのだろうか。

楽しそうにはしゃぐ声が聞こえて来た。
練習をしているのか、遊んでいるのか。

「あんな子供達が、あんなオトナになっちゃってまあ…」

羨ましい、いやけしからん。

「でもま、さゆみの視た未来は必ず変わるしね」

不器用な口笛を一つ。
さゆみは、未来の弟子達の様子を思い出し
初心に頬を染めて考えた。
取り敢えず、自分も混ざれるように未来を変えよう。
その為に、魔法が必要ならば研究しようと
年齢不詳の大魔道士は、妙なやる気を出すのだった。


(6スレ 204-210)

タグ:

本編作者
+ タグ編集
  • タグ:
  • 本編作者

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年01月17日 10:34
添付ファイル