スプ水先生の奇跡【最終章】  ~尾形春水の想い~


「ねえ春水ちゃん。私……」

雰囲気を一変させた野中氏の、強い決意の漲った真剣な表情が、
今でもはるなの脳裏にしっかりと焼き付いてる。

あのとき野中氏は一体、はるなにどんなことを伝えようとしてたんやろ?
真相はもちろん、野中氏にしかわからへん。

ただ、想像だけならはるなにもできる。
いや考えたくなくても、嫌でもはるなの頭に色々浮かんできてしまう。

だからこそはるなは……。

あの日の記憶を自分の中で封印、簡単に言うと「なかったこと」にしようと決めたんや。

普段から石橋を叩いても渡らへんくらいに慎重で、
危機を察知して事前に回避する能力だけは誰にも負けないはるなの、
心の奥底から発する危険信号。
はるなが、その発信に逆らうことなどできるはずもなかった。

もちろんそれが、はるなの極端なまでのビビりな性格から来てることは、
嫌というほどわかってる。

でもこの方法は、生まれてこの方はるながずっと続けてきた処世術なんや。

これ以上深く考えず「なかったこと」にして、野中氏とは今まで通りに接していく。
そうすれば、今後もずっと変わらない関係でいられる。

……そんなはるなの願望は、知らず知らずのうちにあっさりと崩れ去っていった。


はるなはいつも通り、これまでと全く変わることなく野中氏と接していたつもりやった。
たまに野中氏が不穏な空気のようなものを漂わせることがあっても、
スマートに躱して事なきを得る。

それがちゃんとできていたはずやったのに……。
実際はそうなってなかったんや。


どれくらいたった頃やろうか。
嫌でも自覚されられることになったきっかけは、
ネット上でのファンのみんなの反応やった。

『この頃はーちぇるのツーショットが全然なくて寂しい」
『ケンカでもしたんじゃないか』
『はーちぇる終了のお知らせ』

気まぐれでしたネットサーフィンでそんな文言が目に入り
思わず眩暈を覚えたはるなの、ただでさえ白い肌から血の気が引いていく。

言われてみれば確かに、この頃は野中氏と写メを取る機会が全然あらへん。

それだけやない。

ちょっと前まではるなの隣には当たり前のように野中氏がいたのに、
この頃はあかねちんが隣にいることが多い気がする。
それも、野中氏の意思でそうしてるわけやない。
明らかに、はるながそうなるように動いた結果のものや。

つまり、はるなはまったく今まで通りなんて接することができずに、
無意識の内に野中氏を避けてしまっていたということなんか。


その事実に気づかされた時、まるでかけられていた魔法が解けたかのように、
突如はるなの脳内に野中氏の様子が再生される。
寂しそうな笑顔の中に一瞬浮かび上がる、辛そうな、何かに耐えるような表情。

これは妄想やあらへん。
記憶の隅に残る野中氏の姿。実際に起こった出来事や。

でもこれは一体いつの……。
徐々に浮かび上がっていく野中氏の周囲の光景とともに、
封印されていたはるなの記憶が急激な勢いで解放されていく。

そうや、これはラジオとラジオの合間の空き時間に立ち寄ったカフェでの一コマ。
とにかく一人になりたくて入ったカフェに、たまたま野中氏もおったんや。
とっさに見なかった振りをして目を背けたはるなの視界にほんの一瞬、
だけど確かに焼き付いた、野中氏のあまりに悲しげな顔。


自分のしでかしたことに、今更ながらに愕然として視線が地面に落ちる。

はるなは野中氏を傷つけてまで、そして傷つけたこと自体に目を背けてまで、
自分の世界に閉じこもっていたんか。
はるな自身が傷つかないために……。

はるなの胸が、後悔で強く締め付けられる。
野中氏の傷つき悲しむ姿なんて、はるなは見たくあらへん。
しかもそれが、はるなの行為が原因で悲しませてしまってるだなんて、
そんなことを思うだけで、耐えがたい自責の念がはるなに襲い掛かる。


これ以上、野中氏を悲しませたくはない。
でも、今のはるなにできることは……何もあらへん。
なぜって、諸悪の根源ははるな本人が一番よくわかってる。

恐いんや。

とにかくはるなは何もかも全てが、
自分自身が一体何に恐れているのかを考えることすらも恐いんや。

はるなの心はただただ恐怖に打ち震え、かけがえのない存在を傷つけても
見て見ぬ振りしかできずに立ち尽くすだけ。

そんな不甲斐ない自分の姿をはっきりと目の当たりにし、
それでも一歩を踏み出すこともできひんはるな。

道重さんから教えてもらった魔法も、もう使う資格なんてあらへん。
すぐ側にいる大切な人を幸せにできないどころか、逆に悲しませてしまうようなはるなが、
周りを幸せする魔法なんか使えるはずもないんや。


「はるなは、これからどうすればええんやろ…………」

半ば無意識に漏れる呟き。

その答えはどこからも返ってくることはなく、こんな情けないはるなにできることは、
怯懦な自分に打ちひしがれながら、途方に暮れることだけやった。


(おしまい)


※参考


仕事の合間にカフェに行ったりするとはーちん
飯窪「この前、野中ちゃんと一緒のカフェに行ったって」
尾形「ラジオとラジオの間に3時間くらいあって時間潰しに別々に行動したら
偶然同じカフェにいて。でも別々の席でしたけど」
ざわつくヲタの皆さん


ラジオの合間の空いた時間にカフェに行ったら野中ちゃんもいたが
別々の席で過ごしたはーちん
飯窪さんが隣に行かないかと振ったら、何飲んでるかくらいは見たとのこと
これに「仲いいよね?」と確認し
「野中ちゃんにいっぱいアイコンタクトしてあげて」と飯窪さん

 

最終章予告          ~牧野真莉愛の想い~

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最終更新:2017年05月13日 21:43