スプ水先生の奇跡【最終章】  ~野中美希の想い~


春水ちゃんはもう、目と目を合わせて話しかけてくれない。
柴犬のような悪戯っぽい笑みを見せてくれることもない。

でもそれは、私が悪いんだ。
私が、自分の想いを抑えきれなかったから。
心の一端を春水ちゃんに晒してしまったから。

だから、今のこの苦しみは……。
私が受け入れなければならない罰なんだ。

 

今さら何を言っても仕方のないことだって自分でもよくわかってるけど、
あの時の私はやっぱりどうかしてたと思う。

「盛りだくさん会」の控室で、隣の小田さんが突然口にした……ように思えた、
「好きです」という一言。
そして私と同じように驚いた顔をしていた石田さんから発せられたように聞こえた、
「あたしも好きだよ」という返答。

楽屋でいきなり告白だなんて、そんなはずはないと頭の中でいくら否定しようとしても、
私の耳の奥に残るそのフレーズは、他には聞き取りようもないものだったんだ。


それだけならまだ良かった。
自分の中でただの気の迷いだと胸の内に収めることもできたはずだから。

でも、その後に春水ちゃんから執拗にあの時の2人の会話について聞かれ、
同じ台詞を春水ちゃんに伝えざるを得なくなったことで、
私の中のタガが完全に外れてしまったんだ。

「好きです」

その一言は、あくまで小田さんの台詞の再現でしかなかったはずが、
完全に私自身の気持ちとして口をついて出ていた。
抑えていた理性を突き破って、もう止めることなどできなくなっていた。

あのタイニングで、譜久村さんから集合の声がなかったら、
私は決定的な想いを春水ちゃんにぶつけていただろう。

でももう遅かった。
たとえ直接的な言葉を口にしなくても、私の想いは春水ちゃんに届いてしまい、
そして……。

私は、春水ちゃんに嫌われてしまった。


それからもしばらくは、普段とそんなに変わらない日々が続いていたように思う。
でも、いつからだろう。徐々に距離を感じ始めたのは。

どことなくギクシャクしたものを感じてきて、
もしかしてあの時のことが原因なのかと私自身も焦りが募って、
余計に自然に接することができなくなって……。

そして訪れる決定的な瞬間。
それは、ラジオとラジオの合間の空き時間に立ち寄ったカフェで起こった。

同じラジオで共演してるのだから、春水ちゃんも一緒にカフェに誘えば良かったんだけど、
いや、普段なら何も考えず誘ってたはずなんだけど、
すげなく断られるのが怖くて、どうしても声をかけることができなかった。

でも、一人でボンヤリとコーヒーを飲んでいた時にまさか、
春水ちゃんが同じ店に現れるだなんて。

春水ちゃんの姿を認め、とっさに声をかけようとしながらも、
本当に声をかけていいのか思わず逡巡したその矢先、
春水ちゃんの視線は確かに私のことを捉えていた。

でもそれはほんの一瞬のこと。
目と目が合ったか合わないかの内に、まるで何も見えなかったかのように
春水ちゃんの視線は私の姿を通り過ぎ、そのまま奥の席へと消えていったことで、
私は暗闇に突き落とされたような衝撃とともに嫌でも現実を悟らざるを得なかったんだ。


春水ちゃんと私の仲が良かったのは、あくまで同期として。
それ以上でもそれ以下でもない。
春水ちゃんはそれ以上のことなんて望んでるはずもないし、
もちろん私もそれ以上のことを望んではいけない。

そんなこと最初からわかっていたはずなのに、
私が気持ちを抑えきれなかったから……。

春水ちゃんが私のことを嫌悪して、忌避するのも当然だ。
私が気持ちを抑え込めていれば、春水ちゃんもこんな嫌な思いをすることもなかったのに。


春水ちゃんとの間にできた決定的な亀裂。
でも私達は、同じモーニング娘。の一員としてこれからも接していかないといけない。

表面的で空虚な関係がこれからずっと続いていくとしても、
私は黙って受け入れて耐えていかなきゃいけない。

だってこれは、自分のことだけしか考えられず春水ちゃんを傷つけてしまった私に、
神様が降された当然の罰なのだから。



「ここをこうやって編み込んでいけば……はい完成!」

「わぁ~すごいすごい! ありがとうございます野中さん!!」

有難いことに私のしてあげたヘアアレンジが気に入ってくれたようで、
鏡の前で色々な角度から見え方を確認しながら弾けるようにお礼の言葉を返す横山ちゃん。
その喜びに満ち溢れた満面の笑みを見ていると、私の方までほっこりと嬉しくなってくる。

自分ではどうにもならないほどに気持ちが沈み込んでいく中で、
今の私にとってほぼ唯一といっていいくらいの癒しの存在が横山ちゃんだった。

もちろん初めての後輩としてちゃんと面倒を見てあげなきゃという思いも強いけど、
それ以上に、明るく前向きな横山ちゃんの側にいると自分もパワーを貰って元気になる、
というより気を紛らわせることができる。そんな理由から、
この頃は横山ちゃんに目をかけて何やかやと構ってあげることが特に多くなっていた。


いつもにぎやかで笑い声の絶えない娘。の楽屋。
意識したくはないのに、どうしても私の耳にはあの柔らかい関西弁が届いてしまう。

チラリと鏡越しに様子を窺うと、春水ちゃんはあかねちんに寄りかかるようにしながら
何やら楽しげにお喋りをしているみたい。

顔を向けたのはほんの一瞬だったはずなのに、春水ちゃんが軽く首を傾け
鏡越しに目が合いそうになったので、慌てて視線を戻す。

こんな違和感のある行動をしていると、みんなから何かあったのかと変に思われちゃう。
心の中まで鎮めるのはまだしばらく時間がかかってしまうかもしれないけど、
せめて表面的にはもっと自然体で振舞えるようにならないと。

「!!」

視線を戻した先には、振り向いた横山ちゃんの顔が間近にあって、
ビックリして心臓が大きく高鳴った。

横山ちゃんの喋る時の顔の近さはよくわかってるけど、いつもと違うところが一つ。
それは、横山ちゃんの表情が完全な真顔だったこと。
普段の可愛らしい笑顔とのギャップで、より強く真剣な印象を感じさせる。

「こんなにも玲奈に構ってくれるのはとっても嬉しいです。
でも、本当にそれでいいんですか?」

それは曖昧な表現だったけど、横山ちゃんが言ってるのが
私と春水ちゃんの関係についてのことだと、私は直観的に悟っていた。


本当にそれでいい?
……いい訳ないよ!! 
いい訳ないけど、でも…………。

「いいも悪いもないよ。だってもうどうしようもないから……」

力なく呟きを返すしかない私。
でも横山ちゃんは、まったく折れる様子がなかった。

「全然どうしようもなくないですって。
だってお互い肝心なことがちゃんと伝えられてないじゃないですか」

そんなこと言われても、たとえちゃんとは伝えてなくたってわかるよ。
あんな態度を見せつけられたら、嫌でも痛感するから……。

私の反論は声にならず、口から出たのは別の言葉だった。

「なんで……?」

「なんでって、見てればすぐにわかりますよ。
自分達では気づいてないかもしれないけど、2人とも、おんなじですよね」

「おんなじって…………何が?」

「何もかも全部が、です」


私と、春水ちゃんの、何もかもが……おんなじ??

まったく思いもよらない横山ちゃんの一言に、私の頭の中がフリーズする。
そんな私の混乱を知ってか知らずか、横山ちゃんは怖いまでの真顔から一転して
またいつものような、いや、いつも以上の飛び切りの笑顔を向けてきた。

「玲奈、お2人のこと応援してますから!!」


横山ちゃんの姿が私の視界から消えてからも、
私の混乱は収まることなくズブズブと自分の世界に沈み込んでいた。

もしも、本当に、私と春水ちゃんの、何もかもが、おんなじならば……。

私が胸の内に抱えているモノ。

今でも続くギュッと締め付けられるような痛み。
もうキッパリと諦めようという苦渋の想い。
そして、それでもとめどなく溢れてくる愛しさ。

春水ちゃんも私と同じように、今この瞬間もそんな気持ちをずっと抱き続けているというの!?
いや、まさか、そんなことって……。

「春水ちゃん……。やっぱり、私…………」

横山ちゃんの言葉に心をかき乱された私は、
自分の為すべきこともわからずただひたすらに迷走を続けるしかなかった。


(おしまい)

 

~羽賀朱音の想い~  ~石田亜佑美の想い~

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最終更新:2017年06月11日 10:31