かえでーれいなの愛の逃避行


『助けて、かえでー…』

その言葉を最後に、横山玲奈からの連絡は途絶えた。
繋がらない電話。

幾つもの情報が綾になって紡がれていく。
最悪の結論が形作られていく。


2日前MM27地区森林地帯で世間を震撼させる大爆発が起きた。
大量破壊兵器の誤爆か、まだ見ぬ自然災害か。居住者の居ない地区ではあったものの、恐ろしい事件に様々な憶測が飛んだ。
だけど私たち魔道士は、それが『魔力爆発』であると分かっている。

MM27地区には非協会系の魔道士組織の研究施設があった。
爆発はその施設を中心に起こり、今も影響が残って居るという。

協会は魔道士組織、通称『UFP』に対して説明を求めているが『調査中』以外の返答は無い。

もちろん協会は独自に調査局のチームを現地に派遣している。
何かと敵対的なUFPを一網打尽にするチャンスである、という以上に
20キロ四方の森を破壊し尽くした爆発の原因を一刻も早く突き止め脅威を排除しなければならなかった。

恐ろしい事件には違いないし関心はあったけれど
私たち執行局が動くのは時期尚早といったところ。
一執行局員である私、加賀楓も今はすることはない、はずだった。


突然掛かってきた電話。
助けを求める、たった一言。

そして実家の母から受けた報せ。
『玲奈ちゃんが、ハイキングに出かけたまま戻っていないらしい。連絡もつかない』

出かけたのは3日前。
MM27地区からそう遠くない場所。

本人からの言葉と実家からの報せ。
楽観なんて出来るわけも無かった。

ヨコが何らかの事件に巻き込まれている。
その生命が危険である可能性が高い。

だけど少なくともまだ生きている。
2日前の爆発に直接巻き込まれたのなら、電話なんて出来るはずもない。
私がヨコの声を聞き間違えるなんてありえない。

私はとるもの取りあえず協会を飛び出し、MM27地区に向かった。
助けなきゃ。私は、あの子を助けるべきだ。

上司にも誰にも相談せず、一人で向かう。
嫌な予感がしていた。
ヨコが、ただ偶然巻き込まれたんじゃないという予感。
あの時、小田さんの言葉を聞いた時から漠然と感じていた不安。

――あの子、因子持ちだよ――

あれは1年ほど前のことだったろうか。


執行局の先輩である石田さんと、『西の大魔道士』の弟子としての先輩である小田さんの二人が
私の故郷の近くに観光に来ることになった。
『仲いいんじゃない尾形に嵌められたんだ』などと石田さんは言っていたが。

普段お世話になっている先輩達に何か出来ないかと実家に連絡したところ
ついでに帰省して自分で二人をもてなせばいいということになった。
玲奈ちゃんもその方が喜ぶとかなんとか。

そんなこんなで私の故郷を訪れた二人を、どこから話を聞きつけたのか幼馴染の横山玲奈が全力でもてなす展開になった。
久しぶりにあったヨコの背があまり伸びていなかったことになぜか少しほっとしたのを覚えている。

私が邪魔者かというくらい、ヨコは張り切って石田さんと小田さんをもてなし
随分と打ち解け可愛がられていた。
その旅自体は、終始和やかで楽しいものだったし
素敵な思い出になっている。

ただ途中、小田さんから聞いた話だけが私の心に小さな蟠りを残していた。

『因子』
私も詳しく知っているわけではない。
4年前の、師匠『西の大魔道士』と『大魔女』の衝突の発端だということは知っている。
特定の、古の魔道士にとっては大きな意味を持つ存在。

だけど今では、それを見分けられる魔道士すら殆ど居ない。
三大魔道士と小田さんくらいしかいないと言っていた。

最初言われた時は、意味が分からなかった。
殆ど居ない存在なんじゃないのか。
だいたい、ヨコが『因子持ち』なら、どうして4年前師匠はわざわざM13地区の譜久村さんと鈴木さんに目を付けたのか。

「弟子の幼馴染の子と、大魔女の所にいる二人、どっちに手を出すほうが面白そうか、って先生なら考えそうじゃない?」

小田さんの言葉に、納得させられた。
ウチの師匠は、そういう人だ。ちなみに今は行方知れず。

「何かあるってわけじゃないけど、かえでぃーは玲奈ちゃんのこと、頭の片隅にでも入れておいてあげてよ」

小田さんにそう言われたからだろうか。
ずっと私の頭の片隅にはヨコが蹲っていた。

横山玲奈は明るくて人懐こくて、魔法なんかとは縁が無い。
私と幼馴染であること以外には、魔法には関わらずに生きていく子だと思っていたのに。


MM27地区に行くためには、近くまで列車で行き
その後地上を歩くしかない。
どんなに急いでも半日以上の道のり。

こんな時、執行局エースで憧れの先輩、鞘師里保さんのように飛行魔法が使えたらと思う。
列車に揺られる時間がとにかくもどかしい。
電話から、何時間経過しただろう。
ヨコは本当に今も生きているのだろうか――

悪い想像は際限が無くなるので、考えを切り替える。

私が、協会にも上司にも報告せずに来たのは、やはりヨコの因子のためだった。
ヨコが因子によって何らかの事件に巻き込まれたのならば、今回の行動によって因子に関する情報が協会の知るところになるかもしれない。
ヨコが因子持ちであると知れれば、例え無事協会に保護されたとしても今後安穏な生活が約束されるとは思えない。

そもそも、何故ヨコの因子が関わっていると思うのか。
今回の事件、師匠である西の大魔道士や、大魔女、金色の魔法使いのいずれかが起こしたとは考えにくい。
勿論小田さんでもない。
ならば誰も、ヨコのことも因子のことも知らないはず。

だけど、UFPの代表だという橋本という男の写真を見た時、線が繋がった気がした。最悪の形で。


その橋本という男を、私は直接見たことがあった。
師匠、つまり西の大魔道士つんくのところに過去にやってきたことがある。
師匠曰く飲み友達。
師匠の自慢話やヨタ話に付き合わされる魔道士の一人。
実際橋本という男がどういう目的で来ていたのかは分からないが、師匠の話を面白そうに聞けるくらいには頭のおかしい人物だったと記憶している。

だから聞いている可能性があるのだ。
因子のこと。それにヨコが因子持ちであること。師匠なら無頓着に平気で言ってしまいかねない。
橋本がそれに強い関心を持ったとしたら――


結局師匠のせいじゃないか。
私は列車の座席に沈み深いため息をついた。

考えたことが全て間違っていて、ただヨコがハイキング中に足をくじいて遭難したということだってありえる。
だけど、あまりにも符合している。
最悪を想定して、最善を尽くさなければ
大切な幼馴染を失ってしまう。

私がヨコを守る。
たった一人でも。
誰が相手でも。
協会を辞めることになっても、例え師匠や三大魔道士が敵になるとしても。
絶対にヨコを悲しませない。

そう思うと、強くなれる気がした。



続かない

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最終更新:2017年08月26日 16:50