スプ水先生の奇跡【最終章】 ~祭りの後に~


「(HAPPY END)…………と」

ノートの上にそっと鉛筆を置き、座ったままで両腕を高々と掲げ大きく伸びをする。

これでついに完結や。
思い返せば初めて書き出してからもう1年と5カ月とか、我ながら驚きしかあらへん。
ここまで長い小説を書いたのはもちろん初めての経験や。
どうにかこうにかやけど、最後まで書ききれて良かったとつくづく思う。

ホンマはそれこそ「終わったでー!!!」と大声を張り上げて全身で喜びを表現して、
ノートに頬ずりでもしたいほどの気分なんやけど、
夜更けに叫ぶのはさすがに近所迷惑やし、頬ずりなんかしたら書いた文字の炭跡で
頬が真っ黒になってしまうこと請け合いなので、どうにか我慢する。


はるなが魔法使いになるなんて荒唐無稽な物語を書こうとした大きな理由の一つとして、
実はネタの作りやすさというのがあった。
小説というのは当然のことやけどネタが閃かなければ書きようもないわけで、
現実のカプネタさえあれば「その裏にはるなの魔法での暗躍があった」という
基本方針に乗せてある程度のあらすじを固めることができるというのは、
いつもネタ作りに苦しんでる身としては有難い限りやったんや。

そこまではまだ良かったのに、調子に乗ってもう一つ要素を詰め込んでしまったことで、
一気に苦難の道をたどることになってもうた。

最初は一つ一つ独立した普通の短編に見えていたのが、
それが積み重なっていく内にそれぞれの物語が密接に絡み合っていき、
いつしか壮大な長編として結実する。

そんな形式の小説にあこがれて、はるな自身の恋愛模様を裏テーマとして
長編に繋げていくという挑戦をしてもうたのが、身の程知らずもいいところやった。
実際に大風呂敷を広げてはみたものの、そこからうまく展開させていくことができず、
結局は破綻する前にどうにか風呂敷をたたむ方向へ持っていくのが精一杯という
情けないことになってもうたのやから。

ホンマは例えば、はるまきをもっと掘り下げたりできれば物語に深みが出るとか、
かえでぃーを本格的に絡めてみるとか、収束を考えず投げっぱなしでええなら
やりたいことは色々あったんやけど、自分の能力不足を恨むしかないってやつや。

最終章に進めてみたら進めてみたで今度は、
「せっかくのラストなんでメンバーを全員登場させたい」なんて無茶なことを考え、
更なる塗炭の苦しみを味わう羽目になるのやから、はるなもホンマ懲りない阿呆やと思う。
特にちぃちゃんなんて、さすがに出せる余裕なんてあらへんやろと諦めかけていたのを、
ギリギリでネタを捻り出して強引に押し込んだくらいやもん。

そんなわけで、ストーリーから稚拙な文章から反省点も山積みなんやけど、
それでも途中で投げ出さず完結までたどり着けたのやから、それだけで万々歳やな。
ここは「終わり良ければ全て良し」ってことにしておくのが正解やと思うわ。

 

「何してるの?」

これまでのことを回想しながら沸き上がる余韻にぼんやりと浸っていると、
突然後ろから両肩に手が添えられ、野中氏が顔を覗き込んできた。

「いや別に、何でもあらへんよ」

答えながら、平静を装って何気なくノートを閉じる。
野中氏と結ばれる結末の小説を本人に見られるのは、恥ずかしすぎてさすがに無理や。

「せっかく先にお風呂に入ったのに、いつまでもこんなところにいたら湯冷めしちゃうよ」

頬と頬が触れそうな距離から感じる、湯上り特有の温かい熱気とシャンプーの香りに、
はるなは変にドギマギしてしまい、動揺したことに気づかれへんようぶっきらぼうに
「そうやな」と返事をして目も合わせずゆっくりと立ち上がる。

「明日もライブで朝から早いんだし。風邪を引いたら大変だからさ」

そして野中氏は、悪戯っぽく微笑んだ。

「ね、春水」

「……そうやな、美希」

2人きりの時だけは、お互いのことを下の名前で呼び合おう。

そう約束したのに、実際口に出すと言い慣れないこともあり
どうしてもぎこちなくなってしまい、いつも赤面するのを止められない。

そんなはるなの胸に身体を預け、しなだれかかってくる野中氏。
あかねちんならともかく、野中氏がこれほどまで甘えたさんやったなんて、
こんなになるまでまったくわからへんかった。

「ほら、こんなに身体が冷たくなっちゃってる。
早くベッドに入って暖まらなきゃ。……一緒にね」

上目遣いの熱っぽい瞳が、はるなへと向けられる。
ホンマはまっすぐに受け止めるべきなんやろうけど、
そんな度胸もなくつい目を逸らしてしまうヘタレなはるな。

「うちらが密かにこんな関係になってるやなんて、
もしみんなが知ったらどう思うやろうな」

照れ隠しもあってつい呟いてしまった一言が、あまりにも迂闊やった。
途端に野中氏の蠱惑的な視線が、はるなを射すくめる。

「こんな関係って、どんな関係のこと?」

ちょっ、全部わかってるくせにあえてそういうこと聞いてくるのは反則やろ!

「そりゃまあ、キスしたり……それ以上のこともやったりとか」

口籠りボソボソと答えるのがやっとなはるなの頬を、野中氏が両手でそっと挟み込んだ。
それから妙に妖しい笑みを浮かべる。

「安心して、春水。みんなの前ではしないから」

その台詞はもしかして……。

はるなが風呂に入ってる間、机の上に置きっぱなしにしてた執筆用ノート。
まさかそれを、野中氏に盗み読まれたんか!?

とっさに問い質そうと口を開いたはるなやったけど、
実際に言葉として発せられることはなかった。

野中氏の顔が素早く迫り、濃厚なキスで唇を塞がれる。

それ以上は何の抵抗も許してもらえず、柔らかく導かれるままに
はるなの身体はなし崩し的にベッドへと引きずり込まれていった。


(おしまい)


スペシャルサンクス:本編作者さん(恋人ごっこ)

 

スプ水先生の奇跡【最終章】 ~最後の魔法~(後)

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最終更新:2017年09月21日 21:36