もしもうちが魔道士でなかったら、いったいどんな人生を歩んでいただろうか。
以前はそんな想いが頭を過ぎることさえなかった。
なぜって、それまでのうちにとって魔法の存在が自分自身を形成する全てであり、
魔法のない人生など考える余地さえなかったから。
それが、「魔道士でない人生」などという今までにない想像をするようになったのは、
間違いなく大魔女・道重さゆみに出会ったからだろう。
あの人と出会って、うちは以前と変わった……と思う。
事あるごとに自問自答し、そして思い悩む時間が増えた。
そんな中で、自分の根幹をも揺るがすような想像にまで思考がたどり着いたのは、
ある意味必然といえるものだったのかもしれない。
もちろん、今のうちが魔道士としての人生を送っているのは疑いのない事実だし、
そうでない人生についてどれだけ空想してみたところで、
当然のようにそれは夢物語以上には決してなりえない。
それでも、ふとした瞬間に広がる想像の翼。
それは不思議な甘酸っぱさと切なさを伴って、
なぜだかうちの心を優しく締め付けてくる。
ありえない夢想に耽る自分がなんだか気恥ずかしく、
えりぽんにさえそんな話をしたことがないけど、
それでもうちは、「魔道士でない人生」を想う時間が決して嫌いじゃなかった。
ああ、うちは夢を見ている。
睡眠中ごくまれに、自分自身が夢の中にいることを認識することがある。
そしてそれが今この瞬間だった。
えりぽんがいる。道重さんもいる。
聖ちゃん、香音ちゃん、飯窪さん、工藤ちゃん、そして優樹ちゃん。
見知った顔が集まっている。
そして初めて見る顔もいる。あゆみんと小田ちゃん。
初めてなのに名前が分かるのはきっと夢の中だからだろう。
みんなうちにとってかけがえのない仲間だ。
今日はみんなひとつ同じ部屋で一夜をすごすという初めての経験に、
うちだけではなく全員テンションが上がりまくりだ。
明日も朝早くから仕事だし本当は早く寝ないといけないのだけど、
修学旅行気分で盛り上がるメンバーが素直に落ち着くはずもない。
「自由~だ~!!」
工藤ちゃんの叫び声とともに突然枕投げが始まった。
思わぬ展開に、うちは飛び跳ね倒れこみ笑い転げる。
こんな素直に身体全体で感情をそのまま顕わにさせるなんて、
普段の自分では考えられない行動に内心驚きを隠せない。
でも、それがこの上なく楽しくそして気持ちがいい。
「どうしました鞘師さん?」
あゆみんがうちの顔を覗き込む。
その厚みがあって綺麗な唇に一瞬見とれてしまい、
照れ隠しもあってなぜだか思ってもない言葉が口をでる。
「ウインク殺人事件したい」
「ウインク殺人事件やりたいって鞘師さんが!」
うちの言葉をきっかけにまたみんなでゲームが始まってしまう。
一体いつ寝るんだろうなんて思いながらも、
いつまでもこの時間が続いて欲しいという想いが心に満ち溢れていた。
結局、たっぷり3時間以上はしゃぎ回った後、ようやくみんな就寝。
きっとこのまま眠りに落ちて、起きた時にはこの夢からも目覚めるんだろう。
そう、魔法が使えるとか使えないなんて関係ない。
うちの周りにはこんなに素敵な仲間がいてくれるんだから、
それだけでどんな人生でも胸を張って歩んでいける。
そんなことを思いながら、いつしかうちの意識は遠のいていった。
突然訪れる柔らかな朝の光と、頬を刺す冷気に意識が引き戻された。
あれ、うちはどこで寝てたんだっけ?
ぼんやりとそんなことを思っていると、
「きゃあっ!!」
あゆみんの悲鳴に心臓が一気に高鳴る。
もしかして敵襲!?
その瞬間。
ボンッ! という音とともに降り注ぐ紙吹雪。
大音量の音楽が響き渡り、そして客席から歓声が巻き起こった。
なんなんだこの光景はっ!!
まったく想像もできないような展開に混乱したけど、
それはほんの一時のことだった。
よくはわからないけど、うちのことを、いやうちらの存在を
求めている人が目の前にこんなに沢山いてくれる。
だったらうちのなすべきことはただ一つ。
自分が今できることを精一杯やり遂げるだけだ。
さあ、いこうか。
そしてうちは布団を蹴飛ばすと、勢いよく舞台の中央へと飛び出していった。
…
…
…
本格的に歌も始まり、それぞれのメンバーも徐々に対応しなければと動き回る中、
さゆみは独り布団に潜り込むと大きなため息をついた。
「……なんでこんなことになっちゃったんだろ」
最初はほんの軽い暇つぶしのはずだった。
密かに別の人生を夢想するりほりほに、初夢でその願いを叶えてあげる。
ただそれだけのはずが、計算違いが二つ生じた。
誤算の第一が、里保の感応力が予想以上に高かったこと。
それは魔力の大きさとも比例するのだが、その感応力の高さにより、
さゆみもまた里保の夢の中に巻き込まれてしまったのだ。
それだけならまだ良かった。さゆみもりほりほと一緒に
別の人生を体感できるなんてラッキーだと逆に喜んでいたくらいだ。
問題は第二の誤算で、この夢は里保の潜在意識を基に構成されているのだが、
まさか夢の中でこんな驚愕の展開となるとはさすがのさゆみもまったく想定外だったのだ。
もちろんさゆみの能力をもってすれば、この夢からの脱出など造作もないこと。
しかしそれは里保がこれまで夢の中で感じ取った経験を全てぶち壊すことにつながり、
里保のためにもできればやりたくなかった。
「あーあ、しょうがないなぁ。可愛いりほりほのためだし、
ちゃんと目が覚めるまでもう少し付き合ってあげるしかないか」
そしてさゆみは名残惜しそうに布団を抜け出すと、よたよたと舞台へと足を進めていった。
(おしまい)