時空を超え 宇宙を超え

 

――私はまだね未完成 遠い過去から君を待つ この世で出会えると信じ 君を待つ

ショーウインドウ越しに広がる街並みは、今日も代わり映えのしないものだった。
いつになれば彼女に出会うことができるのか。現世に彼女は存在しているのか。
未だになにもわからないが、今の私に出来ることはただ一つ。
この世で出会えると信じ、彼女を待ち続けることだけだ。


遠い過去、私はある魔道士によって造られた人形だった。
創造主(マスター)から私は「ブラウニー」という名前を与えられ、
ハウスキーパーと、マスターの孫娘の世話を仕事として命じられた。

彼女と初めて出会った時のことは、今でもはっきりと思い出せる。

「こんにちは! 君はあたしの弟だからね。これからはずーっと一緒だよ!」

ヒマワリのような眩しい笑顔を浮かべた彼女はそして、
「ブラウニー」なんて可愛くないと、私に新たな名前を授けてくれた。

今にして思えば、私に初めて「感情」のようなものが芽生えたのはこの瞬間からだった。
ただの人形に過ぎない私が幼い彼女の「弟」となり、
マスターに命じられたからではなく自らの意志で、
いつまでも彼女のそばにありずっと守り続けていくと心に誓った。

彼女とともに過ごす日々は楽しくそして平穏そのもので、
いつまでも永遠にこの日常が続いていくのだと、お互いになんの疑いもなく信じていた。

だが、現実は無情だった。


その当時、魔道士の間では不老長寿の魔法をめぐり血で血を洗う凄惨な争いが常態化していた。
我がマスターも例外ではなく、忍び寄る老いの恐怖に耐えきれずその闘いに身を投じ、
ある強大な魔女に戦いを挑むも力及ばず返り討ちにあってしまう。

そして、手負いの老魔道士は狂気にとりつかれ非道の決断を下す。
自ら愛してやまないはずの孫娘をその手にかけようとしたのだ。
そう、彼女は非常に稀な体質である「因子持ち」であった。
彼女の身体を媒体にして新たな力を得、今度こそあの大魔女を倒す。
そんな妄念にマスターは取り憑かれていた。


魔法により眠らされた彼女にゆっくりと近づくマスター。
その目には傍らに立つ私の存在などまったく映っていない。
私はマスターの手によって造られた人形。
マスターの命令に、意志に、存在に逆らう事などできるはずはない。そのはずだった。

私のことを弟として可愛がってくれた彼女。その尊い命が今まさに奪われようとしている。
彼女をずっと守り続けていくとの誓いを果たすこともできず、
私はただ呆然と立ち尽くすだけしかできないのか。

いや、そんなことはない。私は誓いを破らない。私は彼女を守り続ける。
相手が誰であろうと、たとえそれが創造主であろうと、
彼女の存在を、彼女の笑顔を奪うことなど絶対にさせない!!

傍らから不意に飛び出した私が放った貫手は、あやまたずマスターの心臓を貫いていた。
驚愕の表情のままに倒れるマスター。
だが私も、反射的に唱えられたマスターの攻撃魔法を一身に浴び、その場に倒れこむ。


このまま私は、活動を停止するのか……。

「そうね、あなたはもうすぐ活動を停止する」

気づけば、仰向けに倒れた私のことを見下ろすようにして、美しい女性の姿があった。

「人形が人のような感情を持つだなんて、珍しいこともあるものなの」

そうひとりごちた大魔女が、改めて私のことを見据える。

「あの娘のことなら安心して。もう恐ろしい思いをさせはしないから」

そう。私は彼女を守ることができた。今後のことも、大魔女に任せておけば安心だろう。
しかし、私が誓ったのは彼女をずっと守り続けていくこと。
これから先はもう、彼女を守っていくことができない。彼女の笑顔を再び見ることができない。
それがただひたすらに無念でならなかった。

「そう、そこまであの娘のことを……」

スっと目を細めた大魔女から、意外な一言がこぼれる。

「その願い、今すぐには無理だけど叶えることができるかも知れない」

薄れゆく意識の中で、その言葉ははっきりと私の脳裏に響いた。


「輪廻の魔法。気の遠くなるような歳月をかけて、幾度も転生を繰り返すことによって、
いつかまたあの娘に巡り会える時が来るかも知れない。
ただ、あなたが今後どんな存在として転生していくかはまったくわからないし、
本当にいつかあの娘に出会えるというそんな保証もまったくない。
そしてもし出会えたとしても、あの娘があなたの存在に気づいてくれるかどうか。
はっきり言ってかなり分の悪い賭けでしょうね。
おそらくこのまま活動を停止させ消滅したほうがよっぽど楽なほどに。
それでもあなたは……。そう、その意志は変わらないのね」

そして大魔女が輪廻の魔法を唱え終えるとともに、私はすべての活動を停止させた。

――君はどんな顔で歌う 君はどんな声で笑う また次の世でも会えるかな 切ないよ



あれからどれだけの時を重ねただろう。私はどれだけの転生を繰り返してきただろう。
街並みはその時々によって目まぐるしく様相を変えてきたが、
人々の営み自体はあの頃とそう変化するものではない。
そして今日もまた、夕暮れが迫りいつものように一日が過ぎようとしていた。

その時だった。
いつもと変わらぬはずの風景に違和感を覚える。視線の端に捉えた見覚えのある姿。
あの頃と全く変わらぬその美しさは見間違えようがない。大魔女道重さゆみだ。

そうか、今度は大魔女の住む街に転生していたんだな私は。
大魔女はショーウインドウ越しに私のことを見つけると、柔らかく微笑んだ。
そして、夕焼け空を見上げ軽く右手を振ると、私にひとつウインクをして歩き去る。


――風の独り言 He loves you 夢のその続き He needs it

穏やかだったはずの夕暮れに、突如強い風が吹く。
その風は雨雲を運び、瞬く間に俄か雨を引き起こす。
突然の夕立に、慌てて建物の陰に避難して雨宿りをする往来の人々。
雨を避けて私の前に走りこんできた親子連れもまた、その中の一組だった。

そう、それは。
これまで転生を重ね、私が幾星霜ひたすらに追い続け求め続けていたその姿。
間違いない。彼女が今、私の目の前にいる。

彼女は私の姿を認めると、あの頃と同じヒマワリのような眩しい笑顔を見せた。

「ねえママ! やっと見つけたよ!!」

「あらそう良かった、こんなところにいたのね。
じゃあ4歳のお誕生日プレゼントはこの子でいいのね?」

今の私には彼女のことを守れるような力はない。でもこれだけは誓える。
たとえ今後この身が滅びようとも、私の存在は永遠に彼女とともにあることを。

雨も上がり、私のことを抱いて店を出た彼女が満面の笑みで語りかける。

「こんにちは! 君はあたしの弟だからね。これからはずーっと一緒だよ!」

そして私を呼ぶその名前は、彼女が授けてくれたあの頃のものとまったく同じだった。

「あたしの名前は鈴木香音。よろしくね、ちゃーちゃん!!」

――時空を超え 宇宙を超え 結ばれる頃には この地球(ほし)は きれいになるかな

(おしまい)

 

 

「時空を超え 宇宙を超え」こっそり裏話
今回「時空を超え宇宙を超え」の歌詞を利用して転生ネタで外伝を書けないかと考え
主人公を誰にするか閃いてからどうにか形にすることができました
もし楽しんでいただけたのなら幸いです

「ブラウニー」という名前は家事手伝いなどをしてくれる西欧の妖精であるとともに
ブラウニー → ブラウン → 茶 → ちゃーちゃん
という連想による命名です

「私」と「彼女」が誰かについて「人形」「弟」「因子持ち」などキーワードを織り交ぜつつ
最後に「ああそうだったのか」または「ああやっぱり」と思わせるような
構成を目指したのですがみなさんがどの時点で2人の正体に気づいたでしょうか?
うまく最後で気持ちよく落とすことができていればいいのですが・・・

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年04月19日 20:30