『浪漫~My dear~』 第1部

少し夏の近づいた海辺に3人の少女と1人の老人がにこやかに話をしていた。 

まだ1日はスタートしたばかりである。 

「それにしても、すごい素敵な音楽ですね」 
「そうっちゃろ。」 
「何で生田が胸張ってんのよ(笑)でも、本当に素敵な演奏でした!」 


少女たちは口々に感想を言うと、老人はにこやかに微笑みかけた。 

今日は学校はお休みで、みんなで街に遊びに行くのもよかったのだけれども、香音と聖にも 
魔法楽団の演奏を聴かせたくてつれてきたのだ。 

「里保ちゃんもくれば良かったのにねー」 
聖が言うと 
「本当だよね。これは絶対に惚れるわ」 
香音も応える。 
2人の会話を聞きながら、衣梨奈は心の中で苦笑する。それとはいうものの今日里保が来なかった理由は、自宅の《バジル》の、いやミントだっ

たか… 
の世話をするためだった。一昨日、自慢気に見せて来たのだが… 
肝心のバジルの姿は殆ど見ることができない。 
「里保…これ…」 
「へへん、ウチだってやるときはやるんだから。」

鉢の土にあった白いモフモフには触れなかった。 
(あれは、間違いなく黴やね。『やる』が『殺る』になっとーよ…) 

「んー、もう!生田ったら朝からどこ行っちゃったのよ。今日はお片付けの日って決めてたのに。」 

さゆみはプリプリした様子で小さく指を振るう。片付けはほんの数秒で終わった。言うほど大した仕事でもない。 

三大魔道士 大魔女道重さゆみ。生田の師匠でもある。まぁ何かを教えた事はあまりないけど。 
このM13地区を住処としていて、その実力はそこが知れない。 
さゆみはこの街での出来事の大半を捉える事ができる。なぜなら、さゆみの得意とする魔法は『視る』と『感じる』であるからだ。 

M13地区にはたくさんの魔道士が住んでいる。その魔道士から放たれている魔力を一つのネットワークにして把握しているらしい。 
さゆみ自身あまりにも昔に研究した魔法すぎてよく覚えていなかった。 
だが、何かと便利なので悪用…もとい利用している。 

「今日のお昼はスパゲティを作らせよう。明太子クリームがいいわね。」 
さゆみが呟く。 

そのときであった。さゆみのネットワークに、しかもお気に入りの場所に巨大な悪意を持つ魔力が1、2…5つ。 
直後にノートパソコンから緊急通信を告げるアラームが鳴る。 
さゆみが通信に応じると緊迫した様子の少女が映っていた。 
「道重さん…、大変です!」

さゆみは、徐に後ろへ手を払う。いくつものスクリーンがさゆみの部屋の中に現れると、その中の一つを覗きこむ。 

「…道重さん?」 
春菜としては、火急の報せを持ってきたつもり。なのにさゆみはスクリーンを見つめたまま。 
それにしても… 
(あのスクリーンの魔法は便利ですよね…) 
「あれさえあれば、わざわざ猫の格好しなくても」 
「ちょっとはるなん!心の呟きが出てきてるわよ。 
大丈夫。彼が居るみたいだし! 
あの子たち、生田を襲撃したことすごく後悔するんじゃない?」 
さゆみは笑みを浮かべ、春菜にそう告げた。 

衣梨奈は海辺でおしゃべりをしながら、小さな違和感を感じていた。 
(おじいちゃんの様子が変っちゃね…) 
いつもと変わらず言葉遣いは優しいのだが、何かほんの少しピリピリとした雰囲気も感じる気がする。 
(うーん、お腹でも痛いっちゃろか) 

その時、肩にコツンと小さな衝撃を受ける。ふと隣を見てみると、香音も聖も寝息を立てている。 
「んなっ!聖、香音ちゃん どうしたと?」

途端に、衣梨奈自身にも猛烈な眠気が襲う。 
さゆみの癒やしの魔法とは違う強烈な魔法…。 
一体いつ掛けられたのか。 

衣梨奈は意識が遠のく間際、さゆみの言葉を思い出す…。 
「生田、気をつけな! 
本当に強い魔法使いは気づかないうちに魔法をかけるの。 
あんたはまだしも、周りに人が居るときにはね。」 

(しまった……。道重さん…) 


眠りに落ちる衣梨奈に対し 
「すまんの。お嬢ちゃん…。これが最善なんじゃ。」

 


衣梨奈は夢を見ていた。いや、夢と言うにはリアル過ぎる描写。まるで映画をみているようだった。 
少し古い……いつ頃なのであるのか………。 
そしてその映像には一組の家族の幸せな団欒が映っていた。 
家族は父親、母親、赤ん坊の3人であり、しばらく衣梨奈は赤ん坊の成長を時間の経過と共にみていた。 
赤ん坊は女の子でスクスクと成長しているようだった。そして2歳くらいになった頃であろうか、衣梨奈の中で一つの疑念が生じる。 
(あの女の子、どこかで見覚えがあるっちゃね……) 

本当の所は、この家族を見た瞬間から違和感は感じていたのだが 
それが何なのかははっきりとはしていなかった。だか女の子が成長するにしたがって違和感の正体が見えてくる。 

(瞳やね、瞳が…里保そっくり!けど、魔力をほとんど感じられんとね…)

生田家は優秀な魔道士の一族である。 
それは衣梨奈の父で執行局の局長を見ても然り、 
衣梨奈自身もコントロールさえ無視すれば、そこら辺の執行魔道士に匹敵する魔力を持っていた。 

そんな生田家にある日、一人の少女が養女としてやってきた。 
少女は『鞘師里保』と名乗っていた。なにせ、衣梨奈が物心つく前でいつやってきたのかもわからないぐらいである。 
とにかく、気づくと隣にはいつも里保がいる、そんな生活が当たり前になっていた。 

(これは、里保の過去やろか…。えりが見ても……。) 
そうは思っても、衣梨奈にここから抜け出す術はわからない。 
更に、目の前の『里保』は衣梨奈の知っている里保とは少し違う。衣梨奈の知っている里保は生田家に来たときからすでに、相当な魔力を持っ

ていた。 
だが、この里保と思われる子からも家族の誰1人からも魔力を感じる事はできなかった。


そのころ、道重家では春菜がパソコンの向こうから必死にさゆみが視ているものを覗こうとしていた。 

「ふむふむ、あの子たち思ってたよりずっと時間がかかったわ、さゆみの魔法から逃げ出すのに。きっと激おこでしょうね。でも、彼が上手い

事生田達を隠したみたいね。」 
「み、道重さん!1人でふむふむしないでくださいよー。大体、彼ってだ…」 

そこまで言いかけて、ふと春菜は口を閉ざす。そして、『千里眼の魔法』と『壁に耳あり、側に猫あり』を発動した。 
春菜の十八番である。どうやら、無駄な努力をするよりも自身を信じることにしたようだ。 

海辺では5人組の魔道士と老人が対峙している。衣梨奈達の姿は見えない…。 
一番の若手であろうか。1人の男が老人に突っかかって居るようだ。 

「おい、ジジイ!さっきここにいた茶髪のガキをどこにやった。 
痛い目見ないうちに居場所を吐いた方がいいぞ。」 

「ホッホッホ。生きがいいのぉ、年寄りにも聞こえるぐらい大きな声でわざわざすまんな。」 

「この…。」 

更に言葉を続けようとした男を別の男が制止する。そして、老人に対し静かだが威圧的に言葉をかける。 

「我々の最終的な目的は大魔女道重さゆみだ。ここでの隠し事は貴様にとってマイナスとなることばかりでプラスとなることは何一つないと思

うが。」


「………。」


一陣の風が老人の言葉をかき消す。だが、リーダー格の男の耳には届いたようで 
男はギョッとした表情を見せ、仲間に手で合図を出す。合図を見た4人は瞬時に散開し老人を取り囲み、戦闘態勢をとる。 


「道重さん、一体何が起きているんですか? 
生田さんたちの姿が見えませんけど。それにあの魔法楽団のおじいちゃん1人であんなに大勢相手にできるわけ……。」 
春菜は状況が掴めず、いや状況は掴んだ。おじいちゃんが危ない。生田達がいない。そしてさゆみが傍観を決め込んでいる。 
この理解不能な事態に、春菜はたまらずさゆみに声を掛ける。 

珍しく、素でテンパっている春菜を見れて少しご満悦なさゆみはわざとらしいため息をついて春菜の方へ向き直った。 

「ねえ、はるなん?」 
「な、なんでしょう。」 
「今回の件ね、たぶんハッピーエンドでは終わらなそうなのよね。」 
「?」 
「生田達はね、今彼のかけた『睡眠魔法』と『時空捻転』で異次元空間に隠されているの。 
見つかる心配はほとんどないわ。彼以上の魔力を持って『視』ないと姿はおろか、気配すら感じる事ができないのよ。」 


春菜はさゆみの言葉を聞いて驚く。『睡眠魔法』も『時空捻転』も高超度の魔法である。 
それを自在にしかも複数に使うとは…。


「…全然、知りませんでした。あのおじいちゃん、そんなに凄い魔道士だったなんて。」 

「たぶん、今彼を倒せるのってさゆみとかぐらいじゃないのかな…たぶんね。」 

そこで春菜はふと疑問に思う。 
「でも、そこまで凄い魔道士ならなんで、ハッピーエンドに…」 

「まぁ、しばらく視てなよ。そのうち……ね。」

 

衣梨奈は見たくはないと思いながらもその家族についていた。 
そして、この環境の様子もいくつか分かってきた。 
まずは言葉遣い。衣梨奈自身の訛りも大したものであるが、この家族の訛りもまた一癖あるものだった。 

(どこの言葉だろう…) 

そしてやはり、この家族は『鞘師』という一族でかなり限られた姓の一族であった。 
これらの全てを加味して改めて考えてみても自らが里保の過去を見ているのは明らかであった。 
更に自分の動ける範囲。どうやら自分は里保の見ている範囲の中でしか自由に動くことができないようだった。 


感覚が麻痺をしているのか、どれくらいの時間が経過しているのか全くもってわからなくなっていた。 
衣梨奈は身体だけでなく感覚も異次元空間に浸透し始めていた。 

だが、何故自分が此処にいて、この光景を見ているのか…。 
その理由については闇のままであった。


だが、世界は時として無情な現実を突き付ける。 


その刻は突然訪れた。 
『ガタンッ』 
玄関先から物音がする。 
ちょうど、夕食時で鞘師家では一家3人で鍋を食べていた。少女里保が突然泣き始め取り皿をひっくり返し、 
食卓がワチャワチャしている様子を見ながら衣梨奈が1人で苦笑しているときに、その音は聞こえてきた。 
一瞬、父親と母親は訝しげな表情で顔を見合わせると、父親が食卓を立ち、玄関先へと向かった。 
母親は泣いているその間、里保をあやしはじめる。 


刹那、衣梨奈は強大で邪悪な魔力を感じ、鳥肌が立つ。 

(ダメッ、行ったらいかんけんね!) 
精一杯、声を出してみるが声は届かない…。部屋には少女の泣き声だけが響き渡る。 


衣梨奈は全神経を集中させ、身構える。 

一瞬の静寂… 

途端に、激しい物音と共に父親が部屋に駆け込んできた。 
左頬と右肩からは血が落ちる程の傷を負っている。


「あなた!!」 
「母さん、ここはダメだ!」 
「えっ!?」 
「あいつはヤバい。ここにいたらみんな死んでしまう。 
私が食い止める。だから母さんは里保を連れてすぐ逃げるんだ!」 
「でも、そんなこと…」 
「いいから行くんだ!鞘師の血筋をこんな所で絶やし……て……」 

父親の言葉は最後まで聴くことはできなかった。 
静かに倒れ込む父親の背後に現れた男に衣梨奈は見覚えがある。 

(やっ、ヤバい……。) 

幼い頃、父親の仕事場で見た一枚のポスター。 
『この顔にピンと来たら逃げろ!』 
執行局史上、最も多くのひとを殺め、傷つけてきた魔道士、 
その男が自分の目の前にいる。 

「あ、あなた!!」 
母親の悲痛な叫びが部屋に響く。 
意に介すことなく巨大な魔力を右手にこめ、魔道士はゆっくりと母親へと近づいて行った。


気づくと衣梨奈は自分の脚が震えているのを感じた。 
(嘘やん…。動け、えりの脚) 
衣梨奈は自分の全魔力を解放し、その場を駆け出していた。 

男は少し距離を開け、右手をすっと突き出し呪文を唱える。 
右手から放たれた魔法が2人に当たる刹那、衣梨奈は駆けながら声を上げる。 

「里保!!!」 

その瞬間、空間がねじれ、目の前の光景が歪む。 
上下も左右もわからない状況になっても、衣梨奈は名前を呼び続けていた。

春菜はこれほど激しくまた華麗に立ち回る魔道士同士の闘いを見たことがなかった。 
近くに送り込んでいる式神を通してでも魔力の渦が伝わってきて魔法が通り過ぎるたびに 
春菜は背筋をゾクリとさせる。 
「すごい…」 

思わず、つぶやきを漏らす春菜。 

「ふふっ、はるなんは彼が何者なのかは知らなかったのね。 
『情報屋』としても知っておいて損はないかもよ。 
たぶん…必要になる時が来るんじゃないかしら?」 

春菜はいささか驚いて、さゆみをモニター越しに見た。 
すっかり忘れていた。今自分がさゆみと通信していたことを。 
それくらい目の前の光景に目を奪われていたのだった。 
老人に向けて5人の魔道士たちは次々と魔法を放つがその一つも 
老人にかすることがない。ただ静かに発せられた攻撃魔法に対して、 
ただ持っている楽器を鳴らすだけ…。単純であるが高度な音魔法である。 
5人もムキになり続々と攻撃を放っている。

 

「道重さん?」 
「何か、不思議そうね。はるなんは。」 
「どうして、あのおじいちゃんあんなに高度な魔法を使えるのに、守るばかりなんですか? 
確かにあそこは道重さんのお気に入りのスポットで闘ってはいけないという決まりはありますけど…。」 
「うーん、さて、それはなぜでしょう。これもさゆみからの宿題ね。人から教えてもらうことも大事だけれども 
時には自分の目で確かめてみることも重要なんだよ。」 

さゆみは珍しく春菜に対してまじめな面持ちで語りかける。 

「…わかりました。自分の目で確かめてみます。」 
何が自分にできるか、さゆみがこう言った言い方をするときは大概、難しい案件でただとても大切なことを含んでいることが多い。 
今回は果たしてどんなものなのか。春菜は気にしながらも意識を海辺へと戻した。


5人組は目に見えて焦っていた。攻撃が当たらない。 
これまでにこのチームで大魔女を攻略するために様々な訓練をしてきた。 
連携も含め確実に相手を仕留める魔法を研究してきたはずだった。 
だが、目の前のただ楽器を鳴らす老人には全くもって効いている様子がなかった。それほどの魔力が感じられるわけではないが…。 

「くそ…。何者だ、このジジイ。」 

リーダー格の男が思わず洩らす。 


その時であった。中空が突如裂け、衣梨奈たちが姿を現す。 
男たちは突然闘いの場に現れた3人に驚き思わず攻撃の手を止める。 

「これは…。空間捻転魔法か…。」 
この高度な魔法を目にしたのは男たちにとっても初めてであった。 

 

「こりゃしまったのぉ…。少々時間をかけすぎたようじゃ」 
老人は一言つぶやくと自身の魔力を瞬時に高める。そ 
の大きさは今までの様子とは全く異なるものであった。 
魔力に反応し、男たちは少したじろぐが再び魔力を高め魔法を放つ。 
その一つが現れたばかりのまだ眠ったままの衣梨奈たちに向かっていった。 


~続く~

 

頭がくらくらする。ガンガンする。もっと目をつむっていたい。 
それでもまぶしい光を受けて衣梨奈は意識を引き戻す。 

目を開くと老人と5人組が闘いを繰り広げている。 
それと同時に、衣梨奈は自分たちのほうへ向かってくる魔力をとらえる。 
(おおお、あれ、これピンチなのか……タイミング的にはギリギリっちゃね。避けれるかどうか) 


「お嬢ちゃん!防御魔法Ⅲのイ型じゃ。」 

突然、老人の鋭い言葉が衣梨奈の耳に届く。 

(防御魔法のⅢ型?複数人を護るための魔法っちゃね。なんでこのタイミングで…) 

そう思った衣梨奈の左手に人肌の感触が伝わる。 
そこにいたのは聖と香音であった。2人はまだ寝息を立てている。 
ふと衣梨奈の脳裏にさゆみの言葉がよみがえる 
(そうやった…。今、えりには聖と香音ちゃんがいるんやった。2人はえりが護らないかんとね)


そして、素早くこぶしを握り締め、砂浜に押し付けた瞬間、砂煙が前方へと吹き上がった。 
魔力をさほど込めていたわけではないが自分でも驚くほどの力がこもっている。 
舞い上がる砂粒の一つ一つは衣梨奈の魔力でコーティングされており、向かってきた魔法は砂粒にぶつかり拡散し減衰しやがて消失した。 

「上々じゃ、お嬢ちゃん!さて、片付けるかの。」 

老人の声が後ろから聞こえてきたと衣梨奈が感じると同時に傍を猛烈な魔力が通り過ぎていく。 

老人の手にはひと振りの刀が握られていた。そして目にも留まらぬ速さで老人は衣梨奈たちに向けて魔法を放った男との間合いを詰める。 

「この…、くたば…」 

「んなっ…」 


わずか一太刀で男を仕留めた老人の動きを見て残された4人は散開し老人との距離を取ろうとする。 
だが老人が右足に魔力を込め軽く砂浜に踏み込むと突然男たちの足元がつきあがり、宙へ跳ね飛ばされる。 

「くっ!!ま、まずい…」


4人は突然のことに混乱し、もはや自身がどうこの状況から抜け出せるのかをのみ考えていた。 
そのために回避行動が一瞬遅れた。 
老人を中心に一陣の旋風が巻き起こり空中の4人を飲み込む。 


「うわぁ」 
「魔力が吸い取られていくぞ・・。」 
「うわぁぁ」 

衣梨奈は自分の目の前で起きた出来事にただただ唖然としていた。 
男たちは必死に旋風に向けて魔法を放つがその魔法を受けるたびに旋風は大きくなり勢いを増してゆく。 
そうして全ての魔力を吸収しつくしたのか少しずつ小さくなっていき、やがて海辺には魔力の尽きた5人組が転がっていた。 
老人はその姿を一瞥すると衣梨奈のほうへ近づき声をかける。 


「Good jobじゃったお嬢ちゃん。やはり血は争えんものじゃのう。」 
「??」 
「そろそろ、迎えが来るころじゃのう。あの方に後は任せるかの。ではお嬢ちゃん、また聞きに来ておくれ。」 
「あっ…。」 


老人はそう一言声をかけるとくるりと後ろを振り向き楽器を奏でながら去って行った。 


(衣梨が見たものはなんやったちゃろか…) 

「まったく!自由気まますぎでしょ、彼。生田、とりあえず怪我はない?」 
「はい、特に怪我は…ってえぇぇぇぇぇ!?」 
「なに?いきなりうるさいわね」 
「ご、ごめんなさい…。急に道重さんが現れたからびっくりしちゃって。」


さゆみはストールを肩に羽織り、にこやかな表情で衣梨奈を見ていた。 

「ほら、ぼさっとしてないでフクちゃんと香音ちゃん起こして! 
帰るよ。さゆみ、おなかすいちゃったんだから!」 
「そうやった!聖、香音ちゃん起きて!」 

「ん――?あれえりぽん??いつの間に寝ちゃったのかなぁ」 

さゆみは衣梨奈に起こされ、寝ぼけ眼で起き上がった2人を確認して見えないように指を軽くふるう。 
小さな魔法は2人をやさしく包んだ。魔道士ならともかく一般人である聖と香音にとって魔法で眠らされるという 
経験はあまりいいものではない。 
さゆみは2人の記憶から今回の件をやんわりと消した。 


そして改めて周りを見渡す。海辺にはあちらこちらに闘いの跡が残っている。 

(さゆみのお気に入りの場所なのに…。) 

そう思うと、さゆみの中に沸々と怒りが込み上げてきた。前回の襲撃に対しては 
5人に対して何の興味もわいていなかったから魔法で遠くに捨てたのだが。 

まだ起き上がることのできていない5人にさゆみは近づいていくと意識のある4人は 
憎々しげにさゆみの顔を見ている。 


「ふふふ、さゆみのお気に入りの場所、こんなんにしてくれてね。 
もう未練はないわよね?」 

顔には笑みが浮かんでいるが、4人はそのさゆみの表情を見て最期を悟った。 
さゆみの振るう小さな魔力、それをただ黙って受けるよりほかなかった。


「道重さ――ん、何やってるんですか??2人とも起きましたよ。 
早く帰りましょうよー!!」 
「なによー、生田のくせにー。さゆみを急かすなんて100万年早いわよ!」 

4人が去って海辺はまた静けさに包まれた。そこには5枚の貝殻が残されるのみであった。 
そしてその貝殻はやがて波にさらわれて海の底へと沈んでいった。 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

 

里保は茫然としていた。前々から少し変だなとは感じていた。育てていた『バジル』…。 
幼い時分に生田家でみた植物図鑑では『緑』であった。だが、うちの育てているのは…。 
そんな疑念にさいなまれてネットで検索をかけてみると、 


「うん、黴だね、カビ!It’s mold!」 
「う、うるさいヤシ」 


そんな答えが返ってきていた。あぁきっとまたえりぽんに笑われる。 
里保は憂鬱な日を過ごしていくのであった。 

 

1部 完

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最終更新:2014年07月13日 21:06