はるなんレポート

 

駅前にこわばった顔をしてたたずむ人物、それが私のお目当ての相手でした。
キリッとした猫目が印象的な小柄な少女の名前は、石田亜佑美ちゃん。
このM13地区に新たに赴任してきた執行魔道士であり、くどぅーとまーちゃんの親友です。
2人からはあゆみんとかあぬみんなんて呼ばれてるようなので、
せっかくなので私もここではあゆみんと呼ばせてもらいましょうか。

あゆみんがこの地区特有の肌を刺す魔力に身を固くしながら駅前にたたずんでいる理由は、
これから彼女の上司となる鞘師さんが迎えに来るのを待っているから。
……なんて言っている間にさっそく、鞘師さんがきょろきょろと辺りを見回しながら現れました。

「あっ」

「ど、どうも…」

2人とも人見知りする性格だけにぎこちない挨拶ですが、そんな中で、

「あ、唇の…」

という鞘師さんの思わずこぼれた呟きを、私の耳はしっかりと拾い上げていました。
2人は初対面ではないとはいえ、まず反応するのが唇とはちょっと驚きです。
さらに2人して歩き出した後、会話のついでに何気ない様子で
あゆみんのぽってりとした愛らしい唇を盗み見る瞬間もばっちりと目撃しました。

鞘師さんにはパーツフェチという隠れた性癖があるという情報は耳に入っていましたが、
どうやらあゆみんの唇が特にお気に入りとなっているようです。
これは要チェックな新情報ですね。


程なくして鞘師さんの住むマンションに辿り着きました。
一旦荷物を置いた後、あゆみんを自室に招き入れる鞘師さん。
普段は生田さんが淹れてくれた紅茶を飲むばかりの鞘師さんが、
新たにできた後輩をもてなすためにぎこちないながらも一生懸命に
紅茶を淹れている姿は、見ていてなんだか微笑ましい気持ちになります。

ただ、感想がほしいからなのか唇を眺めるチャンスだと思ったからなのか、
あゆみんが紅茶を飲む様子をじっと見つめているというのは、
あまり行儀のいい態度ではないとは思いますけど。

それでも、普段の鞘師さんのことを知らないあゆみんにとっては、
一見して優雅に紅茶を振る舞う姿は十分なハッタリになった様子。
(もちろん鞘師さんはハッタリのつもりでしていたわけではないですけど)
鞘師さんを見るあゆみんの羨望のまなざしがそれを物語っています。
普段のドジっ娘な鞘師さんを知った時に、そのキャップがあゆみんに
どのような感情の変化をもたらすのか、それもこれからの楽しみになりそうです。


「任務の内容については聞いてる?」

「はい。”大魔女”道重さゆみの監視・報告と、ここM13地区についての調査だと聞いてます」

「そっか…うーん」

2人の話題は今回の任務について。あゆみんの表情の硬さは、
一般的な協会魔道士が抱えている”大魔女”の恐ろしいイメージのせいでしょう。
道重さんに会えば、あまりの印象の違いにあゆみんも一発でやられてしまうでしょうけど、
その様子を眺めるのもまた楽しみの一つですね。


「…やっぱり、相当危険な任務なんですか?」

「危険…そうだね、気を抜くのは危険だね。
 実際うちも襲撃されたこともあるし…」

えっ? 道重さんがいくら鞘師さんのことを大好きだからといって
本当に襲うような度胸はないヘタレ……もとい、
大人の分別は持ち合わせているはずなのに、いつのまにそんなことを!? 
なんて妄想が一瞬頭を過ぎりましたが、さすがにそんなわけないですよね。
そういえば以前私も一緒にいた時に、蜘蛛の糸使いの魔道士に襲撃されたことがありました。

「とりあえず今から、道重さんの所に行こう」

「え?」

私が妄想の世界に囚われている間に会話は進み、
この後の2人の行先が道重さんの家に決まりました。
ただ、今2人に来られるとサプライズの準備があるから少々困るんですよね。
道重さんは、こんなことも想定して手を打っているから大丈夫だとは言っていましたけど……。

とは言ってもすぐに2人が動くわけではなく、
未だにぎこちない空気を残したまま残った紅茶のカップを傾けています。

「亜佑美ちゃん、さ」

「はい?」

「うちのこと、覚えてる?」


どこか照れたように笑って問いかける鞘師さんの言葉に、
一気に顔を赤らめるあゆみん。そう、2人は初対面ではないのですが、
あゆみんにとっては特に鞘師さんの存在は因縁浅からぬ相手なんですよね。

「魔法競技会の…」

「うん、そう!」

「忘れられるわけ無いじゃないですか。私本当に悔しかったんですから」

「そ、そうなの?」

「はい。まさか決勝まで勝ち上がって…失礼かもしれないですけど、同じくらいの歳の女の子が相手だなんて思わなかったですし、
 その人に自分が負けるなんてもっと思わなかったですもん」

魔法競技会決勝で鞘師さんに敗戦したことをきっかけに、
あゆみんは本格的に執行魔道士になろうと決意しました。
つまりあゆみんにとって鞘師さんは越えるべき目標であり、
心の奥底には嫉妬と羨望と、そしてなにより大きな憧れを持つという、
とにかく強く意識しないわけにはいかない、そんな存在なのです。

「あはは。うちもビックリしたのは同じだよ。でもなんか不思議だね」

「不思議、ですか?」

「また会えると思って無かったからさ。
 こんな形で会うことになるなんて、不思議だよ」

「…そうですね」

「でもまた会えて本当に嬉しい」


そんな因縁の相手に、無邪気な笑顔でこんな殺し文句を投げられたりしたら
思いっきり心を揺さぶられるのも仕方のないことでしょう。
あゆみんの顔が真っ赤を通り越してゆでだこのようになっているのも当然ですね。

鞘師さんも変に意識しだすと一気にグダグダになるくせに、
意識しない相手には自然体でさらりと殺し文句を言ってしまえるのですから、
ある意味とても罪深い人ですよね。
鞘師さんが本気であゆみんの存在を意識した時(どういう方向性でかはあえて触れませんが)、
2人の関係性がどう変化していくのか、それもまた楽しみの一つとなりそうです。


外に出て道重さんの家に向かう道すがら、また道重さんを題材に噛み合わない話をする2人。
印象的だったのは話の内容よりも、鞘師さんの余裕の笑みに
思わず見惚れたようになっているあゆみんの表情でした。
これは本当に鞘師さんにやられてしまったのかも……なんて思いたくもなります。

「あ、里保ちゃん」

「ふくちゃん、かのんちゃん」

そんな時にばったり出くわしたのが、譜久村さんと鈴木さんでした。
ばったりというか、どうやらこの2人が道重さんの「想定して打っていた手」のようですね。
2人との会話で今日のバーベキューのことを初めて知り、
自分が誘われていないことに拗ねた子供のようになる鞘師さん。


あんまりヘソを曲げていると、当初のイメージとのギャップで幻滅されてしまうかもしれませんよ。
なんて心配も、すでに好意的な感情を抱いているあゆみんには無用のものでした。
最初は驚いたようにしていたあゆみんも、表情のコロコロよく変わる鞘師さんに対して
可愛い人だとそれがうまくプラスの感想として働いたようです。
そんな風に簡単に感情の推移が読めてしまうあゆみんも、
どうやらとってもわかりやすい人のようですけど。


道重さんの家に向かう予定を変更して、初めての街を案内するという鞘師さん。
これって要するに街中散歩のデートってことですよね。
2人で色んな場所を散策するうちに、当初のぎこちなさも抜けてかなり打ち解けてきた様子です。
そして一通り案内して回った鞘師さんが最後に向かったのは、この街の展望スペースでした。

「うわー、すっごい」

「んふ、綺麗でしょ」

「はい!海が近いんですね」

「うん、海岸までも歩いてすぐだよ。今度あっちの方も行ってみよっか」

鞘師さんがどこまで意識しての行動かはわかりませんが、
というか間違いなく無意識でしょうが、デートの流れとしては完璧です。


ベンチに隣り合って腰かけた2人。いつしか会話も途切れがちになり、
なんとなく顔を見合わせては照れ臭そうに笑いあうその姿は、
傍から見ているとまさに初々しいカップルそのもので、なんだか甘酸っぱい気持ちに襲われます。

「あの、鞘師さん」

「んー?」

どうやら青春のおすそ分けを満喫するのもここまでのようです。
あゆみんの口調から、どうやらくどぅーとまーちゃんの話を
鞘師さんにしようとしているのだとすぐにわかりました。

ここでその話を出されてしまうと、今後のサプライズに支障が生じかねません。
それに2人を道重さんの家に案内するいい頃合いでもありますし、そろそろ潮時でしょう。
道重さんに報告する情報も、過不足なく集めることができましたしね。

道重さんに一番伝えたい一言は、もうずっと前から決まっています。
それは……。

これからは、鞘石も存分に楽しめそうですよ。


そして私は、何気ない様子で2人の側に歩み寄りました。

「あ、鞘師さん。こんなとこに居たんですね!」


(おしまい)

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最終更新:2015年01月21日 21:14