えりの知らない物語

 

――いつもどおりのある日の事 君は突然立ち上がり言った「今夜星を見に行こう」

えりぽんの誘いは、いつも突然でそして強引だ。

夕飯を食べ終え、自室で2人まったりしている時に、
えりぽんはいきなり腰かけていたベッドから勢いよく立ち上がり言った。

「今夜星を見に行こう!」

「今夜って、今から?」

「もちろん!」

「今からって、誰と行くのさ?」

「えりと里保の2人で」

うちが断るはずはないと、ハナから決めつけているような満面の笑み。
それがなんだか悔しくて、うちもせめてもの抵抗をしてみる。

「でも、こんな時間に出かけたら色々五月蠅く言われるんじゃない?」

「だから、2人でこっそり家を抜け出すっちゃよ。ドキドキして楽しかろ?」

結局、一度言い出したら聞かないえりぽんの強引な誘いを断れるはずもなく、
2人してこっそりと家を抜け出すこととなった。
誰にも見咎められることなくすんなりと外出できたのは拍子抜けだったけど、
おそらく当たり前のようにバレていて、ただ黙認されているだけなのかなとも思う。


2人の目的地は、街の展望スペース。
明かりもほとんどない上り坂を、えりぽんは「バカみたいに」という形容が
ピッタリくるほどはしゃいで歩いていた。

「えりもたまにはいいこと言うと思わん?」

「いやそういうのは自分から言うセリフじゃないし。というか『たまには』って自覚あるんだ」

ツッコミながら楽しげに笑いあう2人。

その時、足元がおろそかになっていたせいか、うちが躓いて転びかける。
そこでえりぽんが、さっと抱きとめて支えてくれた。

「ほら暗いけん里保も気をつけんと」

そして、うちの手を引きながら坂道をずんずんと進んでいくえりぽん。

トクンッ。

その時感じた胸の高鳴りは、きっと転けそうになった焦りによるものに違いない。
そう自分に言い聞かせながら、うちは黙ってえりぽんの後を懸命について歩いた。

家を飛び出した時分にはまだ落陽の名残が残り、ほんのりと青みがかっていた空も、
展望スペースに着いた頃にはすっかりと闇に覆われていた。
ここから一面見渡せるはずの綺麗な山並みも、この時間帯だと影も形も認識できない。


えりぽんとともに、芝生の上に寝転んで夜空を見上げる。
真っ暗な世界に彩られる一面の星々は、まるで降り注いでくるかのような
圧倒的なインパクトでうちら2人を包み込む。
今この瞬間、この世界にはうちとえりぽんの2人しか存在していないんじゃないか、
そんな錯覚すらおこしそうになる神秘的な光景。

えりぽん。
いつも2人で兄弟のように、いや姉妹のように過ごしてきた。
いつからだろう。うちはずっと、えりぽんの背中を追いかけ続けてきたような気がする。
それは、さっきえりぽんに手を引かれて歩いた時のように、
積極的なえりぽんに引っ張られてきたというだけではなく。
そう、うちの胸の内の想いとしても……。

「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」

えりぽんが夜空を指さすその得意げな声で、うちの夢想はあっさりと破られた。
魔道士にとっては、星占術も重要な技能の一つ。
つい最近2人で学んだ星の名前を、嬉しそうに披露するえりぽんが微笑ましい。

えりぽんの指の先にある夏の大三角。ベガが織姫で、アルタイルが彦星。
ベガの輝きはうちもすぐに発見できたけど、アルタイルの姿がよく見当たらない。
これじゃ織姫様が、独りぼっちで取り残されちゃうよ。

そこでまた、うちの思考が夢想の中へと引きずり込まれる。
えりぽんとうちしか存在しないこの世界。
うちのすぐ前には、側には、隣には、えりぽんがいるのが当たり前だと思っていたけど、
もしその姿が忽然と消えてしまったら……。
独りぼっちで取り残されたうちは、一体どうなってしまうのだろう。
この胸の内に閉じ込め続けてきたこの想いを、どうすればいいんだろう。


閉じ込め続けた想い?
そんなものは何にもない。うちは別にえりぽんに特別な想いなんか抱いていない。

強がるうちは臆病で、そんな時でも興味がないような振りをしていた。
だけど。
それに反発するように増していく、刺すような胸の痛み。

ああそうか。好きになるって、こういう事なんだ。

『どうしたい? 言ってごらん』

不意に響く心の声。

「うちは……えりぽんと一緒にいたい! ずっとえりぽんの隣にいたい!!」

今なら自分自身の想いも全て受け入れられる。今だったら素直に口に出せる。

だけど、真実は残酷だった。
あの日の思い出を最後に、えりぽんはうちの前から姿を消した。


言わなかった。……ううん違う。
言えなかった、この想い。
ずっと側にいたのに。いやずっと側にいてくれたからこそ、
えりぽんに何も伝えることができなかった。

二度と戻れないあの夏の日。煌めく星々。
目を閉じれば今でも鮮明に心に蘇ってくる。
えりぽんの姿とともに。


笑った顔も、怒った顔も、えりぽんの全部が全部、大好きだったよ。
おかしいよね。そんなこと、ずっと以前からわかってたことだったのに。

えりぽんの知らない、うちだけの秘密。

あの時、もしもえりぽんにこの想いを伝えることができていれば、
えりぽんはうちの前から姿を消すことがなかったんだろうか。

わからない。
今のうちにわかることは、ただ一つだけ。

うちは今後、あの日の後悔を抱えながら、
えりぽんへの想いをずっと胸に秘めて生きていくんだ……。





「里保……里保……!」

誰かに肩を揺さぶられてゆっくりと目を開くと、
そこにはうちの顔を心配そうに覗き込むえりぽんの姿があった。

えりぽん……。
うちの前から姿を消したはずなのに、なんでこんなところに?
わからない。わからないけど、今こそ伝えなきゃ。
あの時の後悔を繰り返さないように、うちの想いを全部えりぽんに伝えなきゃ!!

「えりぽん。うちはずっと、えりぽんのことが……」


「ちょっとはるにゃんこ歌下手すぎだよ!!」

優樹ちゃんの大きな声に言葉を遮られたうちは、そこでようやく夢から完全に覚醒した。
……そうだ、今日はみんなでカラオケに来てたんだっけ。

「ちょっとまーちゃん、たとえそれが事実だとしてももっと言い方があるでしょ」

「いやあゆみんのその言い方も何気にひどくない?」

「『君の知らない物語』とか、はるなんの歌うやつ知らんのばっかだし。
里保も思わず寝ちゃうくらいやけん相当なもんっちゃろ」

そうか、カラオケの最中に居眠りしちゃったんだうちは。
何か懐かしい夢を見ていたような。そうだ、3年前にえりぽんが突然
うちの前からいなくなった、あの時の夢……そんな気がする。

「良かったよはるなん。さゆみは存分に楽しませてもらったから」

「はい! ありがとうございます。道重さんからお褒めの言葉を頂けるなんて光栄です」

「はるなんがそんな素敵な魔法を使えるだなんて、さゆみも意外だったかな」

「この頃ラブコメ成分がちょっと足りないかなと思っていたので、私なりに頑張ってみました」

道重さんとはるなんが、ニヤニヤしながらうちとえりぽんの方を見てるのが気になるけど、
一体はるなんはどんな魔法を使ったんだろう。


「えー何はるなん、魔法を使ってうまく歌おうとしてたの?」

「魔法の使えない聖達がいる前で、そんなのずるいよはるなん」

「ずるっ子だずるっ子だ!!」

「でも魔法を使ってもあの歌唱力じゃ、全然効果がないんじゃない?」

「どぅーも十分にひどいよその言葉」

3年前のあの時、いきなりえりぽんがいなくなって、
悲しくて、悔しくて、腹立たしくて、そして……。
もっと何かとても大事な感情を、心の内に封じ込めていたような。
今まで見ていた夢の中に、その答えが零れ落ちていた気もするけど……。

「里保、次はえりの番やけんね」

えりぽんが、カラオケの画面を指さしてうちに話しかける。

今のうちは、3年前に封印した感情を無理にこじ開ける必要なんてない。
だってうちの隣には、こうしてえりぽんがいてくれるのだから。

「さっきみたいに居眠りせんでちゃんと聴いとってね」

「うん大丈夫。うちはもう、えりぽんから目を離さないから。これからずっと……」

――君が指をさす 無邪気な声で


(おしまい)

 

【参考】

昨日生田さんとのカラオケでも歌いましたよ
化物語の曲の『君の知らない物語』とか

(中略)

生田さんに、
『はるなんが歌うやつよく知らんのばっか』
って言われました(OvO)

http://ameblo.jp/morningmusume-10ki/entry-11888278682.html


「君の知らない物語」歌詞
http://www.kasi-time.com/item-43855.html

 

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最終更新:2015年01月21日 22:26