怪しい2人

 

「あぁ……今日もまた…………」

自室のベッドで一つ身動きした聖が、怯えた声で呟く。

聖が初めてそれを感じたのは、半月ほど前のことだった。
誰かが聖の二の腕を軽く撫でているような感触。
周りには自分以外おらず、ほんの数秒で治まったこともあり、最初はただの気のせいかと思った。

だがそれは、数日後にまた起こった。
今度は前回より感触もしっかりしており、目には見えぬ何者かに
柔らかく、だが執拗に二の腕を撫でまわされているのをはっきり自覚した。

それからほぼ毎日のように、その奇怪な現象は聖の身に訪れた。
発生する時間帯は午後から深夜の間の数分で、触れられる時間も徐々に長くなってきていた。
そして触られる部位も、始めは二の腕だけだったのが、
次はお腹を触られ、今日はついに太ももにまで見えない手を伸ばしてきた。

ただひたすらに身体を硬くしてそれに耐え続けた聖が、
ようやく感触が消えるとともに重いため息を吐く。
得体のしれない何者かに身体中を撫でまわされるという恐怖。
それだけでも苦痛の塊だったが、聖にはそれ以上に恐ろしいことがあった。

一度、今日も来てしまうだろうと身構えていたら、予想外に何もなかった日があり、
その時にホッと安堵するとともに、聖は確かに垣間見てしまったのだ。
自分自身の心の奥底にわだかまる、何もなくて物足りないと感じる破廉恥な感情を。

このまま、この見えざる手に己が身を委ね続けていたら、
いつしか自分も知らない自分の中の秘密の扉が強引にこじ開けられてしまうのではないか。

「聖、そんなんじゃないもん…………」

吐息交じりの呟きとともに、聖は自らの肩をギュッと抱きしめた。



「あ~美味しかった!」

「うん、生田さんの作る明太スパはいつもサイコ―だよね」

道重邸の昼食風景。
年少組の賛辞にもかかわらず、衣梨奈の表情は冴えないままだった。
理由は明確で、一緒に食卓を囲むべき人物が一人、欠けているのだ。

「りほりほはまだ家に閉じこもったままなの?」

「はい。新しい魔法の研究がいいところまで進んでるみたいで、
相変わらず独りでかかりっきりのようです」

「そうなんだ。研究熱心なのはいいけど、食事の時くらい一息入れて食べに来ればいいのに」

愛しのりほりほが来てくれないことで、さゆみも不満顔を隠さない。

「やすしさんポニョじゃなくなってたナウ」

「この前久々に顔を見た時、頬がこけてたまではいかないけどかなり痩せて見えたんです。
それで心配して大丈夫か聞いてみたら、『美味しいから平気』とかよくわからない返事で」


まーどぅーの報告に眉を顰めたさゆみが、生田の表情を確認してスッと目を細める。

「それで生田は、りほりほのこと以外にも何か心配事があるわけ?」

いきなりの指摘に驚いた衣梨奈だったが、素直に悩みを訴える。

「実は聖が、深刻な悩みを抱えているようなんです。
ただ何かあったのか聞いてみても、顔を赤くして俯くばかりで
まともに答えてくれんからどうすればいいのか困ってたんですけど……」

衣梨奈の言葉にさらに眉間の皺を深めたさゆみは、
腕組みとともになにやら考え込んでしまう。

「うーん、これは思ってたより面倒なことになってるのかもねぇ」

「道重さん??」

「とりあえず後でまた、りほりほを夕飯に誘ってみてくれる?
さゆみもさゆみなりにちょっとアプローチしてみるからさ」

一体さゆみがどのように思考を巡らせ、どのようなアプローチを考えているのか。
皆目見当もつかなかったが、事態を好転させる術を持たない衣梨奈は、
さゆみの言葉に望みを託して大きく頷いたのだった。



雑然と散らかった薄暗い室内。
片隅にある机の前で、里保が一心不乱に魔法の研究に勤んでいた。

机の上に置かれている一冊の雑誌。それはパンケーキの特集号で、
表紙には美味しそうなパンケーキの写真が、購買意欲をかきたてるように掲載されていた。

雑誌の上に掌をかざした里保が、目を閉じ集中を高めて呪文を唱える。
すると、里保の口内にパンケーキの柔らかな食感、そしてクリームの甘さ、
フルーツの爽やかな酸味などが徐々に広がっていく。

「……うん、美味しい」

しばらくパンケーキの風味を堪能し、集中を解いた里保が満足げに頷く。
写真に写ったモノを、まるで本当にあるかの如くに体感できる新魔法。
里保の研究が、ここにようやく実を結ぼうとしていた。

だが、里保にとっての本番はここから。
机の引き出しから一枚の写真を取り出す。
そこ写されていたのは、聖の姿だった。

ほんのり憂いと妖艶さを感じさせる、影のある美しい笑顔。
きめ細やかな肌質まで伴った、聖の特徴を見事に捉えた一枚だった。

さゆみ邸のリビングの隅に落ちていたこの写真をたまたま拾った里保が、
写真に写る聖のあまりの美しさに魅せられ、思わず「触れてみたい」という
欲求に駆られたことが、新魔法の研究を始めるきっかけとなった。


さすがに本人相手にべたべた触りまくるのは少々気が引けるし、
軽くならともかく執拗に触ったりしたらドン引きされる可能性も高くリスクが大きすぎる。
だが写真でなら本人に迷惑をかけることもなく、思う存分感触を堪能できて一石二鳥だ。

そんな考えから始めた研究だったが、その成果は期待以上だった。
おそらく写真写りの見事さが成果を高めているのだろうが、柔らかく吸い付くような
聖の肌質をはっきりと体感できるようになるまで、そう長い時間はかからなかった。

かなりの集中力と魔力を要することもあり、これまでは数分の持続が限界だったが、
魔法がかなり安定してきた今ならもっともっといけるはず。
今日こそは、時間を忘れて思う存分ふくちゃんの全身の触り心地を味わい尽くしてみよう。
そんなことを想像しただけで、里保のニヤニヤは止まらなくなるのだった。

その時。

突如、里保の背後に現れる圧倒的なまでの魔力。
全身が総毛立ち、頭の中が真っ白になり思わず立ちすくむ。
だが、ここまでの魔力を持つ存在など、里保の知る限り一人しかいない。

「じゃありほりほ、驚いたら負けだからね」

背中に投げかけられる楽しげな声。
やっぱり道重さんだ。でもなんでいきなりこんなことを!?

咄嗟に振り向くと、すぐ近くに満面の笑みのさゆみの顔が……どんどん近づいてきて…………

「!!?」

勢いよく里保の唇を奪った。

あまりのことに目を白黒させて硬直する里保。
唇を離したさゆみが、ドヤ顔でダブルピースを放つ。

「はい、りほりほの負け~」

そんなさゆみの声をやけに遠くに聞きながら、里保の視界は暗転し、
そのまま落ちるように気を失ったのだった。







鳴り響くケータイの着信音により、里保がようやく目を覚ます。

なんでうちは、机に突っ伏して寝てるんだろう? 今まで何をしてたんだっけ??

ボーっとした頭で周りを見渡すと、机の上にある雑誌が目に留まり、
そこに写っている美味しそうなパンケーキの姿に、里保のお腹が大きく鳴った。

「ああ、なんかすごいお腹すいたなぁ」

思わず呟きながらケータイを掴む。
そのディスプレイには、「生田衣梨奈」の文字が浮かび上がっていた。



ドタドタと廊下を駆ける足音とともにさゆみの部屋のドアがノックされ、
待ちきれないという勢いで衣梨奈が顔を覗かせる。

「道重さん! さっき連絡したら里保が夕飯に食べに来るって!!」

まさに喜色満面、身体全体に喜びが表れている衣梨奈に、さゆみの表情も自然とほころぶ。

「うん、それはよかった。
じゃあ腹ペコのりほりほのために、今日の夕飯はうんと豪勢なものにしないと」

そして何気ない調子で付け加える。

「そうそう、ふくちゃんの悩みも解決済だから、もう大丈夫だよって伝えといてくれる?」

さゆみの言葉に驚愕と更なる歓喜を加え、「わかりました!!」と
声を張り上げて飛び跳ねるように駆け出していく衣梨奈。
その様子を微苦笑で見送ったさゆみが、懐から一枚の写真を取り出すとため息を一つこぼした。

「それにしても、まさかこの写真がこんな困った騒動を引き起こすなんてねぇ」

里保が魔法の研究に使用していた聖の写真。
それは元々、さゆみが盗撮の魔法で里保の写真を撮りまくっている合間に、
ほんの気まぐれで収めた一枚だった。
その時の聖の表情があまりに魅力的だったため、思わず指のファインダーを向けて
激写したはいいものの、そのまますぐ存在を忘れてしまっていたのだけど……。
まさかそれが里保の手に渡って魔法の媒体として利用されてしまうとは、
さすがのさゆみも予想外の出来事だった。


「写真に写ったモノを、まるで本当にあるかの如くに体感できる魔法」

というだけなら誰に迷惑がかかるものでもないし、
(食べた気になってばかりで実際の食事を疎かにするのは少々問題だけど)
さゆみも余計な手出しをするつもりはなかった。

しかし、その媒体にさゆみが盗撮の魔法で撮った写真が使用されたことにより、
さゆみの念写に込められた邪な念と里保の魔力が過剰反応を引き起こし、
里保自身の気づかぬままに、魔法の効果が写真だけでなく聖本人にも及んでしまうという
思わぬ副作用を引き出してしまったのだ。

さすがに他人に迷惑がかかる魔法が、しかもさゆみの盗撮を発端として使われているとなると
見て見ぬふりをしておくわけにもいかず、今回さゆみが重い腰を上げることとなったのだが。

「せめて少しは役得もないとね」

あの時の光景を脳内でリピートして、独りニヤつくさゆみ。

事態の解決にさゆみが利用したのは、『奪う魔法』のアレンジバージョンだった。
本来の『奪う魔法』は負けた相手から任意の魔法と魔力を奪うが、
今回使った魔法は、負けた相手の記憶の一部を奪うことができる。

だからと言って勝敗を決するのに里保の唇まで奪う必然性はまったくなかったのだが、
どうせ里保の記憶が消えるのだからと開き直ったさゆみの暴走によるものだった。


ともあれ、里保から新魔法の研究の記憶を奪い、元凶となる聖の写真も取り戻したことによって
今後はもう同様の事件が起こることはないだろう。

これまでの盗撮写真をまとめた秘密のアルバムに聖の写真を加えながら、
さゆみがまた邪な考えを閃く。

「ふくちゃんの写真を使ってふくちゃん本人に色々できたんだったら、
これまで撮り溜めたりほりほの写真を使えば、りほりほ本人にあんなこともこんなことも
何でも好き勝手にやり放題じゃないの」

アルバムに収められた里保の写真を眺めながらしばし危険な妄想に耽るさゆみだったが、
ほどなくして、気を取り直したように大きく首を振る。

「ううん違う違う、駄目だってそんなの。
やるんならやっぱり本人に直接じゃないと楽しくないし。
いつか絶対みんなの前で堂々と、公開りほりほへのキスを披露して見せるの」

そしてさゆみは、キスの瞬間の里保の柔らかい唇の感触を思い出し、
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべたのだった。


(おしまい)

 

※参考レス

677 名前:名無し募集中。。。@転載は禁止[] 投稿日:2014/12/29(月) 09:17:36.93 0
「月刊エンタメ」 2015年2月号 モーニング娘。'14誌上忘年会 飯窪春菜×工藤遥
グループ内であった事件を語り尽くします!

事件 FILE07 「譜久村さん&鞘師さんが怪しいのでは!?事件」

――今年は新リーダーの譜久村さんが、グラビア展開でも活躍しましたよね。
飯窪 鞘師さんは、譜久村さんが載っている『ヤングガンガン』の
   ポスターを会社の壁に貼り、うっとりした表情のまま写真を
   撮っていましたね。あの2人、ちょっと怪しいと思うんです。
工藤 (笑)はるなんの言い方が一番怪しいよ!
飯窪 いや!これには根拠があって、『ヤンタン(MBSヤングタウン)』に
   鞘師さんがレギュラーで初めて出たとき、ゲストが譜久村さん
   だったんです。あの番組には「癒せません」というコーナーがあって、
   普通の単語を色っぽく発音するんですね。だけど、鞘師さんは
   ずっと苦戦していたんですよ。それで「フクちゃん、ちょっと二の腕
   触らせて」って触ったら、急にセクシーに読めるようになったんです。
   さんまさんにも「鞘師!お前、色っぽいことを言うときはずっと
   譜久村のことを想像してみ?」って言われていました。
工藤 すごいな~。鞘師さんすら虜にする譜久村さんのグラビア力。
飯窪 この前も出たばかりの写真集『アロハロ!モーニング娘。'14』を
   見ていて、譜久村さんのページになった瞬間、「・・・・・・柔らかい」
   って鞘師さんがつぶやきましたからね。目の前にあるのは、
   ただの紙なのに(笑)。
工藤 でも鞘師さんって、たしかにそういうところあるんですよ。
   この前も、なんかの料理の写真を見て「美味しい!」って
   言ってましたから。「美味しそう」じゃないんですよ。想像力が
   豊かすぎて、鞘師さんの中ではすでに食べたも同然なんです(笑)。

 

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最終更新:2015年01月21日 22:51