ハロウィンの怪談 ~REVERSE~

 

壁に掛かる燭台の灯りにうっすらと照らされた、武骨な石造りの玄室。
大きな魔法陣が描かれた床の中央で、結跏趺坐を解いたあたしは一つ大きなため息を吐いた。

ほどなくして、すぐ側の空間が歪み、瞬間移動の魔法で一人の少女が姿を現す。

「お帰りこんこん。そしてお疲れさま」

「ただいま~。ガキさんもお疲れさま」

心地良い疲労感に包まれたあたし達は、満足げに顔を見合わせた。



放浪の旅を続けていたあたしがこのT7王国へとやってきたのは、
ちょうど一週間ほど前のことだった。
ここに来るまでに立ち寄ったいくつかの王国と違い、
あまり整然としておらず悪く言えばチープな、でも雑多で活気のある街並み。
こういう雰囲気は、あたしも嫌いではない。

あたしがこの国に立ち寄ったのは、懐かしい友人に会うためだった。

「あらガキさん久しぶり~。こんなとこで会うなんて驚きだね~」

後ろからのんびりした声をかけられて振り向くと、そこには目的の人物の姿があった。
事前に何のアポもなく来てしまったけど、こんこんならきっとすぐに気づいてくれる。
あたしのそんな確信は、やっぱり間違っていなかった。


「久しぶり、こんこんに会いに来たよ」

「そうなんだ、嬉しいこと言ってくれるね~。
こんな遠いところまで疲れたでしょ。これ食べる?」

「いきなりそれ? ホント変わんないねぇこんこんも」

小脇に抱えていた袋から干しイモを取り出し勧めてくるこんこんに、
あたしが思わず呆れたようにツッコミを入れ、そして2人はあの頃のままに笑いあった。


その日の夜は、こんこんがささやかな晩餐に招いてくれた。
テーブルいっぱいに並べられた美味しそうな料理の数々。
おイモ系が多いのは明らかにこんこんの好みだし、
この料理のほとんどが結局はこんこんの胃袋に収められてしまうのだろう。

「それにしてもこんこんが宮廷魔道士だなんて、すごいよね」

「まあねぇ。昔からの夢だったから」

「初めて聞いた時はビックリしたけど、昔から大器晩成と言われてたこんこんだから納得だよね」

「大器晩成? ただの落ちこぼれの間違いでしょ」

自虐でも皮肉でもなく、サラリとそんな言葉を吐けるのがこんこんらしい。

 

「でもこの国って、前はT12王国って呼ばれてたんじゃなかったっけ?」

「うん、昔はそうだったんだけどねぇ。色々あって国替えが発生してね。
しばらく落ち着いてるけど、この地域は幾つもの王国がひしめく群雄割拠の戦国時代だからさ。
今でも隣国同士の小競り合いは日常茶飯事だし、面倒なことも結構多いのよ」

「ふーん、なかなか大変なんだ」

「例えばT9王国なんかは新興の弱小国だけど、DXマムを始めとした
個性的で癖の強い魔道士が何人も力を貸していて、結構侮れない存在になってるんだよね」

あたしも聞いたことのある、知る人ぞ知る大魔道士(主に体格が)の名前を口にするこんこん。

「まあ、あたしなんかとは違って国専属の魔道士ってわけでもないし、
ありがたいことにDXマムには個人的に目を掛けてもらってるから、
今のところは特に問題があるわけじゃないんだけどさ」

政治を語るこんこんというのは、なんか見ていてとても新鮮だ。

「あたしのことよりガキさんの話をもっと聞かせてよ。
これまで放浪の旅で色々あったんでしょ?」

次はあたしが主に喋る番となり、こんこんは箸を止めることはなかったものの
興味深げにあたしの話を聞いてくれた。
こんこんが食べる分、あたしもチビチビとお酒を飲み進めていき、
段々といい感じで口が軽くなってくる。


そして話題はいつしか生田のことへと移っていった。
さゆみんが弟子を取ったという話に、噂には聞いていたけど本当だったんだと驚くこんこん。

「あの時、さゆみんが生田と一緒にあたしの元へやって来て、
それをきっかけに生田がさゆみんの弟子になってから、
気づけばもう3年も経つなんて、ホント時が過ぎるのは早いよね。
生田はちゃんと世界一の魔道士目指して頑張ってるかなぁ。
さゆみんからどこまでのものを感じ取って何を吸収できているか、
生田も変なところで頭が固いから心配ではあるよね」

「そんな気になるんなら、成長を確認しに直接会いに行けばいいじゃない」

「生田が世界一の魔法使いになったら自分の力で会いに来るって言ってるのに、
心配だからあたしの方から会いに来ちゃいましたなんて、
そんな情けないことできるわけないでしょうが。
なんなら、こんこんが代わりに生田の様子を見に行ってきてよ」

今にして思えば、その軽い一言が余計だったのかもしれない。

「そうだねぇ。じゃああたしが会いに行こうか」

「えっ??」

まさか本気にされるとは夢にも思っておらず驚愕するあたしを尻目に、
こんこんは何かスイッチが入ったかの様に、ポテトグラタンをつつきながら構想を進めていく。


「ただ様子を見に行くだけじゃつまんないよねぇ。
成長を確認するにはやっぱり本気の姿を見せてもらわないと。でもどうしたらいいかな……。
そうか。来週はハロウィンだし、お化けに仮装して脅かせばいいんだ。
ねぇガキさん、あたしに一番似合うお化けってなんだと思う?」

「お化けなんてそんな凝らなくても簡単なのでいいんじゃないの。それこそ口裂け女とか。
こんこんだったら『食いしん坊の口裂け女』ってところじゃない?」

「アハハハ、レトロな選択がガキさんらしいけど、それも悪くないかもねぇ」

あたしのテキトーな返しも、こんこんは意外にも気に入ってしまったようだ。

「じゃあ今のうちからM13地区に『食いしん坊の口裂け女』の噂を流しておいて、
ハロウィン当日に本人と接触するか、または生田の友達に接触して
呼び出す手伝いをしてもらって、どこかの公園辺りで実力を確認するって感じかな。
うーん、どうにかなりそうだけど、なんかもう一捻り面白いことがほしいなぁ……」

大学イモを頬張りながら、しばらく熟考に沈んでいたこんこんが、
不意に何かをいいことを閃いたらしく、大きな瞳を輝かせてあたしに訊ねた。

「ねえガキさん、できることなら自分で生田の成長を確認したいよねぇ?」

「まあ、それはそうだけど……」

「ガキさんが生田と直接会わなければ、何の問題もないってことだよね??」



こんこんが軽く指を鳴らすと、薄暗い玄室が瞬時に明るくなる。
そしてこんこんは、部屋の隅にある机の引き出しから芋ケンピの袋を取り出し食べ始めた。

「ちょっとこんこん、ついさっき鞘師のドーナツを全部平らげたくせにまた食べるの?」

「あれだけ色んな魔法を使ったらお腹も減るじゃない。
それにその原因の半分以上はガキさんにもあるんだからさ」

そう言われてしまうと、あたしも強い言葉は返せなくなってしまう。

「でもまあ、上手くいってよかったよねぇ。
ぶっつけ本番だったからあたしもどうなるかちょっと不安だったんだけど」

「確かに。いくらこんこんの魔力を借りてるとはいえ、
あたしも憑依の魔法なんて初めて使うから緊張したよ。
でもこんこんが上手にあたしの姿に変身してくれたから、
思っていた以上にしっくりと動けてホント助かったけど」

こんこんが閃いた「いいこと」、それは憑依の魔法の活用だった。
魔法を使ってこんこんがあたしの姿に変身し、あたしが憑依の魔法でその身体を借りる。
そうすれば、生田にとってそれはあくまでこんこんの変身した姿でしかないけど、
実質的にはあたしが自分で生田の成長を確認できる。

そうこんこんに提案されて、その時はお酒が進んで酔いも回っていて
気が大きくなってることもあって軽い気持ちで承諾してしまったのだけど、
よくよく考えれば憑依の魔法なんてそう気軽に使えるレベルの魔法じゃない。
つくづく何のアクシデントもなく無事に済んでくれてよかったと思う。


「だからって調子に乗って動きまくり魔法を使いまくりなんだからさぁ。
実際に疲れるのは身体を使われてるあたしの方なんだからね」

「ごめんごめん。生田の本気に付き合ってたら、こっちもつい熱くなっちゃってさ。
それよりどうだった? 初めて生田と接してみて」

「う~ん、なかなか面白い娘だね。さゆが弟子として受け入れたのもわかる気がするよ。
世界一の魔法使いになれるかどうかは別にしても、今後が楽しみじゃないかな。
でも、あたしのことなんかよりまずガキさんでしょ。久しぶりの再会はどうだった?」

「まだまだ粗が目立つよね。もう少し周りの状況判断がしっかりできるようにならないと。
まあ最後にはあたしから一本取ったんだから、成長は認めてあげないといけないけどさ」

あたしの言葉に、こんこんがクスクスと笑いだす。

「ねぇガキさん。頑張って鹿爪らしく批評しようとしてるのはわかるけどさ、
嬉しそうな顔が隠しきれてないよ。
久しぶりに可愛い後輩に会えて嬉しかったって、素直にそう言えばいいじゃない」

「べ、別に会えて嬉しいとかそんなんじゃなくて、
あたしは純粋に生田の成長が気になってただけだし。
まあでも、生田にバレることなくこうやって久しぶりに会える機会を
作ってもらえたというのは、素直に有難かったけどね。……どうしたのこんこん?」

あたしの言葉にいきなり笑いを止めたこんこんが、
驚いたようにまん丸な瞳をさらに大きくさせてあたしの顔を覗き込んできた。


「ガキさん、それって……本気で言ってる?
生田相手にあれだけのことを語っておいて、それでもバレてないと思ってるの??」

「いやいやいやいや、生田のことだから大丈夫でしょ。さすがに気づくわけないって。
あくまでこんこんが変身しただけの姿だって本人にも念押ししておいたしさ」

あたしの否定に、こんこんが珍しく呆れたように大げさなため息をつく。

「ガキさんってしっかりしてそうに見えて、たまに抜けてるところあるよね。
まあガキさんがそう思ってるんなら別にいいけどさぁ。
それよりガキさん、明日の約束はちゃんと覚えてるよね」

「明日一日こんこん食べ歩きに付き合うんでしょ。心配しなくても覚えてるよ。
どうせあたしは、食べてるこんこんのことをほとんど眺めてるだけだろうけど」

「う~ん、楽しみだなぁ。
明日も早いし、疲れも残ってるし、今日はゆっくり休んで明日に備えよっか」

そしてあたしは、浮き浮きのこんこんに引きずられるようにして玄室を後にした。


ねえ生田。
次に会える日がいつになるかはわからないけど、
世界一の魔法使いになってあたしのことを迎えに来てくれるのを、
ずっと楽しみに待ってるからね。


(おしまい)

 

「ハロウィンの怪談」もこれで本当に全てが完結です。

「~REVERSE~」なんて大層なタイトルですが、
別視点で残った謎を回収するという程度の内容です。
まともに戦闘シーンなんて書けないくせに勢いで挑戦してしまい途中で後悔もしましたが、
どうにか生田主役の話とそしてガキさんのことが書けてホッとしています。

こんこんは今後外伝に登場する機会があるかはわかりませんが、
もし出てくることがあったら生暖かく見守ってもらえれば幸いです。

 


ハロウィンの怪談 ~TRUTH~

 

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最終更新:2015年01月23日 19:59