(29)948 『星の夜に願う』






「あれ?たんざく」


病院の廊下にひとつ、落ちていた短冊を拾い上げる。
辺りを見回したが笹が置いてある気配はもちろんなく、
昨日片付けたときに落ちてしまったものだろうと想像することができた。
7月7日はあいにくの曇り空だった。そして今日は憎たらしい程の晴天
あと1日早かったらよかったのに。そう溜息をついたのは絵里だけじゃないはずだ。

くしゃりと折り目のついてしまった短冊を絵里は丁寧に伸ばした。
子どもの殴り描きと、その隅に書かれた綺麗な文字。

『思い切り走り回れる、元気な子に育ちますように』

病院に、しかも絵里と同じ病棟にいるのだ。きっと何らかの疾患があるのだろう。
絵里は懐かしむように目を細め、短冊を撫でた。






   絵里が無事に1歳の誕生日をむかえることができますように

   絵里が無事に2歳の誕生日をむかえることができますように

   絵里が無事に3歳の誕生日を――――…

   絵里が無事に4歳の―――………

   絵里が、えりが、―――――――――――――――………







母の願いはいつも謙虚だった。
ずっとこの先まで元気に過ごせるように、だなんて。
目に見えない時を願うほど贅沢ではなかった。

今からあと5ヶ月と少しでいい。せめて絵里が1歳の誕生日を迎えられますように
精一杯の願いを込めて、母は毎年丁寧に文字を連ねた。




  絵里がどうか、二十歳の誕生日をむかえることができますように





もうしばらく母とは会っていない。義務教育が終わる頃、理不尽に父が引き離してしまった。
けれども絵里はいつでも母が書いた短冊を、どんなたくさんの願い事の中からも見つけることができたし
変わらずの願いに溢れるほどの愛を感じた。
そして今年も、もちろん。



  絵里がどうか、21歳の誕生日をむかえることができますように





絵里は拾った短冊を手のひらに乗せた。


「この子がどうか、思い切り外を走り回れる、元気な子に育ちますように。
 お星様、1日遅れてごめんなさい。でもきっと、叶えてください」

窓から空へ向かって手のひらの風に乗せて運ぶ。
オレンジ色の短冊はひらひらと風に舞い、天高く昇っていった。

「それからお星様ありがとう。絵里は無事にハタチになれましたーーーっ!
 それからおかーーさぁーーん!!
 絵里はぜぇったぁぁぁい、21歳になるからねーーーーっ!!!!!!」


雲ひとつない空に、声は届いただろうか。


「あ、あとーーーっ!にんじんが食べれるようになりますようにーーーっ!」


遠くの母へ、声は届いただろうか。
最終更新:2014年01月17日 17:54