(30)500 『狂犬は夕日に咆哮する』



ジリジリと、温度が上がっていく。
目の前のこいつと、アタシの間から熱が立ち昇っていくようだった。
エアコンまで壊すんじゃなかったよ。アタシは暑いのは嫌いなんだ。

―こいつ、ただもんじゃねえな。

アタシの勘がそう告げていた。言っとくけど、アタシの勘はよくあたるのさ。
破壊しつくされた研究施設に転がっている屍どもを見下ろしながら、アタシは言った。

「まだ、生き残りがいたのかい」

アタシ等組織の敵は、リゾナンターだけじゃない。
人間どもの中にも、アタシ等に対抗しようって身の程知らずがいる。
組織の存在を嗅ぎつけた政府のお偉いさんの肝煎りで、大層な研究施設なんか作りやがるのさ。
勿論そんな奴らの存在は許しちゃおかない、だからアタシがここにいるんだ。

「ずっと隠れてれば一人くらい見逃してやっても良かったんだけどねえ」

嘘だけどな。

「私は隠れていた訳じゃない。まだ起動していなかっただけだ」
「ハァ?」
「起動していなかったと言ったんだ」
「別に耳は遠くねえよ」
「私は対能力者用に開発された、サイボーグ、type-S」
「ハァ?ノートパソコンかよ」

嫌味ったらしく言ってやったけど、奴はピクリとも表情を変えない。


「魔女ミティ。正義の名のもとにお前を粛清する」
「笑わせてくれる。長生きしたくないのかい」
「私の寿命は、もって数年だ」

…そうかい。じゃあ――

「正義だ何だと能書き垂れてる暇はないね。さあ、殺し合おうぜ」

とびっきり鋭く、残忍で、高貴な微笑を唇に張り付けてやった。
微笑のトリガーが、アタシ等のたたかいの幕を開け放った。

奴が距離を詰めようとした瞬間、こっそり作っておいたミティ様自慢の氷の槍が奴の背後から襲いかかる。
こういうのは卑怯って言わないのさ。敵とのんびり話す奴がマヌケなんだよ。
が、どうやら奴はマヌケじゃなかった。と言うより、アタシの想像を超えていた。

奴が速すぎて槍が当たらない。マジかよおい。
とんでもないスピードで懐に滑り込んできやがった。
奴と目が合った。

――次の瞬間、アタシは壁に叩きつけられていた。

「ごふっ!」

わき腹が熱い。肋骨がいってやがる。
蹴りを食らったのか。くそっ、なんてザマだい。
このミティ様が食らうまで何をされ――うっ

「げえっ」

反吐に血が混じってやがる。


「今日は記念日になる」

床に這いつくばるアタシを(事もあろうに!)見下ろしながら、奴は言った。

「魔女の死と、正義が反撃の狼煙を上げる、輝かしい日になる」
「フン、随分なめた口をきいてくれるじゃないか」
「私の耳には虚勢にしか聞こえないな」
「このミティ様を見くびったのが、お前の敗因だ」

単純に速くて強い。アタシの一番苦手なタイプだ。
じゃあどうするかって?――決まってんだろ
速くて強くなくすればいいのさ。
精神を集中し、能力を発動すると、たちまち奴の膝から下が氷に包まれていく。
すかさず更に、空中に無数の氷の槍を作り出す。
結構な重労働だけど、アタシを怒らせた報いだ。とことんやってやるよ。

「どうだい?動けないまま殺される心境は」
「…」

奴は無言でアタシを見つめている。気味が悪い程、真顔だった。
表情をどっかに置き忘れて来たのか。まあいい。

「串刺しになりな!」

無数の氷の槍が奴に殺到した瞬間、奴が、消えた。

―!

氷の槍をかいくぐって、一直線にアタシに突進してきやがる。
何故だ?何故動ける!?


―やばい!

咄嗟に頭をガードした腕ごと、奴の回し蹴りがアタシを吹っ飛ばした。
右腕があらぬ方向に曲がってやがる。くそっ、枝じゃねえっつうんだよ。
激痛で目の前がクラクラしてきた。

「G-コーティング」

ぼそり、と奴が言った。

「私の体表は、特殊なコーティングを施されている。ダークネスとは異なる体系の科学が生み出した、技術の結晶だ」

その後に続く奴の言葉は、さすがのアタシも耳を疑いたくなっちまう内容だった。

―G-コーティング

奴の体の表面を保護するそれは、奴の生体エネルギーと反応して特殊な防護フィールドを形成し、
数百度の高熱から超低温まで耐え得る。つまり、燃やそうとすれば冷たくなって、凍らそうとすればクソ熱くなるって事らしい。
元は有人深海探査、ひいては宇宙空間での船外作業にまで視野に入れた技術を転用したもんなんだと。
奴はそういった意味の事を、小難しい科学用語を織り交ぜながらグダグダ説明しやがった。

バカかこいつ。
得意げな面ぶら下げやがって。
んな訳の分かんねえ事くっちゃべってる暇があったら、とっとと止めを刺しにきやがれ。

「そのG何とかってのの為に、人間を捨てたか」
「私が捨てたのは寿命だ」
「機械に命を乗っ取られてんじゃねえか」
「正義に犠牲は付き物さ」
「ぬかせ」


このアホを料理する手を思いついた。あんま気が進まないやり方だけどね。
奴の面を睨みつけたまま、足に力を込める。
よし、いける。まだ立ち上がれる。

「まだ立ち上がるのか。無駄なあがきをする」
「無駄かどうか決めんのはお前じゃねえよ」
「魔法が通じない魔女ほど惨めなものはないな」

…こいつは、根本的に分かってねえな。
これから思い知らせてやる。たたかいが、どんなもんかって事をね。
一歩、そしてまた一歩と、奴に歩み寄る。

奴の眼前でアタシは思いっきり唇を吊り上げてやった。
そうするとねえ、このミティ様の顔がどうなるか分かるかい?
とびっきり美しく、優雅で、恐ろしい、お前らが見たら即座にひれ伏しちまうような、そんな微笑が浮かび上がるのさ。

「かかってこいよ。機械め」
「どうした?遂に気がふれたか」

至近距離から奴の顔めがけ思いっきり拳をぶっ放す。
余裕でかわされた。まあいい。ここからだ。
奴の狙い澄まされたカウンターパンチがアタシの顎目がけ素っ飛んでくる。
文句のつけようがない程、正確で強烈。
でもねえ、だからこそお見通しなんだよ!

ちっ

奴の拳がアタシの頬を掠めていった。
頬がパックリ割れて血が噴き出しているのが分かる。我ながらよくかわせたもんだ。

「捕まえた」


奴にしがみ付いて、アタシは全霊の力で能力を発動した。
正真正銘のフルパワーって奴だ。
みるみるアタシと奴の体が氷に包まれ、あっという間に首から下は氷の彫刻の出来上がりだ。

「どうだい?寒いかい?」
「魔女が追い詰められて、自暴自棄になったか」

奴のなんちゃらコーティングの力でアタシ達を包む氷がどんどん溶けていく。
すかさず能力を振り絞って溶けていくそばからどんどん凍らせる。
我ながら寒さで気が遠くなってきた。でも、これで奴の動きは封じたよ。

「私の生体エネルギーとお前の能力の我慢比べをするつもりか。相討ちに持っていきたいのだろうが無謀だ」
「アタシは勝つ事しか考えてねえよ」
「尚更理解不能だな」
「ふん…ふふふ」
「何がおかしい?」
「そういやさっきからアタシの事を魔女って呼んでるけど、アタシのもう一つの異名、知ってるかい?」
「異名?」
「狂犬さ!」

そう言ってアタシは口を開いて、氷の牙を作り出す。
そして、奴の首筋に、思いっきり喰らい付いてやった。
血の味が口ん中に広がった。気味が悪いねえ、ドラキュラの真似ごとなんざ。

「なんの…つもりだ」

痛みに歪んだ声で奴が言った。バカか。この状態で喋れる訳ねえだろ。

「そんな物で私を倒せると思うな」


うるせえ。分かってるよ。
こっからだ。
外から凍らせられないんなら、内側から凍らせてやるよ。
アタシは正真正銘のフルパワーで能力を発動しながら(ここがアタシの凄い所なんだけど)更に力を振り絞って新たに能力を発動した。
冷気を奴の首筋から全身へグングン流し込んでいく。
これならG-コーティングも意味ねえだろうが。

アタシを怒らせるとどうなるか、思い知ったかい。
軽々しく正義を口にしやがって、なめんじゃないよ。
アタシが言うのも何だけど、お前が正義だと思ってんのはまがい物さ。
本物の正義ってのは、あいつらは、どんな状況でも命を自分から捨てるような真似はしない。
どんなに惨めでも、どんなに苦しくても、あいつらは諦めない。

そういう奴等と長い事たたかっているこのミティ様もそうさ。
どんなに追い詰められようが、この牙は折れないよ。


――どれくらいの時間が経っただろうか。
流石にもうフラフラだ。
体中痛えし、力もスッカラカン。まったく、とんだ災難だったよ。
アタシの目の前には、さっきまでサイボーグだった奴の氷像が立っていた。
奴の命も一緒に凍らせてやった。もう二度と、起動する事は無い。
フン、自分の命にしがみ付けないアホは、そこで永遠に死に続けてやがれ。

「べっ」

奴を睨みつけたまま地面に唾を吐いた。血と氷が混じっていた。
踵を返し、研究施設を出ると、夕日がギラギラとアタシの目に飛び込んできやがる。
やだねえ、この時期の太陽は、夕日まで容赦ねえよ。



最終更新:2014年01月17日 18:17