(30)922 (俺シリーズ9)



「…もうあのコ達には近づかないことね…。でないと皆、死ぬわよ…。」

出た、また出たよこの女のインチキ予言が…。
此奴、二言目には死ぬわよとか不吉な事ばかり言いやがって馬鹿じゃねぇ?
…と、昼間の俺ならインチキ女の“お告げ”に失笑していただろう。
だがリゾナンターの恐ろしさをまざまざと見せつけられた今となっては悔しいがインチキ女に同意せざるを得まい…。
そう、俺の本能が告げている。“リゾナンターには絶対に手をだすな”と。

「近付くな、か…。おもしれー。かおりんにそんな事言われたらさ、益々戦いたくなってきたぜ。」
「大体ダークネスがあんな子供の集団に負けっぱなしで引き下がれるかっての。オイラの手で全員血祭りにあげないと絶対に気がすまないし。」
…多分、身長的にはお前の方が子供だと思うんだがな…。
そんなチビへのツッコミは俺の胸の内に仕舞っておこう。口に出したら今度こそ殺されるし。
しかし、本当に血の気の多い二人だな。今回ばかりはインチキ女に素直に従っていた方がお前らの身の為にもなるってのに。
「待ちなさい、二人とも。」
そんな俺の思考が伝わったのだろうか、俺の隣の席の『天使』が二人を諭す。

「貴方達、圭織の言葉が聞こえなかったの?これ以上あのコ達と関わると今まで以上に無駄な犠牲者が沢山出るのよ。そんな事私は見過ごせないわ。」
先程までニコニコ笑っていた『天使』とは思えない程のシリアスな面持ち。
好戦的なあの二人とは対照的に『天使』は争い事は好まない性格なのだろうか。
「ちょっと待ってよ。まさか、なっちまでアイツらにビ…」
ビビってるんじゃ…。きっとチビはそう言いかけたのだろう。
だが、チビが言いかけたその言葉は次の瞬間『天使』から発せられた圧倒的な威圧感によって飲み込まれてしまった。


そして『天使』は立ち上がり、この日一番の大きな声を室内に響き渡らせた。
「みんな、よく聞いて。ダークネス最高幹部安倍なつみが貴方達全員に厳命します。今後一切、リゾナンターと接触する事を禁止とします。この命令を違えた者は厳罰に処します!」
『天使』の言葉に沈黙する室内。
あれ程血気盛んだったイケメン女もチビも納得した表情こそしていないものの、『天使』の命令には従わざるを得ない様子だ。

無理もない。この『天使』が醸し出す圧倒的なオーラを目のあたりにして彼女に物言える人間など皆無であろう。

「残念だったわね。なっちにここまで言われたらリゾナンターの事は諦めるしかないわね。今日の会議はこれで終了でいいかしら?マルシェ。」
聖母が帰り支度を始めている。リゾナンター対策が本日の議題だ。
『天使』からあの“お達し”があった以上もう議論の余地はないだろう。
嗚呼、今度こそ俺の長い一日が終わりそうだ…。
「待って下さいよ。申し訳ありませんが安倍さんのその命令に従う訳にはいきませんね。」
やっとこの場から解放される…。そんな俺の淡い願望は『天使』の威光にも屈しない一人の女の発言によって、再び打ち砕かれた。

「ハハ、安倍さんに逆らうなんてマルシェはロックだなぁ。」
異様なムードを察してか、イケメン女が茶化すように間に割って入るが、どうやら張り詰めたこの重い空気を変えるまでには至らなかったようだ。
「リゾナンターは我がダークネスの強力な戦力になる逸材ばかりです。そんな一級品を目の前にして黙って見過ごすなんて私には出来ませんね。」
「あなたの私的な欲求の為に組織の兵士を犠牲になんて出来ないわ。」
「心外ですね。私は常に組織の利となる提案以外しませんよ?」
ヤバい、ヤバいよ…。『天使』の顔付きが明らかに変わっているぞ…。


先程チビが俺を殺そうとした時より数倍恐ろしい視線を白衣の女に向けている。
だが、『天使』をそんな形相にさせた張本人は、全く臆することなく相変わらずニコニコした表情で呑気にお茶を啜っているではないか。
「もう一度だけ言うわ。リゾナンターと接触する事は私が絶対に許しません。」
「すいません。安倍さんのお言葉と言えども今回ばかりは従えませんねぇ。」
あの女、一体何を考えているんだ?ダークネスの研究員は全員非戦闘員の筈。
どんな強力な能力者でも平伏すだろう『天使』に逆らうなんて、正気の沙汰とは思えない。

いや、それ以前にこの組織では上官の命令は絶対だ。逆らえば即刻粛清の対象になる事はあの女も重々承知している筈なのに…。
「マズいってマルシェ…。今のうちに謝ったほうがいいよ。」
チビもこの緊迫感に耐え切れないのか、白衣の女に『天使』への謝罪を促す。
するとチビの蚊の鳴くような声に応えるかの如く白衣の女は一つ息を吐き、こう切り出した。
「実は内密にしていたのですが、リゾナンター捕獲計画はもう始まっています。既に『救世主G』には彼女達の勧誘に向かって貰いました。」

白衣の女から突然飛び出した“爆弾発言”に会議室内は騒然となった。
先程まで鬼のような形相をしていた『天使』も驚きの表情を隠せない様子だ。
そんな中、聖母がある一つの重大な事実に気付く。
「ちょっと待って。『G』が動いたという事はつまりそれって…。」
「何だそれ。マルシェの計画にボスが加担してるって事じゃねぇか!」
…そうだ。そういえば俺も噂で聞いたことがある。
『救世主G』の戦闘能力は余りに強力すぎて危険な為、出撃の際には必ずボスの“認可”が必要なのだと…。


相変わらず抜け目がない女だな。いつの間にボスにそんな話つけたんだ?」
怒りとも呆れとも取れるイケメン女の言葉に満足そうに白衣の女は微笑んだ。
「先日、偶然ボスとお会いできる機会がありましてね。この計画の話をしたら、二つ返事で承諾して頂けましたよ。『面白そうやん、アンタの好きにしたらええ。』ってね。」
成る程、この女が『天使』に対してここまで強気な理由が漸く分かった。
そりゃそうだ。『天使』と互角の力を持つ『G』、更にはダークネスの頂点に君臨するボスまで味方につけているんだから。

「ボスからの命令書も預かっています。今からボスのお言葉として代わりに読ませて頂きますので、皆さん心して聞いて下さいね。」
白衣の女が内ポケットからボスからの命令書を取り出すと、幹部全員が起立し、敬礼した。
チビも、イケメン女も、聖母も、そして『天使』までも…。
慌てて俺も立ち上がり頭を下げると、白衣の女は声高々と文を読み上げた。
「ダークネス総帥・中澤裕子が皆に厳命する。必ずリゾナンター全員を我が軍門に迎え入れよ。任務に失敗した者、更には我の意に反する者は厳罰に処する。」



最終更新:2014年01月27日 18:11