(32)242 『Have a good day!3~in my heart~』



――――AM 8:22 メルヘンステージ

「あーもう、大丈夫かなーあの三人は」

ガキさんがこのセリフを言うのはこれで4回目。
絵里の言い出したあの提案が、ガキさんを悩ませているみたいだった。
ごめんねガキさん、絵里がアホで。
心の中で代わりに謝っておく。

「大丈夫ですよ~。もーガキさんは心配しすぎ!」

だけど当の絵里はまったく気にしてない。
むしろ、いいことしたあとみたいな清々しい顔してる。
なんて言うんだっけ、こういうの。
親の心子知らず?うーん・・・



あの時、絵里は自信満々な顔でこう言った。

「休園なんて気にしなければいいんですよ~」



ようするに、こういうことらしい。

小春ちゃんとリンリンがどうしても動物園に行きたいなら、行っちゃえばいい。
女の子二人が忍び込んだくらいじゃ大して迷惑はかからない。
見つからなければいいんだし、仮に見つかっても怒られるのをちょっと我慢してればすぐ釈放だ。
いざとなったら色仕掛けと実力行使でどうにかしちゃえ。
大丈夫。
絵里はついていかないけど、神様は見ていてくれています、とかなんとか。

話を聞いてたみんなの顔が、「は?」からだんだん「うわぁ・・・」って感じに変わっていくのがわかった。
お願いみんな、絵里を怒らないであげて。
絵里はただアホなだけなの。人よりちょっと発想がてきとーなだけなの。
そうやって(声に出さずに)絵里の名誉を守ってあげたところで、さゆみはガキさんの顔を見た。
ガキさんなら、絵里に対する気持ちをちゃんと言葉にしてくれるだろう。

「あのねカメ。人気の動物園が休日に臨時休園するってことはね、よっぽどの事情があるわけよ。
 そこをずけずけと入っていくってぇのは」
「行く!小春行きます!だってホワイトタイガーに会いたいもん!」
「小春ー!あんたねー!」
「ハイハーイ!リンリンも行きたいデース」
「ちょっ!リンリンまでー!?」

確かにガキさんは抗議してくれた。
だけど本人たちがその気になっちゃったんだから、もう仕方がない。

絵里の提案は承認された。



結局、あの二人だけじゃ不安だからって愛ちゃんも動物園についていくことになり
自然と、午前中は三人一組で行動しようっていう流れになった。

さゆみとガキさんと絵里は「のんびりメルヘンコース」。
この辺りのお客さんはジェットコースターとかが苦手な女の子たちや子供連れが中心のせいか、
周りにはゆったりとした空気が流れていた。

コーヒーカップの列がすいてたので、三人でその列に並ぶ。
さゆみの隣にはガキさん、その隣に絵里。

「ったく。もしなんかあったらアンタ責任とりなさいよ」
「え~・・・そんなに心配するくらいだったらガキさんが動物園行けばよかったじゃないですかぁ」
「いや私はプロフィールに書けちゃうくらいのディz、もとい遊園地通だから」

最近、この二人をみてると、なんだかおかしな気持ちになる。
別に絵里が構ってくれなくて寂しいわけでもガキさんに嫉妬してるわけでもない。
ただなんとなく慣れない感じ。フクザツなような、そうでもないような。
うまく言葉にはできないけど。
だから、口にも出さないけど。



その時、前の人たちがいなくなって最前列が私たちになった。
視界が開けて、乗り物のコーヒーカップが目に入る。
色違いで、おんなじ形をした、いくつものコーヒーカップ。

「・・・あ」

それをみてたら、このおかしな気持ちの正体がちょっとわかったような気がした。
思わずガキさんと絵里のほうを向く。

私は自分と絵里を、この世に一種類しかないペアカップのように思ってたのかもしれない。

さゆみの対になるのは絵里だけで、絵里の対になるのはさゆみだけ。
あの頃の私は、この世界には私たち二人しかいないって信じてたんだ。
だけど、それは違った。
だって私たちには仲間がいたんだもん。


―――世界に一つの限定品だと思っていたカップは、どこにでもある普通の市販品だった。



なあんだ。私、知ってたんだ。
女の子にとっての“特別”はとても大きな意味のある言葉だから、気づかないフリをしていただけで。

なのにガキさんが、さゆみ以外の人が絵里の隣にいてくれたおかげで、自覚しちゃった。
私も絵里も、特別な存在なんかじゃないってことを。
どこにでもいる普通の女の子なんだってことを。
嬉しいような、悔しいような。
うまく言葉にはできないけど。だから口にも出さないけど。

「どしたのさゆみん。さっきから黙りこくっちゃって」
「うえ、さゆが静かなんてブキミ。何か企んでんじゃないの~?」

ただ、言いたいことを言えないのは気持ちが悪い。
ストレスを抱えたままだと美容にも悪いし。

だから今日は、本当のことを気づかせてくれちゃったガキさんを思いっきり振り回すことにしよう。
目一杯の感謝と精一杯の悔しい気持ちをこめて。
まずはコーヒーカップから、かな。

「別になんもないですよ。それより次ですね、さゆみたちの番。
 さゆみ、思いっきりカップ回しますから」
「え~!やめてよ、私コーヒーカップ苦手って言ってるじゃ」
「振り回します」
「うぉーい!さゆみ-ん!!」

ガキさん、覚悟してくださいね。
今日はまだ、始まったばかりなんだから。



最終更新:2014年01月17日 18:58