記憶を消す作業は淡々と終わっていった。
一切の感情から目を伏せて、何も考えないように精神干渉を行った。
だけど、何も思い出さないなんて到底無理なことだった。
ほんのささいなことでも、私にとっては大切な思い出だ。
次から次へと、みんなのことが浮かんでくる。
『新垣サン、アメ食ベマス?』
ごめんね、リンリン。
あの時襲われること、私は知ってたんだよ。
リンリンのことだから、もしかしたら気付いてたかもしれないけど。
なのに…いつも笑わせてくれてありがとう。
リンリンの笑顔が大好きだよ。
『ありのままがイチバンいいんだ、人間も、バナナも』
あの時はありがとう、ジュンジュン。
鍋もジュンジュンもあったかくて、すごくほっとした。
いつかありのままの私を見て欲しいな。
これからも、その不器用な優しさでみんなを助けてあげて。
『新垣さんのおかげで私は自分の能力が・・・自分のことが好きになれそう』
みっつぃーは、本当に強くなったね。
きっとみっつぃーの目には、光輝いた未来が視えているんだろう。
私もそうだと信じてる。
揺るぎないその心を、ずっと忘れないで。
『新垣さん。新垣さんは今・・・孤独じゃない?』
私はもうみんなとは仲間じゃなくなるけど、それでも孤独じゃないと思えるよ。
小春も、もう孤独じゃないよね?
小春の元気でみんなも元気になれるってこと、覚えといてね。
でも、調子には乗らないこと!
リゾナントに戻ってくると、こんな時でも心がほっとした。
カウンター席では、まだ愛ちゃんが気持ち良さそうに眠っている。
そのことに安心しながら、慣れ親しんだ階段を上がった。
その足取りは重く、今にも闇に飲み込まれてしまいそうだった。
こんな気持ちでここに来る時がくるなんて思いもしなかった。
今にも吐きそうなぐらい、胸や頭の中が渦巻いている。
口の中もすっかり渇き切っていた。
それでも何も考えないようにしながら、田中っち達が眠る寝室の扉を開けた。
『アイツらに何かあったら、れいなが守る』
田中っちは、出会った時からずっと変わらないね。
その強く真っ直ぐな気持ちに憧れたこともあったな。
こんなこと言ったら、怒られちゃうかもしれないけど…
愛ちゃんのこと、お願いね。
『時々、絵里が凄く羨ましく思えるんですよね』
あれからどう?
私は、相変わらず弱虫なままだよ。
弱虫だから、愛ちゃんに本当のことを告げた。
弱虫だから、愛ちゃんにだけ本当のことを言ったんだよ。
さゆみんには、たくさんの仲間がいるってこと、絶対に忘れないでね。
共鳴出来る仲間がいるって、本当に素敵なことだから。
『でも、絵里は力が欲しかったんです』
昔のカメからは考えられないぐらいの、本当の強さを見つけたよね。
もう、あんな馬鹿な真似はしないでよ?
カメのみんなを守りたいという気持ちは、誰にも負けないから。
自分を信じて、仲間を信じること。
…私も、これだけは忘れないから。
もうすぐ朝だ。
ひとりの朝が、来る。
静かにリゾナントの階段を降り、カウンター席に近付く。
ぐっすり眠っている愛ちゃんに近付き、大きく息を吐いた。
絶対に触るな。
顔を見るな。
何も思い出すな。
自分に言い聞かせながら、私は強く目を閉じた。
さよなら、愛ちゃん―
『あたしも、里沙ちゃんのこと守るね』
今までたくさん心配かけたよね。
スパイである私に気付いていながら、何も言わずにいてくれたんだもん。
ずっと信じてくれて、本当にありがとう。
もう一緒にはいられないけど、絶対に忘れないから。
私はずっと覚えてるから。
だから…どうか思い出さないで。
精神感応が終わった時、愛ちゃんの手の中にお守りが見えた。
そうだ、お守りも回収しないと…。
愛ちゃんの手からお守りを取った瞬間、胸が強く高鳴った。
――里沙ちゃんと一緒に、また笑い合えますように。
「…!」
胸の奥にじんわりと沁みるような、何か暖かいものと同時に流れてきた言葉。
さっきまで聞いていたのに、なんだか久しぶりに声を聞いたような気がした。
それは、あまりにも優しすぎて。
また、会いたいと思ってしまった。
みんなと一緒に笑い合いたい。
リゾナントに戻ってきたい。
心の奥底にしまい込んでいたはずの思いが、どっと溢れてきてしまった。
『あんたはなんも心配せんと待っとけ』
そう言った愛ちゃんの笑顔が浮かぶ。
本当に信じてもいいの?
待ってても、いいの?
私は唇をギュッと噛み締めたまま、カバンからRと書かれたお守りを取り出した。
Aと書かれたお守りは、カバンではなくポケットに入れた。
「約束したんだから、守ってよ?」
Rと書かれた方のお守りを愛ちゃんの手に握らせてから、私は涙を拭った。
一度だけ上を向いて、そっと深呼吸。
もう泣かない。
お別れじゃないんだ。
みんなともう一度会う時まで、絶対に泣かない。
「…よし」
そろそろ時間もいい頃だ。
しっかりと前を向いて、リゾナントの扉を開けた。
さよならは言わないでおくけど、これだけは言わせて。
「みんなに会えて良かった」
今にも朝日が射し込みそうなリゾナントを背に、闇色のゲートを出現させた。
ダークネス本部へと繋がる道に向かって、ゆっくりと足を踏み出す。
そっと呟いたありがとうの言葉は、誰に届くでもなく闇の中へと消えた。
最終更新:2014年01月18日 10:18