――――AM 8:09 アニマルステージ
動物園は思いのほか静かだった。
臨時休園ってくらいだから、何かトラブルでもあったんじゃないかと思ってたんだけど。
今のところ、飼育員一人見かけない。
こういう場所って、休みの日は誰も来ないもんなの?
なんだか軽い胸騒ぎを覚える。
「いや~ラッキーですねー誰とも会わなくて。やっぱあれですよ。
動物園の人だってたまには家族サービスしなきゃって思って」
「サボっちゃったデスカ!お仕事ブン投げて!」
どうも、この状況をおかしいと感じてるのは私だけみたいだ。
小春は相変わらずヘラヘラして、リンリンは小春の発言をまともに受け取ってる。
それともあれか?疑問を感じてる私のほうがおかしいのか!?
とにかくメンバーがこれなんだから、私だけでもしっかりせねば。
「や~ん、フェネックが寝てる~!ほら見て下さいよ。ちょーかわいい~!」
しっかりせねば。
「おお!あのラクダ笑ッタ!今笑いましタよ高橋さん!」
しっ、かり・・・
「あ、ダチョウが走ってる!」
「わ~!はヤーい!」
「カバでけー・・・うわっ、見たしこっち!」
誰もいない動物園って、結構楽しいかもしんない。
人の流れとか気にしなくていいし、静かだから動物の鳴き声なんかもよくわかる。
VIPの客はいつもこんな扱い受けてんのかな。
だとしたら、すっごいゼータク。うらやましい。
周りの目を気にする必要がない分、いっこいっこの動物にかける時間が長くて、
園内の半分くらいを見て回ったところでもうだいぶ時間が過ぎていたことを知った。
少しペースを上げないと最後まで回れないかもしれない。
「二人ともちょっと急ご。全部見られないといやでしょ?」
「え~!ずっと立ちっぱなしで疲れたー!少し休んでいきましょーよー」
小春はそう言って向こうのベンチを指さした。
そこはちょっとした広場になっていて、四人がけのベンチがたくさん設置されている。
園内の中間地点にこんなものがあるってことは、ここは園が用意した休憩スポットなんだろう。
よく見ればレストランやショップもいくつか建ち並んでいる。
家族連れの場合、きっと小春みたいな子供がここで何か駄々こねて、
仕方なくお父さんやお母さんがそのわがままを聞いてあげるんだろうな。
ちょうど今の私らみたいに。
「しょーがないなあ、10分だけだからね?」
「わーい!」
「ヤッター!」
となるとなんだ?私は小春とリンリンのお母さんか?
やだなあ、あんな手のかかる子供。せめて義理の母くらいにしとこう。
うん、再婚相手の連れ子あたりがちょうどいいかもしんない。
「おい!なんだお前らは!」
なんだか、怒った男の人の声がした。
え~と、小春とリンリンも驚いた顔してるってことは、私の聞き間違いじゃあないんだよね・・・?
声のしたほうを見てみると、地味な色のツナギを着た男の人が立っていた。
まるで、動物園の飼育員、みたいな。
あのさ、もっかい確認するよ?
見間違いじゃない、よね?
「・・・・・・やべえぇぇぇー!逃げろぉー!!」
やばいやばいマジやばいってこれ!
捕まったらただじゃすまん気がする!
だってあの人本気で怒ってたし!目がイっちゃてたし!
うおおぉー!マジやべえぇぇー!
「逃がすかゴラァ!」
「侵入者発見!ものどもであえー!」
ぎゃー!逃げた先にも飼育員の仲間がぁー!
さっきまで全然見かけんかったくせに今頃になって湧いてきよってぇ!
完全に挟まれた。
挟まれた!
「このままじゃ捕まっちゃいますよ!どうしよう!小春はクリーンなイメージで通ってるのに!」
「あっはっは。久住サン、容疑者!久住ヨーギシャ!あっはっは」
いかん、すでにリンリンがトリップしてる!
こんなハイテンションなリンリン、見たことn・・・いや、この子はいつもこんな感じか。
とにかく、この場をどうにかせんと!
ええい、人がおるけど仕方ない!
「小春、リンリン!つかまりぃ!」
「え、なん・・・あ、そういうことか!よぉし!」
「ハーイ!バッチリデース!」
二人の手の温もりを両肩に感じて、意識を集中させる。
行き先はどこでもいい。
どこか、人のいないところ!
「みなさーん、目ぇ閉じてたほうがいいですよー!
・・・強い光を直接見ちゃうと、失明しちゃうかもしれないからねっ!」
小春の雷が炸裂すると同時に、私も瞬間移動の力を開放した。
飼育員の人たちは何が起きたか理解できないだろう。
何しろ、目が眩むような閃光と同時に追いかけていた女の子三人が揃って姿を消してしまったのだから。
テレポート脱出、大成功! ?
「で、ここどこ?」
辺りを見回しながら呟く。
いきなりだったもんで行き先を強くイメージできなくて、自分たちが今どこにいるのかもわからない。
なんとなく、獣くさい気はするんやけど。
「なんか狭っ苦しいところですね」
周りを確認しながら小春が感想を述べた。
小春も私と同じように、ここがどこかわからないという顔をしている。
いやさ、ほんとはわかっちゃいるんだよ、私も小春も。
二人抱えての瞬間移動じゃそう遠くまで行けてないこと。
強くイメージしたのは人のいないところだということ。
そしてこの、獣くさくて狭苦しい空間。
これだけの条件が揃う場所はアレしかないじゃん。
わかってんだよ、そんなこと。
だからリンリン。
サクやガラスやこっちを窺う黒い影をアピールすんな。
わかってるから。わかってるけど認めたくないだけだから。
「グァオオオォー!!」
「ぎゃーーー!!!」
ここが、動物園の猛獣の檻の中なんて。
「大丈夫ヨみなさん。動物が怖いモノ知ってまスか?」
「え!?ちょ、リンリン、やめっ!」
「愛チャンと久住サンは、リンリンが守る!」
「バカーッ!!」
動物には火を怖がる性質がある。
気づいた時には、もう遅い。
制止の声もむなしく、目の前に天まで届く凄まじい火柱があがった。
サイヤ人かあんたは。
ああ、飼育員たちの走ってくる音が聞こえてくる。
ごめんみんな。
集合時間、間に合いそうにありません。
最終更新:2014年01月18日 10:31