(33)307 『暗闇に咲く一輪の花』



  虫が、鳴いている。

  満月が、夜空に浮かぶ。


  ひっそりと、静かに。

  少しずつ、穏やかに。


        ◇◆


満月が浮かぶ夜空を、私は自分の家のベランダから見上げる。
夜になると少しだけ肌寒くなるこの季節は、私は嫌いじゃない。

 「もう秋なんかー」

そう言いながら私は空に向けていた視線を頭ごと、今度は横に置かれている小さな鉢へと向けた。
そこにはひっそりと、小さな花が咲いていた。
ここに引っ越してきてから育て始めた花を、今でも私は大切に育てている。

 「もう、今年で何年目になるやろか…」

毎日欠かさずに、この花には語りかけていた。
今は暗闇で色が分かりずらいけれど、本当は綺麗で鮮やかな赤色で染まっている花だ。


        **


しばらくぼーっと花を見つめていたのを終えて、もう一回花に語りかける。
それはそれは優しく、気持ち悪いぐらいに温かく気持ちを込めて。

 「…これからもよろしくな」

そう言ってその場で立ち上がり、私はまた夜空を見上げた。
満点の星空に満月というのがとても贅沢な気がして。
もしここが都会でなければ、もっと郊外の方だったら綺麗に見えるかもしれないと思う。

その時、風が一瞬肌を撫でるように吹いた。秋になり、急に風が冷たくなった気がする。
私は両腕をさすりながら家の中へ入り、ベランダの窓を静かに閉めた。

そしてカーテンを引き、家の明かりを全て消してから寝床についた。


        ◆◇


その夜、夢を見た。

誰か、というよりは何か、から語りかけられているような気がした。
ただそれはとても小さくて、聞きとりにくいほどの微かな声だった。
いずれそれは聴こえなくなり、周囲も段々と暗くなっていった。


そして最後に、声は静かに途絶えた――――――



最終更新:2014年01月18日 10:32