(33)360 『光の抗争-8-』



     ◆◇


  [ ここで終わりなのか?]

  そう問いかける者はどこにいるのだろうか。
  よく耳を澄ませば、聴こえてくる先は自分の心の中からだった。

  [ 終わりたいのか?]

  もう疲れてしまった、もう誰にも顔向けできない。
  早く終わりにして、悲しみの無い場所へ行きたい。

  [ 世界はどうする?]

  こんな弱い自分に救えるものなんて何も無い
  なんで救おうとしたのかも、よく分からないのに

  [ よく分からない?]

  だって、悲しみは減らないんだ。
  悲しんで、泣いて、苦しんで、つらくて。それの繰り返しばかり。

  [ 仲間はどうする?]

  仲間?ああ、そうだ。もう終わりだって早く言わないと。
  今頃みんなはまだ傷つきながら戦っているから。


  [ 傍で倒れている彼女はどうする?]

  あぁ、彼女も疲れているだろうから。早く終わりにしてあげないと。
  そうすれば、もう戦わなくていいんだから。傷付かなくても、いいから。

  [ …それでいいのか?本当に。]

  …これでいいのか?本当に?
  もう知らない、分からない。疲れた…

  [ 今、傍で倒れている彼女は、お前の大切な仲間ではないのか?]

  大切な仲間。…大切な仲間だよ。
  ずっと、今まで共に戦ってくれた大切な人。

  [ ならば終わりにしてあげることが、彼女にとって良いことなのか?]

  良いこと?…良いことなのか?
  分からない、けれど彼女がとても苦しそうだから。

  [ お前の信念はどうした?それも終わりにさせるのか?]

  信念……だって、自分はまた、大切な人を守ることができなかった…
  あの時と同じ場所で、さっきも自分は守ることができなかった
  そんな自分に他人を救うことなんてできない
  大切な人を助けることができないのに、正義を掲げるなんてできない
  誓ったのに。あの日、確かに誓ったのに…


  [ 誓いを果たせなかったから、全てを終わらせたいのか?]

  果たせなかったから?……果たせなかったから?
  …違う、そうじゃない

  [ お前が言っていることは、誓いを果たせなかったが為に何もかも終わらせたいと言っているようなものだ。]

  …だって、……だって大切な人を守ることができないのに!
  大勢の苦しんでいる人々を助けることなんてできないじゃないか!
  大事な仲間が今苦しんでいるのに!私は何もできない!!

  [ …自分を大切にしない奴に、人を守ることなどできぬ。
   それはただの言い訳だ。守れなかったせいを苦しんでいる彼女にさせているだけだ。]

  違う!!そんなこと決して…!!


  [ …では、なぜ立ち上がろうとしない?
   今ここでお前が立ち上がらなければ、苦しんでいる者は更に苦しみ、弱き者は挫かれる。
   お前が大好きだと言う仲間が生きている世界が、お前が戦わなかったせいで滅んでゆくのだぞ。
   それを黙って見ていられるのか。
   …今、必死で戦っている仲間をよそにお前は、戦わずして安らかな眠りに就こうとするのかっ?]

  [ 闇よりもひどいぞ!高橋愛!!!お前の蒼き正義はどこに行った!!
   彼女の想いを受け止めろ!仲間の激情を感じろ!!世界中の声を聴き取れ!!!]


  [ 高橋愛!!お前はまだ、終わっていない!!!]



        ◆◆



 「バイバイ、よっすぃ。」


後藤が光の筋で吉澤の首を斬ろうとした瞬間、微かに聴こえてきたのは石ころが転がる音。


 「……?」


そして後藤はかざしていた手を一旦止め、後ろへと振り返った。

そこには、すでにくたばっていると思っていた高橋の姿があった。
彼女は倒れている新垣の傍で立ち上がり、こちらを見ていたのだ。


 「…まさか、立ち上がるなんてね…」


驚きの表情は隠せない。
仕方なく吉澤に向けていた力を無に帰し、再び後藤は高橋と向き合った。


 「今さらどうしたの?…あ、もしかして逃げ出したいとか?」


どんな質問をしても、高橋は一向に答えようとしない。
けれど、なぜか高橋の瞳からは憎悪は一切感じられず、ましてや鋭く醜い殺気さえ纏ってはいなかった。



 「……一体、何?」

妙な雰囲気に戸惑いを覚え、少しだけ焦りの表情が浮き出る。
高橋から目線を一度も逸らさず、後藤は一歩前に出た。

と、その時。高橋が話し始めた。

 「……今、気付いたんよ。大切なものを見失ってたことに」
 「…何が?」
 「憎しみは、更なる憎しみを生むだけしかない。だから、あーしはアナタと憎しみで戦わない」

手に取るべきは、闇を斬ってきた刀ではない。
ましてや、平常心を無くして憎しみだけで戦うべきでもない。

必要なのは、何よりも強い意志と、信じる心。
それらを奮い立たせたのは、今でもどこかで必死に戦っているであろう仲間たちの想いと、
この場で倒れ瀕している、大切な仲間の一人の苦しいぐらいの想い。
そして、この場に駆け付けてくれた先輩の大切な想い。

 「まだ『M』にいた時、アナタは憧れの人やった」
 「刀はアナタに言われた言葉を信じて、手にした武器」
 「白き十字架の本当の意味を教えてくれたのはアナタ」
 「…後藤さん。アナタはたくさんのことを教えてくれた、憧れの先輩やった」

 「でも、もうアナタは憧れの人やなくなった。」

 「……やからあーしは、…後藤真希、…アナタを、殺す…」


高橋にとって、光とはまさに、光そのものであった。
異端だと言われようが、気味悪がられようが関係無かった。

暗き闇に堕とすのが光でも、引き上げてくれるのも光だったから。

傷付きながら、今までを生きてきた。
けれど過ごしてきた人生の節目に、今ではかけがえのない人たちに出会うことができた。
昔があるから今がある。こんな自分を受け入れて共に戦ってきてくれたことを、深く感謝している。
それは自分の力の源となり、次の一歩を踏み出す勇気に繋がる。
本能のままに戦いながらも、握りしめる手に込めた光が未来へと繋がっていく。

光は自分でもあり、仲間でもあった。
闇をも包み込む光を嫌われても、受け入れて戦うことが自分の決意。


 「…それがあーしの、決意やっ」


自分の身勝手な行動で終わるわけにはいかない。
立ち上がり、前を見据えて、戦うことが自分の使命であり宿命でもある。

どれだけ重くても、それを共に支えてくれる仲間がいる。
そう思えば、どんなことでも乗り越えていける気がした。

そう、それがたとえ、憧れの先輩であっても……


 「皆が生きるこの世界を守る為に、あーしはこれからも戦っていく」

 「……それならごとーは、滅亡寸前のこの世界を新しく生まれ変わらせる為に、みんなを殺してあげる・・・」



        ◇◆


暗雲が立ち込めても、白き十字架は以前よりも一層輝いているように見えた。

光を掲げ、闇をも受け入れ、蒼き正義と共に歩んでいく決意をした高橋愛。
そして光も闇も抹消し、その蒼さえも無くす為に、新世界創造を掲げる後藤真希。

二人の強き想いがぶつかり合う。
一定の距離を取り、互いを見据える二人。


漆黒の闇に堕ちた神と、光を手にした共鳴者が生み出した戦い…

                      最後の瞬間が、世界の行く末を決める――――――



最終更新:2014年01月18日 10:32