(33)438 『あいしてるの日』



閉店した店内はオレンジ色の小さな明かりが灯っているだけで薄暗い。
食器のぶつかり合う音がする。
初老の女性がお皿やコーヒーカップを一つずつ丁寧に洗っていた。
カウンターの一番奥で、女の子が鼻歌を歌いながらスケッチブックに絵を殴り描きしている。

「ばぁちゃん、でけたよぉ」

ばぁちゃん、と呼ばれた初老の女性はカップを棚に仕舞い少女を見る。
そして掲げられたスケッチブックに優しく目を細めた。

「上手にかけとるよ。それは愛の好きなケーキか?」

愛は鼻の上にくしゃりと皺を寄せ嬉しそうに笑った。
スケッチブック一杯に、イチゴの乗ったショートケーキが描かれている

「あいはね、ばぁちゃんのつくるイチゴのケーキがいちばんすきやよ」

その笑顔に祖母は微笑み、愛の頭を撫でた。


「ほなの、そんな愛にばぁちゃんからとびっきりのプレゼントをあげような」
「ぷれぜんと?」
「ほや。今日は特別な日やでの」

祖母は『まっとれよ』と人差し指を振った。

「なんやの?」

愛は足をぶらぶらさせながら祖母の姿を目で追う。
丸い目がキラキラと輝いている。

「ほな愛、目瞑って。ばぁちゃんが魔法かけるでの。ええよ、ゆうまで目瞑って待っとって。」
「うん!」

愛は言われたとおり、小さい手で目を覆い視界を塞いだ。
祖母はそれを見届けて冷蔵庫からイチゴがたくさん乗った小さなホールケーキを取り出した。


「もぉいーかぁーい」
「まぁだだよー」

ピンク色のロウソクを3本、ケーキに差し込む。

「もぉいーかぁーい!」
「あと10秒かぞえて」
「はぁーい。いーち、にーい、さーん、しーぃ…

マッチを擦り、丁寧な動作で一本一本に火を灯した。

「ごーぉ。ろーく、はーち…えぇ?なーな、はーちきゅーう、…

ありったけの気持ちを込めて
この世界の誰よりも強い愛情を込めて


強く生きろ、優しく生きろ、正しく生きろ、愛ある人になれ。


「じゅぅ!!!」


3本目を灯したとき、ちょうど数は10になり、愛は開ける。

「うわぁぁぁぁ!まぁるいケーキやぁぁ!」
「ぜぇんぶ、愛のやからの。」
「なんで?なんでぜんぶあいにくれるん?」
「今日は愛のお誕生日やざ」
「おたんじょうび?」

誕生日を祝ってやるのは初めてだった。
誕生日を教えたのも初めてだった。
胸が痛む。いつか自分が生まれた意味を知ったとき、この日を愛は嫌うだろうか。

「そう。愛が生まれた日。」
「うまれた…」
「うん。この世界に生まれてきてくれて、ありがとうの日」


だから、
難しくても、伝わらなくてもいい。
あなたは生まれてきて良かったのだと、
こんなに愛されて、祝福されているのだと記憶の片隅に残ればいい。
いつか自分の存在を知ったときに自分自身を憎まないように
生まれしまった悲しみに溺れないように


「ばぁちゃんが、世界で一番、愛を愛してる、の日」
「うん!」



9がつ14にち
ばあちやんが あいお あいしてるのひ





「愛ちゃーん!降りてきてよかとよーっ!!!!」
「あーい!」


切り取られた1枚の絵と祖母との写真をそっと引き出しにしまった。
主役は上でスタンバイしとって!
れいなに無理やり部屋へ押し込まれ暇な時間をすごしたおかげで懐かしい記憶が蘇る。

「愛を愛してる、の日。か…」

自分の書いた幼い文字を声に出し微笑む。
喫茶店へ繋がる扉を開けたそこには8つの笑顔と祝福と、溢れんばかりの愛があった。


「ばぁちゃん、あーしは幸せや」


あなたの教えはちゃんとココにある。
愛は9月14日を23回目の誕生日を幸せに思った。



最終更新:2014年01月18日 10:34