(33)655 『月夜の兎と夢見る乙女』



  空を見上げれば満月

  満月の中では兎が一匹


  一人ぼっちだった、かつての自分のようだ。



        ◇◆


夕闇が早くに訪れた頃、病院の屋上で私は一人佇んでいた。
退館時間にはまだ早かったから、私は何を思ったのか屋上に来て夕涼みをしていた。
夕涼みと言ってもこの季節で時間になると、風は少し冷たくて肌寒い。
カーディガンを羽織ってはいるが、もう少ししてから屋内へ戻ろうと思った。

 「…あ、満月…」

街の景色を眺めていた視線を、ふと空の方へと向けた。
そこには、綺麗な円の形をした満月が夜空に浮かんでいた。
静かに風が吹く中、私は目を細めて満月を見つめた。


 「きれい…」

心を奪われた気がした。
それは激しく鼓動が高鳴るようなものではなく。
静かに、穏やかに、心に小さな衝撃を感じた。

そういえば、昔話では兎が餅をついていると語られていたはず。
少し目を凝らすが、当然兎など見えない。現実に戻ってみれば、兎は月には存在しない。
それでも夢を見たいと思うのは、夢見ることが好きな性格のせいだろうか。


        **


さすがに肌寒くなり、身体が冷えそうになってきた頃。
私は屋上を後にして、親友が眠っている病室へと戻ろうとした。

しかし屋上の扉へと歩き出した瞬間、強く風が吹いてきた。
それと同時に私の自慢の黒髪が舞い上がる。髪が乱れ、すぐに手で押さえつけた。
すぐに風は止んだが、また“いたずら”をされそうな気がしてならなかった。


私は止めていた足を再び動かし、口元に微笑を浮かべてその場を立ち去った――――――



最終更新:2014年01月18日 11:36