(34)029 『ヴァリアントハンター外伝(5)』



ソレはすでに"ソレ"ではなくなっていた。
記憶を持ち、感情を持ち、人格もある。
なにより、彼女には明確な目的が、野望があった。
まだ慣れないこの肉体と精神との調整にはまだ少し時間が要る。
生来待つことに不慣れな彼女には苦痛でしかないが、
これもまた野望のためだ。
野望にぎらつく双眸で周囲を睨み、彼女はガラスの中で沈黙を貫く。


  *  *  *


ヴァリアント関連事案対策本部が抱えるヴァリアント出現予知班には、
レベル5以上の予知能力者が合計20名近く在籍している。
大手民間企業やユニオン、経済産業省、気象庁、防衛省に並び、警察組織における予知能力者の採用率は高い。
とは言え未来の事象を間違いなく正確に予知できるレベルにある者など稀少だし、
それが先の事象であればあるほど予知の精度は落ちていく。
学会の定説に則れば、正確には予知ではなく識域下での統合情報処理による「予測」能力なのだから当然だ。
一週間後に起こる事象を確実に予知できる能力者は世界中探し回ってもゼロと言っていい。
そこで対策本部を含め多くの組織では、複数の予知能力者を用いて情報の精度を高めるというシステムを確立している。
ひと口に予知能力者と言っても様々なタイプが存在する。
無意識下の精神感応能力と併用して人間、動物が起こす事象を予知する者、
大気の流れや湿度、地殻変動の起こす電磁波を感じて気象や自然災害を予知する者。
さらに、予知能力者の能力発現の仕方も様々だ。
恐怖や悪寒といった漠然とした感覚、断片的なビジョン、あるいは言語情報や、預言書めいた暗号の形で発現する者もいる。
中には数秒後という限定的だが確実な予知能力を戦闘に活かしハンターとして活躍する人材もいると聞く。
ヴァリアント出現は少なくとも表向きには自然災害とも人的災害とも断定できない事象だ。
いや、被害規模やヴァリアントの特異性を考えればそのどちらとも言える。
対策本部ではその両方の人材を集め、特にその事象がいつ、どこで起きるのかを予知できる者を優先的に配置していた。
市民の避難のため出現時刻や場所の特定が優先されているので、
ヴァリアントのランクや個体数は現場で確認されるケースがほぼ全てだ。
先日れいながあれだけ複数のヴァリアントに囲まれる事態が予想外だったのもその辺りに起因すると言えるだろう。


今回も、防衛省と警察庁が予算を共同で出資、開発した軍事衛星からの情報が数刻前に入ってきたところだ。
個体数は一体。
現在は休息期に移行しているが、活動期の破壊行動の速度と威力から推測されるランクは4以上。
中澤がパイプを持っているユニオン筋の情報ではβタイプとかいうもので、
休息期から活動期への移行の過程で進化するおそれがあるとか。
まあ、障壁も超能力も無効化するれいなの体質と戦闘技能、このスーツのスペックを考慮すれば活動期でも敵ではないだろう。
とは言え前回の苦い経験もある。
レーダーは最初からアクティブに切り替えたまま、周辺に伏兵がいないことを確認しつつ標的の休息地点まで近づいていく。
と、

『生体反応感知。10メートル先の角を左。標的から900メートル離れた国道上』
「げ。また?」
『いいえ、ヴァリアントの反応じゃないわ。人間のもの』
「はい?」

意表をつかれて眉をしかめる。
住民の退避はヴァリアント出現より前に完了しているはずだし、周辺道路も封鎖されている。
役所の仕事に不手際がないのなら、住民や近隣オフィスに籍を置く人間の行方不明も報告されていない。

「……やっぱ役所の不手際かね。家で寝てて目覚めて街に出てみたらバイオハザード2状態でした、みたいな」

とりあえず危険だから保護しに行くか、と歩みを進める。
しかしアルエの意見はれいなのそれに否定的だ。

『なら携帯電話で状況の確認くらいするはず。避難勧告はネットでも確認できる。それに』
「それに?」

応える代わり、網膜上に軍事衛星で撮影したと思しき画像が表示される。
現在時刻は日中。昨夜は雨が降ったが、今は雲も少ない快晴だ。
最新の光学偵察衛星の解像度は30センチ以下。
上空からではあるが、その人物の容姿は足元の水たまりにハッキリと映っている。


「……一般人ではないっちゃね」

顔までは判別できないが、性別は女。
黒いコートを羽織り、中にはタクティカルベストらしきものを着込んでいる。
両手にはそれぞれに拳銃が握られていた。
とすれば、ベストにある長方形の膨らみは予備マガジンと見るべきだろう。
ヴァリアントの出現現場に、明らかに戦闘用の服装。
状況的にみてどう考えても――ヴァリアントハンターだ。

「紺野さん、ちょっとイレギュラーです。どーゆーわけかハンターが現場に紛れ込んでます」
『ハンター? え、そんなはずは……ちょっと待って、周辺道路封鎖してる警官に確認する』

れいなの出動時は、中澤を通してユニオン側に告知が届き、向こうもそれを承諾しているはずだ。
表向きは警察庁開発の新兵器の運用実験であるし、
本来は高難度の依頼になるはずの案件をこちらが請け負うことで、ハンターに払う報酬を浮かせられるユニオンにとっても損はない。

『確認できたよ。確かにさっきハンター証持った人間を通したって」
「通した? なんで?」
『や、それがまだ詳しくはわからないんだけど、なんでも上から今回は警察とユニオンの共同作戦だって聞かされたらしくて』
「共同作戦? 聞いてませんよ」
『そりゃ主任の私も初耳なんだから当たり前だよ。あ、それと――』
「……っと。紺野さん、どうやら初耳だったのうちらだけじゃないみたいです」

後頭部がちりちりと焼けつくような感覚に貫かれている。
両手を挙げて振り返ると案の定、衛星画像の彼女が銃口をこちらに向けていた。
前方にいたはずの彼女が背後に回っている理由など考えるまでもない。
ヴァリアントハンターとはすなわち超能力者。
おそらくは瞬間移動の類だろう。


「どこのギルドの人間や。……つーか、そもそも人間か?」

双眸の奥にたぎるような殺意をたたえ、しかし幾らかの戸惑いは隠せないようだった。
対峙した相手が背中から長いケーブルを生やした青い人型の機械では無理もない。

「ええっと……、あの、あはは、中に乗ってるっていうか、これ一応パワードスーツっす。
 ちなみにハンターじゃなくて警官。
 だから発砲とかされちゃったりなんかすると公務執行妨害に抵触しちゃったりするような……。」
「……警官? ますます意味がわからん。この依頼を受けたのはあーしや。
 そもそもヴァリアントの殲滅に警察が介入する余地なんかないやろ」

相対した小柄な女性は依然として警戒を解かず、不愉快そうに眉をひそめている。
射撃用のグローブをはめた両手に握られているのは二丁の拳銃。
SSAはドイツのH&K社が世界最大のシェアを誇っているというが、
その外観はFN社のFive-seveNに近い。
近未来的なデザインに、アルエが計測した口径は5.7mm。
安全装置は銃の側面両側から操作可能で、なるほど二丁拳銃には向いているのだろう。

「いやー、その辺はたぶんなんかの手違いっていうかなんていうか……。」

歯切れの悪いれいなの返答に女性は苛立たしげだ。
革のパンツと軍用ブーツに隠された左足は網膜上に投影された情報によると機械義肢らしい。
身長、体重、武装について、アルエによる分析は無機質な数値を伴って続く。
両手の拳銃。
数ミリ単位で微妙に形状の異なるグリップは工芸品大国ドイツの職人によるハンドメイドだろう。
フレームは軽量かつ強度にも定評のあるポリマー製。
バレルやトリガー、シア、ハンマーといった超能力エネルギーを弾丸へ伝達する機関部も恐ろしく高性能。
武装だけでもかなりの値段になるだろう。
ここまで情報が出揃えば、ユニオンに登録されたハンターの名簿を検索するまでもなく、彼女が何者なのか察しはつく。


高橋愛。
"暗闇の星―ダークネス・ノヴァ―"という大手ギルドの次期エース候補として最も有力視される人物だ。
確か能力は先に見せたレベル10の"瞬間移動"と、"光使い"。
魔術師的に言えば"地"と"火"の素質を併せ持って生まれたというところか。

「で。どうするん? この場で殺り合うか?」
「いや、できればそれは避けたいっつーかなんつーか」

そんな彼女は殺気をざわざわと目に見える勢いで放出している。
公務執行妨害がどーとかそんなチャチな脅しはまったく効いてない。
むしろ死人に口なし、問答無用、悪即斬、邪魔する奴も斬といった攻撃的姿勢である。
ぶっちゃけて言えば、殺し合いとなればれいなに負ける気は一切しない。
最大の問題は殺したりしたら後々厄介なことになるという常識的法学的倫理的、そして政治的観点。
かと言って一瞬で間合いを詰めて意識を刈り取るというのも難しいだろう。
いや、機体のスペックから言って間合いを詰めるのは簡単だ。
しかし、このスーツをつけて対人戦闘などしたことはない。
手加減をわずかでも誤れば、れいなの体質は超能力だろうがなんだろうが問答無用に打ち消し、
手刀ひとつで彼女の首と胴体に哀れ永遠の離別をもたらしてしまうことだろう。
彼女をけしかけて弾薬が尽きるまで待つというのも却下。
れいなの"能力殺し"が影響を及ぼすのはあくまでも超能力エネルギーそのものだ。
いつかの馬鹿のように自分の能力値の高さをひけらかして念動力そのものをぶつけてくるならともかく、
超能力エネルギーを運動エネルギーに変換して放たれた実弾の威力自体を無効化することはできない。
もちろんパワードスーツの装甲は強固だ。
通常の拳銃弾程度はいくらでも弾き飛ばせる。
ただ、SSAは超能力者のレベルと、篭められたエネルギー次第で対物ライフル並の貫通力を持ちうると聞く。
さらに悪いことに、高橋愛の使用弾薬のベースは「SS190」というライフル弾のようなボトルネック形状の、非常に貫通力に優れた弾だ。
戦車にも用いられるチタニウム合金が素材とは言え、スーツの構造上、装甲はそれほど厚くはない。
一点に集中して撃ち込まれれば貫通も十二分にありえる。
関節部の防弾繊維など狙われたらそれこそ一発でケリもつこう。
常日頃実践で磨き抜かれた、ヴァリアントの障壁の一点を撃ち抜く射撃技術を相手に消極的戦法は楽観視がすぎる。


緊急用の拳銃と警棒はベルトに携帯しているし、スーツを脱いで生身で戦うという手もないではないが、それも相手が相手だけに賭けになるだろう。
そしてれいなには、命をベットにかけてまで今回のヴァリアントに固執する理由はない。
結論、

「ええと、どうぞ。標的はお譲りします」
「……賢明な判断やな」
「あ。ただ、警戒のために現場周辺までは同行させてもらいます」
「は?」
「いえ。実は前回――」

簡略に前回のヴァリアント大量発生について説明する。
ハンターと言えど一応は民間人だ。
警察官としてはその安全を保障する義務もある。

「そんな報告、ユニオンからは聞いとらんよ」
「え。あれ、中澤さんから直々に報告行ってるはずなんだけどなぁ……。」
「中澤……?」

高橋愛の顔つきが剣呑さを増す。
なにかまずいことを言っただろうか。
困惑するれいなに、高橋は詰問に近い口調で質してくる。

「アンタ、中澤裕子の部下か何かか?」
「へ? ああ、はいまあ、そんな感じですけど」
「そうか……。」

高橋はしばし思案げに虚空を見つめ、やがてまたきつく睨むような視線でれいなに向き直った。
スーツの全長の関係上こちらが見下ろす形ではあるのだが、形容しがたい迫力に思わず呑まれかける。


「わかった。同行は許す。ただし邪魔すんな。
 あとそんな大仰な装備つけてるんやし、あーしはアンタのフォローは一切しない」

つまり、自分の身は自分で守れということだろう。
高橋は言うだけ言ってスタスタとヴァリアントの休息地点まで歩き出す。
不器用だが、一応はれいなの身を案じてくれる辺り、存外に良い人ではあるのかもしれない。

『れいなー? せっかく交渉終わったとこ悪いんだけど』
「あ、紺野さん。すいません、さっき何か言いかけてましたよね」
『それなんだけど、悪い報せ。……どうやらもう一人、その地区に入ったハンターがいるみたい』
「はぁ!?」

ようやく厄介な相手の説得が終わったというのに、またか。
頓狂な声を上げたれいなを高橋は怪訝そうに振り返り、

「なんや、何ブツブツと一人で喋っとるん」
「や、上司から通信が入りまして」
「……中澤か?」
「いえ、現場の運用主任です。それより大変ですよ。もう一人べつのハンターが現場に来てるらしくて」

妙に中澤裕子にこだわるのを訝しみつつも、ひとまず目下の突発事案について告げる。
しかし高橋はたいした驚きを見せる様子もなく、軽く肩をすくめた。

「おおかた、横取り目当ての命知らずやろ」
「横取り? ああ、例の」

横取り制度については幾らか知識がある。
ハンター側からすれば、需要と供給のバランスを保つためだけの悪法。

「アンタの上司、中澤裕子が作った悪法。
 ま、現場を知らん警察官僚様にとってはハンターの死亡事例なんて数字でしかないんやろうけどな」


「あ。誤解ですよそれ」
「ア? 誤解?」

一段と殺気を増した高橋の眼光に気圧されるが、誤解は誤解だ。
訂正させてもらう。
官僚組織というものを知らなければ無理もないかもしれないが、
当時管理官のポストについたばかりの中澤に内閣へ提出するための法案を主導的立場で作る暇などなかった。
若干三十歳、しかも女性でありながら、
ヴァリアントという人々が日々怯える存在の対策本部管理官へ就任した中澤への世間の関心は高かった。
世間の好奇心を代表するマスメディアの報道などもあって法案を作ったのは中澤裕子ということになっているが、実際には他の官僚達だ。
確かに法案の作成に関わっていた事実はあるが、中澤自身は適用範囲の縮小、
別の法案作成によってヴァリアントハンターの選定基準をより厳格にすることでハンター自体の少数精鋭化を図るなど、
むしろ悪法による人的被害拡大の回避に尽力した人間だった。
これらは紺野かられいな自身も過去の書類で確認させてもらったことなので間違いない。
女だてらに異例の出世を遂げた中澤への庁内におけるやっかみは多く、
法案作成は中澤主導で行われたという誤情報をマスコミにリークしたのもそういった類の連中だろう。
マスコミの取材要請にもあまりに多忙なため対応できず、誤解は誤解のまま流布された。
結果として多くのハンターから恨みを買っているが、中澤自身は気にも留めていない。
曰く、「小物が小物なりに頑張ってうちの評判を落した。ま、後々自分のその小物ぶりを呪うことになるのは自分らの方やけどな」と。
事実として、当時中澤を陥れようとした人間たちは全員、
中澤が片手間に手練手管でことごとく出世競争から蹴落としていった。正直怖え。
あれは頂点まで上り詰めるか途中で背後から刺されるか二つに一つのタイプ、とはさゆみの談だ。

「……ふぅん。まあええわ、そんなんどっちでも」
「明らかにどっちでも良いって顔してないように見えるんですが……。」
「……うるさい。ほら、はよしねま。横取り馬鹿に先越されてまう」


歩調を早めて先を急ぐ高橋に、れいなはスーツの大幅な歩幅でむしろゆっくり追随する。
急激に不機嫌になった高橋の態度から、
ひょっとしてこの人も中澤さんを恨んでたクチかぁなどと呑気に考えていると、空気を切り裂く破裂音が周囲に轟いた。
網膜上に音域や波長パターンが表示される。
ガスの燃焼爆発音のない、弾丸が音速を超えたことによる衝撃波。
SSAによる銃声の特徴と合致する。

「チッ、無駄話に付き合ったせいで遅れ取ったわ」
「す、すいません。お詫びです、乗って下さい!」
「……速いんか?」
「最大で時速130km近く出せますよ」

れいなの手を借りることに一瞬の逡巡はあったようだが、
結局は依頼の遂行を取ったのか腰の左右に取りつけたホルスターに銃を挿しこんだ。
身軽にパワードスーツの胴体を足がかりにして肩のウェポンラックへしがみつく。
それを触覚で直に確認し、れいなは一気に加速。
路上のアスファルトを踏み砕きながら大股で駆け抜ける。
その間にも銃声は断続的に続いている。
おそらくはまだヴァリアントの障壁を砕きにかかっている段階だ。
目標はヴァリアント……と、そこに高橋から待ったがかかった。

「さっきの銃声、建物の上からやった。狙撃手や。経験上、先にそっちを黙らせんと厄介になる」
「はい。アルエ、銃声の正確な発生地点割り出して」
『了解』

網膜上に周辺区域をワイヤーフレームで描いた3D画像が投影され、
国道の右側にいる標的から直線距離で五百メートルほど離れたビルの屋上に音源が矢印で示される。
国道左側、ここから二区画ほど離れたビルの上だ。

「ショートカットしますよ。しっかり掴まってて下さい」
「は? ちょ、アンタ何を――」


国道を標的に向けて走っていた足を急制動すると同時に方向転換。
左側のビル目掛けて正面から突っ込む。
激突の衝撃に高橋が身構える寸前、跳躍。
一足で10階建てのビルの半分ほどまで跳び上がり、コンクリートの壁に両手の指を突き立てる。
コンクリートに五つの穴を穿ちつつスパイダーマンもかくやという勢いで屋上までよじ登り、視線を右へ。

「発見! いいですか、殺したりしちゃ駄目ですよ!」
「っぅぷ」

ビルの屋上を次々と軽やかに(しかし地面は確実に踏み砕きながら)跳び移り、伏射姿勢で標的を穿つ狙撃手に迫る。
高橋が若干吐き気をもよおしていることには気づいていない。

「ん? ……へ? へぇえええええええ!? 何!? 何!? ロボット!?」

ズァッシャアアアアアミシベキメキメキ、と盛大にコンクリートをえぐりながら狙撃手の眼前へ着地。
完全に標的に集中していたのか、唐突に現れた青い巨躯の怪人(肩にはボロ雑巾のようになった黒服の人が垂れ下がっている)を目にして、
れいなとそう年は変わらないように見える女狙撃手はうろたえ、とりあえず必死に銃口をこちらに向けてくる。

「落ち着いて! こんなナリしてますけど警察です!」

女性が向けているライフルはH&K社のG3/SG1をベースにしたと思われるスナイパーライフル。
二脚はあっても照準器がないということは、おそらく超感覚を保持した超能力者なのだろう。
口径から察するに使用弾薬のベースも同銃で使用される7.62mmNATO弾。
火薬の燃焼エネルギーだけでも遠距離から人間の頭を汚い花火に変えられる弾薬だ。
しかもSG1のベースはG3アサルトライフルなのでフルオート機構が残っているはず。
超能力エネルギーを上乗せしてそんなものを振り回されたらたまらない。
弁明するれいなも必死だ。


「け、警察って、なんで警察がこんなとこにいるんですか!? ていうかこのロボットなんなんですか!?」
「いや、ロボットじゃなくてパワードスーツなんです! つまり中に人が乗ってます! 中の人などいます!
 なので落ち着いて引き金から指を下ろしてください!」
「……うぅ、気持ち悪……アンタ、ちょっとは加減ってもんを考え――」
「ああもうますます訳がわかりませんよ! だいたいヴァリアント殲滅は警察の仕事じゃな――」

ぴたり。
そんな擬音が聞こえたような気がした。
よろよろと肩から降りた高橋愛と、うろたえていた狙撃手の視線が絡み合った瞬間だ。

「あ、あのー……?」

驚愕と混乱が巻き起こした沈黙も、しかし一瞬だった。
事態への理解が追いつかないれいなをよそに、二人は弾かれるような俊敏な動作で互いに距離を取る。
同時に跳ね上げられた銃口は互いの急所へ。
すでに周囲一体は殺気という名の不可視の圧力に満たされている。

「誰かと思ったらアンタか。なんや、あん時の意趣返しのつもりか」
「そっちこそ、また絵里の邪魔しに来たの?」
「邪魔しに来たんはそっちやろ」
「ふざけないで」
「「この依頼を正式に受けたのはこっちだ!」」
「……あ?」
「……え?」


……再度、沈黙。
れいなもなんとなくではあるが二人のやり取りで事情が飲み込めた。
どうやら横取り制度の関係で過去に遺恨があるらしい二人。
不可解なのは一点。
互いがこの事案を正式に依頼として受けたという主張をしている。
横取り制度という法的な後押しがある以上、どちらにもそんな嘘をつく必要はないはずだ。
それゆえの沈黙。
互いが互いの真意をはかりかねている。

『紺野から事情は聞いた。なるほど、今度はこういう手で来よったか』

沈黙を破ったのは、パワードスーツの外部スピーカーから漏れた中澤裕子の声だった。



最終更新:2014年01月18日 11:40