(34)091 『motor neuron』



ある日マルシェはいつものように研究室に向かおうとしていた所を吉澤に呼び止められた。

「ちょっとマルシェいいか?」
「どうかしましたか?吉澤さん?何か新しい武器でも考えたんですか?」

吉澤はマルシェの肩に手をのせてじっとマルシェの目をみた
「あ、あの・・・吉澤さん?なんですか?」
「・・・マルシェ・・・お前、最近運動してないだろ?」
「・・・はい?」

気の抜けた返事をするマルシェと真剣な吉澤の間には明らかな温度差があった。
「だ・か・ら、お前最近ずっと研究室にこもりっぱなしだろ。それじゃ体に悪いぞ。昔は長距離得意だったの覚えているんだから。『スポーツの秋』だぞ。動かなきゃ」
「いえ、私は『食欲の秋』です。おいもがおいしんですよね~吉澤さん、今度一緒にさつま芋ケーキ食べに行きましょうよ~」
「おう、いいね!甘いもの大好きだからね~ってちが~う。ほら、早く走ってこい」

そういうわけでマルシェは吉澤監視の元、1時間のジョギングをすることになった。
「私は忙しいからこれつけて走る」
そう言って吉澤はマルシェの腰に万歩計をつけた。
「だいたい1時間だから9000歩はいくだろう。行ってなかったら、、、夕食減らすから」

吉澤に無謀とも思われる課題を突き付けられたマルシェは去っていく吉澤の背中をにらんでいた。
(私だって時間があればやろうとは思ってますよ。強制されても進まないものですよ。吉澤さんみたいな運動『命』みたいな感じではないですから、私は)


―通常人間は1日に1万歩も歩けば健康にいいとされている。
どんなに動かない人でも1日では3000歩は動いている。
しかし1時間で9000歩とはかなりの無茶である。
計算上1分間で150歩もの足を出さなくてはならない。
走る速度としてはかなり速く、それを1時間続けるということは通常の人間では不可能であると思われる。―

マルシェはジャージに着替えて念入りにストレッチを行った。
「1,2,3,4、5,6、7、8・・・しかしどう考えても1時間で9000歩は無理ですねえ。でも、今日の夕食はさつま芋の天ぷらですから、食べたいですし・・・万歩計を上下に振るのも疲れますし・・・」

マルシェは天才の頭をフル活動して如何にして手を抜くことができるかを考えた。

そしてその答えは簡単だった。
「能力使えばいいじゃん。」

そういって普通にマルシェは走りだした。秋の訪れを告げるように少し色づき始めた林の中を黙々と走るマルシェ。鳥がささやくだけで他に聴こえるのはマルシェが地面をけるときに聞こえるザッと言う音だけ。そのスピードは普通の人にとっては全力疾走並みのスピードであった。

手を腰の高さにおろして前後に大きく振る。同時に肩・肘・握り拳の力は抜かれ、肩を中心に肘で弧を描くように振られる理想的なフォーム。普通よりも2,3倍は多く呼吸を繰り返し、胸が上下している。

足元のピンク色のランニングシューズで踏みつけた地面からは落ちていた枯れ葉や土が舞い上がる。そしてぎゅっと握った両手からはピンク色の光がさしていた。

Dr.マルシェの能力:【原子合成】
元素を操り、物質そのものを消失・発生・増殖させる能力。

両手から指している光はその能力が発動している印であった。


体内のエネルギーはブドウ糖を酸素によって燃焼させることで発生する。血中の酸素濃を一時的に高めてブドウ糖を燃焼させる。産生時に発生した水は汗としてすぐに体外に放出させ、二酸化炭素は呼吸を積極的に行うことで体内に増やさない。

同時に筋肉に蓄積する乳酸を分解し疲労物質の蓄積を防ぐ。乳酸を分解してできた、二酸化炭素と水はそれぞれ処理させている。

身体への負担を減らすために血管拡張を防ぐためにNOを産生を抑えてもいるし、積極的に脂肪を分解に回してダイエットの効果を一般人の数倍に挙げてもいる

精神的な部分も脳に十分や栄養を与えているので疲れることはなく、能力は一向に衰えることはない。

これが天才の導きだした『答え』であった。

「ふふふ・・・能力ができてからちょっとした運動で痩せるから楽でいいな。もともと長距離は特異だったけど今なら、24時間走れるかもね。エネルギー補充も体内で二酸化炭素と水から作れるし永久機関みたい」

1時間走りっぱなしでも全くつかれることはなく、汗だけが大量に出ていた。最後の数分間だけは能力を使うことはやめ、おそらく見守っているであろう吉澤にばれないように自分の足だけで走った

「はあ、はあ、苦しい・・・普通に走るとこんなに辛いんだ・・・吉澤さんとか普通に走れるのは凄いですね・・・あ!吉澤さ~ん!走りましたよ」

マルシェはダークネスの本部の入り口で待ち構えていた吉澤に大きく手を振った
そんなマルシェを吉澤はスポーツドリンクを片手に持って笑顔で迎えた
「おかえり~マルシェ。どうだ、気持ちよかっただろ」
「はい、久々に走って疲れました」
そう言って実際は数分間しか走っていないマルシェは脇腹を押えた。


「じゃあ、早速、確認するから、万歩計を見せて」
そういって吉澤はマルシェにスポーツドリンクを渡しつつ腰につけていた万歩計を取った。
「あ・・・すまん、マルシェ、電池切れてたわ~これ」
「え?そんな!私しっかり走ったんですよ!吉澤さんの言うとおり9000歩くらい」
「ごめん、悪かった。でもいいだろ?そんなに汗かいているから走ったことには違いない」

満面の笑みでマルシェを見つめる吉澤。そこにはかつての優しいキャプテンの姿が見えた
「はい、吉澤さん!気持ちよかったです。今度は一緒に走りましょうね」
「よし、わかった。今度は一緒にな。」
吉澤はマルシェの肩に手をまわし、二人は一緒に建物の中に入っていった。


夕食がマルシェの研究室に運ばれてきた。
「いただきま~す!おイモの天ぷらだ~♡」
マルシェは当たり前のように天ぷらを触って、ピンク色の光を放った
「ふふふ、走った分栄養は取らないとね」

マルシェは掌くらいに大きくなった天ぷらを幸せそうに口に頬張った。



最終更新:2014年01月18日 11:41