(34)371 『motor fivers 後編』



「ボス」と呼ばれた男は静かに右手を上げた。Rの手から鞭が飛び、放物線を描いて後ろにいた男の手に静かにおさまった。男は鞭の感触を確かめつつ言った。
「ほう・・・なかなかいい武器ではないか・・・さすがRの愛用品だな」

Rは恐怖におびえている幹部の動きを封じつるために右手から念動力を放ちつつ、男の方を振り向いて睨みつけた。
「おまえがこの組織のボスか?」

男は流れるような動作で紳士の所作で頭を下げた。普通なら出るはずの隙がこの男には頭を下げたにもかかわらず、全く見られなかった。
「ようこそ、我が組織へ。R殿。改めて自己紹介をしよう。私がそいつらのボスのJだ」
(こいつ・・・できるな・・・)
Rの直感がそう伝えていた

「それにしても後ろにいるそいつらは本当に使えないな」
Jは後ろで動きを拘束された幹部達を指さして言った。
「やはり前のボスの時のぬるま湯に慣れていたんだな。おい、お前ら!最後のチャンスをやろう。命が惜しければ3対1でも構わん、その女を殺せ」
Jが握っていた右手をゆっくりと開くとRの念動力がほどかれ、幹部達は自由に動けるようになった。

自由になった幹部3人は全力の念動力を放った。一方のRは鞭を取られてしまっている。
念動力がいかに強力といえども、同心円状に並んでいる敵に対して放っては破壊力は格段に下がる。状況としてはRはかなり不利と思われた。しかし、Rはそれでも笑っている。

「オマエ、何がおかしい」
「いや、何、ようやく、楽しくなってきたなって思ったのよ」
「「「?」」」

Rは能力の第二段階のスイッチを入れた。


硬質化:全身を金属に変化させることができる能力。そのことにより斬撃や銃撃、念動力による物理的ダメージを軽減させることができる。また肉弾戦の威力も格段に向上し、精神のロックも可能となる。まさに『鉄の女』になる

今やRはどんな念動力にも屈しない鉄壁の防御を手に入れた。硬質化することによりRの肌の色は黒から銀色に近い色に変化していた。

幹部が放ったエネルギーは大きな音を立ててRに直撃している。しかし一向にRが倒れる気配はなく、それどころかRは一歩ずつ幹部の1人に近づいていく。
「ち、チカヅイテくるナ。おい、おい、お前ら俺をサポートしろ」
「ムリだ、お前を助けたくテモ動けない」「俺もダ、もっと力を出すンダ」
幹部達は命が惜しいのだろう必死に念動波を出し続けた。一層激しくなっていく光が室内を白く染める。しかし、もう目の前には両手を掲げたRの姿が見えるほどに来ていた
「全く無力ね。せめて抵抗することもできないなんて・・・安心しなさい一瞬だから」

Rは一気に間合いを詰めて幹部の一人を殴り倒した。鋼鉄となった両腕の破壊力は物凄く戦闘に特化した幹部でも一発で床の上に倒れこんでしまった。
Rはゆっくりと後ろを振り向き、残った二人をにらみピースサインを出して、言った
「あと2人」

そして残った二人も訳もなく倒され、その場にいるのはRとJだけになった。
「Jだっけ?さあ、あなたの可愛い部下もみんな倒れたわ。最後に残ったのはあなただけ覚悟しなさい」
「ほう、私の名前を覚えてくれたか。それだけでも称賛に値するな」
「ふん、一応礼儀ってものはあるんだからね。それにあんたとなら楽しめそうだからね」
「俺としては伝説に残ることになるな『Rを倒しダークネスの支配者となったI』として」
二人ともこのような場面でも笑っていた。


先に動いたのはJの方であった。手元に持っていたRの鞭を念動力で操り手足のようにRを攻め立てる。右に左にR特製の鞭が踊り狂うように動く。そのたびに鞭の金属部とRの金属化された肌がぶつかり火花が散る。
「ほう、やはりお前はその鞭ではダメ-ジはないのか・・・」
「だからその武器を選んでいるんじゃない!当然の選択よ」

Rが鞭を選んだ理由の3つ目は自分の能力との相性の悪さにあった。鞭に仕込んだ金属は生身の肉体ならば脅威であるが、金属化、鉄の女となったRにとっては何の恐れもない。むしろ自分の体に当たるたびにはげしく飛び散る火花をRは楽しみにしていた。

「だがいつまでもそんな硬質化が使えるわけではなかろう。いつまでも持つものかな」
「あなた、私を見くびっているのね。粛清人Rよ。簡単には倒れないに決まっているじゃないの!」
「そう言っている割に口調が荒荒しくなっているぞ。しかし・・・私もそこまで暇ではない・・・一気にかたをつけさせてもらうぞ」
そういってJは鞭を部屋の外に放り出した。

Jは自身の能力を解放した。と同時にRは自身の体が鈍くなった感覚を覚えた。
「どうした、R?なんだか体が重くなった気がするんじゃないか?」
右手を前に、左手を後ろに出しているJは邪悪な笑みを浮かべた。

周囲を見渡すと砂が舞い上がっていて、同時に撃ち尽くされた銃弾が浮いていた
「J、あんたの能力はもうわかってしまったわ。場所が悪かったわね。」
「あん?・・・それは仕方のないことだ。もともと暗殺向きの能力と自負している」
「暗殺?これで前のボスの座を奪ったのね」
「まあ、そういうことだ。気づいているなら俺の口から言おう。俺の能力は『磁力制御』」

「私の体は今や金属。あなたの磁力によって動きが制限されている。そんなところかしら?」
「ご名答。この土地は砂に満ちているからばれるのは承知の上だ」
「自分から説明するということは、それほど自身の能力にほれ込んでいると解釈してよろしいのかしら?」
「まあ、そういうことだ」


「しかし、お前は能力の相性が悪いと思わないのか?お前は金属。私は磁石。一方的にお前を近づけさせなくすることも可能なんだぞ。こうやってな!」
Jの手が緑に光るとRの体が浮き、後ろの壁に叩きつけられた。硬質化のため痛みはないが、まったく身動きがとれない。同時にRの周囲には砂鉄や銃弾が壁に突き刺さっていく。

「どうだ、動けないだろ。私は強力な反発力を発しているのがわかるだろ」
「確かに動けないけど、ここからどうするつもり?私を傷つけることはできないんではなくて?磁力でどうやって鉄の私を殺すつもり?」
「ふん、簡単にはいかないからこそ早く力を解放したのだよ・・・簡単な理科の質問だ。金属に磁力を与え続けたらどうなるかな?」
「・・・磁力を受けた金属が磁石になる。それでどうするの?」
「いかにお前が硬くなっていたとしても体がバラバラになったら終わりだろ?」
Jは懐から鋭くとがった金属片を取りだした。

「これが見えるかね?こいつは私特製の銃弾でね、重さゆえに私にしか打てない仕組みになっている。重さは444グラム。こいつをお前の胸の真ん中に狙って撃ち込む。
磁石のお前に金属の銃弾は私の念動力に加えて磁力を帯びて普通の銃弾の数百倍のスピードで撃ち込まれる。すると体は銃弾痕を中心にひび割れてお前は死ぬ」
これからの行動を隠そうともせず話すJの左手に砂がどんどん吸いついて行った。

「でも肝心の銃弾があたらなきゃ意味がないでしょ。私が硬質化を解いたらどうするのよ。あんた、バカ?」
「・・・お前の動きはもう十分に把握してある。お前と私の距離は少なく見ても5mはある。移動には二秒はかかるだろう。
その間にこの弾を撃ち込むだけでいいんだからな。直接攻撃するしかないお前は近づいてくるんだから狙い撃ちができるもんだ。有名なことを恨むんだな。」
「あなたの情報なら私が5mの距離を撃たれないで動くのは無理ってわけね・・・」
「その通りだ。念動力も打ち消すことはたやすい。チェックメイトだ、R」


笑みを浮かべてJがさらに語り続けた。
「そういえば磁力じゃ人を殺せないって言ったな、R。知っているか?MRIという機械がある。病気をみつけるために体の中を磁力によって見ることができる機械だ。

ある日、一人の患者がMRIの検査を受けた。目的は癌の進展の程度を見ること。いつも通りに検査を始めた検査技師はMRIの始動スイッチを押した。すると突然患者の絶叫が聴こえた。急いで近づくと患者はMRIの中で大量の出血をして、死に絶えていた。

原因は何だと思う?簡単なものさ。患者は手術を受けた時にメスを置き忘れられていたんだ。そのメスが強力な磁石によって内臓を傷つけ出血を生んでいた。医師の不手際には違いないが『磁力」で人を殺すことは可能なんだ」

Jはゆっくりとその銃弾を掌に載せた
「そろそろお前の磁石化が完成したようだな。皮膚に砂がつき始めたぞ。」
Rの皮膚に舞っていた砂や金属がくっつき始めた。
「さよならだ。R。今度は私が『粛清』させてもらう。」

Rは小さくクククっと喉から音を鳴らした
「どうしたのかね?気でも狂ったのか?」
「いや、嬉しいのさ、やっと本気で戦えて・・・本当の能力を出せる敵に出会えて」

「それなら本気とやらをみせてみよ。死ね~~~」
Jは銃弾をRに向かって放った
(奴は動けず、しかも私に近づくことすらできない。近づいても狙い撃ちだ。
更にこの銃弾は必ず当てることができる。仮に外れても、何度でも操作できるのだからな)
Jは勝利を目にして微笑んでいた

ドスッッッッッッッッッッ・・・・バコォォォォォン

銃弾の威力はJが自慢げに述べた通りにすさまじく、壁に大きな穴が開き豪快な音とともに崩れ落ちた。周囲には埃が巻き起こり視界が失われた。


「やったんだな・・・私は伝説の一人になったんだな・・・さて、死体を確認しようとするか」
壁に向かって一歩踏み出そうとした次の瞬間、Jは背中に強い衝撃を受け、壁のあった方向に飛ばされた。

ドカァァァァァァァァァン

壁のあった位置を超え、部屋を1つ、2つ分も飛ばされ、3つ隣の部屋の壁にぶつかってようやく止まった。周囲は壁が壊されたことによって生じた粉塵で再び見えなくなった
(くっ・・・動けない・・・どういうことだ・・・)

舞っていた埃や砂が少なくなるとJはRが自分を見降ろしていることに気がついた
(どういうことだ・・・なぜRが生きている?・・・声が出ない、どういうことだ?)
「首から下はもう動かないわ。だって脊髄を潰したんだもん。動くのは顔の筋肉だけよ」
RはJの顔を覗き込もうと一歩近づいた。その手が赤く染まっているのが見えた。
Jは右手を動かそうとした。しかし、全くピクリとも動かない。自分の感覚もなくなっていることを感じ、目の前が暗くなってきた。

Rは口から血の泡を吹いた。
(・・・グフっ・・・な、なぜ、Rは動けないハズでは・・・)
「なんで動けたのか不思議そうな表情ね。ふん、あたしの能力の全てを知っている?ふざけるんじゃないわよ。あんたみたいな三下にピンチになるほど、やわな能力ではないわ。でもね、教えてあげるわ。私の能力は・・・」

Rが口を開こうとした瞬間Rの呼吸音が途絶え、全身が小さく震え始めた。その震えを見てRは一瞬驚いたが、すぐに冷静を取り戻した。その震えもやがて止まりJの瞳が大きく開かれた。
RはJをブーツで踏みつけながらRは虚ろに呟く
「またあたしの能力を説明するまで生き残る者ではなかった。所詮コイツも雑魚か」
RはすでにJへの興味を失っていた。


硬質化の応用
金属化することができるのは外面だけではない。Rは瞬時にして神経及び脳を金属、正確には最もこの世で電気を伝える速さの早い金属である金に変化させた。

―『移動』という行為は神経により電気の伝導とそれに対する筋肉の応答によって発生する。『動く』という動作は脳の中で情報として作られる。
その情報は運動神経によって筋肉へと伝わり、骨格筋が収縮することで『移動』ことができる。この速度が速ければ速いほど移動を速くすることが可能となる。

Rは壁に叩きつけられ、Jとの会話をしている間に硬質化を表皮の薄い部分のみにして、神経及び脳を金に変化させたのである。
金になった神経は瞬時にして脳の思考力及び筋肉運動を活性化し、Rの身体能力をさらに上げることになった。
その結果、Rは目でとらえられないスピードで動くことができたのだった。

Jがバカにしていたコンマ数秒の間にRはちょうどRの背後にまわり再び全身を金属に変化させた。今度は磁石になりやすい金属に変化した。

RはJが磁力を放つときに右手を前に左を後ろにしていたことに気が付いていた。RはJ自身が持っていた金属が飛んで行かなかったことから1つの予測を立てていた。

『Jの磁力は一つの方向にだけには働かないのではないか?反発力と同時に吸い寄せる力も放っているのではないか?』

そもそも磁力はSとNという2つの起点と終点を持つ。S極から出た磁力線はN極へ入っていく。Jは右手を前に出し、N極を後ろに出していた。あの不自然な格好が気になっていた。
「右手は反発、左手は吸着をする」と考えた。金になった脳は回転も数十倍に性能が上昇していた。

その予測は見事に的中し、反発力は右手から、左手は吸着の力を持っていた。後ろに回った瞬間にJの左手に砂がくっついるのを見てRは確信した。
金属化したRの体はJの背後から強力な磁力の力、J自身の能力を逆手にとって、ぶつかっていった。そしてぶつかる瞬間に背骨を折り、Jの自由を奪ったのだ。


Jにとって致命傷となったのは、J自身の磁力は全ての金属に対して対象であったこと
そしてRを始末する目的に銃という数秒ではあるが時間のかかる手段を用いたことであった。
コンマ数秒の油断、それがJにとっての敗因となった。

全ての敵を倒したRは外に出て放り出された自分の鞭を拾った。鞭は少し傷ついてしまっていた。
硬質化させた腕に鞭をあてて、自身の腕で凹んだ金属部分を研ぎながらRは空を仰いだ。
「また私の満足いく敵と会えなかった・・・武器として鞭を選んだ本当の理由を理解する敵はいないのかしら・・・」

Rは虚ろな眼差しで何もない荒野を眺めて言った。
「鞭はね、戦争の発展に大きく貢献したの。鞭のおかげで馬や牛を操ることができ、勝利する確率をあげたの。
それに鞭は服従の印・・・しりたげられた者を打つことで完全に上下関係を示したもの・・・戦いにしか居場所を求められない『R』には最適じゃない?」


くぐもった声が静かな大地に響き、足元の乾いた大地が少し濡れたのはだれも知らない



最終更新:2014年01月18日 11:46