(35)500 『過去からのプレゼント』



毅然とした足取りで歩を進める女性の姿があった。
その横顔に刻まれた皺の具合から察すると、年齢は40代の半ばくらいであろうか。
貴婦人然とした端正な顔立ちと裏腹に、彼女のまなざしには張り詰められた強い意志が窺える。
視線の先には「立ち入り禁止」と書かれたテープが張り巡らされていた。

「ゴメンなさい。遅くなった」
「警部、どちらに?」
「ちょっとね。で、被害者は?」

20代後半のいかにも体力と正義感にあり余っている、といった様子の刑事に促され、警部は被害者の傍で片膝をついた。
被害者、その男は、目を見開いたまま事切れていた。
驚いたように虚空を見つめるその貌は、その死があまりにもあっけなく訪れた事を物語っている。

「ポケットに財布と名刺入れがありました。ガイシャの名前は木場栄一、37歳、雑誌のライターだそうです」
「物取りの犯行じゃないってことね…死因は、この傷…」
「ええ、他に外傷はありませんでした。しかし…」
「随分、妙な傷ね」

被害者、木場栄一の死因は、左右の頸動脈を切断されたことによる失血死。
しかし、その傷跡が妙だ。首に水平に真っ直ぐ走る赤い線。傷はその一つだけであった。

「左右の頸動脈が同時に切られて…傷は首の後ろまで、というか…首を一周してるわね」
「どうやったらこんな傷跡が残るんすかねえ。ナイフなんかで切ろうとしたってこんな風には」
「刃物が首に巻き付いた…?細い、ひもの様な…いや、糸…ピアノ線?いや、もっと鋭い…」
「警部?」
「雑誌のライターって言ってたわね」
「あ、はい」
「何かを知ったんじゃないかしら。なんらかの秘密を知ったから消された」
「って事はプロの犯行ですか?」
「“まともな人間”の仕業じゃない」

そう言って警部は、木場の胸元に視線を移した。首から飛び散った血が、首飾りのように染みついていた。




「これを…私に?」
「プレゼントやって、書いてある」

そう言って高橋愛は、落ち着いた色合いの包装紙でラッピングされた箱をカウンターの上に置いた。

「プレゼントって…誰から?」
「さあ…?今朝ポストに入ってた。本日休業って札出してたんやけど」
「何で私にだって分かるの」
「カードが付いとるよ」

飾り付けられたリボンに小さなカードが挟まっており、それを手に取ってみると―

―喫茶リゾナント 新垣里沙様  Happy birthday―

と、滑らかな筆跡で綴ってあった。

「変なイタズラか何かかとも思うたんやけど…それにしちゃあセンスがええし」
「でも何でここに贈って来たんだろ。私ん家は知らないって事?私の誕生日は知っててもどこに住んでるかは知らない…」
「とりあえずさ、開けてみたら?」
「うん」

慎重な手つきで包装をはがし、箱を開ける。そこには、白い緩衝材に包まれた古ぼけた人形があった。
雪の中で眠る少女を思わせるその人形を見た時、里沙の記憶の奥底で、何かが波打った。

「あら、かわいいお人形さんやねえ…どうした?ガキさん」
「うん…私…これに何か見覚えがあるような…」

里沙がそのやや厚めの唇に指を当て、思考を巡らせていると、
ドアを開く音と共に、元気な、というよりは騒々しいといった方が相応しい声が店内に響いた。


「こんにちは~!あ、新垣さん!ハッピーバースデー!」
「あ、何だ小春か」
「どうですか新垣さん!21歳になっちゃいましたけども!プレゼント欲しいですか?」
「まあ、貰えるんならありがたく…」
「じゃああげます!プレゼントは~、ジャジャーン!小春でーす!どうぞ!」
「あー、やっぱいいです。返品します」
「え~何でですか~?」
「それ理由言わなきゃダメ?」

わざとらしくウンザリした口調の里沙を横目に、久住小春は「ンフフ」と悪戯っぽく笑みを浮かべながら里沙の隣に腰を下ろした。

「他のみんなはまだですか?」
「れいな達はパーティーの買い出し、愛佳は学校、ジュンジュンとリンリンはお店が終ってからになるって言うとったよ」
「そうですか…ん?何です、その人形」

小春が、里沙の手元に置いてある人形に気付いた。

「ガキさんにプレゼントやって。差出人不明の」
「差出人不明?気になりますねそれは調べましょう」

そう言って小春はヒョイっと人形を手に取り、好奇心の光を煌かせながら、まじまじと見つめる。

「あっ!小春!」
「ヒントはこの人形にあると小春はみましたよ。よし!服をぬがせてやりますッ!」
「ああ!やさしくしてやさしく!服をぬがせないでッ!感じるのよアンタがいじるとロクな事にならないって!」
「ん、何だコレ?…服の下…背中に字が書いてあります…名前だ…見て下さい、新垣さん」

小春から渡された人形の背中には、ひらがなを覚えたばかりと思われるの子供のつたない字で、
「り」「さ」
と、記してあった。




せわしなく響く話し声や機械音等の雑多な物音に包まれるオフィスで、
「そうですか…木場君が」と、『週刊文潮』デスクは綺麗に禿げ上がった額をさすりながら呟いた。

「何かトラブルに巻き込まれたとか、誰かに恨みを買っているとか、そういった事はありませんでしたか?」
「トラブル…ですか」

落ち着いた口調の女性警部の質問にデスクはしばらく考え込んだが、はかばかしい答は浮かんでこなかったようだ。

「彼はフリーランスでやってましたもんで、プライベートな事までは」
「そうですか。では、もう一つだけお聞かせ下さい」

警部はここからが本題だと言わんばかりに、確信を込めて言葉を続ける。

「彼は、何か重大な“秘密”を掴んでいたんじゃないですか?」
「秘密、ですか。そういえば先日いいネタがあると言っていましたが、まあ彼は腕のいいライターだったんでそう珍しくも」
「詳しくお聞かせ願えますか」
「スイマセン、凄いネタを掴んだとしか聞いとらんのです。ただ…喫茶店がどうとか…」
「喫茶店?確かに、そう言ってたんですね?」
「ええ、店名までは分かりませんが。いや、お役に立てませんで」
「とんでもない。どうもありがとうございました」

そう言って彼女は足早にオフィスを後にした。
平静を装ってはいたが、明らかに動悸が速くなっているのを自覚している。
現場近くにある喫茶店。思い当たるのは、あそこしかない。

―行かなければ

何か衝き動かされるように、彼女は駈け出した。
運命という名の重力に引き寄せられたのかもしれない。




「りさ…?何でガキさんの名前が?」

人形を覗きこみながら言った愛の言葉は、里沙の耳には届いていない。
吸いこまれるように人形を見つめたまま、息を吸う事さえ忘れてしまっているようだった。

「ガキさん?どうした?」

異変を感じ取った愛の心配そうな声で、やっと里沙は顔を上げた。

「私のだ…」
「え?」
「思い出した…この人形に名前書いたの、私だ」
「何で新垣さんのが贈られてくるんですか?ハッピーバースデーって」
「小春!」

里沙はバースデーカードを小春の手に握らせて、言葉を続ける。

「ねえ、小春。念写でこれを贈ったのがどんな人か、今どこにいるのか探せない?」
「知らない人を写すのはちょっと難しいんですけど、でもやれない事は無いと思います」
「お願い!力を貸して!」

強がりで、どちらかというと意地っぱりな所があり、人に弱みを見せるのを嫌う里沙が、なりふり構わない様子で自分に頼っている。
小春にとっては意外な思いがしたが、同時に胸の奥をくすぐられるような感覚を伴ってもいた。要するに、悪い気はしなかったという事だ。

「もう、当たり前じゃないですか」

力強く小春は頷いて、カードを持つ手に精神を集中した後、念写能力を発動し瞼の裏に光景を映し出した。

「見えた…あ、ここから結構近いですよ…知ってる場所だ」
「近いの…?」
「新垣さん行きましょう」
「え?」


「だって、そうしたいんでしょ?」と、里沙の迷いや戸惑いの奥にある本音に向かって、小春の目はそう語りかけていた。
全てを見通すような小春の視線に促されて、里沙は愛の方を見た。
愛は柔らかな微笑を浮かべ、優しい声で言った。

「ごちそう作って待ってるから、気を付けて行っておいで。ガキさん」
「うん。ありがとう、愛ちゃん」

喫茶リゾナントのドアを潜りぬけ、里沙と小春は街の雑踏へ歩き出していった。

「きっと、会えるよ。里沙ちゃん」

二人を見送った後、愛は確信を込めてそう呟いた。




街並みの中を足早に歩を進める警部の姿があった。その額にはうっすらと汗がにじんでいる。

―あの喫茶店にはやっぱり

考え事に気を取られていたためか、警部の肩と、前から来た通行人の肩がぶつかった。
速足だったため結構な衝撃があり「失礼」と警部は軽く頭を下げたが、相手は一瞥もくれずに歩き去ろうとする。
警部にはそれが、妙に気になった。刑事の勘というものが働いたのであろうか。

「あの、ちょっと」

思わず、声をかけ呼び止めていた。
20歳を過ぎたか過ぎないか位の若い女が、その声に振り向く。
その時、ぶつかった拍子で女の袖口に隠されていた何かが日光を反射しているのがちらりと見えた。

―今のは?
「何か用?」


棘のある声を発しながら、女はさりげなく袖を直した。
警部の脳裏をよぎった疑問が、ある種の確信を帯びていく。

「差し支えなければその袖の下の物を、ちょっと見せてくれませんか」
「ハァ?何言ってんのオバサン」

女の目を見据えたまま、素早く警部は懐からバッジを取りだした。

「警察です。袖に隠してある物を見せなさい」

女は酷薄な微笑を浮かべ、べえっと舌を出し、次の瞬間いきなり身を翻して走りだした。
すかさず警部も全力で駈け出していた。彼女を衝き動かすのは警察官としての職務か、それとも別の何かか?





足早に歩きながら、里沙は小春に向かって言葉を投げかけた。

「ちょっと変だと思うでしょ?人形に名前書くなんて」
「まあ、言われてみればちょっとヘンですかね」
「昔ね、あの人形を失くして大騒ぎになった事があったの。それで、もう二度と失くさないようにって、名前書いたの」
「それが何で…?」
「その後、失くしちゃったから。人形じゃなくて、私の方が」

やや間を置いて里沙は、自分が4歳の頃にダークネスに攫われて、その後はずっと組織の中で生きてきたと手短に語った。

「4歳って…そんな昔からですか?」
「私、ちっちゃい頃から能力が使えたから、どっかで目を付けられたんだと思う」
「大変だったんですね…新垣さん」

里沙がどれ程の苦痛とかなしみに苛まれ生きてきたのだろうかと、小春の声のトーンが沈んだものになっていた。


「でも、あの人形がリゾナントに届けられた。誰かが、ずっと持ってくれていたんだ」
「その人はずっと新垣さんの事を待っててくれてたんですね」
「そうよね。きっと、そうだよね?小春」
「新垣さん見えました、むこうです。むこうに、何か見えました」

小春は立ち止って、一本の路地を指差した。
その先へ視線を巡らせながら、里沙は己の胸の鼓動が高まっていくのを感じていた。



「いない…どうして?」

警部の目の前にあるのは、突き当りの壁だった。いきなり逃げ出した女を追ってここまで来たのだ。
間違いなく女はこの道へ入っていった。しかし、いない。
乱れた呼吸を整えながら、辺りを調べる。どこに消えたというのだ。

「ケーサツなんかに嗅ぎつけられるとはねえ、何か屈辱」

不意に背後から女の声がした。振り向くと、薄い微笑を頬に貼り付けたあの女が立っている。

「あなた…!いつの間に」
「アンタもツイてないね。年甲斐もなく走ったりするからだよ」
「…木場栄一を殺害したのは、あなたね」
「木場…?ああ、あのオッサンか。殺害つうかさあ、始末よ。鼻が利き過ぎたからさあ」
「始末?彼が何をしたっていうの」
「組織の存在を嗅ぎつけただけじゃなく、組織に楯突くあいつ等の事にも気付きやがった」
「組織?あいつ等?どういう事なの。答えなさい」
「アンタに教えたって無駄に決まってんじゃん。どうせここで死ぬんだし」

確実にこの女は何かを知っている。
普通の人間には想像する事も出来ない、人間世界の影で繰り広げられている大いなる秘密。
この女は間違いなくその中に身を置いている筈だ。


―私はそれを知らなければならない。それを突き止めるために長年私はたたかってきたのだ。それが、私のたたかいだったのだ。
揺るぎない意志を纏って、女性警部の声が凛として響く。

「殺人の容疑で、あなたを逮捕する」
「…ハハッ!アハハハハ!笑わせてくれんじゃない!普通の人間が能力者を逮捕するだって!?」

女の袖口から、ゆらり、と鋼線が姿を現す。

「オバサン、アンタ面白いからさあ、ちょっとだけ教えてあげる。組織を裏切ってあいつ等に寝返った奴もこれを使うんだ」
「その子の、彼女の名前は何ていうの?」
「あら興味があるわけぇ?そいつ生意気に通り名なんか持ってやがってさ、“心を縛る鋼”の新垣っていうんだ」
「――!」
「一瞬であの世に送ってやるよ。アンタを殺ったら、次は奴等を始末してやる」
「そんな事、絶対にさせない!」

警部の目に宿るのは、恐れや絶望等ではない。決して何物にも屈しない正義の光が煌々と輝いている。
女が袖口の鋼線を繰り出そうとした瞬間、二つの足音が近づいてきた。
続いて聞こえてくる二つの声。

「よく聞こえなかったんだけど、誰を始末するって?小春、あんた聞こえた?」
「いや、聞こえなかったです。ただコイツが果てしなくアホな事を言ってたってのは分かります」

振り向いた女の目の前に立っているのは、新垣里沙と久住小春、二人のリゾナンターであった。

「お、お前等…!どうしてこんな所に!」
「誰を始末するってのよ。言ってみなさいよ」
「あなた達逃げなさい!そいつは殺人犯よ!」
「新垣さん聞きました?殺人犯ですって、なおさら放っとけませんね」
「何言ってるの!危険よ!」
「大丈夫ですから、ちょっと下がっていて下さい」
「え?」
「喰らえよ!」


里沙が警部に向かって声をかけた隙を衝いて、女の鋼線が左右から空気を切り裂いて里沙と小春に襲いかかった。
危ない!と警部が息を飲んだ瞬間、二人の姿が消えていた。

―消えた?

消えたのではない。
二人は地面を蹴って動いていた。
鋼線を掻い潜り、瞬時に女の懐に飛び込んだ。
二つの弾丸が正義の一撃を繰り出す。
次の瞬間、決着が付いていた。
里沙の拳が女のみぞおちに、小春の右足が女の顔面に、同時に叩きこまれていた。
女の意識は二人の一撃で一瞬にして遥か彼方へ吹っ飛ばされ、女は白目をむいてその場に倒れ込む。

「ナイスコンビネーションじゃないですか新垣さん」
「小春、なかなかやるようになったじゃない」
「…ところでコイツ、どうします?」
「殺人事件の犯人なのよね。じゃあそういう風にしましょ」

里沙は女の額に手を当てて意識を集中し、精神干渉能力を発動した。

「いい?アンタは大人しく法の裁きを受けなさい。きっちり罪を償って、真っ当な人間になる事。いいね?
 能力の事も、組織の事も、私達の事も、すっぱり忘れなさい」
「もし妙な気を起したらどこまでも小春が追い詰めるって付け加えて下さい。そいつの顔は覚えたんで」
「くれぐれも妙な気は起こさない事。さもないと小春だけじゃないよ私達みんなが世界の果てまでも追い詰めるんだから」

そこまで言って、里沙は女の額から手を放した。

「これで良しと…気絶してるから刷り込みやすかったわ。小春、その人警察の人みたいだから、ちょっと待っててもらって。
 私達の事、忘れてもらわないと」

半ば呆然と二人を見つめていた女性警部が、喉から声を絞り出すように、言葉を紡ぎ出した。


「忘れる訳…ないじゃない…」
「え?」
「何があったって、あなたの事、忘れる訳ない。ずっと…一日だって、一秒だって、あなたの事忘れたりしない」
「あの…ひょっとして…人形を」
「里沙!」

抱きしめられた。
そのぬくもり。
その匂い。
里沙は、それで全てを、理解した。

「ずっと…探してたのよ。絶対に見つけるって、ずっと、里沙に会える日を信じて」
「あ、あなたは…私の…お母さんなんですか?私の…お母さん」

17年の時を経て、母と娘が再会を果たした瞬間であった。
闇に囚われて尚、光を見失わなかった娘と、かなしみに飲み込まれて尚、希望を失わなかった母の、再会。
二人の頬を伝う涙は、過酷な運命を乗り越えた者だけが放つ輝きに充ち溢れていた。

「大きくなったねえ…里沙。すっかり美人さんになって…」

里沙の頬を、母の手が撫でる。
里沙は震える声で、母に語りかけた。

「私…ごめんね。お母さんの事覚えてなくて、私ずっと忘れてて、ちっちゃかったから、私…」
「これからでいいのよ。里沙。これから、家族をやり直せばいいの」

心の隅々まで沁み込んでいくような母の優しい声に、やっとの思いで里沙は首を振って、答えた。


「お母さん…私、私ね?まだ…駄目なの。まだお母さんの所に帰れないの」
「里沙、お母さんはね」
「私やらなきゃならない事があるの。お母さんを巻き込めないの、その…とっても…危ないから」
「お母さんは17年間ずっと、あなたを探してたのよ」
「でも」
「里沙、聞きなさい」

母は里沙の肩を掴んで、里沙の目を真っ直ぐに見つめる。

「あなたがいなくなった時に、お母さんは絶対に何があっても里沙を見つけるって誓った。
 辛い事も、くじけそうになった事もあったけど、17年間ずっと、お母さんは諦めなかった。
 里沙もきっと頑張って生きているって、そう信じてたから」
「お母さん」
「里沙は立派に成長して、お母さんの目の前にいる。17年かかったけど、また会えた。
 それに比べたら、里沙と一緒に暮らせるのが少しくらい延びたって、お母さんどうって事ないわ」
「お母さん!」

里沙は母を抱きしめた。
この人の娘で良かった。この人の娘に生まれて、誇りに思う。

「絶対、帰ってくるからね。私、絶対帰ってくるからね」
「里沙、あなたはきっと、お母さんには想像もつかないような大変な事を成し遂げようとしてるんでしょ?」
「知ってるの?お母さん」
「あなたには人の心に訴えかける不思議な力があった。
その不思議な力が里沙に辛い宿命を背負わせるんじゃないかって、ずっと心配だった。
 でも、里沙なら乗り越えられる。お母さんには分かるのよ」
「どうして?」
「お母さんにも不思議な力があるから。――里沙を信じるっていう、不思議な力がね」

そう言って母は、小春の方に振り向いた。

「小春さん。これからも、里沙をよろしくお願いしますね」


きらりと呼ばずに小春と呼んだのは先程の里沙との会話を耳聡く聞いていた為だろう。
この辺りはベテランの刑事の風格があった。
小春は照れくさそうに頭をかきながら、唇に微笑を浮かべた。

「まあ、小春は新垣さんの相方ですからね」
「なによう相方って」

里沙の背中をポンと叩いて、母は言った。

「後の事はお母さんがやっとくから、里沙は行きなさい。待ってくれてる人がいるんでしょう?」
「うん、今度お母さんに紹介するね。みんな、私のとっても大事な人だから」

小春の元へ駆け寄る里沙の背中に、母が声をかける。

「里沙、21歳おめでとう」
「ありがとう、お母さん」


里沙と小春を見送り、しばらく再会の余韻に浸った後、呼吸を置いて懐から携帯電話を取り出した。


―もしもし、お義母さん。私です。今日とってもいい事があったんです。
―ええ、詳しい事は帰ってから話します。
―そうだ、お義母さん。とても素敵な喫茶店を見つけたんです。今度ぜひ行きましょう。
―そのお店の名前ですか?
―喫茶リゾナントっていうんです。良い名前でしょ?





「ねえ、小春」
「何ですか」

リゾナントまでの帰り道、里沙は小春の方をちらっと見やって言った。

「あの…さっきの、小春のプレゼントさ」
「ああ、返品されたやつですか」
「あれ、やっぱり…もらえないかな?」
「ん?それはつまり一体全体どういう事です?」
「だからさあ!…まあ、あれよ。これからもよろしくねって事よ」

照れくさそうにしている里沙の横顔を見つめながら、小春は「ンフフ」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。



最終更新:2014年01月18日 11:53