(36)121 『未来を切り拓く電撃使い-open up the future-後編』



超能力者に関する特別な“法律”が施行されたのは、確か、あたしが12歳くらいの時だったと思う。
はっきり言って、その頃は自分が超能力者だなんて知りもしなかったし、そうだと思ったことすらなかった。
そもそも、超能力者自体が全世界の人口の1%にも満たない、そんな風に教わったし。
学校の授業でそういう法律が出来たと勉強したことはあっても、どこまでもそれは他人事でしかなかった。

だって、全世界の人口が60億人とかいる世界で、人口の1%にも満たない超能力者が自分の住む地域にいる可能性なんて、
それこそ宝くじの1等にでも当たるくらい低い確率に違いないし。
しかも、“現行犯”みたいな形で連行されるところをこの目で見る確率なんて、それこそ天文学的な数字になるんじゃないかと思う。

まさか、自分がその1%未満だったなんて。
この法律が存在する限り、心から安心して生きていくことが出来ないだなんて。

本当におかしな話だと思うのにその現実を受け入れなきゃいけない、だって―――あたしは超能力者だから。
超能力者なんて本当にいるのかな、なんて一瞬たりとも思うことなく生きる“普通の人間”じゃなくなったんだから。

超能力者に対する特別な法令は、ものすごく簡単に言ってしまえば『異端の者は一般世界から消してしまおう』ってことだ。
能力を持たない大多数の人間を傷つけたり、時には殺してしまう“可能性”がある能力者を捕獲し無力化する。
つまり、普通の人間に戻すことが目的だと教わった。

でも、そんなものは表向きの話だと、それなりに大人に近づいた今なら分かる。
能力を無力化された超能力者が一般世界に戻って幸せに暮らした、なんて実例はネットにも文献にも載っていなかった。
多分、“通報”された超能力者はそのまま何処かへと連れ去られて、どうにかされてしまうんだと思う。
たとえば…“人体実験”とか、超能力者を集めて組織、みたいなものを作って…世界征服企んじゃう、とか。

―――それは全部あたしの妄想でしかないし、何が本当のことかなんてそうならない限り分からないことだけど。


     *    *    *


シャワーを浴びて、髪の毛を乾かして。
ヨーグルトとシリアルだけのブランチをとった頃にはもう、家を出てバイト先へと向かわないとマズい時間帯になっていた。


本来なら今日は休みなんだけど、前日店長に出れます、と返事した以上遅刻はヤバい。
正直な話、家族があたしへと残してくれた遺産や保険金だけで、これから先の人生贅沢さえしなければ十分生きていけるんだけど。

ばたばたと家を出て、電車に揺られて。
相変わらず人材不足に悩むキャバクラのボーイさんの勧誘を華麗にすり抜けて、あたしはダッシュで店へと駆け込む。
超ギリギリ…ほんの少しでも電車が遅れていたら間違いなく遅刻確定だったなぁ。
タイムカードを押して制服に身を包んだ時にはもう、勤務を終えた人がバックヤードへと戻ってきていた。


「おつかれさまでーす」


それだけ声をかけて、あたしは“戦場”へと駆けていく。
駅に程近いコンビニ、加えて今日は普通のサラリーマンの給料日ということもあって、いつもより二割増しで客が多い。
物を買ってくれる客ならまだいいけど、その列に混じって近所のパチンコ屋の店員が両替してほしいとやってくる。
店長に怒られるからあまりしたくはないんだけど、出来ないと言うわけにもいかない微妙な立場。
ビジネス街かつ駅から徒歩3分圏内ということもあってなかなか客足が途切れることはなかった、正直疲れるけどこっちとしてはありがたい。

客足がいったん途切れるまで、レジで待機しながらファストフードの調理、品物の補充など、
ドタバタと動き回っているうちに、休憩時間がやってきた。
適当に売り物をとって、普通の客と同じようにレジに立って買い物をしてバックヤードへと戻る。

バックヤードは薄暗いということを除いては、それなりに快適な空間だ。
横たわって寝ることも可能な革張りのソファ、買った物を温めて食べれるようにと電子レンジも置かれているし、
空調もばっちり効いているから、ゆったりと過ごせる。


そこで軽く食事を取って、携帯の着信チェックをしたりとあれこれしていたら、休憩時間はあっという間に終わってしまった。
とは言っても、今日は当欠がいるとか聞かされてない分、残り1時間半。
夜の10時までが18歳にならないあたしが働いても大丈夫な時間、それを超えちゃいけない、本当は。
この間は代わりの人間が来るまで仕方なく働いたけど、今日は定時で帰りたい。


『今日はそんなに遅くならないから、バイト終わったら連絡ちょうだい』


料理のお礼と、食器を返すタイミングをどうしたらいいのかというメール。
それに対して快い返事を貰っていたから、余計に早く帰りたいと思う。
あの、お節介で優しすぎるくらい優しい彼女に、たまには向けて貰った思いの何分の一かでも返したい。

バイトを終え、いつものように裏路地から表通りへと出たあたしが見たものは。
キャバクラのボーイさんに、執拗に絡まれている彼女の姿だった。

こういう人間のあしらい方を知らないのか、困ったように笑う彼女。
らしいっちゃ、らしいと思いながらあたしはズカズカとボーイさんと彼女の間に割って入る。


「あのー、この人あたしの相方なんで、ごめんなさーい」

「あー、そうなんだー、よかったら二人揃って働かない?給料はずむよー」

「大丈夫でーす」


彼女の手を取り、さっとボーイさんから離れる。
後ろで、へっ、とかえっ、とか言ってる彼女の手をしっかり握って、足早に駅のホームへと向かった。


改札を抜けて、電車が来るのを待つ人達の列に並んだあたしは彼女の方を振り返る。
何故か、彼女はぼーっとした表情を浮かべていた。


「あの…ありがと」

「別に…っていうか、なんでにーがきさんがここにいるんですか?
確か、にーがきさんの会社ってこことは反対方向ですよね」

「こっちの方に行かなきゃいけない用事あったから、どうせなら小春と一緒に帰れないかなって。
そしたらあのお兄さんに捕まっちゃったんだけどねー、本当ありがとう、小春」


そう言って苦笑いする彼女は、年相応の…あたしより4つ年上のお姉さんに見えた。
あたしより10センチ以上も低い背の彼女は、私服で一緒に歩いているとあたしの妹と勘違いされることもあるくらいなのに。
きっと、今日はライトグレーのパンツスーツに身を包んでいるからに違いない、と勝手に結論づける。

あのボーイさん、顔だけしか見ないで勧誘してるんだろうなぁ。
こんなに清潔感溢れるスーツを着こなしている人をキャバに誘うなんて、普通にあり得ないでしょ。
まぁ、顔だけ見たらってのは分からなくもないかな、彼女は派手めなメークを好む人だし。


「…いつから、あたしの相方になったのよ」


電車がゆっくりとホームへ侵入してくる直前。
彼女の小さな呟きは電車の音にかき消されることなく、不思議な程にはっきりとあたしの耳に届いた。

何も考えずに言ったあの言葉に、彼女が何を思ったのか。
少なくとも、批難するつもりで言ったわけではないんだろうなと思う。


答えを期待するような目で見上げてくる彼女の頭に、あたしはそっと手を伸ばす。
走ったせいで乱れた髪を撫でながら、あたしはパッと頭に思い浮かんだ言葉を口にした。


「…生まれた時からだよ」


言葉を口にし終わったのと同時に、まもなく電車が発車しますというアナウンスが聞こえる。
早く乗ろう、そう声をかけて背を向けたあたしは手を引かれて再び彼女の方を振り返って…言葉を失った。

彼女が、静かに涙を流しながら…微笑んでいた。

笑った顔も怒った顔も見たことがないわけじゃないけど、こんな彼女を見るのは初めてで。
どうしていいか分からずに、とりあえず、その手を引いて抱き寄せる。
電車が行ってしまったことも、周りから注目を集めていることすらどうでもよかった。

―――腕の中で声を上げて泣き出した彼女に、自分と同じ孤独の影が見えた、そんな気がした。


     *    *    *


泣き止んだ彼女と共に家に帰った頃には、もう日付が変わっていた。

帰り道は余り話さなかったけど。
でも、彼女が優しく微笑んでいたから、それでいいのかなと何となく思う。

明日はバイトもないし、夜更かししても構わない。
録画するだけでろくに見てもいなかったドラマや映画は、こういう暇な日に見ることにしていた。
いつも暇といえば暇だから、毎日少しずつ時間を見つけて消化すればここまで溜まることもないんだけども。


適当に選んだドラマは、何でこれを見てみようと思ったのか分からないくらい、あたしの好みじゃなかった。
それでも我慢して見ているうちに録画した理由を思い出して、ついつい笑ってしまう。

ドラマのヒロインが着ている服。
彼女が嬉しそうに教えてくれたんだっけ、このドラマにうちの会社の服が使われるって。

それから、あたしはドラマの内容を追うよりも、ヒロインや他の女性陣が着ている服ばかり注目していた。


「…どうしようかな」


ドラマを見終わった頃。
半休取れたんだけど、予定が空いてるなら一緒にどこか行こうよという内容のメールが彼女から届いた。

明日はバイトは休みだし、友達も彼氏もいないから予定なんてどうとでもなる。
普段だったら可愛げのない一言付きでオーケーする場面だ。
―――あくまでも、普段のあたしだったら。

あんな泣き顔を見てしまったから。
今までのような態度をとれない、そう思うからこそ、あたしは返信画面を見つめたまま動けない。

これ以上近づいていいのか、離れた方がいいのか。
普通の人間だったら迷うことなく出せる答えを出せないのは、自分が超能力者だから。

いつか、彼女に知られてしまうようなことがあったらと思うと、距離を縮めるのは正直怖い。
でも、彼女を突き放して平気でいられるのかというと、もう平気でいられる自信はなくなった。


あの日、彼女を助けなければ、こんな思いを抱えることはなかった。
なんて、すっごい今更だけど。

突き放せずにこんなことになってしまったのは、あたし自身の弱さだというのに。
一体、あたしはどうしたらいいんだろう。


「…悩んでもしょーがない、か」


そう、悩んでも仕方がない。
幾らどうしようと思ったところで、あたしの内に目覚めた力が消えるわけじゃないし。
近づくのが怖いと思う反面、もっと彼女に近づきたいって思う気持ちがあるのは嘘じゃないんだから。

簡単なことだ、と不安な気持ちに蓋をする。

知られなきゃいいだけのことだ、力を使うような場面に遭遇しないようにすればいいんだし。
バイト終わりの駅から家までの帰り道はタクシーを使えばいいし、夜中にコンビニに出かけたりしなきゃいい。
それ以外の日常生活で自分の能力を使う場面なんて、まずないはずだ。


『予定は空いてます、どこに行くかはまた明日二人で決めましょう。
おやすみなさい』


メールを送信してから1分も経たないうちに、すぐに返事が来た。
中身を見た後、あたしは携帯を折りたたんでソファーに横になる。

思えば、誰かと一緒に何処かに出かけるのは随分久しぶりだ。
家族が亡くなってからは、バイトしにいくか買い物するかの二択くらいしか行動の選択肢がなかったから。


何故か、少しだけ胸がワクワクして。
小っちゃい子供の頃に戻ったみたいで、知らないうちに笑ってしまっていた。
早く明日が来るように今日はもう寝てしまおう、ドラマの山はまた今度崩せばいいしね。


―――いつもよりも2時間も早く、あたしはベッドの中に潜り込んだ。


     *    *    *


彼女と一緒に出かけることになった場所は、大きなテーマパークだった。
こういう場所に来るのが久々っていうこともあって、ついついはしゃいでしまって。
あれにも乗りたいこれにも乗りたいって、広い園内をぐるぐる回った。

楽しい時間はあっという間に過ぎていって。
夜のパレードを見終わったあたし達は、さっさと電車に乗り込む。

たわいもないことを話しながら、あたしは何だかすごく幸せな気分だった。
心を開いて素直に接すれば、こんなにも彼女が隣にいることが嬉しい。

ひとりぼっちでも、孤独でも―――寄り添いあえば、それに飲み込まれることなんかないんだ。


「にーがきさん、小春疲れたからタクシー乗って帰りたい」

「えぇー、歩いて帰ろうよ。
あたしコンビニに行きたいし」


そう言われると、具体的な理由もなく嫌だってわがままを言えるわけもなくて。
先に歩き出した彼女の後に続くように歩くしかなかった。


街灯が多いとはいえ、週の初めとあって人通りがいつもより少ない道を歩くのは少しだけドキリとする。

―――思えば、それは予感だったのかもしれない。

コンビニを出て家への帰り道を歩き始めたあたし達。
次の休みはどこに行こうかと言って笑う彼女に、今度は映画がいいなぁと返事をして。
そこからどんな映画が好きなのかという話になる。

会話が弾んでいたところに、ふいに視線を感じて立ち止まる。

あたし達の前方から歩いてくる、1人の“女性”。
その女性がじっと、あたしの方を見ながら歩いてくる。

1歩、1歩。

立ち止まったあたしを訝るように見てくる彼女の視線を感じながら、あたしは強い息苦しさを覚える。
背筋を伝う汗。
得体の知れない寒気のせいで、体の震えが止まらない。


「…小春?」

「にー、がきさん…お願いがあります」

「何よ、急に?」

「―――今すぐ、ここから逃げてください」


言葉を言い終えたあたしが彼女を突き飛ばしたのと、女性の手から“淡い紅色の光”が放たれたのは同時だった。
後ほんの少しでも突き飛ばすのが遅れていたら、彼女の体には穴が開いていたかもしれない。
道路に残る鮮やかな“傷”にあたしの鼓動は大きく激しく高鳴る。


間違いない、目の前の女性はあたしと同じ1%未満の―――“化け物”だ。

突然突き飛ばされた彼女の抗議の声に構う余裕はなかった。
女性の一挙一動に全神経を傾けながら、あたしはどうやってこのピンチを切り抜けるか、そればかり考えていた。

女性は彼女の方に向かって手を翳す。
反射的に彼女の前に立ったあたしを見て、女性は不思議そうに首を傾けた。


「どうしたのー?
かかってきなよ、あんたも超能力者なんでしょ?」

「え…」


背後で彼女が声を失う気配に、あたしは奥歯を噛みしめて女性を睨み付ける。

どうにかして時間稼ぎさえ出来れば。
この騒ぎに気がついた人間が通報してくれるはず、その後は適当に誤魔化せばいい。
まだ、彼女の前では力を使ってないんだから…幾らでも言い逃れできる。

知られたくない、彼女にだけは。
こんなあたしのことを、妹のように大切にしてくれる優しい人。

―――彼女に“化け物”と呼ばれたら、生きていけない。


「…かかってこないなら、二人まとめて殺っちゃおうかなー」


声と共に、女性があたし達の方へと手を翳す。
彼女はあたしの背後で固まったまま、動いてくれない。


女性の手から小さな光の弾が放たれた瞬間、あたしは振り向きざまに彼女の体を抱きしめる。

背中に走った、今までに経験したことのない激痛に息が止まる。
突き刺すような熱い痛みに目の前がぼやけてきて、あたしは自分が今泣いているのだと知った。
体が痛くて泣いたことなんていつ以来だろう、なんて、この緊迫した場に相応しくないことを思いながら。
あたしは抱きしめた彼女の耳元に、早く逃げてと消えそうな声を吹き込んだ。

それでも、彼女は固まったままだった。
なかなか引かない痛みと、完全に思考が停止した彼女の姿に、あ、ヤバいと思ったのと。
二発目の光の弾があたしの背中に撃ち込まれたのは同時だった。

二度目の痛みは、一度目よりも熱くて苦しい。
口を開くことさえ出来ず、彼女を抱きしめていた腕から力が抜けていく。


「…ひょっとして、あんた“通報”待ちしてんの?
それなら無駄だよ、ここはあたしの生み出した結界の中。
この中でどれだけ暴れ回っても、外界には一切影響がない」

「けっ、かい?」

「…驚いた、あんた何にも知らないのね。
結界のことすら知らないんじゃ、こっち側の世界のことなんて何一つ知るわけないか。
何も知らないのも可哀想だし…あんたが何で狙われたのかくらいは教えてあげる」


哀れむような声に反発する余裕はなかった。
途切れ途切れに聞こえてくる言葉。

あたしは、超能力者組織というところに目を付けられるくらい、強くなる可能性を秘めた超能力者らしい、とか。
女性はある超能力者組織の一員で、あたしの力を試すために戦いを挑んできたとか。
仲間に引き入れる価値がある程の逸材ならば、死なない程度に痛めつけてでも連れ帰るとか。


何て現実味のない話だろうと笑いたいくらいなのに、嫌になるくらいあたしの体に走る痛みはリアルだ。
このままじゃ本当に女性の言う通りの結末になってしまうに違いない、それはつまり彼女とこれからも共に生きることが出来なくなるということ。

強く歯を食いしばり、全身に力を籠めて立ち上がろうとした、その瞬間だった。
腕の中から彼女がすり抜けていく。


「何だ、邪魔しようと言うのか?
大人しくそいつを渡せ…そうしなければ、お前の命はない」

「嫌よ…あんたに小春は渡せない」

「そうか、ならば―――」


二人のやり取りを聞きながら、あたしは必死に立ち上がる。

視界に映る、小柄な彼女の背中。
その奥で、ニヤリと微笑みながら手を翳す女性。

彼女と一緒にいられなくなる、それよりも。
この世界から彼女が失われてしまう、それだけは絶対に嫌だ。

たとえ、これから先、共に生きていくことは出来なくても。


あたしは、あたしは―――彼女を守りたい。


女性が言葉を言い終えるよりも先に、あたしの手から放たれた電撃が女性の体を撃ち抜く。


膝をついた女性はあたしの方を睨み付けた後―――ブツブツと何かを呟いた。
その瞬間、女性の体は淡い光に包まれて…光が収まった頃には、もうどこにもその姿は見あたらなかった。

初めてこの手を人に向かって使ってしまった。
あの女性は死ななかったとは言え…かなりの重傷を負ったに違いない。

その事実の重さに、あたしはその場に座り込む。
彼女も呆然としているみたいだった。

無理もなかった、たとえ彼女にはあたしの全身から立ち上る紅い光は見えなくても、
この手から放たれた強い電撃が女性を貫いたのは見えていたはずだから。

不自然なくらい無音だった空間に、音が戻ってくる。
あの女性が言った通り、道路に付いた傷はまるで最初からなかったように消え失せた。

それでも、時間が戻るわけじゃない。

早くここから立ち去らないと。
あの女性の仲間がやってくるかもしれない、そうなったらまた、彼女が巻き込まれてしまう。

ゆっくりと立ち上がりながら、彼女の背中を目に焼き付け…あたしは彼女に背を向ける。

さようなら、にーがきさん。
もう、二度と会うこともない、大切な人。

重い体を引きずるように歩き出した、その瞬間だった。


「―――嘘つき!!!
あんた、あたしのこと相方だって言ったじゃん!!!
何で、何で相方置いて行っちゃうのよ、この馬鹿ぁ…」


背後から届いたのは、思ってもいなかった言葉。
あたしの目からぶわっと涙が溢れてくる。

この力を見ても、彼女は相方だって言ってくれた。
化け物じゃない、1人の人間として見てくれた。
それだけでもう、あたしには十分過ぎるくらい十分だった。


「ごめんなさい、でも…いつか必ず、戻ってきますから」


彼女に向かって、あたし自身に向かって。
そう“宣言”したあたしは、けして彼女の方を振り返ることなく駆けだした。

行くあてがあるわけではなかった。
でも、ここにとどまって生きていくことは、自分だけじゃなく彼女まで危険に晒すことになる。
自分はどうなったって構わないけど、彼女が巻き込まれるのだけは避けたかった。

逃げ続けるこの先にどんな未来が待ち受けているかなんて、予知能力者じゃないあたしにはちっとも分からない。

それでも、あたしは。

脳裏を過ぎる、彼女の笑顔、泣き顔、怒った顔。
彼女と共に過ごしてきた大切な記憶が、必死に走るあたしに力をくれる。

いつか再び出会うために。





―――あたしはこの手で、未来を切り拓いてみせる。



最終更新:2014年01月18日 12:11