(25)287 (俺シリーズ4)



…一体、何者なんだ?この男…。
今、俺の頭の中は眼前でイケメン女と接している髭面の男の事で一杯だ。
否、以前から徒者ではないとは思ってはいた。
普通の構成員が知り得ない組織の最高機密を容易く入手できていたその時点で。
幹部連中とも面識があることからしても組織の枢軸と通じた人物なのだろう。
だが、そう仮定すると、また別の疑問が浮かんでくる。
何故そんな男が只の下っ端に過ぎない俺に近づこうとするのか?
幹部であるイケメン女に、俺のことを話す必要が何処にあるのか?
一体、コイツ何を企んでやがるんだ…?


そんな髭面の男への様々な疑念は一旦、チビ女の甲高い声によって遮られた。
「何ふたりでコソコソ内緒話してんの?よっすぃー、キャハハ!あれ?まさか髭と何時の間にかそーゆー関係なワケ?」
「んな訳ないって。それより聞いたぜ、『R』と『A』まで彼奴等にやられちまったんだってな。ハハ、何か面白いことになってきたんじゃねぇの?」
「笑ってる場合じゃないわよ吉澤。あのコ達、思ってた以上に強敵みたいよ。」気を入れてかからないと。」
「早くオイラにリゾナンター抹殺の指令こないかなぁ?魔女や『DD』でも勝てなかったリゾナンターを一網打尽にしたら、オイラも一気にオリメンに昇格かも?」
「…アンタが私と同じ階級を得ようなんて、百年早いわ。」
突如聞こえてきた全く感情を宿ない声。目を向けると其処には長い黒髪が印象的な長身の女が立っていた。

それにしてもこの女、とても不気味だ。
顔かたちはとても美しいのだが、無表情な上、視線も何処か一点を見つめたまま微動だにしない。


「ハハ、かおりんは相変わらずだな。また未来と交信しちゃったりしてんじゃねぇの?」
…そうか、この女が飯田圭織か。ダークネス創設時からのメンバーで、類い希な予知能力で組織を勝利へと導く絶対の守護神。
あれ?その割には最近リゾナンターに連戦連敗な訳だが…。どうなってんだ?
この女、本当に予知能力者なのか?ひょっとしてインチキじゃね?
「圭織、久しぶり!あ、前から圭織に頼みたいことがあったんだけどさ、オイラの将来の結婚相手を視てもらいたいんだよね。まぁオイラのことだからイケメンの金持ち捕まえてると思うんだけどキャハハハハ!」

…本当にこのチビよく喋りやがるぜ。お前みたいな性格最悪の女に引っかかる男なんて何処にもいねーよ、バーカ!
するとインチキ女はチビを見下ろしながら、静かに斯う言い放つ。
「…邪魔よ、退きなさい。アンタと話すことなんて何もないわ。」
…ぷ。あのチビ嫌われてやんの、ざまぁw
思わず声に出して笑いそうになるのを、やっとの思いで堪える俺。その時…

チビに向けられていた筈のインチキ女の視線は、いつの間にか俺に対象を移していた。
俺の眼をじっと見つめ外さず、無表情を貫いたまま、ゆっくり此方に近づいてくる。


間近で見ると本当に不気味だぜ…。
暫しの沈黙の後、女は漸く重い口を開いた。
「…貴方、自己犠牲なんて下らない思考は今すぐに捨てた方がいいわね。じゃないと貴方、近いうちに…死ぬわよ…。」
女の突然の“お告げ”に、俺は一瞬息をのむ。そして女は斯う続けた。
「ま、死ぬ間際の貴方はとても満ち足りた表情をしていたわ…。もし貴方が他人の命を守る為に自分の命を捧げるような低レベルの人間だとしたら、それでも構わないけど…。」
そんな言葉を俺に言い残し、長身の女は本部の玄関へ足を向けた。


「何なの一体?圭ちゃんもよっすぃーも圭織も、あんな男を気にかけちゃったりして!ホント意味わかんなーい!!」

意味が分からないのは俺の方だ。突然何言い出すんだあの女?
自己犠牲?何のことだ?俺が他の誰かを助ける為に死ぬってか?ありえねーよ。俺がそんな間の抜けた行動するかよ、馬鹿じゃね?やっぱりインチキ予知能力者だな、あの女。

第一、俺には命を張る度胸は無いし、ましてや俺には自分の命を犠牲にしてまで助けたい仲間なんて世界中の何処にも存在しないんだ…。


「あれ?皆さんもうお揃いですか?」

インチキ女の意味不明なお告げに俺が少し気落ちしていたその時、今度は白衣を身に纏った女が姿を見せた。
「遅いじゃないのマルシェ。一番後輩のアンタが私達より遅れてくるなんて、いい度胸してるわね。」
何?この女がDr.マルシェか?ダークネス科学技術部門の最高権威で、あの『A』を始め、次から次へと悪魔のような戦闘兵器を開発する超絶的な頭脳の持ち主。
しかし“マッドサイエンティスト”の異名をとるには、全く似つかわしくない彼女の癒し系の風貌とその若さには正直吃驚だ。


「スイマセン、美味しいオムライスの作り方の研究に…いや、対リゾナンター用に開発した新兵器の実験が長引いてしまいまして、それで…」
「…もういいわ。それよりどういう事?今日の幹部召集、アンタがボスに進言して決まったって聞いたけど。」
「ハ?何それ?ひょっとしてオイラ達、マルシェの策略にまんまとハメられて此処に集められたの?信じらんなーい。」
「私が皆さんにお声をかけても、集まって頂けないと思いましたので…。まぁいいじゃないですか、たまには斯うして皆で顔を揃えるのも。ところで他の皆さんは、もう本部の中ですか?」


「それが未だなんだよな。ま、あの“二人”が時間通りに来る訳ねーから。私も人のことは言えねーけど。」
…あ、そうだった。肝心のあの“二人”が未だ来ていないじゃないか。
ダークネス四天王『DD』の中でも双璧を成す『救世主』と『天使』と呼ばれるあの“二人”が。
俺はあの“二人”を生で見るのを一番楽しみに朝から足を棒にしながら待っているのに…。糞、早く来いよ…。


「あ『天使』だったら、もう少し遅くなるってさっきメールが来てた。いい天気だから近くを一人で散歩しながら来るんだってさ。」
「大丈夫かしら?あのコ方向音痴だから、ちゃんと本部に来れるのか心配…。」
「どっちみち来るまで時間かかるんだろ?何時までも此処で立ち話しても仕方ないし、先に中に入ろうぜ。」
「そうですね、お先に幹部会議始めちゃいましょうか。あのお二人には後で私が会議の決定事項をメールで報告しておきましょう。」
「じゃあ行こうか。おい髭、オイラに焼き肉奢るの忘れんなよ。それから其処のお前、今度オイラに顔見せる前に整形しとけよ。みっともない顔して恥ずかしくないの?キャハハハハ!」
ぞろぞろと本部に足を運ぶ幹部連中を見送る中、俺は密かにある決意をした。
いつか手柄を上げ、出世してあのチビ女の上に立ち、目に物見せてやろうと…。


最終更新:2014年01月17日 14:38